魔法少女は子賢しい
庚の国には、四大聖地と呼ばれる場所がある。
その一つ、聖ニケラモゲラ修道院。
この聖ニケラモゲラ修道院とは、その実態は衛生兵を担う優秀なシスターを常駐させた最前線の山砦であり、伝説のスーパー勇者様がドラゴンをその土地に封じてからというもの、モンスターの襲来を防ぐ、庚国の守りの要であったのだが、異世界から召喚(拉致)された勇者、この僕こと、五味クズ太(と主に仲間たち)の活躍によってドラゴンが倒され、まだ完全とは言えない束の間ではあるが、しかしそれでも、以前に比べて平和になったのは事実だったようで、この山砦を越えた先に群がっていた強力なモンスター達は、ドラゴンの絶命と共に、まるで憑き物が落ちたかの様にこの修道院に興味を失い、各地に散っていたそうだ。
そのため僕は、ドラゴンを倒し、修道院に平和をもたらした英雄として持て囃されることになる。
あの日、僕たちが地下迷宮から帰ってくると、待っていたのは大歓声だった。
この聖ニケラモゲラ修道院のシスターである琴志茂冷の祖母であり、庚国の元老の姉、極楽院冥土が、僕たちを祝福する宴を盛大に開いてくれたのだ。
ドラゴンを倒しただけで、そんなに浮かれて良いのかと心配になるくらい、聖ニケラモゲラ修道院の人々は、酒に踊りにはしゃぎ回り、そして僕たちの勝利に酔いしれていた。
ちなみに、当の僕たちは未成年なので、僕はコーヒー、宜はお茶、冷はオレンジジュースと、ノンアルコールで大人たちの大はしゃぎに付き合うことになったのだが、どうしてだろう、きっと今までの僕であれば、こうやって大はしゃぎしている他人を見るだけで、悪態をつくのも吝かではなかった筈なのだけれど、不思議と嫌じゃなかった。
それは、僕がこの世界に来てから、少しずつではあるけれど、変わってきている証拠なのかもしれない。
まあ。
そう思ったのも束の間である。
僕は思いのほか早く、この宴にうんざりする事になる。
それというのも、僕たちが帰ってきてからずっと、この宴が終わらないからだ……。
来る日も来る日も、飲んで踊って。最前線の山砦が突如として平和になった反動なのだろうか、こいつらは今までと打って変わって、怠惰な日々を送り、聖ニケラモゲラ修道院はかつての国土防衛の役割が無くなって、今や年中どんちゃん騒ぎをしている観光地として、生まれ変わったのであった。
そんな訳で、毎日毎日バカ騒ぎしているここの連中を尻目に、早々に宴に飽きてしまった僕は、もう既に日課になってしまっているトレーニングを積んだ。
ドラゴンを倒したとはいえ、これで戦いが終わった訳ではない――というか、そもそもドラゴン退治は、極楽院冥土のババアが、とんでもなく軽いノリで依頼してきた事であり、そういえばこんな大仰な宴が開かれて、砦の様子が一変してしまう程の大事だとは聞いていなかった。
あれ? そうだよ、あのババア、何気にとんでもない事を依頼してきたんだよな!
