3話:少女の謎
いくら家が隣同士で幼馴染だとはいえ、あまり女の子を自分の家に入れてるのは倫理的な話では問題があると思うけど、うちの隣の娘は全く気にしてないうえに、あわよくばも考えてる節があるので俺が抑制しないといけない。
それでなんでうちへと招き入れるかといえば、うちであれば妹がいるのだ。ここでならば下手なことはできない。ここに置いとけば監視の意味もあるし、適当にマンガでも読ませておけばおとなしいものなのである意味最善策を取っているのだ。
餌を与えておけばおとなしいのは犬の習性な気がする。エサがなくなったらウロウロし始めるんだけど。
「想ちゃーん。これの続きないの~?」
「それが最新刊だ。次出るのも数ヶ月後だろ」
「じゃあ夢芽ちゃんの借りてこようかな~」
「夢芽今いねえから。まだ部活やってるし。借りるんなら帰ってきてからにしてくれ。怒られるの俺なんだから」
「じゃあ問題ないね」
「そもそもお前は遊びに来たんじゃないだろ。俺の話を聞きに来たんじゃなかったのか」
「……忘れてた」
素で言ってのけるところがこいつの怖いところである。目的をすぐに見失ってるからな。
「神楽くんには連絡したの?」
「あいつの門限は10時だから引き上げた頃合いを考えてから連絡する」
「想ちゃん性格が年々悪くなってる気がするよ」
「お前が人が良すぎるんだよ。その場のノリだけで生きてくと後々後悔するぞ」
「その時は色々考えてる想ちゃんが助けてくれるから何も問題ないね!」
そこまでドヤ顔して親指立てられても困るんだが。こいつ、どこまで俺についてくる気だ。精々高校までだと思っていたのだが、先行きが不安になってくる。
「……話の前にだな。凪、お前将来とか考えてるか?」
「将来?想ちゃんのお嫁さんになれれば……ミッ!」
あまり女子の頭をチョップするのも普通は気が引けるが、こいつの場合は目を覚まさせる必要があると思う。よって、これは必要な行動であり、暴力ではない。正当化していくスタイル。
「痛いよ……」
「本気で言ってんのか?」
「想ちゃんは私のこと嫌いなの?」
「カテゴリーとしては夢芽と一緒だ」
「じゃあ家族も同然!私がいつも一緒だよ!」
妹みたいなものであまり恋愛感情とか芽生えないとかそっちの意味合いだったのだが、こいつのポジティブさはどこから来るのか。そんなに俺のことが好きか。なんとかして打算的に生きていく方法ばかりを画策しているのだが。将来的なメリットなんてほぼ皆無だぞ。
「ちゃんと想ちゃんのために勉強するよ。私は栄養士を目指すのです。想ちゃんの健康に気を使いつつ美味しい料理を提供してあげるのです」
「じゃあ家政婦な」
「奥さんにしてよ!」
「俺は不良債権だから。考え直せって言われるぞ。高校卒業したらニートさえありえるぞ」
「その場合は想ちゃん、おじさんとおばさんに追い出されるかもね」
「そう。だから、お前は俺を掴むべきじゃない」
「でも、私は想ちゃんが好きだからついて行くよ」
恋は盲目って言葉はこいつのためにあるものだと思う。いや、嫌いではない。むしろ好きなぐらいだ。好きだからこそ、俺がどこか遠くで見てこいつが幸せになっていてほしい。俺が幸せにするというのはおこがましい話であり、こいつのためにならないと思う。こんな将来性のない男の何に惹かれてるんだろうか。
あまりこういう話ばかりしてると妹が突撃しかねないので、話を元の話題にするとしよう。
「まあ、話は戻そう。あの時、凪は俺がどうなったか覚えてるか?」
「私が前歩いてちょっと振り返ったらいなくなってたんだよ。だから探し回ったのに、元の場所に戻ったらいたんだよ。なんだっけこれ……」
「灯台元暗し、だな。逆に俺は、お前がいなくなったと思った。だけど、別に出てきたやつがいた。きっと、遊のやつが言ってたやつだと思う」
「どんな子だった?」
「なんで『子』なんだよ。聞くなら『人』だろ」
「だって、神楽くんが……」
「あいつの言ってたことなんてあいつが見たことじゃないし、ただの妄言だろうが」
「でも、なんかそんな気がした」
そういう勘だけは鋭いのか。別に隠すことでもないし、今から話すことだけどなんだか釈然としない。
「……女の子だったよ。年の頃はたぶん中学に上がるか上がらないかぐらいだと思う。ただ、なんか変なやつだった」
「想ちゃんがそういうってよっぽどだね〜」
