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第03話 異世界

「ん……? あ、寝てたのか」


 目を覚ました僕は河原に寝そべっていた身体を起こす。

 見上げると、真っ暗だった空が白み始めていた。

 何時間か眠っていたようだ。

 硬い地面にそのまま寝ていて凝ってしまった身体を伸ばしてほぐす。


『おはよう。少しは休めたか?』

「うん、おかげさまでね。もう動いても大丈夫そうだよ」

『それは何よりだ』


 突然掛けられた声にも驚くことなく普通に返事をする。

 マモルとの会話は毎日何時間もしていたので、会話をすること自体が日常の一部になっていた。


 彼との会話は頭の中でも出来るけど、ずっとそうしていると喋るのが下手になってしまう。

 なので周りに誰もいないときには声を出して会話することにしている。

 眠ったことで頭もハッキリしてきたし、我が身に起こった数々の疑問をマモルに相談してみるとしよう。



「僕、どうして助かったんだろう」

『俺が魔法を使ったからだな』

「えっ、魔法!?」

『どうもここに来てから使えるようになったらしい』

「そっ、そうなの?」


 いきなりの衝撃発言だったけど、彼が言うならそれは事実なのだろう。

 マモルは僕に嘘をつかない。そのように作ったのは僕だからだ。

 そして彼は確証のないことを断言することもなかった。


 つまりマモルは本当に魔法が使えるということだ。

 驚くべき事実を突き付けられ、それを受け入れるまでしばし呆然となってしまう。

 魔法て。なんてファンタジーな。ファンタジー……?


「ここは何処だと思う?」

『地球ではない……な。多分だが――異世界、なんじゃないか?』

「異世界……」


 河原などという的外れな答えは返さず、僕の意図を正確に読み取った回答をくれる。

 断言こそされなかったものの、魔法を使えるという以上の不思議発言に僕は奇妙なほど納得していた。


 魔方陣、魔法使い、火の玉、魔物。そして魔法。

 理不尽の連続に遭遇して、ここが僕の住んでいた世界とは異質な場所ではないだろうかと何となく思っていた。

 それがマモルの『異世界』という言葉を受けて、僕の中で全て噛み合ってしまったのだ。



「じゃあ僕はあの男に召喚されたの?」

『たぶんな』


 杖とローブに三角帽子、血で描かれた魔方陣。

 ヤバい趣味を持った頭のおかしいヤツだと思っていたけど、あれは本物の魔法使いだったわけだ。

 それにしたって自分の意図と違うのが召喚されたから即殺そう、というのは酷すぎるけど。


「あのレジストがどうのって、もしかして何かされてた?」

『あぁ、即死攻撃を受けたんだ』

「マジでっ!?」

『俺がレジストしておいたから安心しろ』


 開幕即死技とか無理ゲーすぎる。良く防げたもんだよ。僕はなにもしていないのだけれど。

 下手をしたらあの時点で僕は死んでいたのか……。本当にマモル様々だ。



「でも、最初から気付いてたなら言ってくれればよかったのに」

『すまんな。俺もあの時点では状況が把握できていなかったし、下手に騒ぐほうが逆に危ないと思ったんだ』

「そっかぁ。マモルがそういうならそうだったんだろうね」


 僕のこと無能って見下してたもんなぁ。

 もし魔法が使えるって分かったら人体実験とかされたかもしれない。

 あれ、でも魔法が使えるなら無能じゃなくない?


『多分、あの男は相手の持っている力を見る魔法か何かを使えるんだろうな』


 それを伊東 明日虎という僕個人に使ったのではないかとマモルは言う。

 そして僕という本人格は魔法が使えず、ヤツからすると無能力者に見えるのではないか、と推測していた。

 試しにやり方を教えてもらって魔法を使おうとしたけど、全く使える気配はなかった。



「やっぱり僕は無能なのか……」

『大丈夫だ、安心しろ。俺も明日虎なんだから、お前が魔法を使えるのと変わらないんだ。無能であるはずがないだろう?』

「そうかなぁ?」

『そうだ。それに無能なんて言われないように、これからは明日虎のことを導いてやるさ』

「……うん。ありがとう」


 ガックリと落ち込んでしまったけど、マモルの励ましを受けて何とか立ち直る。


「……というかさ、マモル。何かいつもより頼もしい感じになってない?」


 彼はどこまでも穏やかに慰めてくれるような優しい男だったはずだ。

 でも今は何だか僕を引っ張ってくれるような力強さを感じる。

 今までも考える手助けはしてくれていたけど、僕を導くなんて言ったのは初めてのことだ。


 それに彼はあくまでも僕が作り出した脳内人格に過ぎない。

 僕の知らない事は言えないし、知識に無い事を思い付く事も出来ないはずだ。

 それなのに彼は魔法が使えるのだという。


 塔から落とされたとき、マモルは風の魔法を使って落ちる角度を修正し、落下速度を軽減して川に落ち、防護と水中呼吸の魔法を使いつつ流され、逃げ切れたと確信したところで川から上げてくれたらしい。

