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Now, let's enjoy

作者: イワイサキ

ぜひ一聴していただけるとありがたいです。


どんないろ

http://www.youtube.com/watch?v=ZnJb0ormqUI

パタパタくん

http://www.youtube.com/watch?v=aNGmL7rP2uU

「Red, blue, purple and orange and green」

 テレビで流れていた曲を口ずさむ。明るい曲調に自然と体もリズムを刻みだす。こういう時は洗濯物の皺を叩き伸ばす手にも力が入るってもんだ。

「Black, white, scarlet, violet, pink」

 ベランダを覆う澄みきった空も、暑いぐらいの日差しも、それらに映える草木も全てが眩しいくらい輝いて見えた。もっと、澱む心を洗い流しくれないかと思う。

「ご機嫌だね」

 振り向くと、私の胸ぐらいまでの身長の正樹が曇らせた顔でこちらを見ていた。私の上機嫌っぽさが癪に障る、素直に喜べない、そんな顔をしている。

 正樹が今の私に腹立たしさを感じるのは仕方がない。昨晩は喧嘩したまま互いに寝てしまっていた。すぐには気持ちを切り替えられないだろう。小学校六年生という多感な年頃が、より一層そうさせるのかもしれない。私は思春期特有のそれを日頃からとても微笑ましく思っていた。可愛いのだ。とてつもなく。

 ぐりぐり、とちょっと力を入れて頭を撫でてあげる。いつもはイヤイヤする正樹も今日はされるがままだった。それもまた可愛かったのでいつもの三割増しでナデナデしてあげた。正樹の頬がほくっと染まるの見て、私は満足してまた洗濯物を干す作業に戻った。

「Navy, bluemint and lime, ivoly」

「僕も手伝うよ」

 こちらを見ようとせず不器用な手つきで長袖の皺を伸ばそうとしている様子に、微笑を浮かべて、気持ちを伝えた。

「la la la la la……」

 二人の歌声が静かに響く。



「正樹も麦茶飲む?」

 力仕事ではないが、こうも暑いと一仕事を終えた体は水分を欲しがる。正樹は「飲む飲む」と返事をしながらも、開け放った冷蔵庫の前から動こうとしない。正樹は昔からこの涼の取り方を好む。いつもなら小言の一つでも言うのだが、今日はもう冷蔵庫が空っぽなので大目にみてあげた。その代わり、少し意地悪をして同じコップに麦茶を注いで手渡した。案の定、どこに口をつけていいか戸惑っている。ほくそ笑む私を尻目に、結局、えいっと勢いで喉に流し込んでいた。

 さて、と部屋を見渡す。物はだいたい片付けたが、完璧にはまだ遠い。定期的に部屋は掃除していたつもりだが、今回はなかなか終わりが見えない。でもそれを憂いているとあっという間に日が暮れてしまう。さぁ、次はフローリングの雑巾がけだ。



「WRYYYYYYYY」

 先ほどまでの軽やかな歌声など発する余裕もなく、女を捨てた奇声を放ちながら埃を蹂躙していく。半分は正樹のツッコミ待ちでもあったのだが、見え見えのボケには相手してくれないようだ。正樹は寝そべってテレビを見ている。更に三往復程頑張ってから人間をやめるのを止めた。少し悲しくなった。



 小休憩に背伸びをして腰を叩く。骨に痛みが染み入る。見渡してもまだまだ終わりそうにない。恋人の弘司と住んでいた部屋だ。一人だと広いに決まっている。いや、足すことの一人半かと考え、くくっと笑いがこぼれる。正樹は奇異の目をちらりと向けたが、すぐに紛らわしたようだ。手伝って欲しくもあるが、ここは私と弘司の部屋だ。なんとなく、私から正樹にお願いするのは気が引けた。

「いちにつきまして」「ドライ、ツヴァイ、アインツ」「どすこいっ」

 掛け声のレパートリーもすぐに尽きた。それでも肩で息をしながら何かを叫んでいたい気分だった。

「Red, blue, purple−−」

 また口ずさんでいた。そんなに気に入っていたのかと自分でも驚いた。ここまで一つの曲に執着するのはいつ以来だろう。少し思い出を巡らせてみた。

 −−そう昔、それも大学生の時だ。その時もコマーシャルの曲だった。パタパタくんの曲に弘司と一緒にのめりこんだことがある。二人とも中途半端に音楽をかじっていたりするものだから、あの変拍子にやれ拍子は3/4だの3/8だのと言い合っていた。幸せだった。二人とも学生で、卒業後も就職先を近くに合わせて、同棲もして、残りの人生も寄り添って歩いていくことを信じて疑わなかっ時期だた。いや、それは間違っていない。残りの人生が極端に短かっただけだ。

