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僕と、合体しろ。

「よし、準備も整ったし、行くか!」

 キュッと道具袋の口を締めながら、僕は言った。

 そのままプールバッグ程の道具袋を背負い込み、動きやすい様、鎧に紐で固定する。

 とはいえ、僕が身に付けられる鎧というのは、鉄の胸当てに毛が生えた程度の、どちらかと言えばサポーターに近い、背中がガラ空きで前だけ守っている様な、果たして鎧と呼べるのか僕には分からないが、少しは防御力はあるであろう軽装の鎧だった。しかしまあ、僕にはこれ位で丁度いい。

「わあ、格好良いですねっ! 勇者様!」

 (ヨロシク)が、目を輝かせて小さく拍手をしてくる。宜は赤を基調とした少し丸みを帯びた鎧を纏い、ミニスカート丈のプレートで加工されたプリーツから、スラリと綺麗な黒タイツが伸び、足の先まで凛々しい雰囲気を醸し出している。僕に比べたら断然格好良く、傍から見れば宜の方が勇者に見えるくらいだ。

 そんな格好良い宜だが、僕には一つだけ不満があるんだぜ。それは着替えの度にヘソ出しの鎧を所望(土下座)するのだけれど、半眼で睨まれ、全然着てくれないのだ。女戦士風の鎧の時もそうだったが、だかしかし、僕は諦めないぜ。いつの日か絶対に着てもらってみせると、胸に誓うのであった。

 そんなプチファッションショーを、冷血の美少女シスター、琴志茂冷(コトシモヒヤシ)が文字通り冷ややかな目で見ていた。

 琴志茂冷(コトシモヒヤシ)――回復魔法が得意な、(セント)ニケラモゲラ修道院のシスターで、初対面からどういうわけか僕に対してとても冷たく、僕の抱いていた可愛いシスターに癒してもらおうという夢を打ち砕いた張本人である。

 しかし、やっぱり見てくれはすごく可愛いんだよな。冷たくされる事に慣れてしまえば、これはこれで、ご褒美になるのかもしれない……。

 はっ! いかんいかん、なんだ今の考えは!

 Mにでも目覚める気かっ!?

 急に一人でかぶりを振る僕を見た宜が目を丸くしていたので、僕はにへらっと気持ちの悪い苦笑いをして、気を取り直す。

 Mに目覚めるのはもちろん論外だけれど、冷と折り合いをつける為には、こちらが譲歩するしかない様な気がするのも、確かだった。


 僕が冷の扱いを真剣に考えていた時、部屋のドアの隙間から顔だけを覗かせて、ババアにヒソヒソ声で囁きかけられる。

「勇者殿。ちょっとこっちに来てたもれ――」

 極楽院冥土(ゴクラクインメイド)。この聖ニケラモゲラ修道院の院長をしているババアで、(カノエ)の国の元老であり、宜の世話をしてくれていた極楽院浄蔵(ゴクラクインジョウゾウ)というジジイの姉だ。ちなみに、容姿は弟にソックリ――いや、順番を考えると、こっちがオリジナルであるのだが……見た目は完全にジジイと一致している。ヒゲにリボンがついているかいないか位しか、僕には違いがわからなかった。

 そんなババアが、モジモジしながら僕を手招きしている。

「……一体なんの冗談だ、ババア。そういうのは可愛い女の子がやるから良いんだぞ」

 (ヒヤシ)に冷たくされている分、僕のストレスはババアに向けられた。つい言い方にトゲが出来てしまう。

 八つ当たりだと分かってはいるが、これは負のスパイラルなので僕には止められない。止めてしまうと、僕が病むこと請け合いだからだ。

「ほっほっ、勇者殿だけには、伝えておこうと思ってのう」

「ん? 何をだよ」

「ほっほっ、これは、大事なことなんじゃがのう――――」




 

