2話:君の探し物
ようやく玄関で靴を履き替え、先に出ていた遊と凪に追いついた。だが、一緒に探してもらうと言っていたミステリー研究会部員が見当たらない。
「足りなくないか?」
「もうすでに手配させてあるぜ。俺たちも分かれて探すぞ」
「待て待て。お前、俺に全部話した気でいるだろ」
「以心伝心!」
「してねえから。お前の考えとかむしろ伝わって欲しくない。だから、一から全部説明してから出動しろ。俺はそのあと普通に帰る」
「探してくれよ!」
「冗談はさておき、その噂話とやらを聞かせてもらおうか」
「お前の冗談は冗談に聞こえないんだが……夕暮れ時にしか現れない人がいるらしい。運良くその人に会えたやつは何か願い事を叶えてくれるんだとか」
「……幽霊の類かなんか?」
「幽霊が見えるか?それはオカルト研究会の管轄だろ」
「ミステリーもオカルトも近いもんだろ。そっちで仲良くしろ」
「絶対喧嘩が勃発するからこうやって棲み分けしてんだろうがよ。いいから探してくれ」
「待て。探すにしてもどんなやつかの情報がなければ探すのは俺には不可能だ」
「あ、私も聞いてない」
凪のやつはどうやって探すつもりだったのか。適当に俺についてきてそれで見つけようとしてたのか?他力本願な奴である。たぶん、見つけたら願い事が叶うとかいう胡散臭い部分に惹かれて二つ返事で了承したのだろう。この子、いつか悪い商売に引っかかりそうで怖い。
「どんなやつ……か。ふーむ」
「何そんな迷うことがあるんだよ」
「目撃情報があやふやなんだよな。渋いおっさんだったとか、ヤンキー風の兄ちゃんだったとか、ケバいおばさんだったとか、幼女だったとか」
「てんでバラバラじゃねえか。なんでそれがそうだって言い切ってんだよ」
「まあ、あれだ。記憶の改ざんをされてる可能性も捨てきれないな。俺の予想だとめちゃくちゃ可愛い俺たちぐらいの女の子だと思ってる」
こいつの願望しか垂れ流されてねえな。しかも、記憶の改ざんってそれこそ何かオカルトめいていてミステリーとは違ったものだと思うのだが。
「それと、目撃情報の場所は。本当にこの街にいるのか?」
「まあ、この街でしか目撃情報はねえからな」
「本当かよ」
「ただ、もう一つ有力っぽい情報があってだな」
「もうもったいぶってないで早く教えろ。時間が惜しい。早く終わらせる。見つけ次第お前に連絡してトンズラしてやる」
「お前は本当に友人か?最近結構考えるようになってきてんだけど」
「友人なんて互いに利用し合うものだぞ。利用価値がなくなったら捨てられるかもな」
「お前は本当に人の血が流れているのか⁉︎」
「いつ出し抜かれるか分からねえから、考えなしに行動するなよって俺からの忠告だ。裏切ることはあっても見捨てはしないと思うから安心しろ」
「裏切ってる時点で見捨ててると同義だと思うのは俺だけなんかな……ああ、あと情報だが、俺たちの年代だけらしい。その人と会えるのは」
「それは集めた情報が俺らの学校のやつらだけだからとか言うなよ」
「裏は取ってる。だからこそ、こうやってネタをこの目で見て行くんだよ」
「その好奇心がいつかいい方向に活かされるといいな。……凪はどうする?あんま暗くならないうちに帰ったほうがいいんじゃないか?」
「そだねー。5時半ぐらいになったらちゃんと帰るよ。それまで想ちゃんと一緒に探すー」
「はいはい。じゃあ、俺らこっち探すわ。あとでもう少し場所絞った地図でも寄越せ」
「適当に添付して送ってやるよ。その代わりちゃんと目撃したら教えてくれよ。お駄賃はコンビニアイスでも奢ってやる」
まだ寒いよ、と少し呟いて捜索を開始した。
