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2 そうだ、王都へ行こう





 お爺さんの名前はトルタ・レジー。お婆さんの名前はミラル・レインツだということを教えてもらった。お婆さんは早々に結婚して家族も多かったが、お爺さんは生涯独身で自由気ままに暮らしているようだ。ミラルお婆さん曰く『女にだらしないからこうなった』らしい。

 私はしばらくの間、お婆さん宅にお世話になることになった。お爺さんの家で二人にするのは不安すぎるとお婆さんに大反対されたからだ。お爺さんは孫と一緒がいいとか駄々をこねていたが。

 いつの間にか私、すっかり孫ポジションだ。

 孫なら孫らしく、おじいちゃんの家に遊びに行こうかと一度隣であるし訪ねたのだが玄関の扉を開けた瞬間、異臭がした。嫌な予感を抱きつつも中に足を踏み入れると、そこは物が散らかり放題になっており、食べかけのものもほったらかしで虫がたかっている。

 ミラルお婆さん大正解。お爺さんよ、これでよく孫と一緒に暮らしたいと言えたな。

 遊びに来たはずが大掃除をすることになった一日でした。余談だが、掃除中に年頃女子が見てはいけないものを見てしまった。男なら誰でも持ってるものだと理解してはいたつもりだが実際目にするとなかなか衝撃である。お婆さんの許可を取り、無心に全廃棄。ゴミですゴミ。

 お爺さんよ、よもや私の着替えを覗いてはいなかっただろうな?


 それからはお婆さんの手伝いをしたり、畑仕事をしてみたり、ご近所付き合い頑張ってみたりして村の人達とも親しくなり始めた頃、お婆さんの家を訪ねて勝手にお茶をすすっていたお爺さんが徐に口を開いた。


「ソラちゃんの将来を考えたら、やっぱり王都に行くべきかのう」


 ぶつくさ文句を言いながらお爺さんの向かいの席でお茶を飲んでいた私の為にクッキーを用意していたお婆さんの手が止まる。私は目を瞬かせてお爺さんを見た。


「こんな年寄りばっかの田舎にずっといるわけにゃいかんじゃろ? 嫁にもいけんぞ」

「でも私、湖から離れていいのかな……」

「あれは呼ぶだけじゃ、空ちゃんは気になるかもしれんがあれがそれ以外に機能した話は聞いたことないしのう。それにいつまでも婆さん家で居候する気もないんじゃろ?」

「……あたしは別にかまわないんだけどねぇ」


 クッキーが乗った皿を私の前に置いて、お婆さんは椅子に腰を下ろした。お爺さんは遠慮なく私の前の皿からクッキーを取って口に放り込む。

 二人とも私が居候していることに落ち着かないでいることを知っていたようだ。日本ではまだ私は学生の身で働くということがあまり頭になかったが、ここではそうじゃない。身を立てる為にはやはり仕事が必要だ。けれどこの村には残念ながらお金を稼げるような仕事はなさそうだった。日々、お手伝いをしているだけではさすがにお婆さんに申し訳なくなってきてしまう。


「ということでソラちゃん、わしと一緒に王都へ行こう!」

「え? トルタおじいちゃんも?」

「はんっ、魂胆見えたよ。王都の若い娘のケツでも追っかけようって腹だね?」

「ほっほっほ、婆さん――――――――なぜわかった!?」

「誰でも分かるわ、このエロじじい! あー、やっぱり心配だね。あたしもついて行こうか」


 婆さんと一緒とか絶対楽しめないとお爺さんが文句たらたらになり喧嘩が始まった中、私はぼうっとこれからのことを想像してみた。確かにずっとここにいるわけにもいかない。仕事ができるのなら王都にでもどこでも行くべきだ。この世界の事をまだよく知らない上に土地勘もない私が一人でウロウロするのも怖いので、お爺さんが付いて来てくれるというのならありがた話ではある。目的がケツの追っかけでも。それに私はこの生活の中で自分がこの世界の文字が分からないということを知った。会話している言葉は理解できるし話すこともできるのだが、字だけは読むことができなかった。お爺さんが言うには私はこの世界の言葉を話しているらしいので、こちらに呼ばれた時点で翻訳機能は備わっていたのだろう。字の方についても翻訳して欲しかったです。

