27話:手がかり
「先に光に聞いとくけど、この部屋以外は使ってないのか?」
「まあ、四六時中ここにいるわけでもないし、料理を作って食べるわけでもここを探索するわけでもないからね」
「じゃあ、他の部屋は未開の地ってことでいいか」
「何か出てきそうだね……」
「むしろ出てこないと何も発見がないわけだから出てきて欲しいんだが」
「想ちゃんの後ろに忍び寄る背後霊が~」
「いたら間違いなくお前だから」
「私が死んでも成仏せずに想ちゃんのスタンドになるよ」
「ロクに戦えそうにないな……」
なんの戦力になるんだ。こいつが俺の背後霊になったところで俺と話せるわけでもあるまいし。本当になんの足しにもならないな。せめて、安らかに成仏してくれ。地縛霊とか背後霊とか最終的にロクなことにならないって聞いたことあるぞ。
まあ、しかしその場合はこいつはきっと未練タラタラなのだろう。いかにして未練がないようにするかということであるが……きっと、逆でもなんとなく俺も未練がましいことしてるのかもしれないな。
そんな遠い未来の話より目先の今である。
俺たちの世界では俺の部屋。今は……おそらく、親父の部屋だったもの。そこの前へと立った。
しかし、開いた扉の先に何があるわけでもなかった。
本当に物置だったのだろうか。ここの資料を研究室へ送ったとかではなく?
「一つ、説を提唱していいかい?」
「なんだ藪から棒に」
「まあ、何もないからっていきり立つこともないよ。そんなにすぐ見つかるものとも想は思ってないだろう。……きっと、想が言う、想のお父さんがこの世界を作ったのではないか?というのはあながち間違いではないとは、ボクは思う。家の細部まで知ってるのはその家に住んでる人ぐらいだろう。だから、こうやって再現できる。けど、知らないものを再現はできない。だから、外にあるほとんどのものが形だけ成してるハリボテだと思うよ」
そういえば、自販機とかもそんなんだって最初に来た時言ってたな。
「なら、その細部まで調べることのできるところに探し物があるのか?」
「そこに隠してあるかどうかは別だよ。そもそも何のために存在してるのかは結局分かり得ないし」
「想ちゃんは何を見つけたいの?」
「まあ、大まかでいいから親父の研究内容だな」
「それこそ、想ちゃんはおじさんに言えば、資料はもらえないかもだけど話ぐらいは聞けるんじゃないの?」
「俺が高校に上がってから音信不通でどう連絡取れと?」
「その大学に連絡するとか……」
「きっと繋がらねえよ。……戻ったら母さんにでも聞いてみるか」
「大丈夫なの?」
「何が」
「いや、今日もお昼ご飯作ってもらえなかったって」
「……いや、別に喧嘩してるわけじゃないから大丈夫だ……たぶん」
「そして、君たちが帰るときは来た時からどれだけ進んだ未来だろうね」
「あまり怖いこと言うんじゃない」
「今はそんなに恐れる必要はないだろう。想だけじゃないんだし」
逆に俺だけの方が好き勝手できるし、その方が気が楽だったのだが、凪がいる以上そこまで長居もできないというのが現状だ。光のいうとおり、戻ったらどれだけ俺たちの世界で時間が進んでいるのか分からないし。
根本的なことを言うのならば、俺たち自身あの世界には現状いないことになっているのだろうから、元々居なかった存在、ということにはならないのだろうか。
それは実証が不可能なことなんだけど。
いや、光のことを覚えている時点でその可能性は低いか。
ただ、それは俺たちが特別なだけなのかもしれないけれど。
「何もなさそうだし、外に出てみるか。光はどの辺りまで出れるか知ってるか?」
「さあ……でも、そこまで遠くには行けないだろうね」
「だろうな」
「どうして?」
「そもそもなんで光がここから移動しないか考えてみろ」
「ここが家だからじゃないの?」
「あくまでもここは活動拠点ってだけだ。可能性を探るためならもっと他のところに行くだろう。もっと人がいたりだとか」
「光ちゃんは人があまり好きじゃない?」
「いや、そんなことはないよ。そうでもなければ誰かの探し物を手伝おうなんて気は起きないだろうしね。だけど、溢れかえるほどの人はまだ見たことはないな」
「じゃ、こっちに来たらさ、私たちと学校に行こ?きっと楽しいと思うよ」
「……そうだね。行けたらね」
俺がこっちの世界へ行こうと提案した時はあれだけ否定して行こうという意思すらなかったのに、凪の言葉には少し肯定めいた言動だった。
