14話:訪問は突然に
ちゃらんぽらんというか、適当に毎日を過ごしてるようには見えるやつには見えるだろうけど、割ときっちりとした生活を送っている。休みといえど、学校に行くのとあまり変わらない時間に起きてるぐらいだ。
早くに起きだしたからって普段は別にやることはないんだが。精々、朝ごはんを自分用に作って片付けてるぐらい。
それでも、今日はやることがあるので机に向かっていた。
脳内の記憶をたどって、なんとか知りえている情報を書き出している。平日だと学校もあるしあんまりこういう作業は出来ないからな。それに土曜日は凪は補習を受けに行ってるはずだ。午前中までのはずだから、そのあとの襲撃に備えて終わらせておかないとな。
「お兄ちゃん。勉強教えて」
「君はノックという人類の発明を知らないのかい」
ノックもせずに扉を開けて妹の夢芽が俺の部屋へと入ってきた。
「部活はないのか」
「お兄ちゃん。一年生は仮入部期間なんだよ。今日は練習試合で本入部してない一年生は行けないんだって。まあ、そんなわけだから出された宿題でも先にやってあとはお昼寝にでも当てようかなって」
勤勉なのか怠惰なのか分からない妹である。こちらもやることがあると断ることもできるが、そもそもことを急ぐことでもないので、断って機嫌を損ねるよりは素直に教えてやったほうがいいだろう。
「分かったよ。教えてやるから椅子もってこい」
「お兄ちゃんが立てばいいと思うよ」
教えてもらう立場なのになんで自分のほうが労力を割こうとしないのか。これが分からない。
さすがにそこまで厚かましいやつでもないので大人しく自分の部屋から椅子を持ってきて俺の横に座った。
「何が分からないんだ?」
「数学」
「まだ始まったばっかのやつだろうに……」
「いや、予習して来いって言われてね。そりゃ習ってないものはすぐに理解が追いつかないので」
予習して来いって言われて俺は律儀にやってるやつを初めて見た。少なくとも俺はやってない。まあ、一年のこの時期だけかもな。部活も本格的に始まってやってるのであれば見上げたもんだ。
「どこだ?」
「え~っと……あ、ここここ」
夢芽が数学の教科書を開いて俺はそれを見ながら、昔習ったことを夢芽に教えてやることにする。しかし、こうやって兄に頼って勉強を教えてもらう妹が全国でどれだけいるんだろうか。
なんか極少数な気がしてきた。裏でもあるんだろうか。わざわざ、凪がいないことを知って俺のところへ来るぐらいなのだから。
いや、四六時中凪がいるわけじゃないけど。確かに監視はされてそうな勢いだが。
考えるより直接聞いたほうが早そうか。
「夢芽」
「なに?まだ問題解いてない」
「何の用だ」
「こうやって可愛い妹が勉強を教えてもらおうと来てるだけだよ」
「胡散臭さしかねえな……」
「う~疑うなあ」
「お前、そもそも俺に勉強を教えてもらいに来たことなんてなかったろ」
「む……仕方ないなあ。もっと頃合いを見計らおうと思ったけど。最近お兄ちゃん、部活やってないのに私より帰りが遅いからどうしたのかなって」
「母さんか?」
「私が個人的に気になってるだけだよ。お母さんは関係ないよ。そもそもお母さん、お兄ちゃんのことあまり気にかけてる感じしないし」
「それはごもっとも」
「で、私が来た時もしこしこナニかしてたみたいだし」
一々言い方を卑猥にするんじゃない。
「オ○ニーでもしてたのかと」
「お前はいつからそんなストレートに下ネタを吐く子になった。お兄ちゃん悲しいぞ」
「多分お兄ちゃんにしか言わないからセーフ」
どこの界隈でセーフとなる発言なのか、どこかのエロい人教えてください。僕にはわかりません。
「……お前は知らんかもだが、俺にも友達がいてな、そいつの手伝いをしてるんだ。帰りが遅くなってるのもそういうわけだ」
「詳細詳細」
「詳しく聞いてお前がどうするんだ」
「好奇心を満たしたいだけです」
やっぱり妹か、と若干ながらに感心を覚えてしまった。
ただ、話したところでなんとなく小バカにされそうでそれはそれで癪な話である。
「……うちの町には七不思議があるらしくてな。それを調査してほしいっていうのが頼まれごとだ。まあ、すでに六つは解決済みで最後の一個をどうしても解明したいって話でな」
「それでそれで?」
「中身を聞きたいのか?」
「お兄ちゃんが熱心になるぐらいだもん。そんなに面白いことなのかなって」
「自分が体験しなきゃ面白いことじゃないと思うぞ。ただの蚊帳の外だしな」
「体験したの?じゃあ、もう解決してるも同然の話じゃないの?」
「そう簡単にことは進まないんだよ。もともと、この七不思議はある人に会って、出会うと願い事が叶うってもんなんだ」
「へえ。あまり、興味ないから調べたこともなかったけど」
「で、俺はその噂に言われてるやつと出会ったんだ。だが、その願いが叶うってのはただの誇張でな。探し物が見つかるってだけの話らしい」
「お兄ちゃんは見つかったの?」
「そもそもそいつ自体を探してたようなもんだし、根本的に探し物なんてなかったんだよ。ここで、不思議なことが起こったわけだ」
「あれ?今までのは不思議な出来事じゃなかったの?」
