生き残るには苦すぎる。
「は……」
突然のことに俺は間の抜けた声を上げた。頭上にはどこまでも高く、蒼い空。不安になりそうな蒼のところどころに、まるでこちらをなだめるように浮かぶ白い雲。そして全てが終わったことを告げる、落ち始めた太陽の黄色がかった光。このひと月の間に見ることがなかった晴れ模様だ。
——ざわり、ざわり。
周りでは俺と同じように、訪れた終わりを受け止めきれない人々が戸惑いの声を上げている。
2015年の年末のことだった。それは空と地表の境目からジワリと滲み出し、重力に従って地表へと舞い降りた。ファンタジーでしか見たことのない異形、それらは一つ二つではなく。地表に着くや否や、周囲へと暴力を振りまいたのだった。
もしもそれが日本だけだったとしたら他国の助力をアテにもできただろうが、それは等しく、世界中を混乱へと陥れた。どの国でも、等しく未知の暴力に襲われたのだ。
例えば自然災害だったとしたら、あらゆる災害が訪れる日本ではどうにかことを収めたことだろう。だが、相手は未知のもの。見えない盾で銃弾を弾き、または透過して、傷一つ与えられない存在にどうしようというのか。
あざ笑うように空に浮かんだまま消えない巨大な黒い紋章が、人々の精神を段々と壊していった。
そんなときに現れたのが『マホウツカイ』と呼ばれる人々だった。ある日突然異能に目覚め、彼らの技しか異形に通じない。まるでファンタジーのような様子が、まるでファンタジーのようなモンスターを討伐する唯一の方法だった。
能力を得る人々に規則性はない。得た者は片端から国の機関に集められ、多少の訓練を受けた後に実戦投入させられた。それは普段であれば認められないような乱暴さだったが、それ以外にやり様がなかったのだ。
俺もまた、いらない異能を押し付けられた。とはいえどこに異形が落ちるのかが分かる程度の、それも五キロ四方しか感知できない程度の弱いものだ。それでもありがたがられるのだからどれだけ追い詰められているのかが分かる。言い換えれば、ただの生贄と言えないこともないが。
戦えない俺。それでも最前線にいざるをえない俺。当然、命の危険など山ほどあった。それを助けてくれていたのがアヤだった。
あいつはどこにでもいる女だった。よく笑うしよく泣く、背の低い痩せっぽちの女。多分同じ教室にいたら絶対に話しかけない程度には『普通』だったが、異形に挑みかかるあいつは誰よりも輝いていた。
神様がいたとしたら罵ってやる。なんであいつが、男の俺よりも強い力を持たされたんだ。よりにもよって、何で触らないと発動しない発火なんだ。
突き飛ばされた衝撃を覚えている。細い腕と、泣きそうに歪んだ笑い顔を覚えている。異形を倒した帰りに一緒に入ったクレープ屋で、嬉しそうに笑う顔を覚えている。俺を突き飛ばした後に背中を切り裂かれて、痛みをこらえて歪んだ顔を覚えている。歪んだ顔で小さく動いた唇を、覚えている。
何の力が働いているのか、俺たち『マホウツカイ』が異形に殺されると、体が光になって消えてしまう。アヤもそのまま、光になって消えてしまった。俺の送った指輪ごと、何も残さずに。
痛かっただろう。怖かっただろう。何でだよ。何で、終わった後に。
『ばかアヤ。俺、告ったのに。返事しないで行きやがって、どうやって忘れろっていうんだよ』
——じゃあね。私のことは忘れて、幸せに。
本当に終わったのかはわからない。けれど今までの絶望感はきっと、良いにしろ悪いにしろ、別の形に変わってまた時間が続くんだろう。
喜ぶやつらに背を向けて俺は家に帰る。何が助かった、だ。さっきまで俺たちに身勝手な文句を、身勝手な期待を、聖人のようなキャラクターをぶつけてきたくせに。あいつらなんかどうでも良かった。お前がいたらそれでよかったのに。
生き残った俺。生き残らされた俺。かかえ込むには、苦い気持ちが大きすぎた。
即興小説トレーニング(サイト)による30分小説です。
お題:生き残らされた俺