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第05話 ストロムの町

「おぉっ、デカいなぁ」


 町を囲んでいるっぽい城壁を見上げて思わず感嘆の声を漏らしてしまった。高さが五メートルほどもあり、厚みも結構ありそうだ。

 土で出来ているようで、手前には三メートルくらいの堀もある。

 川は町の手前で二股に分かれていて、一方は堀のように壁の向こうへ、もう一方は城壁の下部に空いた穴から町の中にまで続いているようだ。

 城壁の一部が切り抜かれて太い鉄格子がはめられている。

 堀に沿って少し歩くと、車が三台くらい通れそうな橋が架かっている。

 橋のある場所の城壁には大きな門があって、その手前に門番らしき人達が立っていた。


「やった、今度こそ間違い無く人間の町だっ」

『なんとか無事に辿り着けたな』

「うんうんっ」


 喜び勇んで近づいていくと、こちらに気づいて少し警戒した目を向けてくる。

 うっ、逃げたい。

 喜びから一転、足を止めて回れ右したくなる。

 だけど『ここで逃げると怪しまれて追ってくるかもしれないな』とマモルに諭され、そのまま門番の元へと辿り着いてしまう。

 もう追われるのは嫌だ……。


「見慣れない格好だな。旅人か?」

「あっ、えっ、はっ、はい……」


 僕はワイシャツにジーンズという普通の格好をしているけど、さすがに現代とファンタジー異世界では服の色合いも材質も違うのだろう。

 ガタイのすごく良いおじさんにジロジロ見られながら話し掛けられ、キョドった上にドモってしまう。

 明らかに不審者な態度になってしまうがどうしようもない。

 門番の身長は百九十センチくらいありそうだし、着ている金属の鎧も威圧感を増している。

 右手には穂先が剥き出しの長い槍を、左手には大きめの盾まで持っている。

 こんな明らかに屈強な兵士を前にして平静でいろというほうが無理がある。


 人と普通に話せるようになりたいって思ってたけど、最初っからハードル高すぎるよ!

 顔恐いし、近づかれると男臭い汗の臭いまでするし。


「そう緊張するな。荷物を持っていないようだがどうした? 魔物に襲われたのか?」


 あからさまに弱そうな僕がビビッてる事に気付き、門番のおじさんは若干表情を和らげて心配してくれる。

 あ、優しそう。見た目はかなり恐そうなのに。気は優しくて力持ちというヤツなのかな。

 これならちょっと頑張れそうかも。


『落ち着いてさっき話した通りに言えば大丈夫だ』

「あっ、はっ、はい、オークの村に、迷い込んでしまって。それで、川に飛び込んで逃げたんですが、流されて……。その時に荷物も」


 マモルに頭の中で励まされ、ドモりながらも何とか説明することが出来た。

 本当は最初から何も持っておらず、魔法使いに襲われて塔から落とされたわけだけど、それを馬鹿正直に言うのも不味いだろう。

 異世界から召喚されたとか言って頭がおかしい人と思われても困る。証拠なんて持っていないし、変なトラブルに巻き込まれるかもしれない。

 とりあえずは下手に出て目立たないように行動したい。

 その辺りのことは、ここまで歩いてくる間にマモルと相談しておいた。

 魔物に襲われて川を流されたのは本当のことだし。


「オークの村!? よく無事だったな。報告しておくから場所を教えてくれ」

「はっ、はい! えっとですね――」


 やはりオークは危険な魔物のようだ。

 真剣な表情で聞いてくる門番さんに、マモルから教えてもらった場所を伝える。


「そうか、大変な目に遭ったなぁ……。すると身分証もなくしたのかい?」

「はい……持っていないみたいです」


 必死で逃げた様子も話したのでますます同情した表情で聞いてくる。

 免許証を持ち歩いていたけど、財布と一緒に鞄の中に入っていたので日本に置いてきてしまった。

 まぁ、今持っていても役に立たなかっただろうけど。


 あれ?

 というか、このおじさん日本語を喋ってない?