くそ、流石はさらりと魔王討伐を依頼してくるこの国の元老、極楽院浄蔵の姉だよ。お茶の子さいさいとか言っておきながら、実のところ無理難題だったなど、まったく冗談ではない。
――そう。
極楽院の姉弟は、揃いも揃って、さらりと無理難題を吹っかける天才である。
今回のドラゴン退治にしても、浄蔵ジジイからの魔王討伐にしても、結局のところパワーストーンがあったから何とかなっただけで、蓋を開けてみれば、到底凡人がなんとか出来る問題ではなかったのだ。
……いや、魔王討伐に関しては、僕だからこそ無理難題になってしまったのかもしれないが。
魔王があんな幼女であったなどと、誰が予想出来ただろう。
呪文の詠唱中に舌を噛んじゃって――死んだ。先代の勇者は、そうやって魔王を倒したんだっけ。
倒したというか、自滅だけれど。
魔王が自滅。
普通にあり得ない。
……のだが、本当に困ったことに、容易に想像がついてしまう。
なんといっても、相手はあの幼女なのだ。
普通に噛みそう。
痛いのぢゃっ! とか言いそう。
しかし。
そんな、魔王だと知ってしまったから。
憎めない魔王なんだと、僕は思ってしまったから。
僕は、魔王――マオちゃんと戦い、そして、倒すことなんて…………。
「勇者様? 大丈夫ですか?」
宜に声を掛けられて、ハッと我に返る。
「あ、ごめん、ボーッとしてたみたいだ」
「まだ疲れが残っているのでしたら、もう少し休んでも良いんですよ?」
「……いや、平気だよ。それにしてもこの山、いくら登っても全然頂上が見えないな……」
「そうですね、まあ、まだ登り始めて六日ですから。全体の四分の一くらいまでは来てると思いますけど」
「マジかよ……なんか、それ聞いたら疲れてきた……」
この道のりを、あと三回繰り返してようやく頂上かよ……。
「まあ、ベースキャンプがすぐそこにあるはずですから、それまでの辛抱ですよ」
「ふう、仕方ない、もうひと踏ん張りだな――」
というか僕たちの旅って、未だに山登りしかしてない気がする。
もっと、水着回とかあっても罰は当たらないと思うのだけれど。
海に行きたいな、海。
――と。
そうなのだ。
実は僕たちは、既に聖ニケラモゲラ修道院を発っていた。
いつまでも終わらない宴をそこそこに、僕たちは相談して、次の四大聖地へと向かう事にしたのだった。
あの時手に入れたパワーストーンの力は、未だにどんな物なのか分からないままだが、いつまでもどんちゃん騒ぎをして時間を無駄にしたくはない。
宴で大盛り上がりの聖ニケラモゲラ修道院を後にする時には随分と引き留められたのだが、僕たちは半ば強引に、旅立ったという訳である。
地下迷宮を案内してくれて、一緒にドラゴンと戦った、美少女シスターに別れを告げて。
そりゃ、名残惜しかったよ。
あれだけの逸材だ。
琴志茂冷。(黙っていれば)お淑やかで非の打ち所がない美少女シスターであり、その上、ゴスロリシスター服からでも分かる程の巨乳という、ハイスペックを誇っている。
そりゃ持って帰りたかったぜ。
フィギュアを作って欲しいし、抱き枕にプリントして毎日一緒に寝たいくらいだ。
……と、なにやら僕の変態性が一層強くなってきている気がするが、これはほんのたとえ話なので、本気にしないで欲しい。べ、別に本気で思ってなんかいないんだからねっ!
――気を取り直して。
しかし残念なことに、如何に僕が鑑賞していたいからといって、理由もなく修道院のシスターを連れ出す訳にもいかない。元々、地下迷宮の案内役として一緒に行動していただけだからな。ここでお別れというのが、自然な流れだろう。
だから僕たちは、二つ目の四大聖地、メチャランマと名付けられた途轍もなく高い山を宜と二人で登る――――筈だったのだが。
「あんたって本当に体力ないわね。いや、体力じゃなくてあんたには根性が足りないのよね。ちょっとはしっかりしたら?」
「うるさいなあ……というか、冷は意外と体力あるんだな。まあ、あのニケラモゲラ修道院で暮らしていたら、足腰が鍛えられていても不思議じゃないか」
ニケラモゲラは山砦ということもあって、高低差が半端ない。移動は常に階段だったので、すこぶる疲れる。
「まあね。あと、あたしと宜は『癒しの輪』でちょくちょく回復もしてるし」
「なっ!? お前ら二人だけでずるいぞ、僕も回復させてくれよ!」
「あら、嫌に決まっているじゃない」
「なんでだ――――っ!?」
お前に、根性がどうとか言う資格はない!
僕を無意味に虐めるそのねじ曲がった根性こそ、どうにかしてくれ!
