リボルバー
メチャランマは、活火山である。
その事実は、僕を大いに驚愕させた。
驚かない方がおかしい。
もうとっくに死火山になっていると思っていた。なんせ、聖地に指定している位だからだ。聖地ならば、普通に考えたら安全だと思うだろう。
まあ最初に訪れた聖地、聖ニケラモゲラ修道院が最前線であった事を考えたら、この世界では聖地というか寧ろ戦地であるのかもしれなかった。
しかし、こんな天を突き抜ける程にドデカい山が噴火したとしたら、一体どれほどの被害が出るのだろう。
僕は専門家でも博識な方でもないので、想像することしか出来ないけれど、それでも、ただでは済まないこと位はわかる。
世界を火山灰が覆い尽くしてしまうのではないだろうか。
そして、これは僕の今までの経験から導き出されたものなのだが、恐らく、多分、きっと……いや、これはもう、どうせ、だな。
どうせ――噴火間近なのだろう。
分かってます分かってます。
わかってますぅわくぁってぃむゎす。
極楽院の一族の者がここに居て、僕たちは火口に行くんですって? ええ、ええ、それって、その火口がめちゃくちゃ危険だからって事ですよね? 噴火するのは、もう確定と言っても過言ではないですよね?
と、そういう事だ。
僕は故あって、直接あのジジイから話を聞いてはいないのだけれど、まあ、概ね間違っていないはずである。
あのジジイの事だ。
ちょっと様子でも見てきてくれない? くらいの、軽いノリで依頼してくるのだろうと、僕は予想していたのだ。
――ところが。
「頼みましたぞ……勇者殿。蒴を、助けて下され」
ベースキャンプに着いた翌日。
テントで一夜を過ごした僕たちは、朝も早くに起きて、火口へと出発する準備を整えた。
ちなみに、僕たちはいつも同じテントで寝ているのだが、残念ながら色っぽい展開など、一切ない。
宜や冷はジジババと一緒の生活が長かったからか、夜更かしをしないですぐ寝てしまうし、まあ、僕も寝込みを襲う勇気もない上に、暗くなったら眠くなってしまう質なので、気が付いたら朝になっているのだ。
空気が綺麗だからなのかもしれないが、いつでも快眠だった。
それはとにかく、まだ地平線から太陽が顔を出す前の事だ。空が白み始めて、尚且ついつもより高い位置にいるからだろう、より一層、空気が澄んでいる気がする。
そんな、さわやかな朝の出来事である。
極楽院血池留が、土下座して、先の台詞を言ってきた。
寝覚めの悪いことに、朝っぱらからジジイの土下座である。
「え、ええと? 蒴ちゃんがどうしたって?」
当然、僕は事態が把握出来なかった。
無理難題を吹っ掛けられる事は予想していたけれど、まさか土下座して頼み込まれるとは想像もしていなかったのだ。
というか、なんで蒴ちゃんなんだ?
訳がわからないよ。
「勇者様、実はメチャランマの頂上――火口には、鎮魂の祭壇があるそうなんです。その祭壇で、鎮魂の儀式を魔法少女である蒴ちゃんがやらないといけないのですが、今年はなにやらモンスターが活発に活動しているらしくてですね……」
僕が戸惑っていると、宜が助け舟を出してくれた。
なるほど、今回はその鎮魂の儀式がちゃんと出来る様に、護衛して欲しいっていう事らしい。
まあ、それならいつもの軽いノリでは頼めない……か。
でも土下座する程の事ではないと思うけど……極端なヤツらだな。
ふーん。
鎮魂の儀式ねえ。
……鎮魂?