 聖ニケラモゲラ修道院の本殿に、地下迷宮の入り口があった。

 詳しく言うと、院長であるババアの部屋の玉座の真後ろに隠し階段があり、その長い階段を降りると、地下迷宮に入れるのだ。

 玉座の真後ろって、お前は竜王か! とつっこんだのは、想像に難くないだろう。

 なんで修道院に玉座があるのかも謎だったが、まともな答えが返ってくるはずもなく、僕は冷に、「うるさいわね。いい加減に黙りなさい」とあしらわれる事になる。

 白目を剥いても、いいだろうか。

 勇者のする表情じゃないという事は百も承知だが、もう僕のライフは残り少ない。白目でも剥かないと、やっていられないぜ。

「うわ、キモ……やめてよ、悪かったわ」

「――え?」

「勇者様、大丈夫ですか……?」

 もう既に白目を剥いていたらしい。

 冷がドン引きして謝ってくるレベルの気持ち悪さをしていたようで、宜も本気で心配したのだろう、手で口を抑えて、顔をしかめていた。

 僕、泣いてもいいかな。

「ほっほっ、では、気を付けて行ってくるのじゃぞ」

「ええ、行ってくるわ、お婆様」

「行ってきますね」

「じゃあな、ババア。ドラゴン退治、任せとけ」

「ほっほっ、流石に勇ましいのう、勇者殿は」

「へっ、まあな。何と言っても僕は、勇者だからな。宴の用意でもして、待ってろ!」

 言って、僕はババアに背を向けて階段を降りる。さっきは白目剥いてカッコ悪いところを見せちまったからな、出来るだけ格好良く、クールに振る舞った。

「……なにあれ。気持ち悪いわね」

「うーん、きっと勇者様は、私達を不安にさせない様にしているのだと思いますよ」

「ふん、どうだか。あたしには無理して強がっているように見えるわ」

「あは、そうなのですね。じゃあ、ダンジョンの案内よろしくお願いしますね。冷ちゃん」

「……なによ。仕方ないわね、ついて来なさい」

「ふふ、はい!」



 地下一階。階段を降りきると、真っ直ぐに伸びる薄暗い通路に出た。

「壁に松明があるから、思ったより明るいんだな」

「そうよ。この松明は魔法の松明だから、ちょっとやそっとじゃ消えないの。でもたまに灯りの消えているところがあるから、気を付けて」

「すごい雰囲気のある通路ですね。ちょっと寒くないですか?」

「そうか? 僕には丁度良いけれど――冷たい風がそよいでいるみたいだな」

 建物の中がこれだけ快適だと、クーラーがついている様な感覚だった。都会っ子の僕としては、懐かしくも思える。

 冷が先頭を歩き、僕たちは雑談しながら後をついて行く。

 地下一階は通路が入り組んだ迷路になっていて、十字路や三叉路がいくつもあったのだけれど、冷はなんの迷いもなく、スイスイと歩いていく。何度も来ているのかもしれないが、これだけずっと同じレンガの景色で、特に目印もない様な道を、よく覚えられるもんだと感心する。修道院一のシスターだとババアが言っていたのは、こういう所も含めてなのだろう。

 十五分ほど歩いて。

 冷がやけに大きな扉の前で止まり、僕たちに向き直った。

「着いたわ。ここの部屋に下の階に繋がる階段があるの」

「なんだ、一匹もモンスターが出なかったな。ちょっと拍子抜けだぜ」

 モンスターの棲家と聞いていたのに、地下一階はただひたすら迷路だけだった。とはいえ、こんな狭い通路で襲われていたら、流石に苦戦していただろうけど。

 ハア、とため息をついて、冷が言う。

「本当にバカ勇者ね。この階までモンスターが出ているなら、修道院は今頃戦場よ。そうならない為に、この扉に封魔の印を付けてあるの」

 ……本当にコイツさぁ。

「あはは、そうなんですねっ! 私もわからなかったです、そんな事情があったんですかー!」

 一触即発の空気を察した宜が、僕と冷の間に割って入る。おかげで、少し冷静になれた。

「――ってことは、この扉を開けたら、モンスターが居るって事で、いいんだな?」

「そう。だから、引き返すのなら、今のうちよ」

 僕は宜に視線を送り、宜も僕を見る。うん、と一回頷き、冷に視線を戻す。

「「大丈夫」」

 僕と宜は、息の合った返事を返した。

 冷のつり目が少し丸くなって、またいつもの表情に戻る。「……そう」と呟いて、くるっと後ろを振り返り、両手を挙げて、虚空に魔法陣を描いた。

癒しの輪(ヒーリングサークル )

