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4 魔法を調合してみよう







 清々しい目覚めに、私は気分よく背筋を伸ばして起き上がった。今日の天気は私がこの世界に来た日と同じくらい高く青い空が広がり、悠々と白い雲が流れていく良い天気だ。

 身支度を整えて歩くたびにギシギシなる階段を下り、一階にある食堂へ行くとすでにお爺さんが朝食をとっていた。


「おはよう、ソラちゃん。良い天気だのう」


 お爺さんは機嫌よく、牛乳を飲み丸い焼きたてのパンと牛乳を差し出してくる。


「ヴィオラース殿が来るまでまだ時間はあるじゃろ。ゆっくりな」

「うん、いっただっきまーす」


 お金がなくて朝はいつもパンと牛乳だけでしのいできたが、頑張れば他の食べ物にもありつけるかもしれない希望が私を元気にする。

 とりあえずお魚食べたい。お肉も食べたいです。欲を言うとスイーツも味わいたいのです。就活中に様々な店にお邪魔したが、色とりどりに並べられた甘いお菓子類はどれも宝石みたいにキラキラ輝いて見えて目に毒だった。

 簡素な朝食を終え、部屋に戻ってベッド周りを掃除していると誰かが扉をノックした。


「はーい、今開けます」


 お爺さんかな、と思って扉を開けたがそこに立っていたのは長身に派手な衣装を纏ったヴィオラースだった。今日も一段と目にうるさい派手さである。


「おっはよう、ソラちゃん。準備はいいかしら?」

「おはようございます師匠。もともと荷物は少ないので荷造りは終わってますよ。お爺さん呼んできますね」


 と、隣の部屋にいるはずのお爺さんを呼びに行こうとしたが、ヴィオラースの後ろからひょっこりと白い毛玉が顔をのぞかせた。


「ヴィオラース殿いらっしゃいましたか。さあさあ、行きましょうぞ!」


 ぴょんぴょんと跳ね回る姿は白い毛玉が弾んでいるようにしか見えない。私なんかよりもよほどお爺さんの方がはしゃいでいて笑いそうになった。私の就職に我がことのように喜んでくれるお爺さんがすごく嬉しかった。


「それじゃあ行きましょうか、ソラちゃんの新しい居城へ」


 小さな荷物を一つ手に、私は数十日を過ごした部屋に別れを告げた。







 大通りからずっと北の方へ行くと鍛冶屋や宝飾品店などが立ち並ぶ職人街へと街並みが姿を変える。鋼鉄を打ち鳴らす音をそこかしこに聞きながらずっと歩いていくと蝶々の形をしたお洒落な看板がかかったお店の前でヴィオラースが足を止めた。

 くるりとこちらを向いて朗らかに微笑む。


「ようこそ、パーピリオー魔法調合店へ!」


 扉を開けると上に仕掛けられた鈴が鳴り、来訪者を告げる。ドアノブにはCLOSEと書かれた看板が下がっていたのでまだ開店前か、今日はお休みするつもりなのだろう。

 店内へ足を踏み入れると不思議な匂いが鼻孔を掠めた。調合というから薬品臭いのかと思ったがそうではなく、甘い蜜のような匂いと布団を太陽の元に干して取り込んだ時の温かな匂いに近いようなものとがかわるがわる漂ってくるのだ。しかし店に置かれているものに食べ物類はあまり見られず、綺麗な色をした飴玉サイズの丸い宝玉や、剣、鎧、衣服、装飾品などが棚の中に所狭しと並べられている。

 レジの後ろにある奥の方の棚には瓶が並んでおり、中にはカラフルな液体や薬のような錠剤型のものが詰まっていた。


「居住は二階になるわ。こっちよ」


 レジ横の扉を開けて中に通される。扉の向こうは廊下になっており、白い花が活けられた花瓶や風景画が飾られた品のよい品々で彩られていた。向かい側の方にも扉があるのでまだ奥がありそうだが、とりあえずは案内されるがまま二階に上がる。