遊が見えなくなった位置ぐらいまで来て、一旦立ち止まる。意外に仕事が早く、目撃情報と思しき場所が丸で囲まれた地図が送られてきた。何枚かに分かれていたため、頭の中で統合させていったが、あんまり法則性があるわけでもなさそうだ。そもそもその情報自体当てになるものとも限らない。出会えたら願いを叶えてくれる、ね。実際にその出会ったやつは願いを叶えてもらえたんだろうか。
それとも又聞きで聞いたやつの話が誇張されて伝わって、誰か嘘をついてる可能性がある。そもそも、今日探したところで会えるわけでもないし、確率の低い話だ。
ラッキーアイテムか何かかよ。もしくは座敷童子みたいなものか?しかし、会えたとしてその人があいつの言ってた目撃情報通りだとするとどれが当たってもがっかり感ハンパねえぞ。なんとしても見つけたくない。
そうは考えるものの、俺の3歩ぐらい前を歩く幼馴染の足取りはスキップしてるほど軽く、おいそれともう帰るかとも言い出せない。
……とりあえず、凪が帰る時間になるまでは探してやるとするか。
手がかりらしき手がかりも掴めないままに適当にブラブラと歩いていく。
「ねえ、想ちゃん」
「ん?」
「神楽くんが言ってた人、見つけたら願い事叶うんだよね」
「眉唾だけどな。本当にいるかも怪しいし、根本的に願いを叶えてくれるものじゃないかもしれないぞ」
「いいじゃない、それでも。ロマンにすがりたい年頃なのですよ」
「ロマンね……凪は何か願い事あるのか?」
「んふふ、よく聞いてくれたね」
「あんまりロクな願い事じゃなそうだから聞かなかったことにしてくれ」
「ちょっとは幼馴染のお戯れにも付き合ってよー」
「いつも付き合ってるだろうが」
「想ちゃん、そう考えると付き合いはいいよね」
「逆転の発想だ。付き合う友人があまりいないから付き合える時は積極的に付き合ってるだけだぞ」
「悲しくない?」
「下手に交友関係増やしてもがんじがらめになっちゃ面倒なことになるのは明白だろ」
「そんな悲しい交友関係の想ちゃんにこんな可愛い幼馴染がいてよかったですな、このこの」
「はいはい、可愛い可愛い。このまままっすぐ家に帰ってくれればなお可愛い」
「厄介もの払いしないでよー。私の願い事はねー……」
特に聞く気もなかったのに、凪は語ろうとし始めた。
だけど、その声が俺に届くことはなかった。
凪は突如消えていた。
その事実が捉えきれず、俺は叫んだ。
「凪ー!」
「誰だい?それは。僕はそんな名前ではないよ。もっとも、君が僕を呼んだわけでもなさそうだけど。いや、そもそもちゃんとした名前を持たないボクが誰かから名前を呼ばれるなんてことはないことか」
妙に語りかける声が後方から聞こえた。声質から鑑みるに女の子だろう。ただ、なんとなく発言が痛々しく感じもした。
だから、俺は振り返らず、前へ走り出した。
凪はこの場にはいない。何が起きたのか、それすらもわからないが、この場にいてもいい事態には好転しないだろう。それだけは感覚的に理解していた。ならば、もう帰ろう。見つからなかった。遊にはあとでそう連絡つければいい。明日になれば凪だってコロッといつも通り一緒に登校することだろう。課題も出てたんだ。まだやってないし、早く家に帰ってやらないと。ここからなら5分も走れば自宅へたどり着く。逃げたところで向こうが追ってくることもないだろう。そもそも、俺に話しかけていたという事実もないのだから。ただ、後ろからそういう声が聞こえただけ。他の誰かに声をかけていたのかもしれない。
そう言い聞かせて、なんとか走り続ける。いきなり走り始めたから呼吸も乱れて、脇腹も痛いし、肺が締め付けれてるようだ。なんで、こんなに走ってんだ。根本的には俺が逃げる必要性もどこにもない。少し息を整えよう。
つーか、適当に走りすぎて、イマイチ自分の現在地がわからなくなってきた。
「はあ……はあ……な、なんで……逃げるんだい……君は……ボクを呼んだのではないのかい……」