 扉を中心に、大きな輪が展開する。

 足元が黄緑色の淡い光に包まれ、身体に力が漲ってくる。ファンタジーっぽくなくて申し訳ないが、高輝度の蓄光テープで場見ってある様にも見える。つまり逆に言えば、蓄光テープ自体がファンタジックな代物なのかもしれなかった。

 まあ、今、回復魔法を展開する時に冷が放ったセリフが「くたばりなさい」だった事で、他のファンタジーとは一線を画しているのだろうけれど。

「これで、あたしが解除しない限り、モンスターがこのフロアに入ってくることはないわ」

「そうか、結界の効果もあるんだっけ。すごく便利だよな」

「……これくらい、普通だってば」

 ふんっと鼻を鳴らしている冷を尻目に、僕は宜と手を繋ぎ、『共鳴(リンク)』する。これで、戦闘準備は完了だ。

「うっしゃあ! 行くぜ!」


 それは、ギギギ……と重い音が響き、扉が開け放たれたのと、同時だった。

 僕たちに向かって、大きな口から『真っ赤な何か』が放たれる。

「危ないっ!」

「え――……きゃあっ!」

 咄嗟に宜が僕たちをかばい、前に出て剣を振り抜く。

 宜の剣圧は凄まじく、扉を開けた瞬間に僕たちを襲った『真っ赤な何か』を両断する。

 それは二つに斬り裂かれ、僕たちを避けて後ろの壁を焼き尽くし――少し遅れて熱風が吹き荒む。僕はその時、ようやくその『炎』の熱さを、体感した。

 呼吸をすれば、喉の奥まで焼かれそうな程に、熱い。いや、もう既に火傷は免れないのだろう、チクチクとした痛みが喉元にあった。

 しかしそれでも、『癒しの輪(ヒーリングサークル )』のおかげで傷は回復していっている。チクチクするのは、今もなお吹きやまない熱風の余熱が、持続的にダメージを与えているのだと思う。

 ――二人が居てくれていなかったら、この時点で僕は死んでいたかもしれないな。


「――つか、いきなり過ぎるだろっ!」

 ギョゲェェェッ! と甲高い雄叫びを発し、僕たちの前に立ちはだかる五メートル程のドラゴンが、折れた翼を不恰好に広げて立ちあがり、二本足で威嚇している。

 そのドラゴンは、蛇のような鋭い目を持ち、鰐の様に大きく開く口吻には無数の牙が並び、身体は緑色の硬い鱗で覆われ、四肢には鷹の様に鋭い鈍色の爪が光っていた。そして、このドラゴンの最たる特徴である炎を作り出す役割を持つ胸部は、蛙が持つ鳴嚢の様に収縮を繰り返している。

 背中には蝙蝠の様な翼が生えているのだが、見たところ、この巨体を浮かせられる様な大きさでもなく、途中で折れてしまっているので、飛ぶタイプのドラゴンではないみたいだった。もしかしたら、元々は飛行タイプだったものが、成長の過程で飛べなくなったのかもしれない。

 扉を開けた先のこの部屋は、大きなドーム型になっており、天井も今までより高く、戦う場所としては動きやすくて最適だ。

 これだけ巨大なドラゴンが居ても、僕たちが動き回れるだけの余裕があった。

「ドラゴンがなんでこんな場所にいるんだよ!?」

 僕はてっきり、最下層にいるものだと思っていたのだが、ゲームの様に、ボスはそれらしき場所で待っていてくれるものではないみたいだ。

「困ったわね。あたしの結界は、モンスター本体は除けられても、炎や投擲物は除けられないのよね……」

「冷、お前、意外と冷静だな……!」

「ふん、当然よ」

 たわわに実った膨らみの前で腕を組み、ドラゴンを見上げている冷。こんな熱風の最中でも、いつも通りの無表情である。

「――って、めっちゃ足震えてんじゃねえか」

 冷静なのは上半身だけだった。

「うるさいわね。――仕方ないじゃない、正直、怖くて一歩も動けないわ」

 偉そうに言うので、何故か弱音に聞こえなかった。

 しかしまあ、足がすくむのは仕方ないよな。僕だって、気を失いそうなのを必死に我慢しているのだ。勇者がドラゴンを見て失神なんて出来ないし、してしまったとしたら情けなさすぎる。