「あたしの部屋は階段を上がってすぐのここよ。で、ソラちゃんの部屋は一番奥ね」


 廊下の突き当たりにある扉につけられた鍵穴に鍵を差し込んで回してから、扉を開けた。中から真新しい匂いがする。部屋は日本の自分の部屋と同じくらいの7.4畳ほどの広さでシンプルにベッドと机と椅子、空の本棚があるだけだった。


「お給料が出せるようになったら自分好みに模様替えしちゃってね。大通りの可愛いお店、後で教えてあげるから」


 そわそわと落ち着きなく自室になる部屋を見て回っている私にヴィオラースがくすくす笑いながら言った。さっそく荷物をベッドの脇に置いて、ベッドに座ってみる。ふんわりとした座り心地だ。


「どうかしら? 知り合いの家具屋に頼んで新調したんだけど」

「ふっかふかで気持ちいです! ありがとうございます」

「しかしよく部屋を用意できたのう。予定でもあったのか?」

「そうですね、弟子をとるつもりで協会の方には申請を出していたので、本当に来るかどうかは正直微妙だったのですけど」


 楽しそうにお尻を弾ませてベッドではしゃぐ私に視線を向けて、まるで可愛い我が子を見るような温かい笑顔を浮かべた。


「見つかって良かったわ」

「ほっほっほ、可愛いじゃろわしの孫」


 二人の生温かい視線にさらされて我に返った私は、顔を赤らめながら佇まいを直した。十六にもなってベッドではしゃぎ過ぎた。


「お爺さん、今日は一階の客間に泊まっていってください」

「いや、ありがたいがわしはこのまま村に帰るぞい」

「え、おじいちゃん帰っちゃうの!?」


 もう少しいてくれるのだと勝手に思っていた私は帰ると言われて急に寂しくなった。縮こまってお爺さんの白いもこもこの髭をもふりながら不安に揺れる私の瞳を覗き込んで、お爺さんは頭をよしよしと撫でた。


「ソラちゃんが嫌々しなければこのままヴィオラース殿に任せようと思ったんじゃ。そろそろわしも村の家が恋しくなってきたしのう」

「おじいちゃん……そうだね、いつまでも甘えてちゃダメだよね」

「おお、ソラちゃん。わしもソラちゃんと離れるのは寂しいが、可愛い子には旅をさせよ、一人立ちは温かく見守るもんじゃ」


 お爺さんのしわくちゃな温かい手に撫でられて私は泣きべそかきながら静かに頷いた。


 孫をよろしく頼みます。とヴィオラースに深々とお辞儀するとお爺さんはじゃあの~う! と元気に手を振って乗合馬車で帰路について行った。

 私はというと泣きはらした赤い目で周囲から奇異な目で見られようとも馬車が見えなくなるまで手を振り続けたのでした。






「ソラちゃん、もう大丈夫かしら?」


 ヴィオラースが出してきた濡れタオルを目に当てていた私に彼は私の顔を覗き込みながら聞いてきた。私はもう大丈夫ですとタオルを返すと、頬を二回叩いた。


「ご心配おかけしましたが、すでに気合十分です、師匠!」

「うふふ、立ち直りが早くて良かったわ。ソラちゃんには仕事で覚えてもらいたいことがたくさんあるから、さっそくだけど魔法調合師の初歩的な仕事をお願いしたいの。工房まで一緒に来てちょうだい」


 魔法調合師の仕事場である工房はお店の一階、一番奥の部屋にあった。扉にはなんと三つもの鍵がついており、一つは特殊な魔法がかけられていて普通の人間では開錠不可能という厳重さだ。ヴィオラース曰く、貴重な素材が多いのもあるが、危険物もそれ以上に多いからだそうだ。

 取扱い厳重注意。

 三つの鍵を開錠し、扉を開けると部屋の中は整然としており物が多いわりには綺麗に掃除されていた。


「いつもはもっと汚いのよ。ソラちゃんが来るから昨日慌てて片付けたのよね」


 と苦笑しつつ、ヴィオラースは部屋の奥に置かれた小さな黒い壺の前に私を座らせた。


「とりあえずソラちゃんには、この壺に火をかけて簡単な魔法を調合してもらうわ」

「いきなりですか!?」

「見魔があれば簡単なものならすぐに調合できるわよ。慣れれば難しくないから」


 棚の中からいくつか瓶を取り出していくヴィオラースを見て、私は途端に不安になった。そういえば私、魔法調合師という職業の内容をなにもしらない。お爺さんも普通に知っていたようだったし、ヴィオラースが詳しく話さないところを見ると一般常識の範疇なのかもしれなかった。