「え、じゃあここって、もしかして墓場なのか!?」
深読みすれば、昔ここで局地的な大虐殺とかがあって、鎮魂の儀式が必要なのかもしれないけれど、それでも最初に出てきたイメージは墓場だった。
「イエス――左様。このメチャランマは別名、高天峰ともコール――呼ばれておってのう。ヘヴン――天国へと行きやすい様に、ここに墓を建てるのが庚では常識なのじゃ」
「うん、ジジイのそのウザい喋り方のせいで、内容がイマイチ入ってこないな、もう一回頼むわ」
土下座の態勢からピクリとも動かないから、声がこもっている事も一因だけど、めちゃくちゃウザい。
「せやで、じいちゃん。いつも言うてるやん、その喋り方ウザいて。ええ加減にせえよー」
欠伸をしながら、蒴ちゃんが肘をガシガシ掻きむしってテントから出てきた。おい、ちょっとは魔法少女らしくしてろ、まるでおっさんじゃねえか。
それに。
「お前も他人のこと言えないだろ。キャラ作りでそんな喋り方してるくせによ」
「ふふん、私はええねん。美少女はやんやん言ったりチュンチュン言うもんやねん。にゃあにゃあ言うのもアリやな」
このお子様は、相変わらず高次元の話をしてきやがる。内容は半端なく低レベルなのに。
「そんなスクールアイドルみたいな話はともかく、お前はナシだ」
だいたい関西弁は僕の推しメン、スピリチュアル豊満ボディの喋り方なので、蒴ちゃんには百億年早い。
そもそも美少女ではなく普少女だろ。並少女でも可。
「そのロリ巨峰をなんとかしてから、エセ関西弁を喋るんだな」
「まだ言うか……兄ちゃんもしつこいなぁ。それもうすべっとるから、あんま小出しにしない方がええで」
「えっ!? 嘘だろ、こんな語感の良い言葉が、流行らない訳がない!」
地味に結構、気に入ってるんだけど。
「流行る訳がないやろ! 一体全体なんやねんロリ巨峰て、そんなん実体が不確かやないか!」
「いや、これこれ」
「指をさすな!」
頬を赤らめた蒴ちゃんの小さな手が、ペシンと僕の手を叩き落す。
いやー、これは危険ですよ。今、僕めちゃくちゃ楽しんでます。やってる事はただのセクハラなんですけど、なんでだろう、僕すっごく楽しいんですよね。でへへ、クセになっちゃいそう。
勇者からセクハラ大魔神にでも転職した方が、僕の才能を活かせるのかもしれない。そんな確信めいた予感を抱いた時だった。
「ねえ、あんた」
と、僕の肩を冷がチョンチョンとつついてきたので、僕はそのまま、脊髄反射の如く振り返った。
――のがまずかった。
いや、こんな刹那に、正しい判断が出来る人間がいるのであろうか。そもそも肩をつつかれながら声を掛けられたら、振り返るのが普通は正解だろう。
例えいつもは冷たい口調の冷様が、とんでもなく優しい声色であったとしても。
その異変を察することなど、セクハラで浮かれ切った僕に出来るはずがなかったのだ。
「りぼるばぁぁっ!」
僕は振り返った瞬間に、図らずももう一度、振り返った。
これは二度見した訳ではない。
振り返った瞬間に打ち返されたと言った方が的確かもしれない。
野球ボールの気持ちが分かった気がする。打たれるとめっちゃ痛い。
そして、僕が自ら振り返る事で勢いがつき、冷のパンチ力が飛躍的に上昇していた。僕の身体は前に行こうとしているのに、殴られた頭は後ろに行こうとしている。
当然、僕の頭はアンパンマンの様な着脱式ではないし、首はろくろ首みたいに伸縮自在でもないので、ピキッと首筋を痛めた様な嫌な音が聞こえて、最終的に前にも後ろにも行き場をなくした僕の身体は、その場に儚くも崩れ落ちたのである。
今のシーンを極めて端的に言うと。
僕、振り返る。冷、殴る。僕、崩れ落ちる。
そんな感じだ。
そして最後に。
「チッ、まだ生きてる」と、ストレートパンチを放った反動で、その豊かに実った、蒴ちゃんにはまるで見当たらないデカメロン(二房)を揺らしながら、冷は言い捨てた。
……てか、殺す気だったのかよ。
「お、お、おま、お前なあ! なんでいきなりぶん殴る必要があるんだよ!」
と、身体を冷に向けて怒鳴る。
「えぇっと……その……」
「いや、宜じゃないんだけど……」
身体は冷に向けていたのだが、首筋が痛くて首が横を向いて元に戻らないので、僕は冷の隣にいる宜に顔を向けて怒鳴っていた。
うーん、伝わりにくい。
かなり滑稽だ。
冷様が怖くて顔を背けている訳ではないとだけ、弁明しておく。
「ふん、そんなの簡単なコトよ、あんたが超キモかったから」
まだ足りないようだから、首が一回転するまで殴ろうかしら。と、恐ろしい発言をしている。
人の首を九十度曲げておいて、まだ足りないのか!? こいつ、本当は武闘家なんじゃないの?