「勇者様、このままだとジリ貧です! どうしましょう!?」

 飛んでくる火球を両断して刀身に炎を纏わせながら、宜が言う。炎の剣みたいでカッコいい。

 なんて言ってる場合じゃなかった。

「くそっ、ドラゴンの炎を斬って防ぐなんて芸当は宜しか出来ないし、かといって僕と宜は迂闊に離れられないんだよな……」

 攻守を分担するにしても、どちらも僕の手には負えない事が問題である。

 というか、この『癒しの輪(ヒーリングサークル )』から出て、まともに熱風を浴びてしまったら、僕、溶けてしまうと思うのだけれど、大丈夫なのかな。

 言っている間にもドラゴンは遠慮なく灼熱の炎を撒き散らし、宜がひたすらに炎を斬り散らす。

「冷! 『癒しの輪(ヒーリングサークル )』をもう一個、ドラゴンの前に作れないか!?」

「え……? まあ、つ……作れない事もないわ!」

「よし、じゃあもう一個作ったら、一旦冷はフロアの外に出て、扉を閉めてくれ!」

「は……はあ? なんでよ!」

「こことドラゴンの前に『癒しの輪(ヒーリングサークル )』があれば、僕と宜で動き回りながらドラゴンと戦える。でも、そうしちゃったら冷を護れなくなっちまうだろ? だから、一旦退避していて欲しいんだよ」

 宜が炎を斬り続けているのは、僕と冷を護る為だった。おそらく、宜一人で戦えるという前提ならば、炎を避けて直接ドラゴンに斬りかかっているだろう。言うなれば、僕たちはお荷物でしかない。

 それなら、『癒しの輪(ヒーリングサークル )』で安全な足場を作り、一度冷を扉の外に避難させれば、僕と宜の二人で充分に戦えると思ったのだ。というか、僕はハイタッチ要員でしかないので、実際は宜のソロ討伐なのだが。

「……ダメよ。あたしから離れすぎると魔法は消えるし、この扉に施された封魔の印で遮ったら、尚更すぐに消えてしまうわ」

「え……! マジで?」

「マジよ」

 僕の作戦……一瞬でボツかよ。

 僕の体力を考えると、冷の回復魔法なしでは、囮としても役に立たない。

 即死だろう。

 けれど、だからといってボーッとしている訳にはいかない。

 宜とハイタッチを繰り返す度に、だんだん息が上がってきているのが分かる。この熱さと運動量、そして、斬り漏らせないプレッシャーもあって、疲労を蓄積させてしまっているのだろう。

 ぎり、と唇を噛み締める。

 どうして僕は、こんなにも役に立てないのか。

 作戦を考える事も出来ないなんて。

 くそ、どうすれば――!