「前座だ。そいつと出会ったのは夕方でな。まあ、ここまではいいんだが、そこは時間が進まない世界だった。出会ったやつはそれを把握していて、俺たちの世界へそこの世界に迷い込んだやつを返してやるという能力とでも言えばいいのかそういう力を持ってるやつだった」
なんだか、夢芽はポカーンと聞いていた。ちゃんと聞いてるのか、呆気にとられてるのか分からない。こっちとしては話半分で流してもらって、どこかで笑い話にでもしてくれてたほうがいいんだけど、こんな与太話。初から信じてもらおうなんて考えてないし。
「こんな話は忘れて勉強戻るぞ。早く終わらせるんだろ」
「ま、まだ終わってないでしょ⁉︎」
「まだ聞きたいのか?」
「結局、お兄ちゃんが何をしてるかわからないし」
「俺だってわかってないからな。お前がわかるわけもないだろう」
「何それ」
「解決したら教えてやるよ」
「私も調べたいな〜」
「お前は俺より出来がいいんだから、俺みたいにいい加減なことはすんな。……ま、たぶんこれは解決したらこの現象自体起きなくなるかもしれんけどな」
「お兄ちゃんもなんか色々一歩足りない感じでもったいないと思うんだよ。これでも心配してるんだよ、妹として」
「別に悪いことしてるわけじゃないんだから、安心しろ。帰りが遅くなる時はお前に連絡する」
「なんで私を頼るかな〜」
「母さんはうまいこと連絡つかねえんだよ」
「親としてそれは如何なものかと思うんだけど。その場合はまた凪ちゃんのところから伝ってくるんでしょ?」
「向こうは凪に連絡つけば入れるからな。まあ、母さんも最後の通路としてそこ残してんだろ。子供を締め出すなと思うが」
「お兄ちゃんがちゃんと帰ってこればいいだけの話だよ」
ぐうの音も出ない正論だが、仙石先生の話によると、あの人は三日三晩帰らなかった扱いになってたらしいし、俺も下手するとそんなことが起こる時期が来るのかもしれない。
せめて、そうなった時、向こうからこちらへと連絡できる手段があればいいのだが。せめて、身につけてるものぐらいは向こうに持っていけるんじゃないか?
もっとも根本的には真っ先に思いつく案だと思うが、あいにくあまり携帯なのに携帯してないという残念なことをしてるうえに、相手が光で連絡手段など持ち歩いてないというか、そもそも必要ないやつであったために光から情報を聞き出すことばかり先行してしまってその考えに至らなかった。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「解約した携帯探してる」
「そんなの探してどうするの」
「最近はsimフリーというのがあってな。通話もアプリをダウンロードしとけば安く済ますことができる」
「……月額料金誰が払うの」
「……俺の月々の小遣いから少しさっ引く程度だ」
「お兄ちゃん、そんなに尽くしたい子がいるの?凪ちゃんいるのに」
「あいつは幼馴染なだけで恋人でも彼女でもなんでもないからな」
「あんなにアピールしてくれてるのに可哀想に」
「そもそも使えるか分からんけどな。物は試しだ」
「……その子って、女の子でしょ」
なんだって、こうも女子というのは勘が鋭いのだ。別に俺は個人を特定できるような情報は何一つ出していないのだが。もしくは、夢芽との会話の中で感じ取れる匂いを漂わせてしまったのか?
こんなところで一々詰まらせても余計に勘繰らせるだけなので素直にどんなやつかだけは白状しておいたほうがいいだろう。ただ、教えてるだけなのに妙な罪悪感があるのはなんでだろう。俺の気持ちの持ちようなんだろうか。
「正解だよ。中学生になるかそこら程度の見た目の女の子だ。だけど、自分に関しての記憶がないから名前とか年齢とかは一切不詳だけどな」
「お兄ちゃんがロリコンだということが発覚して妹としてい悲しいよ」
「年下っぽいってだけで年齢不詳だし、なんで善意をすべて歪んだ方向へ持ってかれるんだ」
「まあ、可能性はなくはないかなって」
「統計的に、男は若くて、小さいものを好むらしい。だから、庇護欲が働いてるだけだ。本能的なもので、やましいことは何もない」
「どこの統計なんだか……お兄ちゃんが本格的にロリコンなら家族と言えど通報は辞さない構えだよ」
そもそも俺がロリコンだという風潮。いや、確かに困ってるってわけでもないし、勝手な正義感にかられてやってるだけかもしれない。向こうにとっては迷惑な話かもしれない。
でも。それでも、俺は……
「あのまま、ほっておけないんだよ。ロリコンだ、なんだと言われてもいい。俺は俺がやりたいようにやる。話は以上。夢芽も自分の部屋でやりなさい。できないわけじゃないだろ」
「あ、もうちょっとだけ!」
「また後日だ」
妹を摘まみ出すと、今度は別方向から連絡が入った。
凪のやつがどうやら補習が終わったようなのでうちに来るらしい。あいつ、休みの日ぐらいもっと俺のところ以外に行けよ。
しかし、後日と言ってしまったため、早ければ明日にもまた来訪しかねない妹だが、あくまでも肯定してくれているものとして今度は話してやろう。
次は幼馴染の相手だ。




