36話:情報の照会
「仲がいいに越したことはないし、それは自由だと思うが、保健室プレイはさすがに冒険しすぎだろ……」
「1から10までとは言わんが、3割ぐらいしか合ってないぞその情報」
おそらく鳴海さんから適当なこと吹き込まれたのだろう。結局HRが終わっても帰らなかったために遊のやつが凪と迎えに来たのだ。凪も何か意味深なことを言ったに違いない。そうすることで首を絞められるのは俺なんだけどなあ。その辺りを配慮していただきたい。
「俺にも可愛い幼馴染くれよ」
「前世からやり直すか、輪廻転生して、隣に同い年か±1歳の女の子がいるところに生まれてこい」
「輪廻転生だけならともかく、それがある確率ってどんなもんなんだろうな。かつ、優しくて可愛い美少女なんてよっぽどないぞ」
そもそもこいつの行い的に輪廻転生ができるとは考え難いが。
「……世話焼きの幼馴染か、手がかかる幼馴染かどっちがいい?」
「そりゃ、世話を焼いてくれるほうかな」
「ま、なんでもないものねだりってやつだ。いるやつを羨ましがっても、いるやつはいるやつでそれなりに悩みがあるもんだ」
「えー、ほぼ彼女が一人いるようなもんじゃねえか。何が悩みだ。それは贅沢な悩みというやつだ」
「……仮にだ。そのほとんど彼女確定の幼馴染がいるとしよう。そいつが自分以外と付き合うことになったらどうする」
「……可能性がないわけじゃないのか。先に囲っておけばいいな」
「逆に俺は囲われてる気がするけどな……」
「あれだけ好き好きアピールしてくれてるんだから応えてやれよ」
「今のままの方が後腐れがないからな」
「……まるでどっか行っちまうみたいな言い方だな」
「ずっと一緒にいるなんて、それこそ夢物語だろ。……あいつが、同じように歩いて来てくれてたなら可能性はあったのかもな」
「ま、こんな話したところで俺に幼馴染が生まれるわけじゃないし、調査の成果といこうじゃねえか」
「ところで凪はどこに行った」
保健室へは一緒に来ていたはずだったが、途中から姿を見失っていた。いつものことなのであまり気にしてなかったが。
「鳴海さんに回収されてったぞ」
またあることないこと根掘り葉掘り聞いてんじゃないだろうな。このまま凪が実力行使に来たらどうする気だ。
いや、むしろそうするように誘導してるのかもしれないけど。
怖い。自分の貞操が守られるのかどうか怖い。
「凪は後で湧いてくるとして」
「人がそんなキノコみたいに生えてくるか」
「あんなんは一人で十分だ」
「あんなん呼ばわりは失礼だよ想ちゃん!」
「連行されたんじゃなかったのか」
「してるよ〜現在進行形で」
「結局来るんならなんで一回拉致ってったんだ」
「ま〜気分?」
振り回される方の身にはならない。こういうやつは絶対。なぜなら常に自分が振り回す側で、振り回される側に回らないからだ。
振り回されるのが凪だけならともかく、凪が連れ回される=俺も振り回されることになるから面倒なのである。ターゲットは凪だけにして。
「今日は何すんの?」
「写真撮ったから、場所を照会する」
「誰に?」
「自己紹介の紹介じゃねえよ。照らし合わせるって意味だ」
「合わせてなんになるの」
「証拠だよ。こことは確かに違う世界が存在するっていう」
「……高校3年生にもなって中二病をこじらせたの?」
「前に七不思議の調査してるって言ったろ?その一つが神隠しらしい。大抵は一度行ったっきりみたいなんだが、俺と……そこの凪に関しては何度も行き来出来てるんだ。信じる信じないは別にいいんだけど」
「それを立証しようってことか」
「ま、そういうことだ。ただ、行った先が何年か前のこの街のようでさ、いくつか証拠の写真を撮ってきた」
「見せて見せて」
「ここで見たって違いがほとんどわからんだろ。その場所に行ったら一緒に見せるから。てか、そっちは昨日俺の妹に会いに行ったんじゃなかったのか?どうなったんだ」
「え?可愛かったよ?」
それで終わりかよ。
「いやはや、確かに想ちゃんの妹とは思えないね。こんなとっちゃん坊やみたいな」
さすがにそんな見た目はしてない。
「いや〜私も少し年の離れた妹いるけど、呼び捨てだもの。それなのにあの子はお兄ちゃんだって。いやあ、人の妹ながらお兄ちゃん呼びにキュンときちゃった」
「攫ってないだろうな」
「さすがに見境ないことはしないよ。部活中だったし」
凪はえ、私は?みたいな顔してたけど、こっちはこっちでご満悦の様子だからもうそこのポジションに収まっててください。
「仲良いみたいだね」
「そら……まあ……」
そろそろカミナリ落とされそうだけど。一応知ってるとはいえ、あの子自分の目の届くところにちゃんといないとダメらしいから。