「おねえちゃん」

 気が付くと正樹が心配そうに横に立っていた。いつの間にか足を止めて黙り込んでいたようだ。

「どうしたの。お兄ちゃんのことでも思い出してたの」

 正樹もつられてか、泣きそうな顔になっている。

 弘司と同棲し始めた頃、転がり込んできたのが正樹だった。正樹は心酔という言葉がしっくりくる程のお兄ちゃんっ子だったが、一人っ子だった私は実兄に負けないほどにこの未来の義弟を愛したものだった。本当に弟だと思っている。血の繋がりなんてなくとも。

「大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけ」

 私は笑顔を正樹に返す。その表情をどう読み取ったのか、「手伝うよ」と私の雑巾を手に取り、掃除の続きを始めた。私はその優しさに、本当に涙が出そうだった。


 部屋の掃除が終わると、日も傾きかけていた。遠くでひぐらしがカナカナと鳴いている。私は素麺を二人分作り、ガランとした部屋の中央のちゃぶ台に食事の用意をした。そして身支度をする。化粧は付けず、黒い服に着替える。

 シャワーから出てきた正樹は私の姿を見て悲しそうな表情を浮かべた。心が少し痛んだが、笑顔で「食事にしよっか」と答えることができた。

「いただきます」

 素麺は喉越しを楽しむ間もなく、するするとお腹に入っていった。私たちに会話はなく、重い空気が二人を包む。お代わりどうする、と正樹に聞いてみたが、これぐらいでいいやと正樹は笑った。

 最後の片づけをする。食器を洗う音だけが空虚な部屋を満たしていた。

「la la la la la……」

 何かで塗りつぶしたくて私は歌った。正樹も何も言わず歌いだした。



 すべての片付けを終わらせて、二人でちゃぶ台を挟んで座る。ちゃぶ台の上には重い沈黙しかない。昨日喧嘩してまで決めたことだが、それでも体も気も重い。でも切り出さなければならなかった。

 さて、と私は片付いたちゃぶ台の上に木箱と紙箱と空の小瓶を二つ置いた。正樹はぼうっとそれを見ている。私は木箱を開けて壷を出した。その中に弘司はいる。いまだにこれがそうなのだと実感は沸かないけれど、親しい人が死ぬというのはきっとそういうことなのだろう。

 私は壷を開けて、中のお骨を少しつまみ、小瓶の中に入れた。糸を通したコルクで蓋をして首にかけた。空の小瓶も一緒に首にかける。

「ありがとうね。ちょっとでも分けてくれて」

「ねぇ」

 正樹がすがる様な目をしている。

「本当に行っちゃうの?」

 その一言にどれだけの思いが詰まっているのか私には分かっていた。引き止めたい、と。一緒にいたい、と。

「ごめんね」

 私は正樹の頭の上に手を置く。

「やっぱり、私が男として愛したのは弘司だけなんだ。正樹はやっぱり弟なんだ。可愛い可愛い、私の弟」

「じゃあ、一緒に−−」

「私はいつも弘司と一緒だから。それに、」

 言葉が続かない。私の胸で揺れた小瓶が音を立てる。二つの小瓶が。



「じゃあ暗くなるまでに行かなきゃ」

 私は玄関で靴をはき、正樹と向き合った。

「その服、夜だと見えにくそうだから、車なんかに轢かれるなよ」

 正樹もどこか落ち着いたようにへへっと笑う。

「正樹も」

 少し言い淀む。

「火事には気をつけなさいよ」

 そういって、ちゃぶ台の上の練炭の入った紙箱を指差す。

「じゃあ、いってらっしゃい」私は言った。

「いってきます、元気でね」正樹は答えた。

「さよなら」二人の声が重なった。



 空は赤に染まっていた。それでも雲ひとつない淡色だった。

 でも、と私は思う。

 少しだけ夕立を降らせて下さい、と。

 乾いてしまった心に水を、流れない涙の代わりに雨を、私に下さい、と。

 右手に弘司を、左手に正樹のための空瓶を握りしめながら、私は前にも後ろにも進めない足で、その空の下でただ立ち尽くすしかできなかった。


 いいですよね、cm曲。

 どこをどう捻くり返したらこんな話になるんだと知人には言われましたが。


 結末まで読んでから再読していただくと、序盤がまた違ったように見えるかと思います。お時間があるときにでも是非。


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