22話:日付変更線(3)
トランプとかはもっとちゃちなもので、それこそ神経衰弱とか七並べ、ババ抜き、誰でも知ってるような遊びだってあるはずだ。
でも、それは大人数でこそ成立するトランプの遊びで、二人でやろうというものなら、ギャンブル性の高いものとなってくる。
対峙した俺がやっているトランプのゲームはブラックジャックだ。
山札から最初に二枚引いて、引いたトランプの合わせた数字を21に近づけていくゲームだ。
最強の合わせ方はエースとジャックの二枚で成立する組み合わせで、それがブラックジャックと呼ばれる。某闇医者とはなんの関係もありません。
それ以外ならなるべく数字が21に近づくまで山札から手札を引いていくのだが、21を超えた時点で超えた側のプレイヤーの負けとなる。
まあ、なんか必勝法があるらしいが大体こういうのは5回勝負なのでそのうち3回勝つと勝利となる。それまでに場に出たカードを覚えておけば、相手の持ってるカードが推測できるとかなんとか。そうすれば、自分の持ってるカードで勝てるかどうかの算段がつくからだな。
そんなことは俺にはできないが。
「ブラックジャックだよ」
だが、目の前の少女はできるらしい。ちなみにこの技をカウンティングといいます。
俺が勝てるのって、たまたま山札からブラックジャック引いた時だけだし、その場合は向こうは降りるだけだしな。俺が一方的に負けるだけである。
「ふむ、あまり聞くことがなくなってしまってきたね」
「搾り取るほど勝つお前の腕はなんなんだ」
「人とは脳のつくりが違うみたいだ」
「なら今までのことも覚えてて欲しいものだ」
「皮肉なら受け取らないよ。……もっとも、こうやって相手してくれる人もいなかったから披露する機会もなかったんだけど」
「……イカサマはしてねえよな?」
「ボクがイカサマしてると疑うのならちゃんと調べるがいい」
やったら犯罪にしかならないから俺は首を横に振っておいた。そもそもこいつがイカサマしたところでなんの利益もないし。
「はぁ、で、まだなんか聞きたいことはあるか?」
「いっそボクが自分語りでもしたほうが早いんじゃないかと思ってきたよ」
「是非ともそうしてくれるとありがたい限りだ。お前に勝てる見込みないし」
「トランプには純粋に判断力と瞬発力だけで勝負するスピードというゲームがあるんだけど、それでもやるかい?」
瞬発力ならまだしも判断力で圧倒的に劣ってそうだから、結局のところ負ける未来しか見えない。うーむ、俺もそこそこアタマはキレる方だと思っていたが、世界は広い。いや、この場合は明らかに狭いのだが。世界広しとも世間は狭し。こいつを世間というカテゴリーに入れていいものか判断はしにくいところだが。
「まあ、でも約束は約束だ。俺は勝負に勝てなかったからお前には聞かない。でも、一つ頼みたいことがあるんだが」
「聞ける範囲なら聞くよ。こうやって遊び相手が出来たのも想が初めてだ。そのよしみといこうではないか」
どうにもこいつの記憶してる範囲というのが把握できない。もういっそのこと、過去の記憶なんて全て取っ払って……取っ払うものがないが、俺と出会った記憶がなくなった今の状態を一として、そこからまた積み上げるとしよう。
幸い、向こうの記憶がなくともこちらには記憶は残ってるし、何もわからなかった一番最初と違って、少しずつではあるが何が出来るかは俺の中で構築されつつある。
向こうに戻ったとき、この世界が何なのか、この少女は何者なのか、自由に行き来する術があるのか、その手がかりを俺がこの世界から持ち帰らなきゃいけない。
光にはその手伝いをしてもらう。
「根本的には、だ。お前の名前はあくまでも俺がつけた名前に他ならない。もし、お前が俺たちの世界に存在するのならば、本来の名前というものがあったはずなんだ。俺は、それを調べている」
「……調べてどうなるんだい?」
「……俺の一方的な自己満足に過ぎないだろうな。前に来たときにお前に怒られたよ。お前が望まないことを勝手に俺がやってるに過ぎないからな」
「そう……」
記憶はなくとも、自分が怒る琴線が把握できてるのだろう。俺に対して記憶がなくても怒っていたことに対してなのか、なんとなくその表情は沈んで見えた。
「気にすることはねえよ。俺が悪い。それで終わりだ。ただ、罪悪感があるのなら俺に協力をしてほしい」