俺の周りは俺を束縛してくやつしかいないの?自由をおくれ。
「はあ……ここにいないやつのことをグダグダ話しててもしょうがねえし、行くか」
「どこへ?」
「とりあえずは資料室……かな」
というか、そこと構造的にミス研があるであろう場所ぐらいしか写真に撮ってないけど。
「この時間って夕日見れるか?」
「資料室でか?」
「そう」
「つっても、俺も資料室なんて行かねえからな。行ってみりゃ分かるだろ」
「それもそうだな」
そもそも、資料室の位置が変わってなければすぐ行けると思うが。いや、数年であればそう大して変わりはしないだろう。資料室なんてものの多いところを移動させるのも面倒だろうし。
そういや、俺、あの後資料室にあった段ボール元に戻したっけ。
光が戻せるとも思えんけど。そもそも、俺たちがいなくなった後光があの世界でどうなってるのかもよくわからないままだし。
一定時間留まってからいなくなってるのか、もしくはあの世界のどこかへ行ってしまうのか。そのどこかっていうのもあの世界での俺の家なんだろうけど。
「想、こんなところに何かあんのか?」
「思った以上になんかあるな……」
それこそ、何かに使ってたのであろう道具なども置いてあったりしていた。単にしまいきれない本が置いてあるだけでもないらしい。もっと、こざっぱりしている印象を受けたのだが。
「よっと」
「て、凪は何してんだ」
「想ちゃん、ここの段ボール取ってたから同じものあるかもって。わわ」
「危ないから降りろ。俺が取るから」
そもそも凪では背が低いからそれを取ろうとしたところで安定しないだろう。別のものが降ってきて怪我でもしたらどうするんだ。
俺は凪をどかして、多分、ほぼ変わらない位置にあった段ボールを下ろして机の上に置いた。
「こん中に何があんだ?」
「まあ、向こうで見てきたのは卒業アルバムの見本品みたいだったが」
「そんなもん見てどうすんだよ」
「時代の確認だよ。そうすりゃ、光がいつあそこに迷い込んだのかも割り出せるかもしれねえし」
「で、何年前なんだ?」
「そこにあった卒業アルバムだけ頼りにすると7年前ぐらいだと思う」
「はー、そんな前からこの七不思議があったって話になるが」
「神隠しだけじゃ七不思議にはならんだろ。その後に何かしらなぞらえて作られた可能性もあるし」
「他の六個はそれと比べるとどれも稚拙だった気がするけどな」
「怪奇現象か、人為的に作ったものじゃ大きな差があるってこった。しかし、こっちは多分、棚に入りきらなかったものを入れてるだけみたいだな」
卒業アルバムらしきものは見当たらなかった。そもそも段ボールがこれ以外にもいくつか置いてあるし違う可能性もあるが。
だが、向こうには段ボールはこれよみがしに一つしか置いてなかったので、わざわざ違いを見る必要はなさそうだ。
「で、さっき言ってた夕日っていうのは?」
「ああ。凪と……もうひとり女の子の写真を撮ったんだ。その時、資料室に夕日が差し込んでてさ。そもそも、ここの資料室って夕日が差し込んでくるのかってなってさ」
「入らなかったら問題あるの?」
「場所は変わらなかったんだ。入らなかったら、そもそもその世界で校舎が建ってる位置がおかしいってことになる。まあ、俺たちが別世界に行ってたって証明だな」
「じゃあ夕日が差し込んだら?」
「……その時はまた別の証拠があるさ」
「ちょっと迷ったよね」
「あとは仙石に話をつけに行く」
「帰ったぞあいつ」
「絶対何か悟って逃げたな」
「仙石……って誰だっけ?」
「去年だったかな、赴任して来た美術教師だよ。うちの顧問だ」
あんまり知名度は高くないらしい。選択科目の美術だし、3年にもなれば美術の科目なんてないからな。高校の教師なんて関わった人しかわからないかもしれない。俺は一年の時の担当教師覚えてねえけど。
しかし、あいつ非常勤とか言ってたよな。帰った云々より来てない可能性すら考えられるんだけど。そもそも、毎日来る必要もなさそうだし。
「なあ、遊。仙石って毎日来てるのか?」
「え?そりゃ、部室の鍵借りに行く時は大体いるような気がするが」
「別に毎時間授業があるわけでもないし、もっと放任だと思ったんだけどな」
「別に授業なくたって、こっちでやることあるんじゃねえの?」
「……次は屋上行ってみるか」
「ここはもういいの?」
「夕陽、射してきたからな」
「あ」
話してて気づくのが遅れたが、資料室の窓から少しばかり光が漏れていた。
ただ、何かおかしいと思ったら、ここは資料が日焼けしないために暗幕があるのだ。
向こうにはなかった。開きっぱなしというとも考えにくい。なんともガバガバな再現具合だ。
資料室の鍵閉めは遊に任せるとして、俺たちは先に屋上へと向かった。
「屋上って開いてるの?」