そして後方から息を絶え絶えにした少女が追いかけてきた。おかしいな。俺だって少女に追いつかれるほど足が遅いつもりはなかったのだが。でも、こうして来ているということは追いつかれたということだ。観念するしかあるまい。
俺は少女に向かって両手を上げて降伏のポーズをとった。
「はあ……はあ……なんの真似だい?」
「降参。煮るなり焼くなりなんなりしてくれ」
「ボクがそんなことをするように見えるか!」
なんか怒ってらっしゃる様子。別に会ったからといって異世界に連れてかれるなんてことはないようだ。よかった、あいつらに何も言わずに別れを告げてしまうところだった。
まあ、対峙したからといって俺が特にすることなんてないんだが。
「じゃあ、さようなら。名も無きお嬢さん」
「待ちたまえよ。君はボクを探していたようにも見えるよ」
「確かに探していたかもしれないが、その対象は君ではないかもしれないし、もっといえば俺自身としては会いたくなかった。だから、俺は家に帰る」
「そうかい。ちゃんと帰るんだよ」
「そっちこそな」
特に引き止めようという気もないようなので、俺は家路につくことにした。
先に凪に連絡するか。なんでかわからないけど急に消えちまったし。
『おかけになった電話番号は現在、使われていないか、電波の届かないところに……』
「あん?」
「どうかしたかい?」
「ついてきたのかよ。いや、さっき急に友達と別れちまってな。先に帰ってればいいんだが連絡がつかなくて。まあ、行ってみればいいだけの話だし。電源切れてるのかもしれんしな」
「ボクも行っていいかな」
「お前も家に帰れよ。親が心配するだろ」
「いないよ。ボクに親なんて」
「は?じゃあ家は」
「帰る場所も、名前も、何もない。夕暮れ刻に囚われてる、1人の女の子。それがボクだ」
「ちょっと待て」
帰る場所も名前もない?親もいないとなれば孤児なのか?でも、それなら孤児院なりあるだろう。それに、この子の身なりはとても親がいない浮浪者のものではない。どちらかといえば上流階級の生まれのようなドレスを着ている。
「帰るところがないならどこで寝るんだ」
「寝る必要なんてないよ」
「食べたりは」
「食事だって必要なくなってしまった」
「……そういう設定を作ってるわけでもないよな?」
「心配するほど不健康そうにでも見えるかな?」
まあ、肌こそ白っぽいが別に青白いわけでもないし、頬がこけてるわけでもない。
あとは、夕暮れ刻に囚われているって言ったか?
もう少し聞いてみる必要はあるか。
「なあ、普段起きてる時って何してるんだ?」
「君のような人のお手伝いをしてるんだ」
「俺のような?」
「探し物を一緒に探すんだよ」
「いや、別に俺は探し物なんてないんだが」
「……おかしいね。ボクの前に現れる人は大概何かを探してる人なんだけど」
もしかしたら願い事が叶うってこのことか?無くし物が見つかったから願い事が叶った。そこまではいいが、それがなんでも願い事が叶うという風に誇張して伝わってしまったのかもしれない。
「じゃあ、俺の幼馴染を探してもらうか。名前は早瀬凪っていう、見た目はなんか犬っぽいやつだ」
「それなら簡単だよ」
「なんで」
「君がここから出ればいい」
「ここから?だってここは……」
「君の知ってる街であって君の知ってる街ではないんだ」
言ってる意味がよくわからない。周りを見渡しても俺が生まれ育った街そのものだし、何か違いがあるのか。
「俺は本当にどこか別のところに迷い込んじまったのか?」
「夕暮れ刻というのは色んなものの境が曖昧になるものでね。神隠しなんかも起きやすいし、変なものの活動が活発化する時間でもある」
「……神隠しにあったのは俺で、そんな変なもののカテゴリーにはお前が入ることになるのだが、お前はそれでいいのか」