 見た目明らかに外人さんだけど。


『日本語じゃあないな。口を見てみろ。言葉と動きが合っていないだろう? あの男もそうだった』


 言われてみれば確かに。

 召喚された際に言葉が分かるような魔法が掛けられたのではないかとマモルは推測しているようだ。

 魔法って本当に便利だな! バイリンガルも簡単に成れちゃうじゃん。


「うーむ。お前さんは悪い奴には見えんのだが、身分証の無い者を通すわけにもいかん。しかしなぁ……」


 思考が脇道に逸れてしまったけど、おじさんの声で意識を戻す。

 門番なのだから怪しいヤツは通せないの一言でシャットアウトしてもよさそうなのに、彼は僕に同情して何とか出来ないかと考えてくれている。

 見た目に似合わずいい人そうだ。


『見た目に似合わず、はちょっと酷いんじゃないか? 好意には敬意で返そう』


 失礼な心の声をマモルに指摘されてしまった。反省、反省。


「そうだなぁ、どこかのギルドで身分証を発行して貰えばいいんじゃないか?」

「ギ、ギルドですか? えっと、どんなのが、あるんでしょう?」

「この町にあって入れそうなのは商業ギルドに建築ギルド、あと冒険者ギルドに――」

「冒険者ギルドでお願いしますっ」


 冒険者ギルド!