 マモルは補助魔法が使え、それらの魔法の知識を持っているという。


 魔法には火・水・風・土・光・闇といった属性があるものの、それを問わず補助系統の魔法を色々と使えるのだそうだ。

 残念ながら攻撃したり回復したりする魔法は使えないらしい。



「魔法が使えたってことは……もしかして、身体が動かせたの?」


 『人工精霊』はあくまでも頭の中の架空人物であり、多重人格のように人格が入れ替わったことは今まで一度もなかった。

 それが出来るようになってしまったのだろうか。それは少しだけ恐い気がする。


『まさか。指一本だって動かせないさ』

「でも僕が意識を失ってても守っててくれたんでしょ?」


 こんな場所に寝っ転がって夜を明かしたら確実に風邪を引いていただろう。

 それにまたあの魔物が出るかもしれないのに休めなんてマモルが言うはずもない。


『それは事前に魔法を掛けておいたからだ。持続力のある魔法が使えたんでな』


 寝ている間も魔物に襲われたり風邪を引いたりしないように、気を失う前に持続性のある魔法を掛けておいてくれたらしい。


『川に落ちたときに気を強く持てと言っただろう? あの時、もし気を失っていたら危なかっただろうな』

「そうだったのか……」


 僕が意識を無くしたら一緒にマモルも気を失って、魔法が使えなくなっていたという。

 防護魔法(プロテクション)の効果が切れても運良く助かったかもしれないけど、水中呼吸ウォーターブレッシングの効果が切れても気を失ったままだったら確実に水死していただろう。