「まあ、実際に変なものだろうし。実態はボク自身もよく分かってない。君には人間の女の子に見えてるのかもしれないし、そう認識するようにしてるのかもしれないけど、本来はもっと別のものなのかもしれない」
「じゃあ、神様か何かか?」
「そんな大層なものでもないよ。でも、ボクとしては自分は人間だと信じている」
「まあ、神様だろうが人間だろうがなんでもいいけどよ、ここから俺はどうやって出ればいいんだ?」
「あんまり動じないね……普通不可思議なことが起きれば人間は幾分か取り乱すものだと思うんだけど」
「興味がないからな。お前がどこの世界の住人だって別に構わない。お前に帰る場所がなくたって、俺には関係ない。だけど、俺には帰る場所がある。だから帰る。それだけだ」
「普通はボクが何者か解明しよう、そういう人が多いのだけど……。まあ、君が望むものがないというのならそれは君の選択だ。ここは入ること自体はランダムだけど、出ることはボクにしかできないことだ。本来ならばボクを見つけることすらままならないことも多いんだけどどうにも君はラッキーだったようだね」
神隠しにあって数日経ってから見つかることがあるのはそういう原理なんだろうか。そもそも時間軸も違うのかもしれない。こちらで数時間の出来事が向こうで数日だったり、逆も然りなことなのかもしれない。
実証したら遊のやつは喜びそうだが、そんな理論を実証したところでこちらにはなんの得もない。
「帰るついでに一つ聞いていいか?」
「なんだい?」
「お前はこの世界から出ようと思ったことはないのか?」
「……なかなか興味深い問いかけだね。ボク自身考えたこともなかったよ。また君に会えたらその答えを出すとしよう」
「……そうしてくれ」
またがあるのかと聞いてみたかったが、それこそこいつの意思によって決定されているものなのかもしれない。こいつが言うのは自由かもしれないが、俺の方は確約は出来ない。また、会えたとしたらその答えを聞かせてもらうとしよう。
「で、どうやって帰るんだ?」
「ボクと握手するんだ」
「握手?」
「出会えたことに感謝。そして、お別れ。だけど、また会えるように。その意味を込めてだよ。もっとも、ボクがその対象者に触れればいいだけのようだけど、例え、そちらがボクのことを忘れたとしても、ボクがその人たちのこと覚えていたいんだ。……長く話してしまったね。君は早く帰りたいんだった。さあ、ボクの手を握って」
俺は小さな少女の手を握った。
「合図は『また会えますように』」
祈るように彼女がそう告げると、俺の視界に彼女はいなくなっていた。
本当に瞬間の出来事だ。
そして、あれだけ走り回って戻ったと思われる先は俺が凪とはぐれたと思った場所だ。
「あ、想ちゃん!どこにいたの!」
プリプリ怒りながら、俺の方へと凪は来た。ずっと探していたようだ。そもそも、時間にしてどれぐらい移動していたのかは定かではないんだけど。
「凪、時間今何時?」
「もうすぐ5時。いきなり想ちゃんいなくなるから30分ぐらい探してたんだよ」
「悪かった。でも、見つかった」
「え?何が?」
「探し物だよ。まだ早いが俺たちは切り上げよう。俺の家で話してやる」
「じゃあ、私お菓子作るー」
「帰ったら飯がいい時間だろ。お菓子はまた今度だ」
「ぶぅ」
「お前も高三になったんだから、そういう子どもっぽいところ直せよな」
「いいもん子供のままで。大人になったら辛そうだし」
「そこは現実的か。とりあえず遊のやつに先帰ること言っておくか」
「で、何してたの?」
「話してやるから、早く帰るぞ。ベッドで横になりたい」
「話す気ないでしょ!」
横からきゃんきゃん吠えられながら、片耳塞いで歩き始めた。やっぱり系統的に犬だなこいつ。ペットにはしたくないが。
それにしても、あの子は本当に何者なんだろうか。
また会えると信じたいものだ。