 何ともワクワクする響きを聞いて、思わず即答してしまった。

 マモルが『いい返事だ、その調子だぞ』と褒めてくれたし大丈夫だろう。

 門番さんはひ弱そうな僕が冒険者として戦えるのか少し心配してくれたど、親切にも連れて行ってくれることになった。

 万一の為の監視の意味もあるかもしれない。

 門番していなくていいのかなと少し思ったけど、門番さんは他にもいるから大丈夫なのだろう。



 城壁の中の町並みは中々に立派だった。

 町を縦断する川には大きな橋がかかり、そこを中心にして何本もの道が縦横に走っている。

 道沿いには木や石、土で作られた古い西洋風の家々が無数に建ち並ぶ。

 まだ朝も早い時間なのに行き交う人々は活気に満ちている。


「この町は始めてか?」

「はっ、はい。大きな町ですねぇ」

「そうだろう」


 そんな光景をキョロキョロと落ち着きなく見回している僕に苦笑する門番さん。

 ちょっとおのぼりみたいになってしまっている気がするけど、海外旅行などしたことがないのだから仕方ないだろう。

 ここはストロムの町というのだそうだ。

 国名も聞いてみたら変な顔をされてしまったけれど、オーランドという名前らしい。


 川を挟んで南側は一般地区で、北側には富裕層が多く住んでいるという。

 北側にも門と門を繋ぐ大通りがあり、それより先の最北地区は貴族街になっているので用がなければ近づかないほうがいいと忠告された。

 何か怒らせて無礼討ちになってもあまり文句を言えないらしい。文句を言った人も無力な平民だと同じように無礼討ちさてしまうそうだ。

 貴族恐いな! 触らぬ神にたたりなしだ。


 大通りを門番さんと共にしばらく歩くと、大きくて立派な二階建ての建物が見えてきた。

 盾の上で剣と杖が交差している看板が掛かっている。

 ここが冒険者ギルドで間違いないようで、入口の扉を開けて門番さんが入っていくので後に続く。



「ここが冒険者ギルド――おぉっ!」


 外見も立派だったけど、中も相応の作りになっていた。

 広い室内がカウンターで入口側と奥側の二つに分けられている。向こう側には受付をしているのだろう女の人達が何人か座っていて、やってくる人達に対応していた。

 こちら側の左右の壁には大きな掲示板があり、何事かが無数に書き連ねられている。たぶん依頼が書かれているんだろうとマモルが教えてくれた。

 そして少し開けたスペースにはテーブルがいくつも並べられていて、それぞれに何人かずつ人が集まって話をしている。冒険者のパーティなのだろう。


 そして僕の目を一際引き付けたのは、その冒険者とおぼしき人達だった。

 町中では見掛けなかったけど、獣耳を頭に生やしている人がいるのだ! もちろんお尻からは尻尾も生えている。

 獣要素は見た目には耳と尻尾だけで、手足がフサフサの肉球付きになっていたりはしなかったけど十分だ。

 町に入って少し薄れていたファンタジー感が、いやが上にも盛り上がってしまう。


『あんまりジロジロ見るのも失礼だな』


 獣耳さんに目が釘付けになりすぎてマモルにたしなめられてしまった。

 門番さんにも促されたので受け付けに向かう。

 活気に満ちているのを通り越して荒々しい空気が漂っているので普段の僕なら足が竦んでしまうところだけど、獣耳のおかげで気分が高揚していたのであまり気にならなかった。



「冒険者ギルドへようこそ。今日はどういったご用件でしょうか?」


 気付くと目の前には柔和な表情をした年上のお姉さんがいた。

 首を軽く傾げると茶色に近い金色の髪が揺れ、フワッと良い匂いが漂う。

 瞳の色は濃紺で、若干たれ目気味の目をしている優しそうな雰囲気の人だ。


 ヤバい。女の人だよ。

 家族以外の女性と話すとか敷居高すぎだよ、無理ゲーだよ!

 うわぁ、笑ってるよ、きっと僕の事をボッチだとバカにしてるんだよ!

 急に女の人に話し掛けられてテンパってダヨダヨと考えてしまうが、『大丈夫だ、優しそうな人じゃないか。明日虎のことを笑ってるんじゃない。笑顔なだけさ』とマモルが諭してくれたので正気に戻る。


『まずは挨拶からだ』

 りょっ、了解!


「こっ……こんにちはっ」

「はい、こんにちは」


 よし、挨拶も出来たしファーストコンタクトはバッチリだ。

 受付さんも笑顔で返してくれた。


『次は要件を伝えるんだ。証明書を下さいと言えばいい』

「えっ、えっと、あの……そっ、それで、しょっ、証明を、ですね……えっと、えぇっと……!」


 どうにか挨拶をしてみたものの、コミュ障な僕はどうにも後が続かない。

 マモルが助言してくれているのにその通りに言うことさえ出来なかった。

 またテンパってアタフタし始めたのを見かね、門番さんは僕が冒険者になりたいこと、ギルド証を発行して欲しいことを伝えてくれた。


 情けないと落ち込むが、『異世界でいきなり上手く話せる奴なんて早々いないさ。大丈夫、これから話せるようになればいい。少しだけ頑張ってみよう』とマモルがまた慰めてくれた。

 お姉さんも僕を蔑む事無く微笑んでくれているし、と気を取り直す。


「了解いたしました。お名前と年齢を教えていただけますか?」

「はっ、はっ、はい……伊東――」

『名字より名前を先に言ったほうがいいんじゃないか』

「あ、いえ、アストラ=イトウ、ですっ。歳は――」

「アストラさんですね。では、こちらに血を一滴いただけますか?」

「ちっ、血ですか?」


 西洋っぽい世界だし、マモルの助言に従って名前を先にしてみた。

 アストラという名前は元の世界では違和感ありまくりだったけど、横文字っぽい響きだからかこっちだと特に何も反応がなくてホッとした。

 四苦八苦しながらも何とかギリギリ会話が出来ていた。マモルも『ちゃんと自己紹介が出来たじゃないか』と褒めてくれている。


 しかし血をくれと小型のナイフを渡されて固まってしまった。

 どうやら血から個人を判別して認証する魔法がギルド証に仕込まれているらしい。

 召喚された時の魔方陣にも使われていたし、血は魔法にとってかなり重要な要素なのかもしれない。

 一滴だけでいいというので、渡されたナイフで指先をほんの少しだけ切って血を垂らす。

 受付のお姉さんは血の垂らされた皿を持ち、「少しお待ち下さいね」と言って後ろの部屋に入っていった。

 あ、名前はカティヤさんというらしい。


 五分程待っていると、何か金属のプレートっぽいものを持ったカティヤさんが戻ってくる。

 あれがギルド証なのだろう。

 市役所で住民票を貰うときより発行が早い。冒険者ギルドは有能だな。

 カウンターに置かれたそのプレートを受け取ろうと思ったのだけれど。


「こちらがアストラさんのギルド証になります。手数料は銀貨一枚となっております」

「えっ、あっ、手数料、ですか……」


 そりゃあ当然、お金が必要ですよねー。


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