26話:時の流れ(2)
たかだか8畳ぐらいの部屋。まあ、一人でいる分には十分な広さだと言えるが、それを言えば6畳もあれば一人で住んでる分には十分な広さだ。だって、俺の部屋はそんなものだもの。ただ、光が使ってるこの部屋は俺の記憶が確かならば、両親の寝室だ。もっとも、両親などと言うが、現状は母親が使ってるだけだが。親父はどこほっつき歩いてるか分かったものではない。
「そんなわけで、俺の親父が一番怪しいと踏んでる」
「大学の研究員だったっけ?」
「博士号は取ってるからちゃんと研究費は貰ってるんだよな。何に使ってるかはともかく」
「なら、その君の父親の研究内容を調べれば足がつくのは早いんじゃないのかい?」
「こんな怪しげなことを表舞台で研究してますって言えるか?足がつかないようにやってるのが定石だろ」
「じゃあ、どうやって調べるっていうんだい」
「ま、灯台下暗しってことだ。さっきの凪の言葉じゃないが、木を隠すなら森の中。さて、自分の物を隠すなら?」
「……自分の部屋に隠すかな」
「そういうことだ。大きく言えばこの家の中に隠すだろうな。かつ、俺たちが普段目に触れないようなところだ」
「この部屋だって言いたいのかい?」
「ま、もっともその研究室にだか、pcのデータ上って言われたらこちらとしてはお手上げだが。そもそも、この世界に電子機器の概念があるのか聞きたい」
「じゃあ、君はなんでこんなものを渡したのかな⁉︎」
ちょっと怒り気味で光は俺が渡した携帯を取り出した。まあ、俺が渡したというのにその俺がはなから否定していてはそりゃ怒るわな。しかし、本当にそれらの通信機器が使えるという保証はない。あくまで、俺たちの世界と、こちらの世界での話だが、最初に来た時接続に失敗してるわけだし。
「ということで、この世界であれば繋がるかどうかというのをここで確認してみるか」
「近すぎて繋がってるか分かりにくくないかい?」
「じゃあ、電話かけてみるからそこで待っててくれ。俺は扉の外からかけてみる」
「……ついでにこの子も連れてってくれないかい」
「な、なんで?」
「ボクとこの子を二人きりにしないでくれ。嫌な予感がする」
賢明な判断である。というよりは第六感だろうか。以前に何かされかけたのでそういう潜在的意識だけ刷り込まれてるのかもしれない。
向こうの機嫌を損ねるのもそれはそれで面倒なことしか生まないので、おとなしく凪を引き連れて一先ず部屋の外に出た。
「いつ渡したの?」
出てすぐに凪からそう聞かれた。
「昨日来た時だ。まあ、どうせ電話しか機能のないもんだしな」
「……でも、どっちにしろこっちに来たらすぐに光ちゃん私たちに会いに来るんだし、電話を持たしてる意味あるのかな?」
「……まあ、万が一だ」
「あと、いつかは電池切れるでしょ?充電器とかは?」
「……そもそも電気が流れてるのか不明瞭だが」
「まったく、想ちゃんは肝心なところが抜けてるな〜」
いつも抜け抜けのこいつにそんなこと言われたくないな。しかし、あれの充電器なんてあっただろうか。まあ、他の機能なんてないし、そうそう電池がなくなることもないだろうけど。
……そろそろ電話かけてやらないと、向こうも暇してるだろう。
「……光?聞こえるか?」
『正直、君たちの会話が扉越しでも聞こえてるからこれもどっちから聞こえてるのか疑問だよ』
「そうかい。まあ、会話聞いてたならちょうどいいわ。それ、必要か?」
『あくまでも君が通信機器が使えるかどうかってテストのために持ってきたんじゃないのかい?』
「いや……まあ、間違いじゃないけど。もし、仮にお前に会えなかったとして連絡取れたら便利かなって」
『ま、これから聞こえてるってことは少なくとも電話としての機能は使えるってことだね。もう入ってきたらどうだい?そこにいても仕方ないだろう』
「そうだな。切るぞ」
「終わった?」
「ああ。中に入るぞ」
ベッドの上にペタンと座ったままの光が目に入った。