とまあしかし、確かに調子に乗り過ぎたかもしれない。僕にとっては夢のような楽しい時間であっても、周りが楽しくなければ意味がないのだ。
空気を読もう。
セクハラ、ダメ、絶対。
「うおぉぉーっ! カッコいいー! なんや今の、ものごっつ良い音したなぁ!」
僕が少し真面目に反省していると、蒴ちゃんが目を輝かせて叫ぶ。
「はあ? な、なによ?」
「姐御ぉー、もう、姐御って呼ばせてや、冷の姐御ー!」
そして、冷の前で犬のようにはしゃいでいる。許可を求める前に既に呼んでいるじゃねえか、このガキ。
しかしそんな事は冷は気にならないようで、満更でもなさげに「ふ、ふん、勝手にすれば?」などと言って髪をいじっていた。
「姐御はすごいなぁ、私も姐御みたいになりたいなぁ」
なんて、僕にとって聞き捨てならないセリフを吐く蒴ちゃん。おいおい、これ以上ドSが増えたら、僕の肉体が消滅してしまうんじゃないのか? 僕の身体には、限界があるんだぞ。
そんなこんなで。
蒴ちゃんが冷に懐くという、将来に一抹の不安を抱えてしまった僕なのであったが、正直そんなことよりも、今の今までずっと土下座のまま固まっている、このジジイの話をそろそろ聞いてあげないといけないと思う。
余談が多くなってきてしまった。
いや、脱線事故の部類である。実際に被害者(僕)もいることだし。
「さすがにウェイト――待つのも疲れてきましたぞ?」
ジジイが土下座の態勢のまま、口を開いた。さすがにジジイ、忍耐力が半端ないな。
「待たせてしまった事は素直に悪いと思うけれど、その喋り方はやめてくれないか?」
その喋り方のせいで脱線したんだから、このままじゃ堂々巡りになってしまうじゃないか。
「バット――しかし、それではワシのキャラクターが孫より弱く見られんかのう……」
ここでようやく、ジジイは少し顔を上げて、上目遣いで僕を見た。ジジイの上目遣いなど、僕は見たくなかったがな。
ため息をついて、ジジイを諭す。
「大丈夫だ、蒴ちゃんがジジイのキャラクターを受け継いで、更に昇華しているという事が今まさに証明された。ジジイのキャラクターが弱い訳じゃない、それはただの世代交代だから安心しろ」
というか、孫になんという負の遺産を相続させてるんだ、このジジイ。
「ううむ、納得出来んが、まあええわい。ではレクチャー――説明しますぞ」
「………………」
このクソジジイ。
要約すると。
今は僕の世界で言うところのお盆の様なもので、毎年魔法を使える者が先祖の霊を鎮める役割を担っているそうだ。
精霊流しに近いもので、精霊船が祭壇になっているとイメージして貰えれば分かりやすいだろうか。この世界では、爆竹などの代わりに、魔法で盛大に盛り上げるらしい。
ちなみに、前年まではジジイが魔法で鎮めていたのだが、今年から蒴ちゃんがその儀式を行うことになったらしい。
ジジイが高齢のため、儀式を行うのが辛いのもあるのだろうが、十歳でこんな儀式を任されるということは、それだけ蒴ちゃんに魔法の才能があるのだろう。
しかし。
今年はどういうわけかモンスターが活発に活動していて、儀式を行う事が困難になってしまっているそうだ。だから、僕たちの力でモンスターを退治して、無事に儀式を済ませて欲しいという事だった。
まったく、これだけの説明を聞き終えるのに、莫大な時間を費やすことになるとは思わなかった。
結局、僕たちがベースキャンプを出発したのは、太陽が東の空で燦々と輝きを放っている頃である。
こいつら、雑談に逸れてばっかりいて、肝心な話をまったくしようとしないんだもんな……いちいちボケに対して突っ込んでしまう僕も僕なのだろうけれど。
