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8 雪だるまの頼みごと







「……オラ、きっとこのまま人間に食われちまうんダス。ごりごりと削られてシャーベットにされるんダス……。短い人生だったダス」


 ぷるぷると子犬のように震えてカウンターの上に雪だるまは乗っていた。



 しゃべって動く摩訶不思議な愛くるしい雪だるまを捕獲した私は、早足で店へと戻り、店番をしていたヴィオラースの元へと猛ダッシュ。


「師匠ー師匠ー!!」

「あら、お帰りなさい。しっぽは買えた?」

「買えましたよ! それよりも師匠、これを見てください!」


 火トカゲのしっぽが入ったかごを傍にあった棚に置くと、脇に抱えていた例の雪だるまをずいっと前に出した。雪だるまは暴れ疲れたのかダランと力なく項垂れている。


「あら、可愛い雪だるまね。作って来たの?」

「違います。聞いてください師匠、驚くなかれこの子、しゃべって動くのです!」


 不思議そうな顔をしているヴィオラースの前で雪だるまを上下に振ってみたが動かない。くったりしているので心配になったがもしかしたら狸寝入りかもしれないとくすぐってみた。

 ぴくぴく動いた。


「ソラちゃん、雪だるまは動かないわよ」

「いえ、この子は動くんです。ゆっきだーるま、動かないとこのまま食卓にあげちゃうぞー」

「ぴぎゃあ、食われるダスーー!!」


 命の危機を察知してか木の枝のような両手をばたばた動かし抵抗を始めた。それを見たヴィオラースは目を丸くしたが、もう一度雪だるまをじっと見ると納得したように声を上げる。


「この子、雪の精霊ね」

「精霊!? これがですか!?」


 見魔の才があれば見られるというファンタジー世界の王道にして憧れ、精霊。いつかは見て見たいと思っていたがまさかこんなに早くお目にかかれるとは。


「オラ、おいしくないダス! 食べたらお腹壊すダス!」

「ごめんごめん、食べないから落ち着いて」

「デザートの足しになんかぜんぜんならないダスーー」

「…………落ち着け、削るぞ」


 ピタ。

 聞き分けのいい子ですねー。

 ぴくりとも動かなくなった雪だるまをカウンターの上に乗せ、つんつん突く。


「害はないんですかね?」

「精霊は人間と違って単独で魔法を発動させられるけど、この子みたいに小さい子はあまり強くないから害にはならないと思うわよ」

「じゃあ、飼っても!?」

「ダーメ。女神の眷属である精霊は人間の手で縛っちゃいけない決まりがあるの」

「……ダメですか、そうですかガッカリです」


 どんよりと暗い影を背負って俯き加減に辞世の句を唱え始めた雪だるまを抱き上げる。可愛いのに、残念だ。でも人間の手で好きにしていい種族じゃないよね。


「――――ふっ、オラ覚悟はできたダス。どうぞシロップでもかけておいしく召し上がって欲しいダス。できれば残さず綺麗にお願いしたいダス」

「食べないってば」


 悟りを開いたような顔になってしまった雪だるまを外に返してあげようと抱え込んで踵を返すと、


「あ、ちょっと待って。ねえ、雪だるまちゃんあなたもしかして人間になにか用があったんじゃない?」


 ヴィオラースが思いついたように私を止めて雪だるまに話しかけた。雪だるまはもぞもぞと私の腕の中でもがくと顔だけを出してヴィオラースを見上げ、じーっと見つめた後、突然興奮したように腕から飛び出した。


「ああーー! もしかして魔法調合師ダスか!?」

「そうよ。やっぱりなにか用事があったのね」

「え、なになにどういうことです?」

「この子、北東の雪山を住処にしてる子なんじゃないかしら。この異常気象となにか関係があるかもしれないと思って」


 そういえばジルから北東の山には雪の精霊の住処があると言っていた。だからそこから吹く風は冷たいのだと。山で何かあって、この異常気象をもたらしているのだとしたら放っておくことはできない。


「助けて欲しいんダス。オラ達のおうちにライカンスロープが住み着いてしまったんダス」

「ライカンスロープ? って狼男のこと?」

「そうよ。精霊とはまた違う魔獣に分別される種族ね。彼らは群れ単位で動くけど、山を占拠されてしまったの?」

「オイラ達のおうちをとったのは一匹ダス。急に現れて今日からここを俺の住処にするからお前らはどっか行けって怖い顔で言われたダス。オイラ達、弱いからなにもできなくて」


 その時のことを思い出したのか雪だるまの丸いつぶらな黒い瞳から大粒の涙が零れる。


「兄弟達はみんな散り散りになって、でもオラおうちに帰りたくて、誰か助けてくれる人を探していたんダス。その子がオラのこと見えるみたいだったから助けてくれそうならお願いしようとしたダス。でも連れ去られるとは思わなかったダス……」