 彼の声に従っていてよかった。



 やはりマモルは明らかに前より頼もしくなっている。前は話し掛けると答えてくれる程度だったのに。

 魔法が使える理由はわからないけれど、召喚されたときに彼はかなりパワーアップしたようだ。

 どうして僕自身ではないのかと少し恨めしく思ってしまう。


『さっきも言っただろう? 俺はあくまでもお前なんだ。マモルの力は全て明日虎の力だと考えろよ』

「うーん、なかなかそんな風には思えないよ」

『安心しろよ。そう思えるように明日虎を強くサポートしてやるからさ』

「う、うん……お願いするよ」

『任せておけ!』


 何だかマモルが燃えている気がする。

 今まで以上のポジティブさ、というか暑苦しさに思わず少し引いてしまった。



「そういえば、さ。あの子は何だったんだろう」


 現状の把握が終わると、やはり気になるのは魔法使いの後ろに立っていた女の子のことだ。

 長い黒髪をポニーテールにした凛々しい少女。


『俺達より前に召喚されたんだろうな』


 マモルの予測に頷く。

 きっとあの子は無能力ではなかったんだろうな。当たりとか言ってたし。

 化粧っ気はなさそうだったのに見とれてしまうほどの美しさだった。それだけでも当たりと言える。

 異世界にナチュラルメイクがあるのかは知らないけど。


『動かなかったんじゃなく、動けなかったんだろうな。男に魔法か何かを掛けられていたんじゃないか?』

「うん、僕もそう思う」


 目に感情は宿っていたから意識はあったのだろう。

 意識を奪う魔法は無いのか、奪ってしまうとヤツの目的が達成出来ないのかは分からないけど。


「……日本人、だったよね」

『だとは思うが、現代人にしては異質な感じもしたな』

「確かに。マンガとかアニメに出て来る武士系ヒロインみたいな」

『あぁ、そんな感じだった。でも現実にはそんな奴はまずいないだろう』

「剣術道場のお嬢様とか?」


 それこそマンガの中の存在か。


『う~む、情報が少なすぎて判断出来ないな』

「あの子も僕と同じように無理矢理連れて来られたのかな?」

『だろうな。……助けたいのか?』

「えっ」


 マモルの言葉にドキリとする。

 彼女は凄く可愛かった。僕の好みの直球ど真ん中と言ってもいい。

 それだけじゃなく、ずっと僕の事を気遣わしげに見ていてくれたのが印象的だった。


「そりゃあ助けられるなら助けたいとは思うよ。でも……魔法使いがいる以上、無理でしょ」


 わざわざ召喚して、当たりとまで言っていた少女を男が手放すとは思えない。

 あいつに変なことをされないように祈るくらいしか僕にはできないだろう。


『諦めるな! 無理と思うから無理になるんだ。助けたいんだろう?』

「えっ、うっ、うん……」

『だったら助けよう! お前なら出来るさ』

「えぇえっ!?」

『安心しろ、さすがに今すぐ行こうなんて言わない。俺が全力で明日虎をサポートする。だから、いつか一緒に助けにいこう!』

「はっ、はいっ」


 突然に熱い鼓舞を受けて思わず頷いてしまった。

 僕なんかがいくら頑張ってもどうにもならないと思うんだけどなぁ。


『それに、あいつにはもう一つ用があるだろう?』


 女の子を助けにいくかどうかは別にしても、僕にはもう一度魔法使いに会う必要がある。



「元の世界に戻る方法、聞かなきゃだよね……」


 ジェットコースターのように次々と危機が襲ってきて頭の隅に寄せられてしまっていたけど、僕は大学生になって新生活を始めたばかりだった。

 戻れる方法があるのなら戻りたい。

 魔法のある異世界と聞いてワクワクするのも事実だけど、魔物が存在していて死と隣り合わせの異世界新生活は御免こうむりたい。


『あぁ。帰る方法を知っているとしたら、俺達を召喚した魔法使いが最有力だからな』


 異世界からの召喚なんてものが、この世界で広く一般に行われているとは思えない。

 そんなにポンポン召喚されても困るし、そんなことをされていたら元の世界で行方不明者が量産されまくっていたはずだし。

 そうなると送還方法を知っている人なんてあまり居ないだろう。

 けど、僕を呼び寄せたあの男ならば帰す方法も知っているかもしれない。


「話し合いで何とか……」

『問答無用で殺そうとしてきたヤツが、帰る方法を素直に教えてくれると思うか?』

「思えません……」

『まともに会話すら出来んだろうな』

「じゃ、じゃあ見つからないように潜入するとか」

『それは有効かもしれんが、隠密能力に難があるな。補助魔法で補うにしても基礎技能が必要になる』

「うーん、じゃあどうすれば……」

『あいつを倒せばいい。そうすれば女の子を助けられるし、帰る方法だって聞けるだろう』

「いやいやいや、でもあんなのと戦うとか無理過ぎるでしょ。いくら魔法を使えるようになってもさ」


 炎の玉で追い詰められた恐怖もまだ記憶に新しい。

 その上、レジスト出来るとはいえ即死攻撃までしてくるようなヤツと戦うなんてゾッとする。


『さっき言っただろう? 無理と思うから無理なんだと』

「いや、でも、あいつも魔法使うし、防げたけど即死攻撃とかしてくるんだよっ!?」

『確かに、今のまま怪しげな魔法を使うあいつを倒そうというのは無謀な話だ』

「でしょでしょっ」

『今のままなら、だ。力を付ければ勝てる確率は上がるし、それでも足りないなら誰かに力を借りればいい』

「あんな恐い奴と戦うのを手伝ってくれる人なんて……いると思う?」

『そこは交渉次第だろう』

「交渉……」


 リアル友達が出来なくて脳内友達を作ったくらいコミュ力がないのに、異世界で仲間集めとか無理ゲー過ぎる。

 自動で仲間を斡旋してくれる酒場とかないものだろうか。

 いや、下手に適当な人を紹介されても馴染めない可能性が高いかな……。



『交渉能力だって学べばいいのさ』

「そんなこと……僕に出来ると思う?」

『出来る! 今は難しくとも、これから強くなればいくらでも可能性は出てくるさ』

「可能性かぁ……低そうだけどなぁ」

『なら帰るのは諦めるか? 前の世界のことは忘れ、この世界で生きるという選択肢もある』


 ここで生きる。

 それはそれで魅力的な気もする。元の世界に戻っても明るい未来が待っているとは言いがたいし。

 マモルの魔法の力で安全に過ごせるなら、案外悪くないのかもしれない。


『どちらにしても強くなる必要はある。身を守るためにも、生活をするためにもな』

「そっかぁ、生活しないとだよね」


 右も左も分からない異世界に着の身着のままで召喚されて、何のツテもない状態なのだ。

 普通に生きるだけでも大変だろう。

 僕は非力だし、特に頭がいいわけでもないのだから。

 唯一持っているアドバンテージはマモルの魔法だ。

 地上数十メートルから落ちても、急流を流されても、水中に数十分いても無事だったのだから相当強いのだろう。


 だけどそれは僕を補助するものだという。

 僕自身が行動しなければ何も起こせないのだ。


「生きるためには強くならなきゃ、か」

『そうだ。心配するなって。明日虎のことは俺が全力で守る。あいつを倒せるくらいに強くなってやろう!』

「うん……そうだよね。ちょっと頑張ってみようかな」

『その意気だ、頑張るぞ! おーっ!』

「お~!」


 マモルのおかげで少しやる気が出て来たかも。

 ちょっと強引で熱血っぽくなった気もするけど、俺のことを考えてくれているのは変わらないんだし。


 それに、異世界にきたってことは僕を知ってる奴が誰もいないんだ。

 西洋風の異世界ならアストラって名前も変じゃあないかもしれない。……やり直せるかも。

 出来ればまた、人と普通に話が出来るようになりたいな。

 ……いや、目標は高く持とう。

 僕は――異世界で生身の友達も作るぞ! リアルボッチを卒業してやるんだ!


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