さてさてさて――。
火口へは、ここまでの長い道のりとは違って、一瞬で辿り着くことが出来た。
「ほな、この魔法陣に乗りや」と蒴ちゃんに指差された青白く輝く魔法陣に乗って、テレポートしたからだ。
テレポート。
瞬間移動、空間転移、ワープなどなど、色々な言い方があるけれど、この魔法の場合、ドラクエ風に言えば旅の扉と同じようなモノだ。
地点甲と地点乙に魔法陣を設置して、甲から乙に、乙から甲へと一瞬のうちに移動が出来るという訳だ。
つまり、一度でも行ったことのある場所で、尚且つ魔法陣を設置しておかないと使えないという魔法だった。
やや使い勝手は悪く感じるが、一瞬で山の頂上まで行けるのだから、文句は言えない。なにせこのベースキャンプまでは一週間かけて登ってきている上に、驚くべきことにまだ四分の一しか登れていないらしい。
テレポートでもしないとやってられないぜ。
テレポート万歳だ。
そうだな。
まあ、一つだけ――。
そう、たった一つだけ、文句を言わせて貰えれば……だね。
いや、良くないとは思う。自分では扱いきれない大きく便利な力を使っておいて、それによって生じた不都合を責め立てるなんて、人の風上にもおけない。人徳を疑うレベルだ。
それでも、一言だけ言わせて貰おう。
これは誰かを責める言葉ではなく、ツッコミの領分として。
「テレポート先は、安全な場所を選んで設置しろよなっ!」
襲いかかってくるモンスターを斬り払いながら、僕は叫んだ。
剣道の試合で見かける、奇声を上げる要領で。
だから実際には「ッテレエェッッポゥトオォサギャアァァアンジェンナァバシャァァロンデェセッチャシャガァァァッッ!」みたいな、本気で気が触れたのかと思われても仕方ないくらい、酷い雄叫びをあげていた。
我ながら勇者とは思えないほどに凄惨な姿である。
しかし、勇者のその醜態は、他のモンスターを戸惑わせるには効果的だったようだ。
まさかモンスターにまで白い目で見られる日が来るとは、思わなかったけれど……。
状況を説明すると、僕たちのテレポート先には、大量のモンスターが待ち構えていた。
待ち構えていたというより、ここを溜まり場にしている様で、中には寝ているモンスターや、僕を見て逃げ出すモンスターも居た。
つまり、モンスターにとって見ても、僕たちが突然現れるとは思っていなかったのだろう。
僕に襲いかかってきたモンスターも、半ば反射的に、本能のまま飛び込んできたのかもしれなかった。
そして。
「うっさいなぁ! この間までは安全やったんや!」
言って、蒴ちゃんは宙に魔法陣を描き、杖でその魔法陣をモンスターに向けて弾き飛ばし――その魔法陣がたむろしているモンスターの中心に差し掛かった刹那である。
思わず目をギュッと瞑ってしまう程に強烈な閃光が迸り、直後、轟音を響かせながら、大爆発が起こった。
「な――――っ!?」
僕は爆風で吹き飛ばされそうになったところを、宜が支えてくれて、なんとか踏ん張る事が出来たが、爆心地にいたモンスターはひとたまりもなかった。
ちなみに、爆心地よりこちら側にいたモンスターが数匹、爆風でこっちに飛んできたが、宜が全て斬り伏せた。
咄嗟の事なのに、僕を片手で支えながら飛来物を撃ち落とすなんて、運動神経抜群にも程がある。
どうして僕なんかが勇者なんてやっているんだろう。常々思うけれど、宜の方が遥かに勇者の素質があるんだよなぁ。
情けない事に、僕は宜の運動神経に遠く及ばないし、本当に何の取り柄もないんだよな。
……まあ、それはともかく。
なんだよ、今の大爆発は!?