 僕には炎を斬る事は出来ない。

 ここにいたら、ドラゴンに狙われてしまう。

 でも、冷は動けない。

 かといって、冷を退場させる訳にもいかない。

「……あ」

 作戦が決まり、僕は背負っていた道具袋を外して投げ捨て、あくまでも、クールに伝える。

「冷、僕と合体しろ――……っ!」


 冷の顔が、みるみる赤くなる。

「ばっ、バッカじゃない! こんな時にセクハラ!? とんだ変態勇者ねっ!」

「せ、セクハラじゃねぇよ! すまん、言い方が悪かった、ただのおんぶだっ!」

 僕が考えついた合体作戦とは、冷をおんぶして動き回り、宜がドラゴンに反撃する余裕を作るというものだった。

 足がすくんで動けないのなら、僕がおんぶして、動き回ればいいのだ。

「いきなりおんぶなんて、セクハラ以外のなんだって言うのよ!? まさか死ぬ前にいい思いしたいとか吐かさないわよね!」

「ちげえよ! いいから早くしろ! 一刻も争うんだ!」

「ぐ……っ!」

 他に名案が浮かぶ事もなく、冷は渋々、僕の背中におぶさる。ブツブツと文句を言いながら。

 おほっ。

「ちょっ、ちょっと、お尻! 触らないでよ!」

「お、お前がずり落ちてくるから、支えてるんだろうが! 嫌ならもっとギュッとしがみ付いてくれ!」

「な、なな――バッカじゃないの!? なんでアンタにしがみ付かなきゃいけないのよっ! どさくさに紛れて、エロい要求しないでくれる!? エロ勇者!」

「しーてーねーえーよ! ほら、動き回るから、僕と宜の前に『癒しの輪(ヒーリングサークル )』頼むぜ!」

「う、うう……アンタ、あたしをおぶって、動けるの……? お、重くない……?」

「クソ重いけど、やるしかねえだろ」

「――死ね! おろせ!」

「いっててて! やめろ、エルボーは痛い! マジで痛い!」

 背中と後頭部に深刻なダメージを受けた。

 味方から。

「……まったく冗談だよ、軽い軽い。軽すぎてちゃんと背負えてるか心配になっちまう位だ。だから、ちゃんと落ちない様に、しがみ付いててくれよ」

「……ふんっ、バカじゃないの。言われなくっても、落ちたりなんかしないわよ!」

「うっし! やるぞ、二人とも!」

「はい! 勇者様!」

 僕の号令で、戦闘を仕切り直す。

 とはいえ、宜はこの間も、ずっと護ってくれていたのだが。

「あーもう! みんな死ねぇえ!」

 僕の肩越しに、耳を掠めて冷の腕が前に伸び、『癒しの輪(ヒーリングサークル )』が僕たちの目の前に、いくつも展開されていく。

 もはや(サークル)というより、(ロード)といった感じだ。

「すごい、こんな数の魔法陣を……!?」

 宜が驚嘆の声をあげる。冷のツンデレ魔法は、さっきより明らかに威力を増していた。

「すごいぜ……冷……!」

 僕からも、素直な感想だった。

 正直、この時の僕には何が凄いのか分からなかったのだけれど、感嘆の声を漏らしていた。というより僕は、冷の柔らかい双丘が僕の背中に押し付けられているので、それについての感想を言っただけだった。

 下手にガチガチの鎧を着ていたら絶対に味わえなかったであろう、この動きやすい、鎧とも呼べないびんぼっちゃま風の鎧であったからこその、至福の時間。

 僕が動く度に、付いたり離れたりを繰り返す膨らみ……その柔らかい感触を堪能する為なら、僕は普段以上の力を引き出せる。そんな決意と、確信が持てた。

 この作戦は、あらゆる意味で有効な、最高の作戦だったのだ。

「うおおぉっ!」

 ドラゴンを中心に、宜との『残響(エコー)』が切れないよう、付かず離れずの距離を意識して、円を描く様に走る。

 冷を背負っているけれど、意識はハッキリと背中に集中しているが、ほとんど重さを感じなかった。これは、この世界に来てからトレーニングを重ねた事と、冷の魔法の効果で力が漲っているからだと思う(それと、テンションが限界値を振り切っているのもあるかもしれない)。

 ターゲットが二つに分かれ、急に動きだした事で、ドラゴンも混乱したのだろう、炎を吐く口が戸惑いを見せる。

 やがて放たれた火球は、僕と宜に対して見当違いの方向に飛んで行った。二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉通り、僕たちの作戦は的を射ていたのだろう。しかしそれでも、本来であれば直撃しなくても爆風で大ダメージを受ける事は明白だった。今無事でいられるのは、紛れもなく、冷の回復魔法のおかげだ。

「――ハアァァッ!」

 その隙をついて宜が床を蹴り、ドラゴンの懐へ飛び込む。今までに何度も見てきた、宜の必勝パターンだ。

「っしゃあ! 行けぇ、宜!」

「ギョッギョゲゲエェ!」

 逆袈裟斬りの軌道で振り抜かれた宜の剣がドラゴンの左腕を斬り裂き、ドラゴンの悲鳴が響く。

「さすがだぜ、宜! ――あっ!?」

 左腕を斬られたドラゴンは、そのまま反時計回りに回転して――トカゲの尻尾をそのまま直径一メートル程に巨大化させた様な、太く、力強い尻尾を、鞭の要領で宜に叩きつけた。