「それならさっき、出来る範囲で協力すると言ったよ。何をしてほしいんだい?」
「被写体だよ」
「……君にロリコン疑惑があることに関しては、ボクは今更言及する気はないけど一応身構えればいいのかな?」
「こんな警察も法もないようなところで身構えてどうするんだよ。俺が力任せに行けばお前みたいな細い体でどう抵抗する気だ?」
「……人体にはいくつか急所があってね。男性は女性よりさらに一つ表面に出てきてるから。そこを最初ついて、のたうち回ってるところに、あと、君からもらったペンがある。知ってるかい?ペンがあれば人の息の根を止めることは可能だ」
簡単に殺害計画を立てられてしまった。こんな警察も法もない世界では完全犯罪が簡単に成立してしまう。
「待て待て待て。俺が手を出すことを前提に話すな。被写体ったって、お前のことを探すための手がかりのための証明写真みたいなもんだ」
「……カメラがどこにあるんだい?」
「撮ってすぐに写真が出てくるようなカメラがあればそれがいいんだけどなあ。そんなもんを写真部でもない一介の高校生は持ち歩いてないからな。携帯のカメラ機能を使ってデータ保存しておく」
「戻ったときにそのデータが残ってるといいね」
「はあ、それなんだよなあ。試行錯誤繰り返してんだよ。そして意気揚々と今回来たわけだが」
「ボクが覚えてなくて出鼻を折られた、と」
「飲み込みが早くて助かる少女だな」
「果たして、少女と幼女の境目はなんだろうね」
「いきなりなんだ」
「君がロリコンだという疑惑の元にボクを少女だと形容したことに対する疑問だよ」
「あくまで少女でも見た目が幼いかつ年齢が若年層でその子に対して、恋愛感情、性的対象として見るのであれば、そいつはロリコンということで」
「じゃあ、想はロリコン疑惑じゃなくてロリコンか。よかったね。疑惑が晴れたよ」
晴れ方が一番最悪な方向なんだが。なんでロリコン認定されてんだ。
「君はボクに対して性的な目で見てる気がする」
「自意識過剰も大概にしてくれ」
見目は確かに整ってて可愛いかもしれないが、それはあくまでもその年齢相応の可愛さであって、小動物とかを可愛いというのとカテゴリー的には一緒だ。
そもそも、俺の恋愛感情ってなんだよ。俺自身が把握してないのに、人に決められてたまるか。いや、こいつは恋愛感情とは言ってないな。性的感情を持ってると評された。誠に不服である。せめて、出るとこ出てからそういう口は聞いてくれ。
「その顔を見ると不機嫌かな?」
「愉快そうな顔に見えてるのならお前の目は腐ってると言ってやる。ただ、そんなことでヘソを曲げるほど許容量が狭いわけではない。伊達に17年生きたわけではないからな」
「じゃあロリコンだという事は認めると」
「もういちいち弁解するのも面倒だしそれでいいよ。俺が否定してもお前がそれで納得するというんならな」
「だから、ボクは君と適度な距離を取らせてもらう」
「それはそれで悲しいな。知り合いも何もいないこんな世界で唯一いる人間に距離を取られてしまうとは」
「……まあ、その距離はボクの気分次第だ。別に君が嫌いなわけではないからね。ただ、君から来るとなると犯罪臭くなってしまうから、その配慮だよ」
「…………どうもありがとう。今度は他のやつも一緒に連れてこれるといいな」
「君に友人がいたのかい」
「なんで驚かれてんだよ⁉︎人がぼっちだからってこの世界に来たとでも思ったのか⁉︎」
「可能性はゼロではないだろう?まあ、メカニズムが分からないから考えうることは何でも追及していかないと」
「うん。お前の御託は分かったから、とりあえず写真撮らせてくれない?」
「変なことには使わないだろうね」
「普通、被写体本人に向かって、変なことに使うから写真を撮らせてくれって頼む奴もいないよな。使わねえよ。俺はそこまで特殊性壁じゃない」
「……男性の6割はロリコンだというデータがあるらしくてね、ロリコンのほうが大多数だということを見ると、そうではない君の方が特殊性壁だということになるけど、その辺りについてはどう思うかな?」
なんで12,3歳の女の子とこんな特殊な性癖についての話をしてるんだ。というかいつまでこのネタ引っ張るんだ?この子が望む回答が分かりません。