半端ねえ威力だったじゃん!
爆発というモノは、いつの時代も男の血を滾らせる物だった。
僕、ワクワクすっぞ!
「それにしても、よく僕の台詞の意図がわかったな、マジで自分でもなに言ってるか分からない言葉を発してたんだけど」
「うん、多分聞こえたまんまだったら意味不明だったけど、なんか理解してしもうたんや」
あと、いきなり爆発さしてごめんなー。と謝ってきた。
別に構わねえよ。と軽く返事をして、テレポートしてきた部屋を見渡す。
ここは洞窟……だろうか。ニケラモゲラの迷宮とは違い、人の手で造られた建物という訳ではないようだ。
ゴツゴツとした岩が削られて、巨大な空洞になっている。そんな部屋だった。
さっきの爆発魔法でモンスターは全滅したみたいで、部屋の壁には、爆風で叩きつけられたモンスターの死体が転がっている。
あの爆風はバイオハザードで言うところのロケットランチャー並みの威力なのだろうか。ひょっとすると僕、結構危なかったんじゃないか?
「しかしまあ、本当にモンスターだらけだな。この前のドラゴンみたいに強い奴はいなさそうだから、この調子でモンスターを倒せば良いのか?」
「……せやな。たぶん、それで良いハズや」
「なるほど、じゃあ、とりあえず進むか」
なにやら歯切れの悪い返事だけれど、気のせいだろうか。
なんにせよ、蒴ちゃん自身がこれ程強力な魔法を使えるのだから、僕や宜が必死に戦う必要はなさそうだ。
というか、蓋を開けてみたら、護衛なんて必要が無いレベルの魔法少女だと思うんだけど。
どうしてあのジジイは、僕に土下座までして頼んだのだろうか。
謎である。
「蒴ちゃん、例えばなんだけど、魔法使うとMPとか消費するのか?」
僕は蒴ちゃんに、以前冷にしたのと同じ質問をした。
回復魔法と違って、攻撃魔法には制限がある――そう推理してみたのだが、どうやらハズレらしい。
「MPとか、そんなんないで。兄ちゃん、魔法の仕組みが分かってないんやな」
怪訝な顔をして、蒴ちゃんが言う。
「仕組みだあ? そんなん知らねえよ、誰も教えてくれないしな」
「ちょっとあんた、あたしの説明聞いてなかったの? 魔法に制限なんてないって言ったじゃない」
更に呆れた風に、冷が言う。
「なんだよ、ハッキリ言ってこの前の冷の説明は、なんの説明にもなってなかっただろうが」
「はあ!? あんた自分の頭の悪さを棚に上げて、よくそんな事言えるわね!」
「――ぃってえ! いきなり蹴るな! 手だけじゃなくて足まで出す様になったのかよ!」
「あんたがバカだからでしょ!」
……閑話休題。話が先に進まない。
冷に一通り殴る蹴るの暴行を受けた後(この間に宜や蒴ちゃんがモンスターをだいぶ蹴散らしている)、魔法の仕組みというのを蒴ちゃんから教わった。
「魔法っちゅーのはな、この空気中にある原子を魔法陣で組み合わせて展開させるもんなんやで。だから基本的に空気があれば、いくらでも使えるんや」
勿論、場所によって在る原子の量とかが違うから、適材適所に色んな魔法を使えた方がええんやで。
との事。
ふむう……。
「まあ、空気から魔法を作るのは分かったよ。でもさ、それなら誰にでも魔法が使えるって事なんじゃないのか? どうやってお前らは魔法使ってんの?」
僕には宙に魔法陣を描くなんて真似は、さっぱり出来ないのだけれど。
「甘いで兄ちゃん、そこが才能に左右されるトコでな、実は魔法陣ってのは頭の中に描いて、ぽんっと出すイメージやねん」
蒴ちゃんは、どやぁっとした顔で魔法陣を出し、そのままモンスターに向けて放出した。
発明は爆発だとでも言わんばかりに、モンスターが弾け飛ぶ。
なんだよ、ということは、結局魔法陣出すのは第六感って事じゃねえか。結局イメージで出すとか、あやふやな感じに誤魔化しやがった。
ノリツッコミを習得している分、解説役になり得る蒴ちゃんだったのだが、やはりまだ十歳のお子様なので、精密な部分まで説明は出来ないようだ。
まあ、魔法ですから。
ちょっとくらい不思議なところがあってもいいか。
今のところ、別に僕が使える必要は無いしな。
しかしそうなると。
いよいよもって、蒴ちゃんに護衛の必要性が感じられないのだけれど。
現に、雑魚モンスターは蒴ちゃんの魔法で片付けているし、特に詠唱等で時間がかかる訳でも無さそうだ。冷の回復魔法もそうだけど、ガンガン連発出来るみたいである。
魔法は使い放題で。
連発することが出来て。
威力も申し分ない。
それなのに、僕の助けが必要――?
