19話:君の記憶
込み入った話でもないが、あまり声を大にして言うことも憚られる案件なので、ミス研に移動して遊から話を聞くことにした。さすがに昨日の今日で調査結果が出るなんて毛頭思ってないが。しかし、こうも週に何度も来ていては部員と勘違いされそうだ。中途半端に入るぐらいなら、三年間帰宅部を押し通してやる。
「お前のそんな勝手な決意はどうでもいいんだが」
「言わないと入部扱いされそうだしな。断っておく」
「まあ、こっちも頼んでるだけだしそう厚かましいことは言わねえけど」
「で、どうなんだ?」
「まだ調査中だよ。つーかこんな界隈で行方不明者がいるなら全国区でもニュースになってるわ」
「そうだよな……」
「……はあ。心配なのは分かるけどよ、ただ、俺は行くことは出来ないみたいだし、それでもお前にしかできないことはあるだろ」
「根本的に会えるかどうかすら不確定要素だからな。せめて今日会えたらとは思うが」
「そもそも複数回会えること自体が希少みたいだしな。で、お前は何か案があるのか?」
「時計、携帯の持ち込み。あとは筆記具でも渡して俺たちが来た日ぐらいは記録させることにする」
「携帯で事足りるだろ」
「使えなかった場合だよ。記録としてはアナログのほうがよほど優秀だ。データは消える可能性があるからな」
「メモだって失くす可能性があるだろう」
「ちぎった紙ならともかく、メモ帳なら失くしたことぐらい気づくだろ」
「……ひとつ気になってることがあるんだよ」
「なんだ?」
「一応、お前と仙石の話だと、中学生ぐらいの女の子ってことじゃねえか。目撃情報というか、体験談の話が本当にそうなら、その子以外にも誰かしらいていいはずだろ?」
「俺も確認を取った、が光は会ったことがないらしい。というよりは、もし会ったとしても判別がつかないって言ってたな」
「…………」
「どうした?柄にもなく考えるようなそぶりを見せて」
「そぶりじゃねえよ。考えてんだよ。あくまで体験したやつはそこへ行って帰ってきてるってのが前提だ。その子みたいにその世界の住人と言い張るのなら、その子の力が通用するかどうか、それで判断つくもんじゃね?」
「まあ、凪みたいな例もあるしな。人間何かしら変な力持ってるのかもしれんし」
「早瀬が何を持ってるんだ?」
「あいつが近くにいるときだけ俺はあっちへ行っちまうんだよ。光が帰す能力なら、凪の方は送る能力を持ってるのかもしれない」
「俺には作用しないんだが?」
「あくまで推論だしな。現状、凪が近くにいない時に行ってはないわけだし。その力が働くのも俺だけなのかもしれない。……これは前に言ったか」
「結局、調査が進まない以上は推論も同じところから抜け出せないしな」
「せめて、あの子に記憶があればなあ」
「……なあ、記憶がないのにその子、どうやって自我を保ってるんだ?」
「なんの話だ?」
「いや、人間つーのは記憶を新しいものにしていってるわけだが、忘れた記憶が完全になくなるわけじゃないんだ。ふとした時にこんなことあったとか、思い出す時あるだろ?いわゆるエピソード記憶ってやつで、人はそれを積み重ねてるんだ。嫌なこともいいこともひっくるめてな。まあ、聞きかじったことだから確実だって言えることじゃないが、自分に記憶がないと、自分の立ち位置がわからなくて不安に駆られるんだ。その子がいつからそこにいるのか知らんが、少なくとも仙石とお前があった子が同一人物だとするなら、すでに10年近くそこにいることになる。時間が経ってないという話を信じるなら、姿の変化のなさは許容範囲だとして、記憶を失ったまま10年近く漂ってるって尋常じゃねえだろ?」
そうか。10年近くそこにいる可能性もある。あるいはそれ以上。もうそこまで経ってると警察も調査打ち切りにしてるだろう。
しかし、わからないことがある。
「一応さ、俺が見たそこはここと変わらない背景だった。でも、俺の家は多分何年か前の状態だった」
「……なんでわかったんだ?」
「光が自分の家がわからないから適当に使ってる家が俺の家だったんだ。ただ、中を見たところ、俺のベッドがなかった。そこを考えると俺がベッドをもらったのがだいたい小学校3年ぐらいだったと思うから、あの世界はそれより前の世界じゃねえのかって」
「……下手すると未来改変か?」
「ドッペルゲンガーいねえし、その可能性は低そうだけどな」
元より過去でも時間が進んでなければ改変も何もあったもんではない。そもそも何かを変える必要性もないからな。変えたい過去はない。しかし、あそこが仮に過去の街だとしても過去の俺や、過去の凪がいるわけではない。
まるで、リアル調のジオラママップに必要な人物だけ乗っけてるみたいだ。
だとしたら、誰がこんなマップを作ったのだか。
「やっとかいほーされたよ……」
当たり前のようにミス研の部室を開いて入ってきたやつがいたが、残念ながら部員ではない。悲しいなこの部。俺がいるから嗅ぎつけて来たのだろう。
「なんでお前は課題をやってこない」
「補習のほうばっかやってて忘れてたよ。言ってよ想ちゃん」
普通の宿題の方を全て忘れてて教科担当に呼び出し受けて説教されてたのだ。思ったより短めに済んだので、おそらく補習のほうの課題を見せたのだろう。それで、今回は見逃しという形で。
「あくまでお前のモチベーターになっただけだからな。やるのはお前、忘れるのもお前だ」
「酷いです」