「あの、師匠。超初心者的発言を許してください」

「あらなにかしら?」

「魔法調合師ってなんですか?」


 瓶をとっていたヴィオラースの手が止まった。目を丸くしてこちらを見たので私はいたたまれなくなって俯いた。


「……すみません」

「ああ、いいのよ。あたしもごめんなさい。つい知っているものだと思って。魔法調合師はね、魔石と様々な素材を調合して魔法を作り出す職業なの」

「魔法を作り出す? 魔法ってこう、呪文を唱えてばーんと出すもんじゃないんですか?」

「なあにそれ、そんな便利なことできる人間なんていないわよ」


 なんと、ファンタジーな世界なのにここには魔法使いが存在しないのか。驚きの事実に内心私は驚いた。魔法は唱えるんじゃない、作り出すモノだ。が、この世界の常識らしい。


「魔法調合師が魔法を作って、それを買った他の人が使うものよ」

「魔法って誰でも使えるんですか!?」

「ええ、使用制限がかかっていないもののほとんどが一般人でも使用可能よ。魔法は王都の生活にかかせない便利道具なんだから。たとえば今からソラちゃんに作ってもらう魔法は『汚れを落とす』魔法よ」

「せ、洗剤じゃないですかそれ」

「普通の洗剤よりも高性能よ。どんな汚れでも落としちゃうんだから。でも調合する材料は洗剤と似通っているの。この瓶に入っているのがペドラ液、汚れを溶かす液剤だから素手で触らないように注意ね。で、こっちの瓶に入っているのが精製水。純度の高い水でペドラ液を中和させる役割を果たすわ。魔石粉を混ぜるときにだまになるのも防いでくれるわね。そしてこれがオイル」


 まるでこれから石鹸を作るかのような材料だ。ヴィオラースは壺に火をかけるとそれらの材料を私に手渡した。


「壺が熱くなったらまずはペドラ液を壺に入れて、煮立ったら精製水を混ぜる。色が白乳色に染まったら一度火を消して水属性の魔石粉を入れる」


 ヴィオラースの指示に従って緊張で震える手を抑えながら素材を煮込んでいった。水属性の魔石粉は青色に光って、その周囲をふわりと冷気のような帯状のものが浮いている。魔石には魔力が宿っているから見魔の目にはこういう風に映るようだ。

 魔石粉を投入すると壺から青い糸のようなものが何本も飛び出してふわふわ浮かんでいる。


「ソラちゃん、青い糸みたいなのが壺から出てるの見えてるわよね?」

「はい、なんかもじゃもじゃしてます」

「見魔の力で、可視化した魔力に触れることができるわ。やってみて」


 もじゃもじゃ浮かんでいる糸を何本か握ってみる。確かな糸の感触が手のひらにのった。


「それを編むの」

「編む!?」

「これが地道な作業なのよねー。でもこれが魔法調合師の本業というべきね。ここで綺麗に魔力を編めるかどうかで性能が変わってくるのよ」


 壺でぐつぐつして混ぜて終わりではないらしい。ヴィオラースがお手本にいくつか糸をとって編んでみせた。まるでミサンガを編むかのように慣れた手つきで編み上げていく。

 三分程度で一房出来上がった。


「こんな感じよ。これを沢山繰り返して魔力を編むの。それが終わったらオイルを混ぜて完成」

「あ、編み方もう一度お願いします」


 ヴィオラースが私の後ろに回って手を取り、糸を掴んだ。これが一番いい方法だけど後ろにいるのがたとえオネエ口調の桃色長髪でも男性だ。ちょっとときめきかけたが、これを覚えない事には魔法調合師としてやっていけないと作業に集中することにした。


 魔法調合師見習いとなった一日目は、黙々と編み物で終了したのだった。ついでに何回か編み方を間違えて小爆発を起こし、私の黒髪がちりちりになったのはご愛嬌。










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