そんな事態が考えられるとすれば…………なんなのだろうか。
そんな事態があるのか?
ないよな?
ゴツゴツした足場を慎重に進み、だんだんと洞窟内の温度が暑く感じてきた頃だ。
先ほどテレポートしてきた部屋よりもだいぶ広く、更に天井が吹き抜けている大空洞に出た。
天井から太陽の光が差し込み、その真下にある祭壇に、陽が降り注いでいる。
祭壇には花なんかが活けられていて、華々しく飾り付けがなされているが、妙に神秘的な雰囲気を漂わせている。
「着いたで。なんや、ここには雑魚モンスターは居らんのやな」
魔法のステッキをくるくると回しながら、蒴ちゃんは辺りを見渡した。
「ここに来るまでが相当の数だったからな。粗方、片付けちゃったんだろ」
ほとんどのモンスターは蒴ちゃんの爆発魔法で吹き飛ばしていた。
いや、あまりそういうシーンを語れなかったけれど、本当にとんでもない量のモンスターがいたのだ。
もし蒴ちゃんが主人公であったなら、魔法少女無双というタイトルになっていても、おかしくなかった。
「ほんじゃま、サクッと儀式を終わらせるかなー!」
死者の魂を鎮める為の儀式だというのに、蒴ちゃんの台詞からは事務的なものしか感じ取れない。
もう少し厳粛な感じでお願いしたい。
「つか、言うても他人やし。こういうのはな、儀式をする人間やのうて、それを見守る人間の想いこそが、重要なんやで」
などとそれっぽい事を言うが、お前の想いも重要だろうよ。投げやりにするな。
とはいえ。
儀式を行う為に祭壇の前に立ち、神妙な顔つきでステッキを構えた蒴ちゃんの姿は、どこか神憑った様に大人びていて、どこか別人に見えた。
ふう、と深呼吸して「ほな、いくで」と呟き、蒴ちゃんが儀式を始める。
祭壇を中心に、五芒星の魔法陣が描かれ、更に色とりどりの魔法陣を蒴ちゃんが踊りながら描いていく。
祭壇に降り注ぐ太陽の光がまるでスポットライトの様で、大人びた顔つきの蒴ちゃんを照らし、思わず見惚れてしまうくらい綺麗な光景だった。
まるで舞台を見ているようだ。
何故だか惹きつけられる、魅力的な儀式だった。
「わあ、綺麗ですね、蒴ちゃん」
「そうね、あの子は元々、顔の作りは良いのよ。表情が子供っぽいだけで」
宜と冷から見ても、普段の蒴ちゃんとはだいぶ違う風に映っているようだ。
儀式の邪魔にならない様に、僕たちは祭壇から少し離れた位置に固まり、蒴ちゃんを見守った。
「だけど結局、最初から最後まで僕たちの出番はなかったな。これじゃただ儀式を見に来ただけじゃないか」
僕にしてみれば、特に何事もなく終わった方がいいんだけどな。
なんて、思ったからなのだろうか。
そうは問屋が卸さないとばかりに、ゴゴゴという重低音を響かせながら、洞窟が揺れ出した。
「おわっ、なんだいきなり!」
「この揺れ方は……!?」
「なんだか、嫌な予感がするわね」
震度で言うとだいたい四くらいだと思う、立てない程ではないけれど、強い揺れを感じる。特にこのゴツゴツとした不安定な足場なので、余計に大きな揺れに感じるのかもしれない。
そして、揺れが続くにつれて、更に異変が起きた。
地震によって岩がひび割れ、そのひびの隙間から、ぷしゅうと音を立てて白い噴煙が吹き出し、ボコボコとこの辺りの地表が隆起し始めたのだ。
「お、おい、これってまさか……」