「ふふ、すっかり仲良くなってしまいましたね、二人共」
「宜!? 今のやり取りの一体どこにそんな要素があるんだ!」
「そ、そうよ、ふざけないでくれる!?」
宜が、僕たちを見て笑い。
「……息ピッタリじゃないですか」
と、こんなやり取りをしながら、僕たちは、冷を含めた三人で山登りをしていた。
お別れするという、自然な流れを無視して。
僕たちは、三人で旅をしていた。
まあ、何故、冷がこの旅についてきたのか、実のところ僕は知らされていなかった。どうやらあの地下迷宮でのガールズトークの時に二人で決めていたらしく、さも当たり前の様について来たのだ。
僕としては先も述べた通り拒む理由もないし、むしろウェルカムだった。ドラゴンだって冷が居なかったら退治出来ていなかっただろうし、一緒に居てくれると心強いというのが、本音だ。これ以上調子に乗らせたくないから(ひいては僕に対するイジメの悪化を防ぐ為にも)、絶対本人には言わないけど。
それに、二人旅も良いけれど、三人で旅をするのも良いもんだ。
気心が知れた仲間(と思ってるのは僕の思い違いかもしれないけれど)だからこそ、この途轍もなく高い、さっぱり頂上の見えない高山を登るのも、楽しい。
飽きずに登れるのだと思う。
そう、この山。
メチャランマ。
高天峰とも呼ばれる、庚国の四大聖地の一つ。
その名の通り、天を突き抜ける程に高い山だった。
天を突き抜ける程の高山であるにも関わらず、登山自体の難易度は高くない。
道は峰続きになっていて、山頂まではほぼ一本道だ。しかし傾斜が比較的緩い代わりに道が曲がりくねっていて、直線距離以上に歩かなければならないのがネックだった。
ちなみに、イメージ的には巻きグソである。
いや、とぐろを巻いた蛇と言った方が、お上品かもしれなかった。
そんな巨大な蛇が山に巻きついているかの様に、峰が続いていて、その蛇の背中を辿っていくと、山頂までいけるのだった。
そして、どうやらその山頂が聖地として認識されているらしいので、僕たちはとりあえず、山頂を目指しているという訳だ。
ちなみに、現在地はメチャランマの四分の一辺りらしいのだが、既に僕の目線を横に向けると、雲が浮いている。
というか、触れる。
もちろん、綿菓子の様に千切ったりは出来ないが、ふわっとなんか湿気がまとわりつく様な感覚を味わえるのだった。
四分の一で、すでに相当の高さである。頂上まで、果たして人間が行けるのだろうか……?
しかし、よくよく僕は恵まれていた。
普通に考えれば、こんな高所までいきなり登ってきたら、高山病にかかってもおかしくない。
というか実際、普通に高山病にかかってしまうのだが、冷の回復魔法のおかげで、すぐに元気になれるのだった。本当に冷様々である。
本来なら、こっちからついてきてくれる様にお願いしないといけなかったかもしれない。
そんなこのパーティの要である冷様について、ふと疑問が浮かんだので聞いてみる。
「なあ、冷? お前の回復魔法ってさ、制限というか、限界は無いのか? 例えばほら、MPが足りない、とか。普通こういうのって、使える量が決まってるもんじゃないか? それはどうなってんだよ?」
結構頻繁に回復魔法を使ってくれる冷だが、もし大事な時にガス欠になったら致命的である。これはお互い知っておかなければなるまい。
「ああ、それね。心配しなくても良いわ、ほぼ無限に使えるから」
「無限に!? ホント、お前ってすごいな」
「……べ、別にたいしたことじゃないわよ」
急に褒めたからか、冷が頬を赤くしてぷいっとそっぽを向く。
お、こいつ、もしや照れてやがるな? このまま褒め続けたらどうなるんだろう。
「いや、普通は精神力とか、消耗するもんだろ? 制限なしでこれだけ回復するんだもんな、お前ひょっとして世界一の腕前なんじゃないか?」
些かオーバー気味に褒めたのだが、どうやら効果的だったらしい。冷は、太陽の光に反射してキラキラしている金髪の毛先で遊びながら、興味ない風を装って、こちらをチラチラ伺っている。
「しかも、回復魔法って才能がないと出来ないんだろ? 流石だよなぁ、宜?」
「はい、冷ちゃんが一緒に来てくれて、本当に助かりますよね。私たちだけでは、ここでもうギブアップしていても、おかしくないですから」
とはいえ、宜は身体の作りが僕と違うのか、さっさと順応出来て高山病なんてかかっていないけどな。
呪いさえなければ、宜はどこまでも凛々しい。
「そうだよな、もう冷が居てくれなきゃダメだよな」
――と、これはちょっと言い過ぎたかもしれない。僕が冷に依存しているみたいじゃないか。
冷を見ると、満面の笑みで踏ん反り返っていた。……意外に単純なんだよな、コイツ。
「まあ? あたしって世間で言うところの天才なのよね、めちゃくちゃ可愛いし。あんたみたいなヘボとは違って」
「……お前、なんでいちいち僕を貶めるんだ?」
褒めたら毒が出てくるのか。
褒め損だな。
「はあ? なによ、仲良くお話してあげてるのに、文句あんの!?」
そして一瞬で怒り出した。
感情の起伏が激しい。よくここまで切り替えられるもんだな。
「お前は誰かを傷付けないと仲良く出来ないのかよ……」
「いや、別にあたしが傷付けるのは、あんただけだし」
「僕だけがこんな酷い扱いをうけているのか!?」
たしかに宜には優しいよね!
