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7 雪だるまは事件の香り






 小さな火の宝玉、一個五メリー。回復の宝玉一個十七メリー。湯沸しの宝玉四一℃用一個一リーフ。

 ぶつぶつとお店のカウンターで商品の名前と金額を確認しながらちゃんと覚えているかどうか答えあわせをする。

 うん、お店で売れ筋のやつはほとんど覚えられた。

 やっぱり体動かして実際にあれこれやった方が覚えが早い。机にかじりついてやってもいつの間にか寝ちゃうからな。

 とりあえずヴィオラースには私が字の読み書きが不得手な理由を遠くの国から来たからだと言ってある。一応嘘ではないし、異世界から来たとは言えないので今はこれでいいだろう。

 店内にお客さんもいないし、掃除でもしていようと箒を取り出していると、ドアに仕掛けられた鈴が涼やかに鳴った。


「いらっしゃいませー」

「よ、ソラちゃん頑張ってる?」

「あ、ジルさん、師匠なら工房ですよ?」

「ああいい、今日はあいつに用じゃないから」


 軽く手を振ってヴィオラースを呼びに行こうとした私を制する男の名はジル・モット。青い軍服を纏い腰には細身の剣がぶら下げられている。青の騎士団に所属し情報を管轄する騎士らしく、よく情報交換にヴィオラースの元を訪れていた。それに二人は元々知己らしく夜になるとよく飲みにも出かけている。

 ジルはカウンターに肘をつき、楽な格好で一枚のリーフ紙幣を出してきた。


「火玉ちょうだい。これで買えるだけ」

「小さいのですか? それとも大型?」

「個人の防寒用だから小さいのでいいよ」

「じゃあ、バスケットで出しますよ。三十個入りで割引つけて一リーフです」


 三十個の火の宝玉を詰め込んでずっしりとしたバスケットをジルに渡した。


「ありがと、これでしばらくは大丈夫かな」

「最近急に冷え込みましたもんね。火玉の売れ行きも良くて師匠も忙しそうです」

「北東から風が吹いてるからね。あっちには雪の精霊の住処があるから冷えるんだよ」


 そう、この世界にはファンタジーらしく精霊がいるらしい。普通の人間には見ることができないが見魔の才を持つものならそれが可能ということで私もいつか見て見たいと思っている。

 会計をすませて店員らしく笑顔でありがとうございましたと言ったのだが、ジルは動かず澄んだ翡翠の瞳でじっと私の目を見つめてきた。


「まだなにか?」

「いや、師匠とは上手くやってるのかなぁって」


 からかう様子ではなくどこか心配そうに聞いてくるのでどうしてそんな風に聞いてくるのか分からず首を傾げた。


「上手くやってると思いますよ? 失敗しても励ましてくれますし、成功したら一緒に喜んでくれる優しい人です」

「…………優しいねぇ。うん、まあ上手くいってるならいいよ。ただ一つ、あいつの昔からの友人としてソラちゃんに忠告しとく。――――あいつのカツラはとるな」


 委縮するほど鋭い眼光で言われて一瞬背筋が冷えたが彼の言葉を反芻すると、なぜカツラと疑問がわく。ていうかやっぱり。


「師匠のあの桃色長髪はカツラだったんですね」

「そうそう、とある魔法調合師が作ったいわくつきのものでね。やさしー師匠さんでいて欲しいならあれは絶対にとっちゃいけない。あいつは」

「あたしが、なんですって?」


 ジルの言葉にかぶせるように降ってきた言葉に目を丸めて顔を上げれば背の高いヴィオラースの端正な顔があった。彼の細く滑らかな手はジルの金色の頭をがっしりと鷲掴みにしている。


「い、いでででで!! ちょ、痛い! 痛いって! ミシミシいってる!」

「ジル、あなた情報畑の人間のくせにちょっと話すぎじゃない?」

「すみません、ごめんなさい! だから放してっ」


 謝り倒してようやく解放してもらうとジルは頭を抱えて蹲った。情報担当とはいえ日々鍛錬しているはずの騎士の頭をぎりぎりいわすとは師匠って結構力あるんだな。妙に感心しつつもジルが言っていたことが気になってヴィオラースの頭を見てしまう。奇抜な長い桃色の髪は造りモノとは思えないほど艶めいている。