「俺がよっぽど変なやつだと言いた気だな?」
「自覚症状が足りないよ〜」
「お前だけには言われたくない……」
幼馴染だと色々知りすぎて、お互いがなんか周りと違うことを理解している。人をよく知ってるということだが、ある意味それがあらゆることの弊害になってる気もする。ただ、普通の概念というのは人のラインによって違うから誰かにとっては俺は普通でありきたりでつまらないやつかもしれない。むしろそうでありたい。目立たないように生きていきたい。日陰者でいいです。
さて、あいつはそういった意味では羨ましいのかもしれない。基本的には普通の人には認識されてないのだし。
「うん?そうすると、あいつは真面目にどうやって生きてるんだ?」
「想ちゃんが見たっていう女の子?」
「ああ、そいつな。親もいない、家もない、挙句名前もないとか言ってやがった。経歴不明なうえ、食事もとらなくていい、寝る必要もない。そいつが何をしてるかと聞いたら、探し物を探す手伝いをしてるのだと」
「……見つかるの?」
「さあな。俺には探し物なんてないって言ったら、あっさり引き下がって帰したから」
「帰した?」
「お前は俺がいなくなった。俺はお前がいなくなった、そう言ったよな。これから導かれることはなんだ」
「わかんない」
「ちょっとは考えろ!あいつ曰くミステリーらしいから少しぐらい謎解きしてやる必要があるだろ!」
「じゃあ、どちらかが何か不思議な現象に巻き込まれた。私の方はその子に会ってないから、想ちゃんがどこかに行ってきた、ってこと?」
「最初からその答えを出してくれ。無駄な会話が多かった気がする」
「幼馴染的スキンシップだよ!」
「ともかく、報告するにも情報がなさすぎるんだ」
「せっかく会ったのに想ちゃんはそんなに私に会いたかったのか〜かわいいなあもう」
「どちらかと言えばあいつに協力する気が全くなかったというのが正解だ。だが、あそこまで色々謎に満ち溢れているとこちらとしても好奇心というものがある」
「……中学生ぐらいの子って言ってたよね」
「まあ、見た目はな。実際のことはよく分からねえけど」
「想ちゃんはロリコンだったの⁉︎失望した!」
「待てやこの幼馴染。誰がロリコンだ。男というのは生態的に若いものを好むらしい。いや、そういう話ではなく、そもそも一種の怪事件だろ。俺はたまたま帰ってこれたが、本来ならば会うこともなかなか出来ないから帰って来れないこともあるらしい。さすがに向こうで1日過ごすという案は愚策すぎたからすぐに帰ってくる選択をしたが、時間の流れすら向こうとこちらは違うのかもしれない。あと、夕暮れ時にしか現れないって言ってた。もしかしたら、向こうの世界は時間が止まってるのかもしれない。ともすると、あちらの世界は時間という概念が存在しないから、女の子は迷い込んでそのままの姿を保ち続けてる可能性すらある。それで、人が来ては探し物を探す手伝いをしてるなんて言っていたが、本当は別にやりたいことがあったのかもしれない。自分が何者なのか分からないままそこにいるのだとしたら悲しすぎるだろ」
「……想ちゃん」
「なんだ?」
「助けてあげたいの?その子のこと」
「……そうだな。解決策なんてわからないし、そもそもまた出会えるのかどうかすらも謎だ。それでも、また会えるのだとしたら力になってやりたい。自分が何者か分からないことが辛そうな感じはしなかったけど、余計なお節介かもしれないけど。あの子がこちらへ来れるのならば、もしくは自由にこちらの人が向こうへ行けるのなら、お前も友達になってやってほしい」
「……想ちゃんの頼みじゃ仕方ないなあ。そうだ、たぶんきっとまた会えるのは想ちゃんだと思う。だからまた会えたらその子の写真を撮ってよ。どんな子か私も知りたい」
何を根拠に俺がまた会えるとするのか。当てもない幼馴染の言葉だけど、不思議となぜか当たるような気がした。
あの子は謎が多すぎる。仮説を立てるとするならば、一両日で終わるような話でもないと思うが、俺としてはなんだか好奇心が揺さぶられる出来事だ。
受験?就職?そんなものより目の前に転がってる面白そうなことだ。
忘れないうちに遊のやつに連絡を取っておくか。なんらかの見解は必要だ。何をもって解決とするのか見通しは全く立たないが、俺はあの少女のことを助けようと決意した。