 字が分からないと一人旅はより難しいものになる。一応勉強はしているが、もともと英語の成績も下から数えた方が早い成績なので、成長具合は推して知るべしである。


 だから私の答えはもう決まったようなものだ。


「おじいちゃん、王都に行こう!」


 声高に放った言葉に二人は一瞬目を丸くしたが、すぐにお爺さんは満面の笑みを浮かべ、お婆さんはやれやれと首を振って椅子に座り直したのだった。







                *   *   *   *






「そろそろ、行きますよ」


 人の良さそうな顔をした御者のおじさんの言葉に覇気のない顔をした二頭の馬に繋がった今にも壊れそうな荷馬車に私はお爺さんと二人腰かけた。二人での王都行きをお婆さんはしきりに心配し、反対していたが、最後は三人分の旅費が出せない事で諦めて携帯食の固いパンと温かな紅茶の入った筒(竹に似た素材でできた簡素なものだ)を私に渡し、ぎゅっと強く抱きしめた。


「このクソじじいが変なことしたら遠慮なく拳を叩きこむんだよ!」

「孫にはやらんわ、クソばばあ」

「男は皆、獣だからね。優しい顔をして寄ってきても油断しちゃあいけないよ。なにかあったら全力で玉ぁ蹴り上げるんだ、いいね!」

「心得ております、師匠!」


 この数日でお婆さんからいざという時の女の護身術をいくつか習っている。パワフルなミラル婆さんは様々な技を体得していた。その技で昔、村に出没した熊を打ち倒し夕食にしてしまったというのだから今更ながらに、彼女の過去が気になって仕方がない。


「わしの孫が婆さんみたくなっとる……うぅ、あの時、湖から出てきた可愛いソラちゃんはどこへ行っちゃったんじゃあ」


 隣でお爺さんがメソメソ泣いているが無視。今現在も私は可愛い孫ですが?


「それじゃ、ミラルおばあちゃん行ってきます!」

「気を付けるんだよ! 王都に着いたらかならず手紙を書くんだ、いいね!」


 遠ざかっていくお婆さんと村を哀愁の念を抱いて見つめながら、私はお婆さんが点になってしまってもずっと手を振り続けた。







 田舎の村から王都まではだいたい馬車で三日の旅だそうだが、私達が乗り込んだのは王都へ買付へ行くという村人のオンボロ荷馬車だったのでさらにもう一日かかる見込みだ。危険を避ける為、野宿はなしで町や村を経由するルートをとる。田舎といえども街道はしっかりと通っていたので旅自体は比較的気楽なものだった。盗賊なんかに襲われたらどうしようかと危惧していたが、そもそもほぼ身一つでオンボロ荷馬車に乗っている人間をわざわざ襲ったりはしないだろう。実りがなさすぎるし。

 旅で私を一番悩ませたのはお尻の痛みだ。街道は舗装されているとはいえ、ときどき車輪が石を踏んで跳ねあがるし、始終揺れている。クッションなんてものはあるわけないので、こればかりは耐えるしかなかった。

 ちなみにお尻が痛いと訴えた時、お爺さんが「尻撫でてあげようかのう」と言って来たので師匠に言われた通り遠慮なく拳を腹に叩き込んでおきました。孫にはしないんじゃなかったのか。

 そうして平和に荷馬車に揺られて四日、ついに着きましたよ王都!

 この辺りの土地を治めているのは、メルリーフ王国という水と緑が豊かな国だ。王都エルメラは大河のほとりにあり、近隣諸国との交易が盛んで、多くの珍しいものが集まる場所としても知られている。北の方には宝石がとれる鉱山もあり、宝飾の加工も盛んなようだ。

 これすべてお婆さんの家にあった本の内容なので実際はどんなものなのか楽しみにしていたのだが、想像以上だった。


「大河すごいっ!」


 リツェン大河の上に架けられた石畳の橋を渡りながら、その壮大な光景に息をのんだ。青々と澄み渡る大河は大量の水をたたえ、轟々と流れていく。時折跳ねる魚が太陽の光をきらりと反射させ、まるで大河自体が光っているようにも見えた。


「魚料理も美味いんじゃよ、金があんまりないから高いもんは食わせられんがのう」

「もちろん一番安いのでいいよ。楽しみ!」


 橋を渡り、巨大な壁に囲まれた王都の門をくぐればそこは思い描いていた都の風景。大勢の人で活気づいた大通りを気分が高揚するのを抑えきれずに田舎者まるだしで眺めた。


「仕事の斡旋所まででいいんですよね?」

「おう、たのむわい」


 荷馬車は賑やかな大通りを過ぎ、かっちりとした服を着込んだ人々が多く道を歩く商業区画へと入っていった。しばらく道なりに走ると、荷馬車は一際大きい建物の前で止まる。


「着きましたよ。ソラちゃん、長旅ごくろうさま」

「おじさんも、ありがとう」

「はい、じゃあ二人とも気を付けて!」


 そういうとおじさんは荷馬車を走らせて大通りの方へと戻っていった。私はスカートの皺を手で簡単に伸ばすと、背筋をぴんと張った。就活なんて始めてだけど大丈夫だろうか。面接の練習もまだしたことがないし、圧迫面接が怖いとか言われてたからそんな重圧的にこられたらどうしよう。

