32話:謎のセーフ理論
「昨日は行けなかったのか」
「まあ、な」
「お前も甲斐甲斐しいこって」
「俺が甲斐甲斐しいやつだと思うのなら手伝ってくれ」
「いや、それはお前の仕事であり、放棄することは許されないことで、俺が手出しすることも許されないことだ」
授業もそこそこに聞き流して、ミス研の部室でくつろいでいた。そんなに急いでもやることないしな。
「そーそー。あーあ、私もそんな優しい彼氏欲しいなー」
そして、いつの間にかもうひとり紛れ込んでいた。
「なんで、鳴海さんまでここにいるんだ。部活とかは」
「やってない。暇つぶしに来てみた」
「勉強でもしててくれ……」
この人、俺をいじるのが楽しいだけだろう。まったく、新しいおもちゃを与えられた子供かよ。
「そうやって追い出しにかかるのはよくないよー。楽しいことは共有してこそ更に楽しさが増すんだよ」
「残念ながら俺にはコミュ力が欠けているようだから大人数で遊ぶ楽しさを理解できるとは思えない」
「友達いないの?」
「かろうじてこいつが友人かと言えるぐらいの交友関係の少なさだ」
「……今度遊園地にでも行く?私が友達何人か誘うからさ」
「遠慮願うわ……そもそも俺たちが三年だということを忘れてないか?」
「忘れてないからこその思い出作りという話だよ。青春は一度切りだよ?あ、凪と一緒に行きたいのか」
「お守りになる未来しか見えない」
「保護者なの?」
「正直保護者より保護者してる」
その凪さんはまた先生に呼び出しを受けてます。お前は週に何回呼び出されるんだ。その凪が来るまで、ミス研の部室で待ってるわけだが、まだ帰ってこないので雑談に興じてるのだ。
「で、君らは何してんの?」
「ざっくり言えば七不思議の解明」
「ミス研ってそんなことしてるんだ」
「凪から何か聞いてないのか?」
「え?あの子から聞くのって大体ノロケ話だから。まあ、可愛いよね。想ちゃんが手を出さないから」
「そもそも、俺とあいつが付き合ってるという前提が間違ってるし、どう見ても妹が二人いるような認識しかならないんだよ」
「あら、自分に本当の妹がいるのか」
「ここの一年だよ」
「うーん、想ちゃんが捻くれてるから相対的に素直そうでいい子そうだね」
「まず俺が捻くれてるという前提を取っ払ってくれ」
この人の俺という人物像が自分が理解してるものよりだいぶねじ曲げられてるような気がする。
「じゃあ、いっそのこと妹萌えにすればいいじゃない」
「そんな妙案思いついたみたいな言い方をするな。近親相姦という言葉を知らんのか」
「愛さえあればセーフ」
「それでいいのか……」
そもそも、夢芽はともかく凪は妹ではないので近親相姦もへったくれもないのだが、俺の認識の問題なのだろうと思う。
「まあ、でもこいつの妹すげえ可愛いぞ。こいつと兄妹とは信じられないぐらい」
「こいつ女っ気がないから目が腐ってんだよ」
「夢芽ちゃん狙うぞ」
「たぶん脈はないからアタックだけして玉砕してこい」
「……こいつ、本当に友人か?」
「友人だからこそ持ち上げることをせず、客観的な意見を与えて夢を与えないんだぞ」
「お、想ちゃんうまい」
「……なんか、意図してないことを拾われると恥ずかしいな」
あいつの名前が今は若干恨めしい。夢と夢芽はイントネーション違うんだけどな。前者はめで音を上げて、後者はめで音を下げるから。
「まあ、神楽くんの目が腐ってるかどうかはともかく、近くにいるとそれが普通になるから身近なものが可愛いかどうか判断はつきにくくなるよね。というわけで、私はその夢芽ちゃんを探しに行くよ。なんか部活やってる?」
「一応、バスケ部だが……」
「ありがと、じゃまた明日。凪によろしくね」
「…………」
「…………」