 カツラとったらアウトって、原因アレしか思い当たらないんだけど。まさかもしかして師匠……。

 そこまで思い至ってじんわりと涙が溢れてきた。視界が歪んで、若干私の顔を見るヴィオラースが渋い顔をしたように見えた。


「ソラちゃん、なにを考えているのかだいたい想像つくけど違うわよ?」

「いいんですよ師匠、隠さなくたって。私、師匠の頭皮が二十八にして後退してようと、足りなかろうと気にしたりしませんから!」

「そ、それはありがとう。でもね、聞きなさい違うのよ。あたしの頭皮は無事だから、まだふさふさしてるから!」


 必死に言い募るヴィオラースにますます心が痛くなった。これ以上は聞かないでおこう、そっとしておいてあげるのが師匠思いの弟子というものである。すべてを受け入れる心の広い女になるんだ、私。

 まだなにか言いたげな様子だったが、それ以上なにも言うことはなくただ思いきりジルの足を踏ん付けた。


「で、あんた何しに来たのよ。またなにかの調査?」

「いでで……いや、最近冷え込んでるだろ。防寒だよ、防寒」


 ああ、と納得したように声をあげたがジルが持っているバスケットを見て目を眇めた。


「ずいぶん買ったわね。この冷え込みなんて一時的なものよ?」

「俺だけのじゃないって。同僚とかも欲しがってたからついで。優しい男だろー俺」

「はいはい、優しいわねー」

「あの、この寒さってすぐに終わるんですか?」

「ええそうね。毎年この時期は北東から風が吹くから。しばらくすれば南風に変わって温かさが戻ってくるわよ」


 もしかしたらコタツを調合すべきかと考えていたが実行するのはもう少し先になりそうだ。温かくなったら布団も干したいな、などとぼんやり考えつつ新たに鈴を鳴らして入ってきたお客さんの対応に追われるのだった。



 そして事件は起こる。




 朝のまどろみの中、肌寒さを感じて布団を手繰り寄せた。手足を縮こまらせて背を丸めて布団に包まり暖をとっていると珍しく部屋の扉が強めにノックされた。


「ソラちゃん、起きてる!? 朝早くて悪いんだけどまだなら起きてちょうだい!」


 ヴィオラースの慌てた声に一気に夢から現実へと浮上した私は布団から起き上がったが、あまりの寒さに逆戻りしてしまった。

 なに、この寒さ。昨日の比じゃないんですけども。

 それでも師匠に起こされているので、気合を入れて布団をはぐとスリッパをはいて扉の前まできた。


「おはようございます師匠、すいません今起きました。どうしたんですか?」

「窓の外見て、理由はそれでわかるから」


 ヴィオラースに言われて首を傾げつつも窓際まで戻ると外を覗いてみた。


「ええぇっ!?」


 声を上げたとたんに窓ガラスが白く曇る。外側にはあちらこちらに霜が降り、白いものが付着していた。それもそのはず、外の世界はなんと。


「一面の銀世界なんですけどーー!?」


 一夜にして、王都エルメラは真っ白な雪に支配されてしまっていた。







 早朝、私とヴィオラースはスコップ片手に異常に降り積もった雪をどかす作業に追われていた。空はどんよりと鼠色に染まった厚い雲に覆われ、時折強く吹く凍えるような風と共に白い綿雪が降ってくる。周囲を見回せば同じように皆、雪かきに追われていた。

 楽しそうなのは雪玉を作って投げつけてくる子供達と犬だけだ。


「師匠ー、寒いのは一時的だったんじゃないんですかー!」

「そのはずなんだけど……明らかに異常よこれは」


 雪かきの重労働で額に汗を光らせて、ヴィオラースは息をついた。彼はいつの間に用意していたのか私と自分の分のサイズ違いのお揃いのピンクのケープを持ってきて、一緒に着ている。

 お揃いのピンクのケープを一緒に着ている。大事なことなので二回言いました。しかもこれフードの方にウサギ耳がついてるのです。もちろん師匠の方にもついている。かぶるのか? ねぇ、師匠これあなたもかぶっちゃうのか?