ってか、自覚してんのかよ!
「光栄に思いなさい、あたしの特別扱いを受けられるのは、この世であんただけよ」
「この世にこれ程嫌な特別扱いがあるとは知らなかったよ!」
人はそれを差別と言う!
特別扱いなんて、耳障りの良い言葉で誤魔化そうとしても無駄だ!
「ま、まあまあ、勇者様。ほら、ベースキャンプが見えてきましたよ!」
これ以上、冷に食ってかかると危険だと判断したのだろう、宜が僕を制止しつつ、ベースキャンプを指差す。
僕としても冷の平手打ちを食らうのは遠慮したいからな、ここは素直に宜に従っておこう。
「ふん、もう既に結構登っちゃってるのに、今更ベースキャンプ? もうちょっと麓の方に作りなさいよ」
おそらく何もわかっていないであろう発言をする冷。僕を殴れなかった腹いせに、なんでもいいから悪口を言いたいのかもしれない。
迷惑な奴だ。
「まあそれだけここから上が大変なんだろ? 人間が生活出来る限界の高度ってのがあるみたいだし、多分ここがその高さなんじゃないか?」
通常ここで、身体を山の環境に適応させる為に、しばらく生活するのがセオリーなのだが、僕たちの場合、冷の回復魔法もあるしな……このまま先に進んでも大丈夫だろうけど。
と、そこで。
ベースキャンプの入り口に、人影が二つ立っていた。
二人とも身長は百三十センチくらいだろうか、こんな高所に居て平然としているところをみると、ここの地元民なのかもしれない。
だんだんと近付いていくにつれ、二つのことに気付く。
一つは、同じ身長であっても、歳が全然違う事である。小さい少女と、年老いたジジイの二人組だった。
そしてもう一つは、よく見知った顔のジジイ(ババアかもしれないが……)だという事だ。
そのジジイは、僕たちにニカッと真っ白い歯を見せて笑うと、気さくに話しかけて来た。無駄に歯並びが良い。
「ハローエブリワン。グッドアフタヌーン」
うん、言動がよく分からない。なんでハローとグッドアフタヌーンが混在するんだよ。ボケてんのか。
僕が引きつった笑顔で挨拶を返すのと同時だった。
「お――お婆様! どうしてあたしの回復魔法なしで、こんな所まで来ちゃったの!? 大丈夫? 身体、どこか痛くない?」
大慌てで『癒しの輪』を展開する冷。
なんだ冷の奴、意外と根は優しいんだな。絶対にこのジジイが、ニケラモゲラに居た極楽院冥土ではないと僕は経験則でわかっているけれど、ババアの身体を気遣って、こんなにも心配する事が出来る、優しい心の持ち主なのかもしれない。
冷が勘違いしてしまう程に、このジジイは、ババア達に瓜二つだった。
まったく、冷はその優しさの一片でも、僕に割いてくれて構わないんだぜ?
何処かで見たような光景だなあと眺めていると、僕の隣で宜が震えていた。
「げ――元老? 何故、こんなところまで?」
「ま、待て宜! お前には学習能力が無いのか!?」
ビックリしたぁ! そのネタはニケラモゲラでやっただろうが!