でも、それには行けっこないという意味も含まれてるように感じた。
「ま、でもこんななりじゃ、高校生ですなんて通じねえだろ」
「ほう。知恵比べをしたいと言うのかい?君の言いたいことは全て論破できる自信があるけど、それでもいいのなら受けて立つよ」
「悪かった。ま、でも行けたらいいな」
「……うん」
もっと噛み付いてくるかと思ったら思ったよりもおとなしく、なんだか拍子抜けだった。
「もしかして、学校で授業とか受けたことないか?」
「知らないよそんなの。覚えてもない。でも、きっと問題がわからないなんてことはないと思う」
「凪、俺たちのカバンあったよな?」
「え?うん、あるよ」
「学校に行くか」
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俺たちは光を連れて、俺たちの高校へと足を踏み入れた。以前にここからスタートしていたから、ここぐらいは来れるだろうと踏んだがドンピシャだったようだ。
「おじさんもここの出身なのかな?」
「そうかもな」
「なら、名簿とか見ればどこの部活に所属してたとかわかるかも」
「分ってどうするんだよ。研究始めたのなんか大学卒業した後だろうし、こんなところにその材料が残ってるわけねえだろ」
「そっか……残念」
「で、想はここにボクを連れて来て何をしたいんだい?」
「ん?まあ、授業だよ。はい、そこ、逃げようとしない」
即座に背を向けて忍び足で逃げようとしていた凪の襟首を掴んで引き止めた。
「ろ、6時間分受けて来たんだよ!まだ私に勉強しろと⁉︎」
「お前は足りねえぐらいだろうが。補習受けるのと俺がレクチャーするのとどっちがいい?」
「想ちゃんのがいい……」
「なら、俺がこれから先生として授業をする。科目は数学Ⅰだ」
「先生」
「はい、早瀬くん」
「数学Ⅰなんて三年生は授業ありません」
「俺が持ってるから安心しろ」
「なんの安心なんだろ……そして、想ちゃんが持ってる意味も分からないよ」
「お前もあるだろ。基礎からやり直せって」
「あったかな……あ、カバンの奥底に」
「光は凪のやつ見せてもらいながらやってくれ」
椅子に座ったはいいが、光の背丈にあってないために足をプラプラさせていた。そして、少し不機嫌そうな顔をしている。
「なんだ?光。お腹痛いのか?トイレ行ってくるか?」
「君たちみたいな生理現象は起きないよ」
「私はあったよ!」
「女の子が堂々とそんなことを公言せんでいい。じゃあ、なんだ?」
「いや、手がかりを探すと言ったのに随分と悠長だなって。ノコノコついてきたボクもボクだけど」
「まるで考えなしにこんなことをしてると言いたげだな」
「違うのかい?」
「違わないが」
光は目を閉じて少し唸る動作に入った。いや、すまん。正直悪ノリした。光に考え込ませても拉致があかないし、気分転換に少し教えるということをやってみるか。
「光、隣の寝てるバカを起こしてくれ。授業を始める」
「そもそも想が先生の時点で何か納得いかない」
「現時点で最年長で俺が一番勉強ができるからだ。ま、光が何歳だろうが今は知ったことではないが」
「どうしてもボクを年下にしたいみたいだね」
「しといたほうがいいだろ。色々と」
「色々と……か。まあ、この体躯でお姉さんと呼べというのもいささか無理があるというものだ。その辺りの扱いは甘んじて受け入れることにしよう」
とか言ってる割には不服そうな感じはなんだ。いっぱしのレディ扱いでもしろってか。それはそれでこっちが扱いに困る。でも、正直年下の女の子の扱いは妹で慣れてるしそっちのがやりやすいんだよな。
……妹?
「なんも問題ないな」
「いや、いくつか問題があったけど忘却の彼方へと追いやったみたいな間があった気がするよ。まあ、君がいいと言うのなら構わないけど。さて、授業するんだろ?」
「……時間設定したいんだけどな」
「幸い、君がボクにくれた時計は動くようだ。が、その時間があってるかどうかは謎だけどね」
「教室の時計は……」
9の数字のところを上下していた。なんだか重力に負けてそれ以上上へはいけないようだ。時間が進まないと言うか、ある程度進むとそこへ戻ってしまうなんて暗示にも思えたが、ただの電池切れだろう。光から時計を受け取ってチャイムも鳴らない、時間も過ぎない、俺の話を聞きながらすぐに寝ようとする幼馴染をひっぱたいて起こす、そんなことを繰り返してる授業をしていた。




