30話:意識してみると
「スッキリ爽快!元気満タン!」
なんか豪語してるやつがいるが、こいつが元気になったところで現時点ではハナクソほどにも役に立ちそうにもないのだがどうしたものか。
ちなみに、先日の俺のような感じだったので保健室で寝かせました。俺は放置だったのにこの差は何?いかに俺がクラスの奴らから興味持たれてないかがうかがえるわ。
「で、なんか報告あるか?」
「とりあえずいくつか」
「じゃあ、頼むわ」
「まず、俺たちが行ってる世界はまだおよそだが16時から17時の1時間を繰り返してる」
「17時までいったらまた16時に戻ってんのか?」
「確証はないけどな。まあ、でも記憶が飛ぶわけでもないからあくまで時間経過がないってことだけだな」
「なんのためにそんなことしてんのかね?」
「そら、17時以降に進まれたら困る何かがあるんだろう」
「月を見たら狼に変身するとか?」
「漫画の見過ぎだろ」
「お前が言ってることも当事者じゃなかったらそうとうな空想劇だけどな」
そもそも月自体も陽の光が眩しすぎて見えないだけで日中も出てるんだけどな。遊の説はあまり頭においても仕方ないだろう。
「いくつかってことはまだあるのか?」
「ああ。次はあの世界を俺の親父が作った説」
「お前の親父さん?なんのために」
「それを探ってくんだろうが。それがミス研だろう」
「そもそもお前の親父さんって何やってる人だよ」
「どこかの大学のなんかの研究員」
「情報が微妙にあやふやだな……」
今日夢芽に聞いてくるよう頼んだが、はたしてやつはそれを覚えているのだろうか。覚えて聞いたところでそれが俺に伝わってくるのだろうか。俺が直接聞けばいいだけの話だが、そもそも母さんが起きてる時間帯に俺が変えれる保証がないしな。
向こうでの時間の流れもよく分からないし。仮にあそこへだいたい17時ぐらいに行ったとして、日付が変わるほど長い時間滞在してるわけでもあるまいのに、出てくるとそれぐらい経っていたりする。自分たちがそう認識してないだけで経っているのかもしれないが。
一番調査してる中で厄介なところだ。外の世界……いわゆる俺たちの世界も連動して時間がわかれば調査しやすいんだが。
まあ、そうするとどこかで外と繋がってるところを見つけないといけない。そんなところは一つで、どうやっても叶わないことなんだが。
「想ちゃん、今日も行くんだよね?」
「ああ、約束だからな」
「そんなちょっといっぱいやってくか、的なノリで行けるところなのかよ」
「こんなもんノリで始めたようなものだし、ノリでやってかないと俺がやってられない」
「んな理由で自分の身を危険に晒すようなことしてんのかよお前は……」
「可能性はあるにしろ、現状は起きてないからな。そういうもんは起きてから考えることだ」
「事後報告ほど意味のない後悔はないんだが」
「後悔しないようにやるだけだ。じゃ、今んところ報告できるのはこれぐらいだ。そっちはなんかあったか?」
「……狭い界隈だしすぐ見つかると思ったんだけどな。もしかしたら当時神隠しにでもあって、すでに見つかった子じゃないかって線がある」
「まあ、仙石先生も会ってるぐらいだしな。同一人物かは不明だけど、可能性はなくはないか」
「そんなすぐに引っ張ってこれるような情報じゃねえからすぐ報告ってわけにもいかねえんだ。裏付けもしなきゃだし」
「こっちの方がすぐ終わるかもな」
「それならそれで手間が省けるからいいんだけどよ。そっちみたいにすぐにフィードバックできるようなもんでもないんだわ」
「ま、なんかその調査闇が深そうだからな。こっちで早めに終わらせられるようにするわ」
「おう、頼んだぜ」
「お前は今日どうするんだ?」
「うーん、そろそろ女帝のご機嫌取りしないといけないからちょっと会ってくるわ」
なんで先輩、それも部長が後輩女子のご機嫌取りやってるんだよ。それこそ、前にいた日野くんにでもやらせておけばいい話ではないのか?