「あ、では、えっと……影分身ではないのでしょうか?」
「お、おう、違うぞ。あれは影分身じゃない」
そもそもあのジジイは影分身なんて出来るのかよ? 出来るなら僕にも教えてくれよ。
「はっはっ、これが噂に聞く、ニケラモゲラの回復魔法ですな。いやー、こりゃ効くわい、ええのう、冥土姉さんの長寿の秘訣はこれだのう」
言って、ジジイが背筋を伸ばす。
どうやら冷の回復魔法で、曲がっていた腰が治ったみたいだ。
……本当に便利だな、この魔法。
「え――お婆様じゃ……ない……?」
信じられないと言わんばかりに、冷が怪訝な顔をしている。まあ、本当に同じ顔だもんな、仕方ない。
「ここのベースキャンプの経営をしておる、極楽院血池留じゃ。よろしくのう」
と、冗談みたいな名前の自己紹介をして、ジジイは僕たちを歓迎してくれた。
聞くところによると、どうやら血池留は、浄蔵と冥土の弟らしい。
変な三兄弟だな……みんな同じ顔とか、どんだけ遺伝子強いんだよ。
「ああ、僕は五味クズ太、異世界から来た勇者だ。よろしくな」
僕に続いて宜と冷も簡単に挨拶をして、僕はさっきから気になっていたもう一人、小学生くらいの少女に視線を向ける。
その少女は、ピンク色の髪を耳の上辺りでお団子に結び、ぴょこんと左右に触覚の様に垂らしている、所謂ビッグテールという髪型で、大きくて可愛らしい目をしており、ほのかに頬が紅潮していた。
そして一体どこで手に入れたのか、白とピンクで彩られたふわふわのワンピースドレスを着用し、手には先っぽに宝石がついたステッキを持っていた。
……こいつ、もしかして異世界の住人か?
明らかに今までと違う……。
髪の毛ピンクって……。
僕はごくりと唾を飲み込み、恐る恐る聞いてみる。
「――それで、血池留さん、そちらのお子さんは……?」
「おぉ、そうじゃった。紹介するぞい――」
ジジイがセリフを言い切る前に、その少女は動いた。
ハイハイハイ! っと、とても元気よく手を挙げて、ビッグテールの触覚が揺れる。
そして、年相応の笑顔で言った。
「私の名前は中夏蒴、十歳! 職業は見ての通り、魔法少女やで! 趣味は新しい魔法を開発すること! そんで、特技は左手から火炎魔法、右手から氷結魔法、合わせて極大消滅魔法の――いたいっ!」
滅多なことを口走ろうとする少女の額に、チョップをかまして黙らせる。
「ハイハイ、嘘つけ。お前はどこの大魔道士だ。ウチにはメラもヒャドもない!」
正直、攻撃魔法の存在など知らないが、回復魔法がホイミではない事から鑑みるに、攻撃魔法もあの世界とは違う事は確かだろう。
「あたた、酷いなぁ兄ちゃん、でもな、ドヒャにラメをラメネート加工してやるとラヒャローアっていう魔法が出来……」
「――ない!」
もう一発額にチョップを繰り出して止める。
初対面で尚且つ少女であっても、僕は止めるべき事には暴力を用いてでも止める男なのだ。
つうか、ラメネートってなんだよ。勝手に新しい言葉を作り出すな。
「いやー、私、魔法少女やん? 魔法って言葉から創り出されるモノやから、オリジナルの言葉とか創って遊んでんねん」
「やん? とか言われても知らねえよ……」
……ううむ。
やりたい放題のキャラが出てきてしまった。
扱いに困るな。
「ええと、蒴ちゃんでしたね。私は増田宜です。よろしくお願いしますね」
にっこりと、宜が蒴ちゃんに笑顔を向ける。
おお、宜は子供の世話とか得意そうだよな、雰囲気的に。
「ふーん、ねえ、そういえばなんで宜は兄ちゃんと手ぇ繋いでんの? もしかして恋人?」
「ひぇっ!? あわはぁぁ、ちが、違いますぅ! こここ、恋人だなどとっ、わた、私はっ!」
宜は顔を真っ赤にして慌てふためいた。その様子を見て、蒴ちゃんがニタァと邪な笑顔を見せる。
宜、全然ダメじゃん! 一瞬で手玉に取られている!