「もしかしなくても……」
「……噴火するわね」
ボンッと、至る所で小さな岩が勢い良く飛び上がり、そこからマグマがとろりと流れ出る。
次第に、辺りの岩を呑み込むマグマの熱によって、黒煙を立ち昇らせていく。
「や、やべえだろコレ! 蒴ちゃん、儀式は中止だ、逃げるぞ!」
「蒴ちゃん!? 急いで……っ!」
溢れてきたマグマが、僕たちと祭壇の間に流れ出ようとしている。
このままでは、祭壇だけポツンと孤立してしまうだろう。
「――ダメ、あの子、今は儀式に集中してて、何もわかってないみたい!」
「マジかよ……!」
儀式でトランス状態に入っているのか、この地震の最中でも、蒴ちゃんは踊ることをやめない。
むしろ、笑顔なくらいだった。
この状況を楽しんでいるかのように、いい笑顔。
たぶん、本人に自覚は無いのだろうけど。
この時になって、僕はようやく、あの血池留が僕に土下座してまで、蒴ちゃんの護衛を任せた理由が理解出来た。
トランス状態になる事が分かってたんだ。
おそらく、この噴火の事も。
なんだよ、期待を裏切らない奴らだな。
いつもと違うノリだったから、ひょっとしたらと思っちゃったじゃねえかよ。
まったく。
仕方ないな。
誠意を見せるには土下座が最適である。
土下座以上に誠意を表現出来る方法などない――か。
あんなジジイに土下座されてしまったら。
任されてしまったら、それは僕がなんとかするしかないじゃないか。
でも絶対、帰ったらぶん殴ってやる。
「冷、宜を頼んだぞ」
『共鳴』が切れた宜では、たぶん満足に逃げられないだろうから。
「――まさかあんた!」
「勇者様……!?」
マグマが流れて、祭壇がある岩場が孤立してしまう直前。
僕は、孤立した岩場に跳び移った。
「僕は蒴ちゃんの儀式が終わるまで待つ! 冷は宜を連れて、先にあのテレポートで逃げるんだ!」
少なくとも僕が居れば、強運でしばらくは大丈夫だろう。
……火山の噴火に、強運がどこまで通用するのかはわからないし、そもそもこんな状況に陥る時点で、どこが強運なのかと、疑問に思うけれど。
でも。
それでも。
「安心しろ、僕は勇者なんだ。信じて、先に行っててくれよ」
どういう訳か、僕にはなんとかなるような気がしていた。
流石にこの事態では、半信半疑だけども。
「そんな……勇者様……!」
「宜、もう向こう側へ行くのは無理よ。……癪だけど、あいつを信じましょう」
冷が宜の腕を掴んで避難を促し、そして僕を睨む。
「あんた……戻ったらボッコボコにするからね、覚悟しておきなさい」
目には、涙が滲んでいた。
「……そしたら回復も頼むぜ」
苦笑いして、応える。
宜は、震えながら唇を噛み締めていて、何も言わなかった。
二人が無事にこの大空洞を抜けた姿を確認して、僕は未だに踊り続けている魔法少女に目を移す。
まだしばらく終わりそうにないので、座って待つ。
地震は、いつの間にか収まっていた。
まあ代わりに、溶岩がドロドロ流れだして、辺り一面マグマに囲まれちゃったんだけど。
奇妙な程に静かだった。まるで嵐の前の静けさの様に。
……僕、死ぬかもしれないな。
死んでもおかしくない状況だ。
というか、マグマに囲まれているので、死を待つような状況であった。
溶岩に囲まれているせいもあって、めちゃくちゃ暑い。
汗が止まらなかった。