遊のやつが出ると誰もいなくなるとのことなので、部室の鍵は閉められ、俺たちはそのまま帰宅することになった。
まっすぐ家に帰れるわけじゃないんだけども。
「しかし、今までは失敗なく行けてるわけだが、今日失敗しないとは限らない」
「失敗しないよ?想ちゃんが行きたいと思えばそれはいつでも叶うことなのです」
「だったら日中サボって行きたいんだが」
「学校サボっちゃダメだよー」
多分このサボっちゃダメっていうのは、誰が私と一緒に行くの?という意味が含まれていると思われる。話し相手ならいくらでもいるから、その人たちと行ってください。早い時間でもいいなら夢芽が連れてってくれるから。
根本的に言えば日中は向こうへといけないみたいだが。
さて、その日中の管理はどうしてるんだろうか。それこそバックアップでもとって、あくまでも決まった時間に行けるようにそこを設置しているんだろうか。
別次元の世界だと言いたいが、行ってる俺はその別次元の人間ということになってしまう。なったところで超人的な力を手に入れたわけでもないが。むしろ、変な時間の過ごし方をしてるせいで、疲労が蓄積していくばかりだ。だからこそ早いところ終わらせたいのもあるが。
はたして、終わらなかったら俺はどうするんだろう。
何もかもすっぱり忘れることなんてできやしないだろう。別に時間に囚われるわけでもないが、どうにもあそこは自分がいて心地の良い空間ではなかった。
ならば、俺はあの世界にとっては異物だということだろう。こっちにいて心休まる時があるかなんて聞かれてもそれはそれで疑問なんだが。
少なくとも、あそこにいるよりはマシだろう。
「想ちゃん、眉間にしわ寄ってるよ。考えごと?なら、幼馴染に吐き出すとよろしいですよ。ほらほら」
俺と向き合って後退しながら歩き出した。
ったく、危ないな。これ以上歩かれても危なっかしいため、一度立ち止まった。
それに倣って、凪も立ち止まる。
「想ちゃん?」
一度、周りからの評価を確かめるために凪の頭から足のつま先まで視線を動かした。
まあ、スタイルがいいとはいいがたいが、スレンダーな体型だろう。そこから、整った顔立ち顔に視線をやる。
なんで、見られてるのかよく分かってないようなあどけない表情。目はぱっちりしてて、少し体温が高いのかほんのり顔は紅潮してる。夕焼けのせいもあるかもしれない。そして、化粧気の全くない唇は少し小さめで、それでもツヤがあって柔らかそうだ。まあ、可愛いのだろう。童顔つーか、あまり成長してない感も否めないが。
「な、なんかじっと見られると照れるな……」
「いや、周りはお前が可愛いっていうから、ちょっと見てみただけだ」
「え、そ、そうかな……想ちゃんは、どう、かな?」
「あまり、人を見ないからなんとも言えんが、クラスの奴らよりはまあ、可愛いと思う」
そもそもなんとなく化粧してるから、本当の顔がイマイチ把握できないのだが。それこそ、この歳で本当に無化粧のこいつは珍しいだろう。逆に病院で言うほどストレスなく過ごして、周りから化粧の仕方とか教わらなかったのもよかったのかもしれない。夢芽は部活で汗かくからしたくないようだが、一応肌には気遣って化粧水とファンデーション使ってるし。
「想ちゃんから言われると、その、なんか……嬉しい」
「本気で照れるな。……というか、お前、なんか顔赤すぎやしないか?」
「は、恥ずかしいんだよ」
「ちょっと、デコ貸せ」
「わ、ちょっ、ちょっと」
手を当ててみると明らかに熱い。フラフラはしてないけど、明日あたり怪しいかもしれんな。
「今日は帰るぞ」
「ひ、光ちゃんはどうするの」
「明日謝る。お前が途中で倒れられたら申し訳立たんからな」
「げ、元気だもん。くしゅん」
「……ったく、無理すんな。病み上がりだってことをお前が一番忘れてるだろ。疲れてんだよ」
「そ、想ちゃんもそうじゃないかな?」
「男は生来無理しても働くもんなの。まあ、限界は自分で分かるから、そうなる前に休むけどな」
そもそもこいつも今日は保健室で仮眠を取らせてもらってたぐらいだし、疲れが溜まってるのは間違いないだろう。
「今日は早く帰って、風呂に浸かって早く寝ろ」
「……想ちゃん、一緒にいてくれない?」
「……お前が早く寝てくれるのならな」
「やったー」
そう喜ぶ声もいつもよりなんとく弱い。
仕方なしに凪を少し自分の方に寄りかからせて、凪の家まで送って行った。
今日は凪の家の方でごちそうになり10時頃には帰ると親には連絡をつけておいた。
「ええ〜10時までなの?」
「それまでに寝ろ。おばさんも心配してんだから」
「体調が悪いって言った娘に揚げ物を用意するような母親が心配してるとは到底思えないけど」
いや、夕飯の用意してたところにそう言われたから夕飯がそのまま出されただけなんだが。いつもより少なめだとは言ったものの出されたものを完食してるのだから、そこまでの心配はいらないだろう。
「想くんが婿になってくれたらいいのに、うふふ」
きっと冗談ではないのだろうな。適当に流しておいて、万が一明日行けなくなった場合の対処法を考えることにした。
「上がったよ〜」
体から少しまだ湯気を上げながら凪が戻ってきた。
「お前、ちゃんと髪乾かせ。本格的に風邪引くぞ」
「あ〜いつもお母さんにやってもらってるから」
……こいつ、自立できるんだろうか。もうすでに高3なのだが、不安だぞ。
「ドライヤー持ってくるから想ちゃんやって」
「ったく……。これから自分で出来るようにするんだぞ」
「はーい」
こいつ絶対やる気ないって返事だぞ。
そういや、ストレスって髪にも出るって聞いたことあるな。
ただ、しっかりトリートメントとかシャンプーしてるのか、凪の髪はさらさらしていてとても柔らかい。夢芽とは違うものを使っているのだろう。いつも、隣で歩いていたが、匂いまで気にしてなかった。少し甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「な、なんか想ちゃんくすぐったいよ」
「髪触られるのってそんなにくすぐったいか?」
「なんか、むずむずする」
「まあ、髪は女の子の命とも言うらしいからな、丁寧にやってやるよ」
「でも、想ちゃん割とズボラだからな〜心配だな〜」
「はい、終わり。あとは自分でやれ」
「すいません!最後までやってください!」
減らず口を叩かなければいいものを。切り返しも早いから最後までやってやることにした。
しかし、ドライヤーを当ててるとときおり首がかくんかくんとなっていた。
「よし、こんなもんだろ。あとは体冷やさないようにちゃんと布団かぶって寝るんだぞ」
「想ちゃん」
「なんだ。もう帰るぞ」
「私が寝るまで一緒にいて」
「…………」
甘えん坊だなこいつ。
だが、面倒を見ると言った手前なのか、断りきれない俺の性格なのか、そのお願い事に頷いた。
俺は凪が目を閉じて寝てからも1時間ほど帰るのを遅らせてベッド側にいたのだった。