「ええー? ほんならなんなん? 怪しいなあー?」
と、蒴ちゃんは実に楽しそうに、宜をいじりだした。
宜はと言えば、ええとええと……と、目をぐるぐる回しながら、言葉を探している様子だが、こうなった宜にまともな思考は無理だろう。混乱、ここに極まれり。
「……ち、違うんですぅー!」
逃げた。
僕の手を振り切って逃げた。
真っ赤になった顔を両手で覆って逃げた。
「宜、あんま走るなよっ!?」
ただでさえ『共鳴』が切れたら危ないのに、走ったりなんかしたら――――ほらコケた。
ずしゃあっと、ものの見事にヘッドスライディングした。あーあ、ニケラモゲラで新調したのに、また鎧が傷付いてしまったかな。
でも今、『共鳴』が切れる前に素で転んだみたいだけど……めちゃくちゃ動揺していたみたいだ。
しかし、そんなに動揺するようなことは、言われてない気がするけどな。
手を繋いでいるイコール恋人なんて、ギャグ以外のなにものでもない。突っ込んで終わりだ。
「大丈夫か? ほら、立てるか?」
「あうぅ……すみません……」
例によって駆け寄り、宜を引っ張り起こす。
うん、鎧に傷が付いただけで、怪我は無いみたいだ。まあ常人の何倍も転んでいる宜だから、怪我をしない上手な転び方を習得しているのかもしれない。
そもそも転ぶな、というのは置いておくとして。
「はは、子供の言うことを真に受けちゃダメだぜ、宜」
「……あ、そそ、そうですよ……ね。はい……」
見るからに落ち込む宜。
まあ、こういう素直な所が、宜の良い所でもあるんだけれど。
しゅんとしてしまった宜の手を引いて皆の元に戻ると、冷と蒴ちゃんが何かを話していたようだった。
「――という事よ」
「そうだったんだ。じゃあ私、悪いことしちゃったみたいやな」
蒴ちゃんが宜に向き直り、深く頭を下げる。
「ごめん、宜お姉ちゃん、私の勘違いやった。この通り、堪忍してや」
「えっ? ど、どうしたんですか、いきなり?」
「いや、まさか兄ちゃんがここまでアホやと思ってなかったから……」
「おいっ! なんでいきなり僕が罵倒されないといけないんだ!」
冷か? 冷の影響を受けてしまったというのか!? 子供のスポンジの様な吸収力で、冷の邪悪さが伝染したとでも言うのか!
「あんたは黙ってなさい」
「うっ……」
ジロリと冷に睨まれ、僕はこれ以上口出しが出来なくなった。どうして勇者であるはずの僕の立場が、こんなにも弱いのであろうか……謎である。
「……分かりました。では、仲直りですね、蒴ちゃん」
「うん! よろしくね、お姉ちゃん」
こうして、やりたい放題の魔法少女蒴ちゃんは、宜と和解(?)した。
……いや、当の僕は、この状況がさっぱり理解出来ないのだけれど、どういう事なのだろうか?
どうして僕が、いきなり罵倒されたんだろう。
まあ冷のせいで、僕は順調にマゾとしての素質を開花させつつあるので、別に罵倒される事に抵抗を感じにくくなっているので、構わないのだけど。
「まあいいか、ところで蒴ちゃん」
「ん? なんや、兄ちゃん」
「すごく気になってたんだけどさ、お前の関西弁、おかしくないか? イントネーションとか」
「――なっ! なにがおかしいねん! わては生まれてこのかた、このべしゃりで食うてまんねん! おかしい訳がないやろ!」
「いや、明らかにおかしいだろ!」
動揺がめちゃくちゃ分かりやすい!
……やっぱりニセモノだったか。
どうも何かおかしかったんだよな、無理して使っている感じがするというか。所々で素になってるし。
「くうぅ、なんや兄ちゃん、アホのくせになんでこの完璧なキャラ作りを見破れたんや……」
「一言多いな、お前。ってかキャラ作りだったのかよ」
だから無理して関西弁?