いちいちポーズとってというのも面倒なので、会話の流れを断ち切る意味でも、アプリのカメラを起動させて、光の写真を撮った。
「な、なんだい!いきなり!」
「写真映りいいな。アイドルでもやるか?」
「なったところで見てくれる人もいないよ。もっとやる気もないけど」
「ま、背伸びして肩肘張ってても疲れるだろ」
「……無理してるように見えるかな」
「比較対象ないけどな。自分がそれぐらいの年のことを考えるとよっぽど大人に思えるよ」
「……どうやって自分が人格形成されたのかも分からないから不安ばかりだけどね。ボクとしても本当は失礼のないように振舞いたいんだけどね」
「かなり傍若無人、自由奔放だと思うが。まあ、いいんじゃねえの?別に誰に迷惑かけるわけでもないんだし」
「あの、想」
「なんだ?」
「君の世界はどんな楽しいことがあるんだい?」
「俺なんかは学校行って、友達とつるんで、幼馴染に付け回されて、妹にたかられて、それが日常のルーチンになってるけど、やっぱ色々少しずつ変わってるんだ。それが楽しいんじゃねえのかな?光はここでの生活は退屈か?」
「……退屈って感情もよく分からないよ。ただ、与えられたことをやってるだけな気がしてる。でも、そうだね。変わる、か。ここでは体感しえないことだ。変わる世界に身を置けたら、ボクも何か見つけられるのかな」
「見つける……って、何を」
「何だっていいじゃないか。最初に言わなかったかい?ここは探し物が見つかる世界だ。ボクはその手助けをするいわばアドバイザー的な立ち位置。……でも、そのアドバイザーが探し物を探したっていいじゃないか」
「……探したいときは俺が手伝うよ」
「探し物自体が分かってない君に探すのを手伝うと言われても、見つかる気がしないね」
「口の減らんやつだ」
「お互い様だろう。時に、君の時計は動いているかい?」
「……動いていたとしてだな。俺がここに来たのか何時ぐらいだったか記憶が定かじゃない」
「だらしないね。体感的に時間が経ってるとしていても、ここは動かない。だから、取り返しがつかなくなる前にここに迷い込んだ人を返さないといけないんだ。だから、君は干渉しすぎてるのかもしれない。正直、取り返しのつかないラインに踏み込んでるのかもしれない。想は、ボクを助けるって言ったね。その言葉、信じてもいいのかな」
一つ一つ核心をつくような言葉の紡ぎ方に一瞬だけ怯んでしまった。それだけ、光の目が真剣なものに見えたから。
「……どれだけかかっても、光を連れ出すよ。それがお前が望まなかった結末だとしてもな」
「……君はどこかの詩人かい。でも、連れ出すにしても、ボクという存在の証明を君の世界でしてからにしてくれたまえ。そうしないと歩道に迷うのは明白だろう」
「なんかやることが増えちまったな」
「嫌ならやめてもらってもこっちは一向に構わないからね」
「まあ、こんなのは俺のワガママでやってるようなもんだしな。さて、今日のところは帰るよ。妹にまたどやされちまう」
「次があるかは分からないよ?」
「あるさ。きっと、ここは誰かにとって必要だからあるんだし、何度も俺が来ているということは、俺にとっても何かしら必要だから来ているんだ。それが終わるまではきっとな」
「まったく、何の根拠もない自信なことだ」
「俺があげたものなくすなよ」
「うん。ちゃんと持ってるよ」
光の手が俺の体に触れる。
それはある程度光の意思が反映されるらしい。
ならば、光が望むのなら、その人を元の世界に戻さないという選択も可能なはずだ。
いや、光は帰さないといけないという先入観があるからそんな器用なことはできないのかもしれない。
あるいはこちらが戻ることを拒否することは可能なんだろうか。いや、それはきっとこの世界の規定に反するのだろう。きっと、あそこは光がいるだけの世界なのだ。
目撃情報があやふやなのは不可思議なことが起こったせいで記憶の処理が追いつかないのだろう。だから適当な記憶をでっち上げて、それが起きたものだと認識している。
ふと、閉じていた目を開けると薄ぼんやりとした日差しがあった。
日の出だと考えるとどうやら日をまたいでしまったようだ。
何日か経ってるのかそれは定かじゃない。でも、学校に行かなくてはきっといけないだろうし、せめて一度家に戻ってシャワーでも浴びてから行くことにしよう。
さて、報告はどうしたものか。