携帯を手に取ったままジッとそれを見つめてる。
「そんなに珍しいか?」
「まあ、ボクには必要のないものだったし」
「じゃあ私の番号も登録しておいて!」
「ひっきりなしにかけるなよ」
「わ、私だってそんな節操なしじゃないもん」
こうして、光の電話に俺と凪の電話番号が登録された。果たして、それが今後使われるか知らないが。
「そして、一つ考えついてことがある」
「なんだい?」
「時間が過ぎないんだろ?なら、電池の消費だって関係ないはずだ」
「……それに対して論じたいことはある」
「ほう」
「人間の寿命というのは定められるらしくてね。こうして、話したり空気に触れてるだけでも何かしらのダメージを受けて、その寿命は減ってるんだ」
「人間の寿命も電池と同じように消耗品だと?だから、電池が切れないという保証はないとそう言いたいのか?」
「簡単にはそういうことだよ。どんなものにも寿命はある。それは無論君たちにも、ボクにも、そしてこの世界にも」
「……まるでこの世界の全容を知ってるかのような物言いだな?」
「……知っていれば、自分が何者かなんてことで悩む必要もないし、君たちと出会って、外の世界へ行こうとなるんだろうね。知らないから、自分のことは分からないままだし、この世界に留まってるままなんだろう」
「ねえねえ、想ちゃん」
「なんだ?」
「私たちがいる世界とこの世界は平行線なの?」
「……いや、俺たちがこうやってきている以上は何かしら交わりがあるんだろう。それこそ、作られたものなのかもしれないな。そうでもなきゃ、光しかいないなんて薄気味悪いことものいだろう」
「想ちゃんは光ちゃんがこのままここにいちゃいけないって思ってるの?」
「そういうわけでもない。光を俺たちの世界へ連れてく方法があったとして、光にどんな影響があるかもわからないものだしな。それに、俺たちもこっちから元の世界へ戻るとして、時間の流れがぐちゃぐちゃなせいで、随分進んだ日にちに戻る可能性がある」
「……時間は進むことはあっても戻ることはない?」
「そういったフィクションを見たことがあっても、俺たち自身が退化するところを見たことあるか?」
「ううん」
凪は首を振った。
時間の流れは遅かれ早かれ、必ず進むもの。
だから、きっと、この世界も本当にわからない速度で進んでるのかもしれない。
「想。まだ可能性は残ってるよ」
「可能性?」
「……作り直されてる」
「作り……直されてる?」
世界を?そんなことは可能なのか?
「人間はあらゆる世界を作り出してるよ。君の言ったフィクションだってそうだ。……だから、この世界もボクという存在もフィクションで、誰かがそれを具現化してるだけなのかもしれない」
「誰がそんなことを?」
「それを調べるのが君の役目だよ。さて、君の探し物を探そうじゃないか。元より、それの手伝いがボクのここに置かれてる役割だよ」
「……役割が終わったらどうなるだよ」
「消えるのかもしれないし、残ったままなのかもしれない。終わって、ボクがそれでもいるのならば、今度は君たちの世界へ行くことにしよう」
「そもそも……俺は何を探して……」
「想ちゃん」
「ん」
「私も手伝うよ。想ちゃんと一緒に来れるのは私だけなんだから。私も一緒に来るってことは、想ちゃんと探し物がきっと私の探し物だよ。だから、私も一緒に探す」
「ん、じゃあ、一通り、この家の中でそれを探してみようじゃないか。想のお父さんの研究内容、だったかな」
「それが本当に探してるものなのかは定かじゃないが」
「無形のものを探すのはとても難しいことだよ。だから、まずは、ね?」
明らかに俺たちより小さな少女にたしなめられるようにそう言われ、俺たちは捜索を開始した。
探し物を探し始めるのにどれだけの時間をかけてるのだろうか。
下積みのための必要なプロセスだと信じたい。
だけど、本当に俺が探してるものって、なんなんだろう。