そんな事しなくても、魔法少女っていうだけで、充分にキャラが立つと思うけどな。
「甘いで兄ちゃん、もっとインパクトが必要やねん。今の時代、ベースの設定だけで生き残れるような時代ちゃうんや。ベースの上に、更にもう一工夫必要やねん!」
一体どういう次元で話しているんだ、このお子様は……。
「お前、設定とか言い出すんじゃないよ、僕は異世界から来てるから話について行けてるけれど、見ろよ、宜や冷が置いてけぼりだぞ」
置いてけぼりというか、ドン引きされていた。
「ええんや、この世界は厳しいもんでな、ついて来れん奴は大人しくしておきなはれ」
「だからとりあえずめちゃくちゃな関西弁をやめろ!」
ベースの上にめちゃくちゃな設定を安易に乗せたらすぐに崩れてしまった、ダメな見本の様な奴だな!
「……でも、魔法少女もだいぶ無理矢理だし、私、関西弁をやめたらどうしたらええんや……」
「え、そんな格好しておいて、魔法少女も無理矢理なのかよ?」
「……たいした魔法使えんし、これもヅラやで」
言って、ピンクの髪を取る。
蒴ちゃんの地毛は、黒髪のおかっぱ頭だった。……うわ、普通。
この普通の少女がふわふわの魔法少女風なワンピースドレスを着ていると、妙にシュールな絵になってしまった。
「それは致命的だな……」
キャラ作り。
たしかに、このドジっ子、ツンデレと来て、なんの特徴もないキャラが出てきても、インパクトに欠けてしまう。
……しかし幼女枠には既にマオちゃんがいるしな。十歳と、いくら僕たちよりお子様とはいえ、流石にマオちゃん程に幼くはない。そして、冷ほど見事なボディのお子様というわけでもない。至って普通である。
「流石に巨乳とも貧乳とも呼べないもんな、それじゃ」
「うう、なまじ普通に成長してしまっているのが憎い……って、どこ見とんねん、スケベ!」
自分のたいしたことのない胸をモミモミして、ノリツッコミを披露してきた蒴ちゃん。
うん? もしかしてこれは、イケるかもしれないぞ?
僕は今のやり取りで蒴ちゃんの資質を垣間見たかもしれない。確かめてみよう。
「ふふふ、蒴ちゃん、巨乳とも貧乳とも、更に言うなら豊乳、爆乳、美乳とも呼べないのなら、良い呼び名があるぜ、今、考えついた」
「……嫌な予感しかしないけど、聞いたるわ。なんやねん」
小学生に対して乳についての言及をすることに、些か抵抗を感じるが、大事を成すのに小事に構ってはいられない。
「この世界最高峰のメチャランマで育った天然娘、その胸は小さくても大きくても関係ないじゃないか、お前の胸の事は、今日から『巨峰』と呼べ!」
僕は言った。
蒴ちゃんの小さくも大きくもない胸を指差して。
たいして捻りもない称号を、小学生女子に授けたのであった。
「な――――っ!?」
そして蒴ちゃんは、この振りに対して、呆然とするのも束の間。
「なんやその響きは! 私のこの胸が、きょ、巨峰!? 巨神兵にも使用されている主に大きいものを表す『巨』の字が入った名を、こんなお世辞にも大きくない、はっきり言って普通の乳、略して普乳が冠してええんか! こんな名誉を貰うてええんかーっ!」
と、蒴ちゃんは、涙ながらに喜んだ――のだが。
「――って、んなわけあるかい!」
ザクッと、今まで存在感の無かった魔法のステッキを勢い良く地面に叩きつけ、ステッキが地面に刺さる。
流石、山育ちの魔法少女は一味違う、ステッキはテントを張る時にも使える様に、杭になっている様だ。
というか、そんな使い方するのかよ。
魔法少女にあるまじき使い方である。
「なんやねん、世界最高峰のロリ巨峰って! 巨峰ってぶどうやろが! ぶどうの何処に乳を連想させる要素があんねん! ――まさか乳首か! 乳首なんか!? だがしかし、百歩譲って乳首やとしても、そんなん、私の乳首は化け物やないかい!」
ズブゥッと、突き刺さったステッキに右手を叩きつけて、ステッキを更に深く突き刺す。
まあ、山育ちだからといって魔法のステッキを杭がわりに使っている奴は、元々化け物の様なもんだ。せめて杭じゃなくて、トレッキングステッキなら可愛げがあったんだけどな。
しかし。
それはともかく。
やはり僕の目に、狂いはなかった。
「ふっ、だがな蒴ちゃん、例え乳首が化け物でも、お前には立派なノリツッコミという技があるじゃないか。貴重なツッコミ要員が加わるなんて、僕は恐懼感激だぞ」
諭すように、蒴ちゃんに僕は言った。
僕は本来、ボケとかツッコミ等とは縁がなかった訳だからな。
いつだって僕は、傍観者だった。
それがいつの間にかツッコミ要員として働いていたのだ。
「誰の乳首が化け物やねん! 私のはまだピンク色の可愛らしい乳首しとるわ!」
断じて、巨峰みたいな黒紫色はしてへん!