 兄ちゃん曰く、面接官はナマハゲくらい怖いらしい。悪い子はいねがー。

 そんな心配をよそに物怖じしないお爺さんはずんずん先へ行ってしまうので、待ったなし状態の私は震える足をなんとか動かして後を追った。




 面接という面接はあってないようなものだった。王都の様々な仕事をお役所の見るからに仕事できるお姉さんが斡旋してくれて、雇い主に引き合わせてくれる。そしてお互いの条件や仕事内容を話し合って数日出勤、正式に採用するかしないかを決めるという感じだ。


 そして私は見事に。


「…………わーい、全敗だー」


 撃沈していた。アルバイトもやったことがなかったから自分の力量なんてたかがしれてるとは思ってたけど、自分ポカミスしすぎです。怒られまくって凹みまくりです。残された仕事がゴミ拾いと皿洗いしかないとか悲しすぎて涙がちょちょぎれる。

 きっと私にも異世界トリップものの王道、『チート能力』があるに違いない! と期待していたんだけど、いまだ覚醒の気配はございません。ないものに頼っちゃいけないですね、はい。

 やっぱり字の読み書きができないのが一番の敗因だよねぇ。


 夕やみ迫る日暮れの中、不採用を言い渡されトボトボと安宿で待つお爺さんの元へ帰る途中、突然上がった悲鳴に私は驚いて飛び上がった。女性の甲高い声はそれから断続的に響き、周りの人々も野次馬根性丸出しでわらわらと集まってくる。

 私はというと、もちろん行きますとも!

 気になって人混みをかき分け、現場へ急ぐとそこには仕立ての良い白の衣装に長剣を佩いた男が仰向けに倒れており、悲鳴を上げた本人であろう女性がおろおろしていた。

 おそらく急病人だろう。この中にお医者様はいらっしゃいませんかと叫ぶべきだろうか。


「あの騎士様、急に倒れてしまったそうだぞ」

「大丈夫かな、医者は呼んだのか?」


 ざわつく野次馬の声を拾うに、あの倒れている男は騎士のようだ。顔面蒼白で息絶え絶えになって苦しそうに胸元を抑えているが、それさえも絵になってしまいそうなほど男は綺麗な顔立ちをしていた。だが私の目をくぎ付けにしたのはそんな容姿端麗な男の顔ではない。


 なに、あれ……。


 しばらく騎士を見ていて気が付いたのだが、彼の周りをなにか黒い靄みたいなものが覆っている。一際黒い靄が濃いのは男の首と胸元でまるで帯のように広がりぐるりと囲むように、まるで体を締め付けているかのような形になっていた。

 あんなものが巻き付いていたら苦しいに決まってるじゃない。

 けれど誰もあの靄については言及しないのだ。まさかとは思ったが、このままなにもせずにいることもできずに、私は大股で騒ぎの中心へと足を踏み入れた。

 一斉に向いた視線が痛かったが、気にしないように早足で騎士の元へと駆け寄る。彼の隣でおろおろしていた女性が不思議そうにこちらを見たが、私はそのまま腰を下ろして石畳に膝をつけた。

 まずは靄を振り払ってみようと手を振ったが、一瞬揺らぎはしても消え去ってはくれない。手を振る私の行動に女性はますます不思議な目で見つめてきた。

 たぶん、たぶんだけど見えてないんだ。

 なぜかは分からないが、この帯状の靄が彼を苦しめている原因に思えて、私はありったけの行動力を持って、最後の望みにかけることにした。

 この帯、引きちぎる!

 マフラーみたいに巻き付いている黒い靄を掴むと一気に両側へ引っ張った。


「せいやーー!」


 バチンと静電気が走るような音が耳を掠め、両手にかすかな衝撃が走る。少し痛かったがそれよりも帯が引きちぎれたことによって騎士を覆っていた黒い靄が晴れ、彼の顔に赤みが戻ったのを見て、ほっとした。


「道をあけてくれ!」


 ひときわ強く大きな声に私は慌てて立ち上がった。倒れている騎士と同じ衣装を着た大柄の男が担架を持って走ってくるのが見える。このままここにいたら邪魔になると思った私は逃げるようにその場を走り去ったのだった。



 ――――――――まるで珍獣でも見るかのような目の観衆の中、一人の青年だけが空のことを真剣な眼差しで見つめていたことも知らずに。







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