 それはすまない。反省はしている、が後悔はしてません。

 しくしく泣く雪だるまが可哀そうになってきて、ヴィオラースをちらりと見上げると腕を組んで難しそうに考え込んでいた。すぐに行きましょうと言うのだと思っていたので考え込んでいるのが意外だった。


「……ライカンスロープが一匹で……ね。色々気になることもあるけど、とりあえず待機ね」

「そんな、すぐに行かないんですか!?」

「あの山は精霊が住む山として国が管理しているの。あたしの独断じゃ動けないのよ。でもそう不安そうな顔をすることないわ、たぶんもう少しで騒がしいのが」

「邪魔するぜ、ヴィオラース!」


 喧しく鈴を鳴らせて扉を開け飛び込んできたのはジルだった。左手には封書を握り、急いできたのか息をきらせ、鼻も耳も真っ赤に染まっている。

 まっすぐにヴィオラースの元まで歩くと、握っていた封書を差し出した。雪だるまは見えないのか、気に掛ける様子もない。


「勅命だ。動けるな?」

「ええ、もちろんよ」


 ヴィオラースはジルから封書を受け取るとしっかりと頷いた。全身にぴりりと走る緊張感が漂い、いつもとは違うジルの重苦しい空気に気圧される。まさしく二人は騎士と魔法調合師の顔をしていた。








 雪だるまの実家である北東の雪山は王都から馬車で半日ほどかかる場所にある。しかし大雪の影響で馬車が思うように進まず少し時間がかかりそうだった。

 ジルから封書を受け取ってすぐ、私達はすぐに山へ行く準備を始めた。ヴィオラースが言うには、封書には王からの勅命が書かれており、それを受け取れば山へ自由に調査へ行けるのだという。そもそも精霊を見ることができるのは見魔の才を持つ者だけであり、現在自由に行動できる信用における魔法調合師が彼しかいないということで勅命は必ずヴィオラースの元に届けられるのだそうだ。

 師匠が待ってたのはこれだったのか。ちょっと薄情とか思ってごめんなさい。

 雪だるまは自分の家に帰れることに安心したのか、私の腕の中で大人しく座っている。馬車の振動で小刻みに揺れる真っ白で綺麗な円を描く雪だるまのフォルムをなでなでした。


「雪だるま、あなた名前はなんていうの?」

「名前ダス? そんなものはないダス」

「でも兄弟いっぱいいるんでしょ? ないと不便じゃない?」

「特に名前を呼んだりすることはないダス。だいたいわかるダス」


 アバウトなんだな、精霊。となると雪だるまと呼ぶにはあまり味気ないしここは私が名前を付けてあげよう。


「師匠、精霊に名前をつけるのはダメですか?」

真名(まな)にしなければ大丈夫よ。呼び名くらいなら平気でしょ」

「真名?」

「精霊と契約するときにつけるその精霊の真の名前よ。こういうのは色々面倒くさいことになるから」


 精霊と契約、いい響きだ。でも私のスキルはそういうのではないし、たぶんできないんだろうな。ちょっとかっこよく精霊召喚とかやってみたかった。出てくるのは愛くるしい雪だるまだが。


「じゃあ、呼び名を決めよう! うーん、雪だるま……だるま太郎、うんだるま太郎にしよう。どうかな!?」

「嫌ダス」

「よし、だるま太郎に決定! 長いからもうタロちゃんね。タロタロー」

「拒否権ないダス!?」


 雪だるま改めタロは呼び名に不服がありそうだったが、私が気に入ったのでこれにします。タロは私に反抗するのは無駄と諦めて固い座席の上をコロコロ転がり始めた。暇らしい。向かいの席ではヴィオラースが器用に編み物をしていた。仕事でも自由時間でも編み物とか職業病ですか、師匠。

 私はというと朝早く起こされた影響からとても眠かったのでお昼寝だ。おやすみなさい、一・二・三ぐぅー。

 心地よい振動の中、私は深い眠りへと三秒で落ちていった。





 もが、もがもが。

 耳元でなにかがもがもが言っている。気になったがまだ瞼が重くて目を開けることが叶わない。


「ぐ、ぐるじいダス。このままではぺちゃんこもちになってしまうダス」


 ダス、ダス、頭の中で雪だるまの大群がぐるぐる回っている。ああ、この中の一体がきっとタロだ。どれだろう。あたりをつけて手を伸ばしてみるとなにか温かいものが握り返してきた。


