5 オリジナルレシピを作ってみた
ここ一週間、魔力を編み編みしながら魔法調合師としての基礎知識をヴィオラースに教わって色々分かったことがある。
一つはこの魔力を編むという魔法調合師の仕事として一番重要となる作業。これは私が良く知る物語上の魔法でいう詠唱の部分になっているのだ。魔法使い達は詠唱の中に様々な命令を仕込んで発動させるパターンが多いが、こちらの世界ではそんな便利な力はなく、魔法の元となる素材の魔力を見魔の力で糸状に具現、可視化する。そしてそれを編み込むことによって融合させて命令文を作っていくのだ。だから少しでも編み方を間違えると解離したり爆発したりする。呪文を間違えているのだから当たり前だ。
初めてお店に入った時に目にした飴玉サイズの宝玉は魔法を封じ込めているもので、あれを針で穴をあけて割ると魔法が発動するような仕組みになっているらしい。発動専用の指輪型仕込み針なんてものも一緒に陳列されていた。
もう一つは、魔法の調合は一種の連想ゲームであるということ。この魔法を作るにはどういう素材が必要であるか、連想し組み立てていく。それがその魔法を編み上げるレシピとなるのだ。これには発想力も必要になってくる。
それらを踏まえ、瓶のラベルに書いてある字をいくつか覚えて私は今、オリジナルレシピを作るべくいつも使っていた工房とは別の重厚な造りになっている特別工房室へと隔離されております。
「し、師匠暗いです。怖いです、一人にしないでーー!」
「明かりはランプを使って、四隅にちゃんと結界の宝玉を置くのよ。オリジナルレシピ作成はだいたい初めは失敗して大爆発するから」
「ひいぃぃー!」
確立されたレシピ以外の方法で魔法を新たに調合する場合、大爆発が起きてもいいように工房内に結界魔法を張り、ちょっとやそっとの爆発では壊れない造りの特別な工房で作業するようだ。失敗したら前髪焦げるどころではないことになるのは明白。私は死の危険を感じて泣きそうになりながら訴えた。
「まだ私には早いんじゃないでしょーか!」
「大丈夫よ、ソラちゃん編むの上手じゃない。上達早くて助かるわー。魔法調合は習うより慣れろよ、頑張ってね!」
何回でも爆発していいからね! という明るいヴィオラースの言葉に全身震える。大爆発は決定事項のようだ。結界、ちゃんと発動してくれなかったら化けてでてやるんだから。
メソメソ鼻をすすりながら言われた通りランプに明かりをつけ四隅に宝玉を設置した。爆砕防止の為か窓はついていない。
アルコールランプの上に壺を設置し、壺の中に異物が入らないように黒髪を一つにまとめ白い三角巾をかぶる。
さて、どんな魔法を作ろうか。初めてだし攻撃系の魔法とかは止めておこう。殺傷能力がある魔法は作る際にも危険度が増すと習った。ここは穏便に、楽しい方向で。
楽しい、楽しいか。おもちゃとか? そこまで考えて思いついたのは昔流行ったアレだった。
とりあえず考え付くだけの材料を揃えてみようと、図鑑を引っ張り出す。まだ素材とその素材が持つ特徴、属性を覚えられていない。あまりにも種類が豊富すぎてヴィオラースですら図鑑が手放せないと言っていたほどだ。
素材を選ぶうえで重要なのは属性。これは慣れ親しんだ魔法の世界と同じで火・水・地・風の四属性が存在し、互いに影響し合っている。水は火に勝ち、火は風に勝ち、風は地に勝ち、地は水に勝つ。この法則に従った調合をするとその素材を強化し、高い魔力を引き出すことができる。逆に相克同士をぶつけると大爆発を起こすので一番注意したいところだ。別々の属性の素材を組み合わせて調合するときは必ず中和剤が必要になる。
図鑑をめくり、ゆっくり字を追って絵柄を参考にしながら作るのに必要になりそうな特徴を持った素材を探し出す。
『音鳴りの実』(風属性)、『そよ風の勾玉』(風属性)、『聞かざる音』(風属性)、『泡沫の水』(水属性)、そして中和剤。
最初に中和剤の役割を果たす精製水を火にかけて沸騰させてから水と風属性の魔石粉を溶かす。煮詰まったら風属性の素材をまとめて投入。一通りかき混ぜて魔力糸が伸び始めたらいったん火を止めて編み込む。編み終わったらまた火をかけて最後に水属性の素材を投入。水属性の魔力糸が編み込んだ風属性の魔力糸と絡み合ったら火を止めて、解けている部分を固く編み込む。そして精製水が蒸発しきるまで火をかけ続けると最後に壺の底に魔法が封じ込められた宝玉が出来上がる。
「……ば、爆発しなかった――!」
完成した透き通った透明の宝玉を取り出して透かして見せる。うん、なにも見えない! これとっても重要です。
「師匠ー師匠ーできましたよ!」
内側の扉の前で叫ぶとすぐに扉は開かれた。ゆっくりと伺うように覗き込んでくるヴィオラースに私はニコニコと笑顔を向ける。
「あら? もしかして成功したの?」
「はい! 初めてにしてはなかなかのできだと思います」
自信ありげに胸を張る私を見て、ヴィオラースは満面の笑みを浮かべ、女性がはしゃぐように胸の前に手を合わせて飛び跳ねた。
「すごいじゃないソラちゃん! 初めてて爆発させないなんてすごい才能よ! あたし、鼻が高いわ。魔力を編み込むのも上達が早かったし、きっと合っているのね」
しきりに褒めちぎられて、普段から褒められ慣れていない私は気恥ずかしくなって照れながら頭をかいた。一応元の世界ではMMORで冒険そっちのけにして生産に没頭したプレイヤーで、レシピのない所から発想力を武器にアイテムを作り上げていった実績がある。おかげでプレイヤーレベルは上がらなかったが生産スキルだけはカンストした。素材アイテムの調達は私の生産への熱意に付き合ってくれた優しいギルドメンバー達だ。そういうこともあって、逆算のアイテム生成は得意なのです。
「それで、どんな魔法を作ったの?」
「それなんですが試したいことがあるので居間をかしてもらえますか?」
「いいけど、なにするの?」
「ふふふ、見てからのお楽しみですよー」
怪しげに笑う私に不思議そうな顔で首を傾げるヴィオラースをおいて、さっそく準備開始。
さー、悪戯は上手くいくかな。
「準備できましたよー、どうぞ師匠!」
居間から顔をのぞかせ廊下で待っていたヴィオラースを中に通す。にやにやしている私を警戒してかヴィオラースは不安そうな顔をしてしきりに居間を見回した。
「ねえソラちゃん、いったい何をしたの?」
「それを言っちゃったら意味ないんですよ。とりあえず紅茶を用意したので一緒に飲みましょう」
棚に置いてあった色々な種類の紅茶の中からヴィオラースが好きなリンゴに似た果物コカのフレーバーティと紅茶のクッキーを用意してテーブルに並べた。警戒しながら居間に入ったヴィオラースは一歩、また一歩とテーブルに近づいていく。
もうちょっと、あとちょっと!
