13話:行方不明
確かに証言少なかれど、これはある程度捜索案件のような気もする。もっとも、あの子の名前とか住所とか家族がわかっていればの話で、捜索願が出されていれば、の話だが。
ただ、仮に出されていたとして俺の証言なんて戯言以外の何物でもないし、本当にこちらに連れてこれるのかということだ。
まあ、他に可能性としては、本当にあちらの世界というものがあって、あちらで生まれ、あちらで生きてきたということもあり得るわけだが。
可能性の示唆としては他にいくつもあげられそうだが、なんだか倫理的観点から見て禁忌に触れてそうな気もしてあまり口にはしたくないな。
それでも、素性が一切わからないのもこちらとしても調査はしにくい。向こうにとっては余計なお世話だろうけど、俺がやらなきゃできるやつなんて誰もいやしないんだから。
「とにかく、今から図書館に行ってくるわけだが、お前はついてくる気か?」
「想ちゃんに半日会えなくて寂しかったんだよ〜一緒に来てくれたっていいじゃん」
「イヤです」
誰が好き好んで補習を受けに行かねばならんのだ。しかも、すでに習った内容の。補習ってそんなもんか。
こいつは出来が悪すぎて1年あたりの復習をまずやるらしいからな。まあ、補習も今日からなんだけど。これから週一でやっていくらしい。その分課題が膨大だとか。
「私の遅れをやるにはこれぐらいやらないと間に合わないって」
「俺は手伝わんぞ。お前のためにならんからな」
「だ、だからね!ちょっとでもやるために図書館で課題やるのです!」
「まあ、そういうことなら……ちゃんとやれよ」
「はーい」
春先でまだ入学、進級したばかりもいいところだし、土曜日といえど図書館は空いているだろう。ただ、なんとなく学生が利用するものというよりはおじいちゃんおばあちゃんの憩いの場みたいな空間な気もする。イメージでしかないけど。
「で、なんでお前は俺の後ろに乗ってるんだ」
「二人乗りできないの?」
「重いんだよ!」
「そ、そんなに太ってないもん!」
自転車でいざ出発しようとしたが、後ろに重りがついたせいで颯爽とは出られなかった。別にこいつも自転車がこげないほど運動神経が悪い話ではないし、いや、一般的女子から見たら常軌を逸した運動能力を持っていると幼馴染の視点では見ているのだが、それがいかんなく発揮されるのは俺がらみのことだけというまた、天は才能を与える場所を間違えてる事象。陸上辺りやらせておけばそこそこいいタイムでそう。団体スポーツ?球技?細かいルールを覚えてこいつがプレーできると思うな。
と、言ってしまうほど残念な頭なのでこうして補習を受けさせられてるわけなのだが。
渋々といった感じではあったが、凪は家からちゃんと自転車を持ってきて、俺たちは図書館へと向かった。
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「うちの地域って不便じゃない?」
「駅からも微妙に遠いし、最寄りがチャリで10分。買い物するにもショッピングモールも図書館と同じぐらい時間かかるしな」
ちなみにその図書館とショッピングモールは方向が逆。建てる側としては利便性とかより土地が空いてればみたいなところだろう。そこで需要があるのかは知らない。あくまでなんの知識もない高校生の一意見だからあまり本気にはしないでもらいたい。逆を言えばそこに建てることによって、集客が見込めると思ってるのかもしれないしな。競合店がないのならば客は集中しやすいし。
「想ちゃん想ちゃん。席空いてるよ!こっちこっち」
図書館だから静かにしろと言いたい。だが、こいつの口の摩擦係数はないに等しいので、本人による自制はほぼ不可能といっていいだろう。だから俺が物理的に黙らすしかない。いや、暴力には訴えないけども。だいたい俺の言うことは聞くので、俺が一言静かにしろといえば済むだけのことだ。
「あんま喋ってると図書館の人に注意受けるからな。おとなしくしてろよ」
「想ちゃんは何するの?」
「新聞のバックナンバーでも探してくるよ。そんなに昔のものがあるかは知らないけど」
「バックナンバー?」
こいつに単語の意味まで教えてたらいつまで経っても調べ物が始められないので、また教えてやることにして俺は受付に新聞の在庫を聞くことにした。
バックナンバーは定期的に出てるものの旧号のことだ。前に出てたものを読みたいということである。
さすがに行方不明者の記事が読みたいなんて言ったら訝しむだろうからそんなことは言わないけど。
ただ、問題は本当に行方不明者となっているのか、なっていたとしても時期がいつ頃なのか。光の記憶もないので、こればかりは手探りな話になってくる。ただ、なんとなく時期的には夕暮れの感じと光の服装から今ぐらいの時期ではないかと俺は推測しているが、果たしてその推理は当たっているのだろうか。
とりあえず、初版の発行のものからすべてデータベースにはあるらしい。が、さすがにここ2年までのものは置いてあるが、それ以前は取り寄せのものとなるようだ。それならば、出直すしかないか。暇だし、この町の郷土史でも見てみるか?この町のことを知ってるようで知らないし。17年住んできたのにだらしない話である。あまり興味もないから当然といえば当然だが。でも、知っていれば、また光と会った時に少しは話のネタが出来るだろう。結局、一緒にどこか行こうと言ってるが、ほとんど動いてないしな。この町のスポットなんて見ておけば少しは面白いかもしれない。