「タロー?」

「違うわよ、けどそろそろ起きないとそのタロが潰れちゃうわ」


 くすくすと笑いながら誰かが優しく言った。誰だろう、お母さん? 兄ちゃん? お父さん? 声が低いし若そうだから兄ちゃんかな。


「……兄ちゃん、あと五分」

「五分もタロがもたないわ。ソラちゃんの兄ちゃんじゃないけど起きないとくすぐっちゃうわよー?」


 兄ちゃんじゃなければ誰なのか、ふわふわとした思考の中でようやく重い瞼を押し上げられた。ぼんやりと映るのは派手な衣装とピンクの長髪。こんな派手な人、私の身近にはいなかった。どこのビジュアル系バンドの人なのか。

 いいや、違う。そうだ私は……。


「……おはようございます、師匠」


 柔らかい枕から頭を離してむっくりと起き上がった。

 ここは家じゃない。ここは私のいた世界じゃない。異世界で、魔法調合師になってこの人の弟子になったんだ。……お母さんも兄ちゃんもお父さんもいるわけがない。


「ソラちゃん? どうしたの?」

「……いえ、えっとたぶん夢を見てたんだと思います家の」

「おじいさんの?」

「いいえ、両親と兄と一緒の」


 そういってへらりと笑ったが、なにか感じることがあったのかヴィオラースは相槌を一回打ってそれ以上なにも聞いてこなかった。やだな、私泣いてないよね? 目元に指先を当てれば湿ってはいなかったのでほっとした。


「ソラー! すんげー重かったダス! おかげでぺちゃんこになるところだったダス。この丸い体が平べったくなったらどうしてくれるんダスかー!」


 タロがぴょこぴょこ跳ねながら怒ってくる様子に私は笑顔を返した。怒っている姿も可愛い。


「反応間違ってるダス!!」

「あれ、私なにかタロにしたっけ?」

「枕にしてぐっすりだったダス!」


 ああ、どうりで馬車の中にしては柔らかい枕があると思った。


「おかげで快眠です。どうもありがとうございました」

「オラは筋肉痛ダス!」

「筋肉痛になるの!?」


 変な部分に驚いていると、なにか温かいものが私の膝に乗せられた。見て見ると肌触りの良い毛糸で編まれたミント型の手袋とピンクのマフラーだ。


「ケープには魔法がかけられてて防寒はばっちりだけど手はそうにもいかないから使ってちょうだい」


 寝る前に見た編み物はこれを作っていたようだ。さすがに器用な人だなと思いながらもやっぱり色はピンクなのかと突っ込みたくなった。私も師匠もピンク人間なんですが。フードかぶるとピンクウサギ人間なんですけども。

 それでも雪山に入るのでピンクな手袋を受け取って、代わりに鞄から四角いものをヴィオラースに手渡した。


「なにかしらこれ?」

「カイロです。こすって摩擦を起こすと徐々にあったかくなっていく代物ですよ。低温やけどにご注意ください」


 出かける前に急いで調合を試みた一品だ。加熱に火の宝玉と地属性の布を編みあわせて熱くなり過ぎないように水属性の素材を合わせて調節してある。編み方と直接火属性の魔力糸に繋げなければ爆発は免れるちょっとテクニックのいる調合だった。

 日が落ち、寒さがいっそう厳しくなる夜、馬車は目的の山の麓にある小屋へ辿り着いた。危険なので御者のおじさんと馬車には一度戻ってもらう。

 タロを抱え、荷物を持って小屋に入ると、ヴィオラースが火の宝玉を暖炉に放る。ふわりと熱の気配がして一気に室内が温かくなった。


「ここで一晩過ごして明日日が昇ったら出発するからそれまでゆっくり休んでてね。ご飯はスープくらいしか作れないけど」

「あ、私作りますよ。馬車でぐっすり寝たんで元気です。タロもスープ食べる?」

「そんなもの食べたら溶けてなくなるダス。オラ氷がいいダス」


 見た目は雪だるまだが触った感触はマシュマロみたいな柔らかさでそれほど冷たく感じないのだが熱いものに触れるとやはり溶けてしまうようだ。暖炉からも距離をとっている。

 狭い室内でタロを溶かしてしまわないように火の元に注意しながら肉団子のスープを作り、タロには氷をあげ、簡単な夕食を終えると私はタロを抱っこして寝袋にくるまり就寝した。


「あづ、ソラーあづいダスー溶けるダス」

「うぅーん、マシュマロうまー」

「ぎゃー齧るなダスーー!!」

「…………眠れないわ」


 翌朝、目の下に隈ができた師匠と頭に歯形がくっきり残ったタロが泣きながら蹲っていた。川の字雑魚寝で朝までぐっすり寝たのは私だけだったらしい。おかしいな、馬車で十分寝たはずなのに。








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