内心わくわくドキドキしながらその時を待つ。
「そ、それじゃあいただくわ。……紅茶に何か入ってるのかしら?」
恐る恐る、ヴィオラースが椅子に腰かけ―――――――――
ぶぅーーーーーーーーー!!!!
強烈かつ恥ずかしい音が居間に鳴り響いた。数泊の沈黙、後にヴィオラースが勢いよく立ち上がった。
「――――ソラちゃん!!?」
「わーい、大成功ー!」
上手くいって両手をあげて喜ぶ私を見るヴィオラースは真っ赤な顔をして赤紫の瞳に涙をためていた。自分でやってないと分かっていても恥ずかしいものだ。
「ふっふっふ、私が作ったのは座った途端、放屁のごとき恥ずかしい爆音が鳴り響き、『ち、違う俺はやってない!』と慌てふためくさまを眺めて楽しむ魔法。そのなも『ぶーの魔法』です」
「…………なんてくだらない、けどものすごい精神的ショックを与える恐ろしい魔法だわ! しかも宝玉を無色透明にして仕掛けたことを分かり辛くする手の込みよう……」
「くだらない魔法にも全力を尽くします」
そう、私が作ったのは現代日本で昔にはやった悪戯グッズ。ぶーとなるクッションである。宝玉は無色透明の柔らか素材になっており、座った途端に割れて発動する仕組みになっている。初めて作ったにしてはいい出来の魔法でしょう?
「師匠、これレシピに加えちゃってもいいですか?」
魔法レシピ手帳に新たな一枚が加えられるかもとワクワクして聞いたのだが、ヴィオラースはゆらりと立ち上がると綺麗な顔に影を落とした笑顔を浮かべた。
うわ、怖い。
「ソラちゃん、これは大変危険な魔法だとあたしは思うの。……封印しましょう」
「ええーー!」
夏目空、初めてのオリジナルレシピはお蔵入りとなった。
* * * *
メルリーフ王国王都エルメラには国を守る三つの騎士団が存在する。一つは赤の騎士団、武闘派の揃う騎士団で平民出身の者が多く、彼らは主に城下を守護している。もう一つは青の騎士団、彼らは情報収集を得意としており情報伝達係として動き、有事の際は赤の騎士団と連携して事にあたっている。最後は白の騎士団、騎士の中でも優秀な人材が揃い王城や王族の警備にあたる近衛騎士である。そしてそのほとんどが貴族出身者で固められていた。
そんな白の騎士団の団長、セラフィン・エドラードは国の中でも有数の貴族、四大貴族にも数えられている名家エドラード侯爵の次男にあたる男で、文武両道容姿端麗と非の打ちどころのない男であった。
数日前までは。
「まだ見つからないのか!?」
「つっても情報が少なすぎるぜ団長。王都がどれだけ広いか分かってるでしょうよ」
白い騎士団服を着た大柄の男、ダインツがやれやれと額を掻く。一週間ほど前に起こった件でセラフィンがうっかり一目ぼれした女神とやらを探す羽目になった彼は連日王都を駆け回り疲れていた。
これ、俺の仕事じゃなくね?
とか思いながらも普段から尊敬し慕う団長の願いを無下にもできず付き合っていた。周りの同僚からは
『面倒見が良すぎるぞ』と言われている。
「とりあえずもう一回、詳しく特徴を教えてくださいよ」
「何度も言うが、女神はとても美しい容姿をしていた。艶めくような黒髪は肩ほどの長さで、同じく黒い瞳は宝石のように深い色合いに輝き、その手は陽だまりのような温かさを湛え、声は鈴なりに私の耳に響いた。背からは神々しいまでの後光が射し、その眩さに眩暈がしたほどだ」
体調が悪かったし目がかすんでふらついてただけじゃ、とは思っても口に出さなかった。
「とりあえずすんげー美女探せばいいんすよね。了解です、がんばります」
「期待しているぞダインツ!」
こうして白の騎士団捜査網は、どんどん本人から離れていったのである。