しかし、この町に見て楽しめるようなスポットがあったかどうか甚だ疑問しか抱かないのだが。寂れた神社やら寺ならあるけど。こんな話してると祟られるか住職にキレられそう。だが、その神社や寺に今現在もいる住職が何人いるだろうか。
……ちょっとオカルトめいてるし、何か知ってる可能性とかないかな。取り寄せにも時間かかるだろうし。そもそももっと明確な日付の新聞を読みたいしな。
根本的にいるかどうかすら定かではないが、行ってみるとするか。
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「勉強はどうした」
「原動力は想ちゃんだもん。想ちゃんがいなきゃやる気でない」
「ったく……」
先に帰ることを伝えたら、じゃあ私もとそそくさと支度して来てものの1時間で勉強は終わった。膨大な量というのが皆目検討もつかないが、こいつのいう膨大なだからあまり大したことなさそう。それでも、1時間じゃ終わるものも終わらなさそうだが。
まだ日が沈むには早い時間ということもあったので、近場の寺へと赴くことにした。いるのかどうかすら定かではないし適当にふらりと寄るだけだからアポとか必要だったらそこでお払い箱だけど。
「すいませーん。誰かいますかー」
とりあえず開口一番呼んでみた。こんなどうでもよさそうな日の昼下がりに来る参拝客なんか本当にどうでもいい客だろう。対応してくれるのかどうかすら謎だ。
しかし、寺からは出てこず、仕方ないので賽銭だけ入れることにした。
「なんだぁ?こんな日に。初詣には3ヶ月遅いぞ」
なんか出てきた。上下スウェットでいかにも今の今までぐうたらしてました感満載の大人が。そして見たことがある。
「何してんすか、仙石先生」
「実家だよ。しかし、数あるのによくピンポイントで来るもんだ。デートか?」
「どちらかといえばお守りです」
「後ろはそのつもりではないみたいだが?」
「まあ、どうとでも取ってください。べつにやましいことしてるわけでもないですし。ぶっちゃけこいつが勝手についてきてるだけですから」
さらに叩く力が強くなってきたような気もするが、こいつに構っていてはことは進まないので若干鬱陶しいながらも、仙石先生に話を聞くことにした。
「ここって何か曰くつきの話があったりしますか?」
「会って早々ご挨拶だな」
ご挨拶な格好をした大人に言われたくない。いくら休みとはいえもう昼を過ぎてるし、最低限の格好をしてからにしてほしいものだ。威厳がまるっきりない。
「まーた、懲りずに調査か?お前らも受験生なんだし、おとなしく勉強でもしてたらどうだ?」
「こいつはともかく俺は現段階の実力でも入れる程度のレベルのとこを希望してるので、取り急いで勉強する気はないです」
「そういう奴が足元すくわれるんだぞ。とりあえず、曰くつきの話だな。ここにはない、以上閉廷。俺は寝る」
「待て待て。せっかく訪ねてきた生徒をそう邪険にしないでください」
「お前はこの寺を訪ねに来ただけで、俺を訪ねに来たわけじゃない。違うか?」
「……先生はここの住職ではないですよね?」
「俺の親父がそうなだけだ」
「後継は?」
「俺の上に兄貴がいてな。おかげで俺は自由だぜ」
不良債権がここにもいたか。人のこと言えないから我が身を振り返れって言われそうだけど。そのためにも俺はともかく妹は変な道に行かないようにしておかないと。
「じゃあ、その親父さんに話聞いていいですか?」
「もう年だからほぼ隠居で電話番してるぐらいだけどな」
なら、あんたはせめてこの寺を掃除するぐらいしろよ。バチ当たらないだろ。
しかし、隠居気味の年齢と言われると話が聞けるかどうか怪しいところである。
「お兄さんの方は?」
「どっかで滝行でもしてんじゃね?」
なんだその適当な返答は。もはや、俺に対して直接は言わないが、諦めろと言ってるようにしか思えない。しかし、基本的に住職はお兄さんだけとなると、外回りに行ってるのかもしれない。この人本人から聞くしかないか。
「先生。以前に俺があった現象に関わってますよね。その時のこと教えてくれませんか?」
「……聞いてどうすんだ?」
「その子を助ける手がかりにしたいんです」
「……助ける、ね」
仙石先生はポケットに入っていたタバコを取り出して一本加えた。
「それは独りよがりなお前だけの考えじゃないのか?」
「かもしれませんね」
「何がお前をそこまで駆り立てるのか知らんがな。あんなん一時のただの怪奇現象だ。忘れちまったほうが余程身のためだ。神楽はともかく、お前は付き合ってるだけだろ?」
「……先生、なんかあったんですか?」
「そう聞こえるか?」
「なんか同じ過ちを繰り返してほしくないって言ってるようにも聞こえます」
「過ぎ去ったもんは取り戻せないからな。ガキはガキらしい甘酸っぱい青春を過ごしてりゃいいんだよ。変なことにクビ突っ込んで誰が得する?お前の好奇心を満たすだけだろう。止めないとは言ったが、推奨するとも言ってない」
「……そうですか。わざわざ休みの日にすいませんでした。帰るぞ、凪」
「え?もういいの?」
「あんまり長くいても失礼だろ」
俺たちが背を向けると、煙が上がる気配がした。先生がさっきから加えていたタバコに火をつけたのだろう。
無理強いするものではないし、強要することもない。
ただ、あそこまで逆に敬遠させようとさせる言動はいささか気になる。先生から情報は得られないだろう。悪い生徒で申し訳ない限りだが、俺はまだ調査を続けるとしよう。結局、調べて何が悪いのか、明確になってはいないのだから。