「じゃあ、凪も来たことだし調査がてら帰る」
「結局待ってたんじゃねえか」
「まあ、なんだかんだこいつも病み上がりだからな。1ヶ月は様子見てみるように言われてんだ。お前もなんか部活入ったらどうだ?文科系なら万年部員募集中だし、少ないなら友達も作りやすいだろ」
「なら想ちゃんも一緒にやろうよ」
「冒頭で言ったが、途中で入るぐらいなら帰宅部を押し通す」
「想ちゃんがいないとつまらないー」
「……遊、引き取ってくれないか?」
「育成は承っておりません」
「役に立たねえな」
そもそも俺が言ってるのは女子の友達作ってくれって言ってるんだが。どうにも伝わらない。でも作ったところで、想ちゃんも一緒に行こーって連れてこうとするのが目に見える。向こうも困惑するだろ。しかし、入院生活してたせいか凪自身少し世間とズレてしまって、なんとなく子供っぽいのだ。今の三年生と気が合うかと言われたら微妙なところである。夢芽を使って矯正していくしかないか。
「あーそうそう。調べて欲しいやつは結局見つかったのか?」
「洗い出してはいるが、期待しないほうがよさそうだぞ。どっちかと言えば、夜逃げだとかそういうことのほうが多そうだし、仮に行方不明だとしてもその線のほうが高いからな」
「そっか。了解。じゃあ、凪、帰るぞ」
「またねー神楽君」
「おう、また明日な」
他の部員2人はどうしたという感じだが、たまたま作業してるだけで別段毎日集まる部活でもないが、まあ夢芽のやつが言ってた通りに仮入部期間で、それは4月末まで続く。そのためにこんな部でも部員勧誘してたりするのだ。本来なら部長がするべきだと思うのだが、万一来た時に誰もいないんじゃ話にならないのでこいつが部室待機してるらしい。
自分が一年の時は別に部活に入っても良かったのかもしれないが、特に興味をそそられるわけでもなく、そのままスルーして凪が入院している病院へと行っていた。たぶん、何よりも凪といたほうが楽だったのかもしれない。
俺がそんなんだから、凪も俺を頼って、俺のことが好きって言って、こいつは俺といるのが何より楽しいのかもしれない。
だからと言って、俺とこいつの関係が幼馴染のそれ以上になるわけでもないが。
そういえば、確かにこいつの面倒を見て一応送り届けるという話にはなっていたが、そもそもすでに週の3日程度、要するに5分の3はそのノルマを達してないのだが。……まあ、別に俺が叱られたわけでもないし、いいとしよう。こいつが倒れたという話は聞かないし。
しかし、頑丈さだけが取り柄で小学、中学と無遅刻無欠勤の超健康優良児がなして、原因不明の病気で倒れて二年間も療養することになったのか。未だに今のこいつを見てると信じられないぐらいだ。
結局退院した今も原因不明のままだという。一週間単位でグズグズで不安定だった体調がここ1ヶ月で急に安定し始めて、それならばここに縛り付けてるのも可哀想だし、仮退院としようということで、とりあえず1ヶ月、高校にも通うことを許可された。もっとも、二年もそんな状態の男子ならともかく女子だったのに親はいくら幼馴染で同じ高校だからって俺に押し付けていいんですか?しかも見切りまくってるし。……俺が逃げないように凪のやつは対俺に特化して索敵能力を上げたとか?
実際に功を奏してるかはともかく、俺を見失うことはほぼないしな。
「想ちゃん、私の方見てどうしたの?」
「体調、大丈夫か?」
「元気だよ」
「ならいいけど、前みたいに下着姿で部屋にいるとかアホなことはするなよ」
「想ちゃんを受け入れるための体制だったのに想ちゃんが拒むんだもの」
「……そろそろ放置して帰るか」
「すいません〜想ちゃんに迷惑はかけないから一緒に帰って〜」
「……迷惑かけないってどんな範囲なんだろうな」
「うん?」
「いや、気にするな。お前も俺以外に友達できるといいな」
「どうしたの?急に」
「いつまでも俺が一緒に居られるわけじゃないし、そもそも俺は男だ。女子で友達作って欲しいんだよ」
「夢芽ちゃんがいるよ?」
「年下だろ……。確かにお前よりはしっかりしてるかもしれんが、同年代、とりあえずはクラスメイトからでも友達作ってみろよ」
「そういう想ちゃんも神楽君ぐらいしか友達いないみたいだけど」
「探せばいると思う……たぶん……きっと」
思い出せないだけで友人らしきやつはゴロゴロいるはずだ。うん、きっと思い出せないだけ。
「仕方ないなあ。想ちゃんのためにも友達作って紹介してあげよう」
「そして、お前のお世話がかりをしてもらえるとありがたい」
「それは想ちゃんの仕事だよ」
「ブレねえなお前も」
「だって、想ちゃんがいつも近くにいてくれたんだもん」
一つ息をついて、また歩き出した。どうもまっすぐ言われるとそれを突っぱねる気がなくなってしまう。俺は本当にこいつに何かしてあげられてるんだろうか。
適当に付き合ってるだけのようにしか感じられないが。
ふと、目を閉じて、もう一度目を開いた。
なんとなくそんな気はしていたが、そこは見慣れた景色ではあったが、感覚的にどこか違うとわかっていた。
また、探さなきゃ行けないのか。凪は一緒に来たのか?
後ろを振り返ったり、周りを見渡してみたが、ああも俺にくっついてくる奴が急に離れて目がつかなくなるところに行くわけもあるまい。
俺だけがまた来てしまったのか。
仕方ない。とりあえずは光を探すか。
月曜の夕方、俺はまた夕暮れの街へと迷い込んでいた。




