12話:情報の統合
頭をぶつけた。
さて、前情報なしにぶつけたいえば、きっとどこか天井が低いところで立ち上がった、目の前に何かしら出っ張ってるものがあって空間認識が甘くぶつけた、とかきっとそんなことを想定できるだろう。
ただ、前情報を与えておくと、俺は幼馴染を膝の上に乗せて、そのまま寝ていたのだ。
どうやら、向こうから戻ってくるのは行った時と同じ姿勢のようだ。
うとうと寝かけている時に、反射的に足が跳ね上がったり、肘がなんとなく抜けたような感じがあったりしないだろうか。それと一緒のようなことが起こったわけだな。足が跳ね上がって、凪が浮き上がって、頭を同時にぶつけました。
このまま入れ替わったらどうしようかと思ったが、それは杞憂だった。これ以上不思議なことが起こってたまるか。
「きゅ〜」
突如頭をぶつけられた凪は目を回していた。
俺はといえば、精々ぶつけたところがズキズキする程度で済んだので俺の方が凪よりは石頭だったってことか。どうでもいいな。
「お、起きたか」
「あ?」
後ろから声が聞こえたので振り返ると、遊の姿があった。帰ってなかったのか。それとも、帰るほど時間が経ってなかったのか。もしくは、本当にあれは夢の中だったのか。
「遊。俺たち、ずっとここにいたか?」
「いたって言えば信じるのか?お前が?」
「その反応だといなかったみたいだな」
「俺置いてかれたのかと思って探し回っちまったよ。本当にあるんだな」
「で、お前は戻ってきたのか?」
「仙石先生に少し待ってろって言われてな」
「どれぐらい待ってた?」
「1時間ぐらいか?急に現れるもんだから腰抜かしたぜ。だけど、しばらく起きる気配ないから戻ってきたことだけ報告しに行ってたんだ」
「あー、なんか悪かったな」
「早瀬はどうすんだ?」
そういや、頭をぶつけて気絶したんだった。まあ、俺が運んでいけばいいだろう。
「てか、扉開いたのか」
「なんとか開けた」
「なら、俺がおぶって帰るわ。報告はまた後日してやる」
「明日は?」
「土日だろ。休日に学校に来るほど学校大好きの殊勝な生徒じゃねえよ」
「友人のために動いてくれよ」
「なんかされるがままだったような気がするからな。今回は。収穫としては凪も一緒に行けたということだが」
あまりこいつに話すようなことは考えをまとめてからじゃないとなさそうな気がする。
「何か決め手があったか?」
「さあな。もしかしたら、夢現つなのかもしれないし。そもそもいなくなったことだって、現れたことだって、当人には本当にそうであったのかなんで判断できないんだし」
「目撃者を疑うような発言をするな」
「……現れた瞬間は見たと言ったが、いなくなった瞬間は見てないだろ?」
「まあ……そうだが」
「俺としてはそっちのが重要だ。なんのファクターが働いて移動しちまうのか知りたいわけだしな。お前もそうだろ」
「でもな、先生も言ってたわけだが、行って戻ってこれる保証がないのが一番怖いところだよな。あんまり行き過ぎても、今度は境目が分からなくなっちまって向こうの住人になっちまうんじゃねえのか?」
「……可能性はなきにしもあらず、だな。でも、人柱がいないと解決できないのも確かだ」
「お前がやってくれるのかよ?」
「暇だしな。さて、日も暮れちまったし帰るか。さすがに凪は帰さないと心配されるしな」
「お前は?」
「妹が怒る」
「親じゃないのか……」
親が心配した例があっただろうか。なんにせよ、俺には淡白な気しかしないんだよな。あまり構われるのも好きではないので適切な距離をとってるとも言えるが。その分、妹に関しては過保護。まあ、下の女の子が心配なのはよくわかる話だな。上の男はほっといても勝手に生長するもんだよ。最近は好奇心の赴くままにして行動してるまである。逆に退化してる気もしてきた。
好奇心はおいとくとしても、あの世界が存在する意味というのを解明しないといけない。強いては光が何者であるかということにつながるだろう。元々『トワイライトシーカー』のオチはなんなのかという名目でやり始めたことのような気もするが。えてして、目的なんてものは当初から簡単にずれることなんて往々にしてあることだ。
春になり、少しは日照時間が長くなったとはいえ、夏とは違い普通に19時を回れば、完全に辺りは暗い。部活自体はすでに終わってると思うが、まだ部室にでも残ってるのか居残りで練習してるのか、なんとなくざわつく音は学校のあちらこちらから聞こえた。そんな中をこいつ背負っていくのか。
気恥ずかしさが若干あったが、こいつが俺にくっついてきてる時点でそんなことを気にするのも今更な話もしてきたので、カバンを回収して家路に着いた。
ただ、カバンを回収する際に置いていたミステリー研究部の部室に仙石先生がおり、忠告を受けた。
「また、行ったそうだな」
「俺としては夢ではないかと思ってるぐらいですけどね」
「あんまり深入りするのもオススメ出来んけどな」
「線引きが分からないほど子供じゃないですよ」
「そう考えてるやつが一番子供だったりするんだよな……。まあ、俺が何をするでもないが、精々頑張ってみろ。……もう、俺にはできないことだからな」
仙石先生の『俺にはできない』という言葉がどういう意味合いを持つ言葉なのか俺には定かではないが、どこか寂しい響きを持つ言葉に聞こえた。
いつか、俺と同じようなことをしようとしたのだろうか。
彼は、一度しか会うことができなかったと言っていた。しかし、あくまで話したのがその高校三年の時であるというだけで、いつそれに遭遇したのかというのは明確にしていない。
ただ、今聞くのは躊躇われた。今回、光がすぐに俺たちを戻した理由はなんだったろうか。そもそも、根本的にイレギュラーな事態でも起こってるのかもしれない。
こちらの現実も、向こうの仮初めも。どちらがどちらにどう干渉しているのだろうか。
……仮初めというのは失礼か。向こうは向こうで、向こうを現実と捉えて生きてるやつがいるのだ。だけど、この転移には疑問しか抱かざるをえない。一度だけなら白昼夢で済ますことができたであろう。だけど、こうも複数回起こるとなれば、誰かが意図して起こしてるとまで言えるかもしれない。
誰が?何のために?
それは光なのかもしれないし、全く別の存在かもしれない。
まだまだ、探るべき情報がありそうだ。
次、会えるのはいつになるだろうか。
「しかし、あまり重くないといえど、人一人背負って歩くのはいささか疲れんなあ……」
ぼやいても、背中の少女が起きることもないし、急激に軽くなったり、俺がさらに力持ちになったりすることもない。別に何ら特別な力を手に入れたわけではないのだ。
ちょっと、不思議な世界へ移動するだけの力。
まずは、あの世界がどうとかよりも、光のことについて調べることにしよう。