「いや、精々給水塔のメンテナンスとかそんなときにしか開かないらしいけどな」
「なんのために作ったんだか」
「その給水塔を設置するためじゃないんですかね……」
自分たちが勝手に活動できる場とか考えてる方がおこがましいと思うんですけど。
「じゃあ、想ちゃんは入り方知ってるわけだ」
「いや、鍵がショボいから遊のやつがピッキングして入るだけだ」
「神楽くんはなんか無駄な方向に才覚を発揮してる気がする」
言わないであげて。あいつだって薄々気づいてるだろうし、多分そのピッキングの能力は何かしら逃げるために身につけたものだと思う。聞いたことはないから憶測だけど。
「想ちゃん、想ちゃん。ここ開いた」
「いや、窓から行くなよ。見えるぞ」
「想ちゃん先に行って!」
そもそも先に行こうとしなければよかっただけの話だと思うけど。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、俺じゃ通れないだろ」
凪が通れてギリギリだろう。それほど小さい窓だ。まあ、本当に換気のためぐらいだろう。換気が必要とも思えないけど。そうするとなんのために設置したんだ。
「じゃあ、私が先に行く!」
「もう勝手にしてくれ……」
怒ったり先に行くと勢い込んだり、人生常にハイテンションかこいつ。
「お、凪可愛いの履いてるね〜」
「こら〜後ろ!」
そして女子同士でまた余計な茶番を繰り広げていた。正直、凪のやつなんてしょっちゅう見てるし、今更なんだという話である。
「はいはい。じゃあ、そっちから開けてちょうだい」
「そもそも鍵あったっけなあ」
記憶が確かなら、つまみ式の鍵は向こう側についてなかったような気がするんだが。
「いっそ破壊するか」
「修理費バカにならないよ?」
「学校から下りるはずだ……たぶん」
「そもそも立ち入り禁止でしょ?扉破壊とかそっちよりなんでそこにいたって咎められるよ」
「なんでこんな時に限って正論をかまして来るのか」
「釣り合いをとってるのよ」
何と何の釣り合いだ。しかし、壊したところで俺になんか問題が降りかかるか?と思ったら別に何もないなってなった。だって、某推理漫画だって、密室だったら扉破壊しまくってるし。
「というわけで蹴破ります」
「ちょっ、ちょっといいの!?」
「元々立て付けも悪くなってるし、俺たちみたいなやつが立ち入らないように新しく変えられるなら万々歳だろ」
「物は言いよう。嘘も方便とは言ったものだよね」
鳴海さんももう説得するのも面倒といった感じに手を挙げた。
このままだと凪を逆に向こうに閉じ込めてる状態だしな。
しかし、凪の声が聞こえないのだがあいつ何やってるんだ?
「おらっ!」
確かめるためにも、扉を開けるために少しばかり力を込めて蹴りを入れた。
「……思ったより普通に開いたな」
「イメージとは相違があったみたいだね」
よく考えれば扉が下に倒れるように開いたら蝶番もぶっ飛ばしてるしな。どんだけ蹴る力強いんだよ。
元々外れかかってた鍵を無理やりこじ開けたようなものだ。
「凪ー。……あれ?」
「扉の後ろにいるとかいうオチはないよな」
「なら、多少なりとも声がすると思うけど」
そして帰ってこない遊のことは置いといて、凪の姿を見つけるより先に仙石の姿があった。
「……毎度毎度お前らも暇なもんだな」
「こんなところでこそこそタバコ吸ってるあなたに言われたくないんですが」
「そんなことより、凪、見てないですか?」
「凪?」
「前に一緒にいた女子です」
「俺は見てねえよ。ここに来たってんなら、その辺探せばいるだろ」
「じゃ、じゃあ私探して来るね」
逃げたな。
「お前は探さなくていいのか」
「まあ、勝手に出て来ると思うんで」
「虫か何か」
「あいつはいいんすよ。それより聞きたいことがあります」
「聞くだけならタダだ。答えるとは言わんがな」
「今日帰ったって聞いたのに何してんすか」
「俺が屋上にいたらダメか」
「いや、立ち入り禁止のところに率先して入る教師に問題がないと言い張る気ですか」
「……俺は、あれだ、見回り」
「そもそも開いてないはずの立ち入り禁止の場所にこじ開けて入ってる時点で同罪じゃ……」
「元々壊れてるんじゃねえの。バレたところで俺がクビになろうがなんでもいいわ」
こんなんでよく就職できたな。
「……違うでしょう」
「ほう。何が違うんだ」
「別にタバコ吸うためだけにここにいるわけじゃないってことです」
「……推理だけでも聞こうか」
また一本タバコを取り出して煙を吐いた。
俺は、仙石に向けて、一つ写真を取り出し、ぶっちゃけ言えば推理じゃなくてただの予想、推測、そこに確固たる証拠なんてないけど、少しだけ話すことにした。