本当に嵐のようなやつだな。そもそも凪と帰ろうとしてたんじゃなかったのだろうか。まあ、俺がいるから必要はないのだろうけど。しかし、あいつ一年だし、ロクに面識のない三年が会いに行ってどうするというのだろうか。本当に見に行くだけで済めばいいんだが。
一番怖いのはそれで懐柔されてしまうことだが。俺からの情報経由で行くわけだからどうやっても俺に何かしらのとばっちりがくるんだよな。
「で、実際んとこどこまで行ったんだよ」
「凪を寝かせて、完全に寝たのを確認してそのまま帰った」
「……お前、朴念仁なの?」
「俺があいつに寝顔かわいいなー、とかちょっといたずらでキスするとかそんな奴に見えるのか」
「ゴメン。逆だったら可愛いかもしれんが、お前は乙女ゲーの主人公でもなんでもないんだから正直吐き気がしてきた」
殴ってやろうかこいつ。
「ただいまー」
そして、凪が帰ってきたが、ここはお前の家ではないし、安住の地でもない。
「あれ?木乃葉ちゃんは?一緒に帰ろって言ってたのに」
「あいつは夢芽に興味を持ったらしく、今日のところはバスケ部に行った。お前のことは俺に投げられた」
「そういえば、夢芽ちゃんがバスケやってるとこ見たことないな。上手いの?」
「俺も知らん」
「見に行く?」
「同じ学校だからって兄が来てみろ。うわっ、キモ!ってなるだけだぞ」
「いや、夢芽ちゃん、想ちゃんのこと露骨にそこまで嫌ってないと思うけど……」
「まあ、こいつの家に行くって言って付いてくるぐらいだからむしろ好かれてるぐらいだと思うけどな」
ただ、学校で会うことはないので、学校内で俺をどういう扱いにしてるかにもよると思う。前に一緒に登校した時は途中で別れたが、あまり一緒にいるところは見られたくはないんじゃなかろうか。
そもそも入学してからまだ1ヶ月も経ってないし、夢芽に兄がいることすら知らない奴らも大半だろう。半ば俺はプータロー感はあるけどな。
そんな中、凪と一緒に見に行っては、夢芽としてはいい迷惑だろう。余計な詮索多そうだし。
「俺たちは普通に帰るぞ。凪、お前今日は体調悪くないか?」
「私は基本的に健康優良児なのですよ」
「普通のやつはいきなりぶっ倒れたりしないからな」
「想ちゃんイジワル」
「まあ、ここで話しててもひとり置いてけぼりのやつがいるし、俺たちも先に帰るか。報告はまたする」
「なんなの?見せびらかしに来たの?なんかの嫌がらせ?」
「なら優しい女の子の幼馴染か、彼女でもさっさと作るんだな」
「後者はともかく、前者はもうどうひっくり返っても叶えられないことなんだが……」
恨めしそうなやつの視線など無視して、俺たちはさっさとミス研の部室から退散を決め込むことにした。
あいつ、彼女とか出来るんだろうか。出来たところが想像できない。余計なお世話なんだろけど。
「想ちゃん、今日は行くんだよね?」
「ちょっとばかり嬉しそうに聞くな。体力の有り余ってる男子高校生の俺はともかく、病み上がりの女子のお前をそんなに無理はさせられない」
「でも、時間もないでしょ?」
「まあ、そうなんだけど……」
「本来さ、神隠しって、行方不明になってから数カ月経って発見されることもザラみたいだよ?」
「光がそうならないように早めに帰してるって言ってたろ」
「……光ちゃんはなんでこっちの時間が分かってるかのように日付が変わるかどうかのところで帰せるんだろ?」
「実際、一番早かったのは、一番最初に行った時の30分程度で戻った時だろ。あいつだって正確に分かってるわけじゃないから長い時間一緒にいようとはしないだけで……」
「想ちゃん想ちゃん、そうするとさ。向こうは時間の変化がほとんどないだけで、流れ自体はそこまでこっちと変わらないんじゃないかな?」
「どうだろうな……体感的には向こうの方が1.5倍ぐらい早い気がするが」