「とりあえず店の前はこれくらいでいいでしょう。ソラちゃん、悪いんだけど市場に行って火トカゲのしっぽを買ってきてくれない? この大雪だし、火の宝玉の注文多くなりそうだから」

「了解です!」


 ヴィオラースからお金をもらい買い物かごを持って足場の悪い雪道を大通りにある市場に向かって歩き出した。家並みが続く居住区では朝から子供達が遊びまわり、雪合戦やらかまくら作りやらを楽しんでいて、そこかしこに不揃いの雪だるまも置かれていた。

 雪だるま、あとで店先にでも作ってみようかな。

 小さい頃はよく作ったものだが、ここ最近はこんな大雪が降ったら家に閉じこもってコタツで三毛猫のにぼしとぬくぬくしていたのでとても懐かしい。

 この異常な雪の影響で市場を開いていたのはいつもの半分くらいだったが、お目当ての品を売っているお店はなんとか開いていて助かった。かごいっぱいに火トカゲのしっぽを入れ、なかなか珍な光景になったかごに布でふたをして元来た道を戻り始めた。

 その道中、子供達が遊びまわる居住区を通りかかった時のことだ。ある違和感が突如脳裏を襲った。あれ、雪だるまここにあったっけかな。

 なんとなく一つの小さな雪だるまに視線を奪われて足を止めた。来るときは懐かしさのあまり一つ一つを丁寧に見ていたからこの通りに何体の雪だるまがあるのか把握している。それに子供達が作った雪だるまはどれも不恰好でこんなに綺麗に形が整ったものはなかったはずだ。

 小さいし、誰か上手い人が短時間で作ったのかな。

 じぃっとその雪だるまを眺めてから、きっとそうだと思うことにしてかごを抱え直し、歩き出した。けれど違和感はずっとついてくる。なんだろうか、誰かに見られているような気配があるのだ。気になって振り返ったがあるのは先ほどの小さな雪だるまのみ。

 やっぱり気のせいかな、自意識過剰ですな。

 気を取り直して歩く。ぴょんこ、ぴょんこ。歩く歩く。ぴょんこ、ぴょんこ。歩く――――突然振り返る!

 しかしあるのは小さな雪だるまのみ。やっぱり気のせいなのか。と、一歩踏み出して、私は恐ろしいことに気が付いてしまった。

 なぜ、あの小さな雪だるまが『まだ』後ろにあるのか。あれからだいぶ歩いたはずである。それともあれと同じ形の雪だるまが先々にあるというのか。いやそれはない。ちゃんと前を向いて歩いているから同じものがあったら気が付くはずだ。だからあれはずっと後ろにいるということになる。

 恐る恐る勇気を出してゆっくり振り返れば、まだいる小さな雪だるま。そっと近づいて顔を覗き込んでみた。なんの変哲もない黒い典型的な目と口がついている可愛い雪だるまだ。


「…………君、歩いてないよね? 私の後、ついてきてないよね?」

「ついてきてないダス」

「そうだよね、そんなわけないよねー」


 なんだついてきてないか、そうか。本人がそう言ってるんだからそうだよね。やだなー私ったら、ちょと神経質になっちゃってたみたい。

 …………は?

 背中に冷たい汗が伝う。おい、マテ今なんかおかしくなかったか。


「しゃ、しゃしゃしゃべったーー!!」

「しゃ、しゃしゃしゃべってないダス!」

「いやいや、しゃべってるから今!」

「しゃべってないダスーー!」


 上の段の丸い顔の部分をふりふりさせて必死に否定する雪だるまは絶対に普通の雪だるまじゃない。どうなってるのこれ。とりあえず、正体不明の雪だるまもどきをがっちり捕まえる。思ったほど体は冷たくなかった。


「なにするダスか!?」

「師匠に教えを乞い、人畜無害ならば飼う」

「ぴぎゃあ、放すダスーー!」


 得体の知れないものだが、危険がないのならそばに置きたいなと思うくらいには愛くるしい顔をしていたので、ついつい捕まえてしまいました。師匠に元の場所に捨ててきなさいって言われたらどうしよう。










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