と、蒴ちゃんは宣った。
うんうん、良いツッコミだ。
「ははは、でもそもそもの巨峰の由来と言えば、富士山にちなんで名付けられたみたいだし、あながち間違いでもないんじゃないか?」
思いのほかノリの良い蒴ちゃんに、適当なフォローを入れる僕。
「間違ってるわ! そもそも私の胸は――――でかくないもんっ!」
新事実――もとい、真事実。
顔を真っ赤にして、蒴ちゃんは叫んだ。
「……それもそうだな」
そうだった。
巨峰はおろか、よくよく見ると蒴ちゃんの胸は、巨乳でも豊乳でも爆乳でも、まして貧乳でも微乳でも美乳でもなかった。
普乳だった。
「誰だ、巨峰なんて言ったヤツ……」
「オマエや――っ!」
ビシッと、蒴ちゃんは僕の鉄の胸当て目掛けて、水平チョップをかまし。
ぱしいん、と小気味好い音が響いた。
おお。
なんだこの達成感。
不思議と、なにかやり切った様な高揚感を感じる。
蒴ちゃんもこの不思議な達成感を感じているようで、僕の顔を見上げてきた。
「…………」
「…………」
僕たちは、何故かお互いに言葉を発する事が出来なかった。
そして。
しばし見つめ合うと、僕たちはどちらからともなく、握手を交わした。
コンビ結成の瞬間である。
「やるじゃないか、蒴ちゃん」
「えへへ、兄ちゃんこそ」
そして、僕の精神年齢が小学生とタメを張った瞬間でもあった。
「あんた達、バカやってないで早くテントに入りなさい。火口までテレポートで行けるらしいから、明日は朝一で出発するわよ」
本当に鬱陶しそうに、呆れたように――ため息混じりで冷に言われ、僕は我に返った。
「……え、あれ? どういうこと?」
気が付くと、いつの間にか宜も血池留もいなくなっている。
「あたしと宜で、血池留さんの話は聞いておいたのよ。あんた達のバカ話が一向に終わらないし、そろそろ日も暮れるから」
そう言って、冷はぷいっとテントの中へと入っていった。
どうやら、僕と蒴ちゃんの楽しい会話は、僕たち二人だけで盛り上がってしまい、冷と宜を置いてけぼりにしたらしい――というか、実際、現実的に見て、置いてけぼりをくったのは他ならぬ僕みたいなのだが。
つまり、僕と蒴ちゃんが楽しく会話していた外で、冷と宜が、じじいとこの先のイベントについて語り合っていたらしいのだ。
こんな事があっていいのか。
僕は少女と、詰まるところおっぱいの話しかしていないんだぞ。
まるで子供同士で遊んでいたら、親が次の目的地を決めていて、いつまでも遊んでいる子供を叱った――そんな光景に近い。
近いというか多分、そのまんまなのだろう。
何処となく、この置いていかれた感にもの懐かしさを感じながら。
僕は魔法少女ロリ巨峰と共に、テントへと向いつつ、僕は思う。
……火口って何だろう?
知らないうちに、いきなり物騒な単語が出てきてしまった。
それも、どうやら次の目的地であるらしい。
……嫌な予感がする。
極楽院一族に関わって、すんなりと終わったためしがないからかな。
雑談していないで、ちゃんと話を聞いておけば良かったと、僕は少し、後悔したのであった。