「うーん、それを繰り返してたら私たち老けちゃうよ」
「こんな話を知ってるか?」
「ん?」
「人が進むスピードが光速を超えたら逆に時間的には進まないことになるらしい」
「どういう理屈なの?」
「まあ、これは特殊相対性理論だとか一般相対性理論っていう物理の話になるが、まず、この世界は光速より速いものはないという前提があってな?それを基準に時間というのが作られてるから、それより速く動いてると、逆に時間が進まないという理論らしい。浦島太郎がこれに当たるらしいな。浦島太郎は三日間竜宮城にいただけなのに、自分の家に戻ってきたら周りはみんな年取って爺さん婆さんになってたろ?」
「……は!私たちあまり続けてると浦島太郎になっちゃうの?」
「……まあ、だからあまり長いこと出来ないし、だからこそ光はあそこに長いこといることを推奨しないんだろうな」
「でも、あの世界はまだ良心的だよね」
「何が?」
「浦島太郎は1日で自分の世界が何十年も経っちゃったけど、光ちゃんがいる世界は30分ぐらいでしょ?」
「……チリも積もれば、というのもあるけどな。これが本当に神隠し的な自然現象的な話なのか、もしくは人為的な何かなのか、それを証明しないといけないんだ」
「想ちゃんはどっち派?」
「お前がなんかやってんじゃないかと疑ってるから人為的なものだと思ってる」
「わ、私何も隠してないよ〜」
「お前が作為的にやってるとは言ってないだろ……そもそもお前がそんな大それたことを隠しておけるとも思えないし」
「む、それはバカにしてるの?」
「お前のいいところだと言ってる」
「そ、そう?えへへ」
やっぱりバカなんだろう。疑ったところまで良かったのだが、簡単に乗せられるからな。まあ、実際いいところであり、悪いところであるんだがな。だから、こいつに言ったのは5割ということだ。後の後割に気付けるかはこいつ次第である。ホント、いつか悪い人に騙されそうで怖い。何かあったら相談するんだぞ。
そうは思っても、こいつはこいつで何かしら思うところはあり、抱え込んでることもあるんだろう。別に吐き出すことではないと言うのであれば、俺が無理強いして聞き出すこともないが。
まあ、あったとしてもあまり大したことではなさそうだな。
「む、想ちゃん、また失礼なこと考えてない?」
「お前の行く末が心配だと思ってる」
「想ちゃんのお嫁さんになるから大丈夫だよ!」
「それが一番不安だっつーの」
「あう」
デコを小突いて、凪は一歩後退した。なんつーか、こいつに関しては嫁にもらうとかそういう云々ではなくて、こいつの世話をすることが、俺の中の生活のルーティンになってるのではないだろうか。逆にこいつがいなくなったら、それはそれでどうするんだろう。別のこと見つけるんだろうか。
こいつが自立できたらの話だが。俺が近くにいる間は確実に出来ないだろう。それでも、こいつが近くにいないといけない理由は今はあるのがまた俺が考えてることとは矛盾してる話である。
いつまでも見てやれるわけじゃない。
ただ、目を離したら何かやらかしそうだし、どこかへ行ってしまいそうだ。それこそ、俺が全く感知する余地もないところへ。
それならそれで、凪が独り立ちできたという証明なんだろうけど、いつでも手に届くところにいたやつが遠い世界へ行ってしまうのは一抹の寂しさがあるだろう。
何度も言うように、今が永遠に続くわけじゃない。
凪は何を考えてるんだろうな。今はただ、こうして一緒にいるだけで楽しいのかもしれない。
光のことを調査してるわけだが、力になれるとかそういう観点ではなく、これも俺と一緒にいれるから一緒にやってるのだろう。
だからこそ、凪も俺も前へと進むために早く、これを終わらせることにしよう。先のことはそれから考えればいいんだから。




