35話:浅く深く
戻ってきたところで時計を確認した。
と言うのも、なんか日が昇り始めていたからだ。感覚的にはそう大して向こうにはいなかった気がするが、物事に熱中していると時間を忘れるとはありがちな話だ。
「そして、お前はどうやったらそこで寝れるんだ……」
同時に戻ってきたはずなのだが、凪は俺の足元でスヤスヤと寝ていた。こんなコンクリートの上で寝るな。移動前も寝てなかっただろう。正直、ちょっと蹴って転がしたい気分だ。
「よっと」
重いには変わりないが、光のように階段を上るわけでもないし、幸いここからなら家までの距離はそんなにない。
「ねみぃ……」
一つあくびをして、途中で俺が寝落ちしなければいいなとか、そんないい加減なことを考えていた。
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「いや、な?確かに調べてくれとは言ったが、お前の生活に支障が出るぐらいならやめてもらっても全然いいんだぞ?」
ほぼ無意識のうちに学校に来たようで、またしばらく意識を失っていたらしい。ちゃんと学校に来てるあたりは偉いよな。ただ、夢芽から親父の情報を聞き損ねた。今となってはいらない情報かもしれないけど。
「……頭が働かない」
「とりあえず保健室行くか?また部活の時に起こしに行くわ」
「ああ……そうだな。起きてこなかったら頼むわ」
こうもしょっちゅう行ってると不眠症か、夜間活動を疑われるのではないかと思うが、さすがにそこは学校の保健室、半分生気を失ってるようなやつを無下にしないだろう。家に帰れって言われそうだけど。
いや、多分このまま家に帰したらどっかで倒れてるかもしれない。なんとなく自信がある。
「失礼します」
「あら、想ちゃん」
「……なんで鳴海さんがここにいるんだ」
「なんで、って凪の付き添い。朝からずっと死んでるから保健室で休ませにね」
「……こいつは俺より先に寝たっつうのに」
「おやおや?」
「ちなみにあんたが今考えたことは一切ない」
「ちぇ、つまらん」
世界はあんた中心に回ってるわけじゃないんだよ。常に面白いことが起きるわけではないんだよ。
「しかし、本当に眠そうだね。大丈夫?」
「……とりあえず寝かせてくれ。ベッド空いてるだろ」
「ところがどっこい、埋まってるのよ。そうだ、凪と一緒に寝ちゃいなさい。他の男女なら問題あるけど、あんたたちならいいわよ」
「おいこら!勝手に……」
「寝不足少年はさっさと寝た寝た」
強引にカーテンの向こう側のベッドに追いやられた。たぶん、前には鳴海さんが待機してるのだろう。いつまでいる気だ。そろそろ五限始まるぞ。
「しかし、幸せそうだなお前は」
能天気に寝てる幼馴染の顔を見てたら、あっちへの抗議の気分もどこかへ行ってしまった。
「眠い……」
もう寝よう。多少姿勢が悪かろうが、さすがに一緒のベッドに入ってまで寝られるほどここは広くない。
近くにあった椅子をベッド付近に寄せて、頭だけベッドに置いて目を閉じた。
よほど眠かったらしく、そのまま思考はシャットアウトされた。
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ここは……病院か?
見舞いに行ってもこいつが寝てることは多々あった。少し経っても起きないようなら書き置きと見舞い品だけ置いて帰ることもあったが、俺も度々そこで寝てしまうことがあった。
看病疲れというやつだろうか。
しかし、なぜだろうか。その寝ている姿を俺は俯瞰的に見ていた。
見舞いに来ているはずなのだから、その相手は凪のはずだ。
だけど、逆光になっていてその顔はいまいち判別できない。
とても小さな体だ。ベッドに座ってるからだろうか。その小さな体を起き上がらせて、寝ている俺の頭を撫でていた。
だいたい日も沈み始める頃だったからか、誰かがカーテンを閉めた。いや、その子がベッドから降りて閉めたんだろうか。
でも、その姿は凪ではなかった。
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まるで何かに追われたかのように俺は急激に目を覚ました。
その動作に驚いたのか、視線の先の凪は両手をまるで降参のポーズを取るかのようにあげていた。
「何してるんだお前は」
「こ、こっちのセリフだよ。起きたら想ちゃんいるし、寝てるし」
「……今、何時だ?」
「えっと……あと10分ぐらいで6時間目終わるぐらい」
「じゃあ、そろそろ戻るか……」
背筋を伸ばすとバキバキと関節が鳴っていた。変な姿勢で寝るもんではないな。
「想ちゃんもう少し寝てたら?」
「鳴海さんがベッド埋まってるって言ってここに押し込んでベッド使えなかったんだよな。まあいいや。遊のやつに起こしに来てもらうか」
しかし、まだ寝たら?と言う凪はベッドの上から動こうとしない。
「いや、お前がどかないと寝れないんだが」
「一緒に寝よ♪」
「狭い。あと、俺寝相悪いから一緒に寝たら蹴飛ばす可能性あるぞ」
「うー」
「……あのなぁ、お前もそう言う子供みたいなことするのやめとけよ。俺だから許容してるけど、他のやつから見たらただの痛い子だぞ」
「……私は想ちゃんに構って欲しいんだもん」
「不貞腐れてもそこのベッドが狭いことに変わりないから俺を寝かせたいのならお前がベッドを降りろ」
「……分かった」
もぞもぞと布団をあげてようやく出てきた。
「……あと、ちゃんも制服整えてから行けよ。色々はだけてるから」
下着が見えるところまではいかないが危うい位置までめくり上がっていた。こいつこそ寝相が悪いのではないのだろうか。もともと制服で寝ることはないと思うが。
「……想ちゃんのえっち」
「以前に下着姿で俺を待ち構えていたやつと同じやつのセリフとは思えんな」
「ふーんだ。私だってお年頃なんですー」
乙女心というやつでしょうかね。
捲れていたところを直すと、近くにかけてあったブレザーを着直していた。
「ほら、まだスカート後ろのほう捲れてるぞ」
「え、嘘」
「くまさんプリントが……」
「そんなの履いてないし!」
「まあ、そこまで捲れてないけど、ちゃんとまっすぐにしてけ」
スカートの裾を直すのと一緒にブレザーの襟も一緒に整えておいた。
「ありがと想ちゃん」
「じゃあ、俺もう少し寝るから、ちゃんと戻れよ」
「うん」
やはりちゃんと体を伸ばして寝れるのはいいものだ。結局机で寝てたり、睡眠時間の確保が出来てなかったりだから二度寝、三度寝が余裕だな。あんまり誇ることではないけど。
なんだか、凪がもう幼馴染というか妹とかいうより娘的な感じになってる気がするんだが。こんな成長した子供をまだ持ちたくない。
眠りは浅い時に見るものという話をよく聞くけど、さっきは変な寝方してたから夢を見てたのだろう。
次にベッドで寝ているときは夢を見ることはなかった。