「――――っ!」

 宜は、その尻尾攻撃をまともに受けてしまい、吹き飛ばされて床に転がった。声にならない声で呻いている。

 辛うじて『癒しの輪(ヒーリングサークル )』の範囲内に着地しているので、ダメージはすぐに回復するだろう。

 しかし。

「ギョゲッギュギュゲギャアァァッ!」

 ドラゴンが今までで最も強く、甲高い声で(いなな)く。

 腕を斬り裂かれたダメージが酷いのか、ヨロヨロと壁に身体を打ちつけ、グルルと喉を鳴らしながら、横たわる宜を睨みつけた。

「ヤバい、あいつ、宜に追撃するつもりだ……!」

 いくら宜といえども、交通事故に匹敵するであろう一撃を喰らって、すぐに動ける訳がない。そして無防備な状態に追撃を加えられたら、最悪の事態になりかねなかった。

「くそっ! 降りろ、冷! 僕はドラゴンに突撃する!」

「な――っ! 正気!?」

「当たり前だろうが! 早くしろ、宜が危ないんだよ!」

 一か八かの突撃に、冷まで巻き込めない。そう思っての言葉だった。

 冷は、僕とドラゴン、そして宜を一瞥して、口を開いた。

「このままでいい。突撃して」

 ギュッと、僕の肩を痛い程に握る。

「なに言ってんだ……! それじゃお前まで――」

「早くっ! あのクソドラゴン、また炎を吐きそう!」

「――チッ! 畜生っ、口が悪いなぁ!」

「うるさい! 走れぇ!」

 僕は剣を構え、ドラゴンに向かって走り出す。この時ばかりは、背中の刺激なんて、まるで意に介さず――僕は宜を守りたい一心で、ドラゴンに突っ込んでいった。

 冷の魔法の効果で、驚くほど身体が軽かった。

 ずっと側で見ているだけだった、宜の軽やかなステップ。一瞬で間合いを詰めるあの俊足を体現出来ているかのように、僕は一足で、ドラゴンまで詰め寄っていた。

 だから、おそらく僕が体感した時間と、実際の時間には、大きな差があるのだろう。

 僕にとってこの時間は、全てがスローモーションに感じられ、とてもゆっくりとした時間であった。

 背中にしがみ付く冷の呼吸の音も聞こえたし、宜がどうにか身体を起こそうと、震える手で床を押しているのも見えた。

 ――そして、ドラゴンの逆鱗ですら、ハッキリと僕には見えていた。


 あの時。

「ほっほっ、これは、大事なことなんじゃがのう――――」

 ババアが僕に耳打ちした、大事なこと。

「ドラゴンの逆鱗……? って言うとあの、触ったらドラゴンが怒り狂って人を食い殺すとかいうヤツだろ?」

「左様、知っておったか。流石に勤勉じゃのう」

「まあな。で? 触れちゃいけないって事なら、分かってるぜ?」

 なにが大事なことだよ、当たり前のことだろとスカしていると、ババアからは意外な言葉が返ってきた。

「ほっほっ、逆じゃよ」

「あん――?」

「勇者殿、何故、ドラゴンは逆鱗に触れると怒るのか、知っておるかの?」

「いや…………知らないな。逆鱗に触れたら駄目としか」

 そういえば、なんでだろうか。ドラゴンに遭遇する事なんてまずないから、考えた事すらなかった。

 逆鱗とは所謂タブーの事で、触れられたくない事……つまりドラゴンにとっての、タブー?

 なんか余計わからなくなったぞ?

 ドラゴンが僕の世界にも居たら、ちょっとは考えられたかもしれないけどな。

「――逆鱗とは、ドラゴンの急所なのじゃよ。どんなドラゴンも、逆鱗の下に心臓があり、最も弱い部分なのじゃ。だから、触れると怒る。誰だって、身の危険を感じたら反撃するじゃろう」

「……へえ」

 簡単な答えだった。しかし、簡単だからこそ、ストンと落ちるというか、説得力がある。

「……じゃあ、たしかアゴの下に生えてるんだろ? それなら楽勝じゃないか?」

 宜にかかれば、一点攻撃も余裕でこなしそうだしな。

 あれ? なんでこの話、僕にだけしてんの? 皆に聞かせてもいいじゃないか。

「ほっほっ、そう簡単な話ではないのじゃよ。ドラゴンにも何種類かあってな、それぞれ逆鱗の位置は違うし、場合によっては個体毎に位置が違うのじゃ」

「……って事は、逆鱗は弱点だけど、何処にあるか分からないから、あんまり期待出来ないって事か? 意味ないじゃないか」

 戦闘中に逆鱗を探すヒマなんかないよな。出来て、そこにある可能性の高いアゴの下を見てみるくらいか。

「ほっほっ、他の者にとってはな。だが、勇者殿。お主なら、パワーストーンの導きで、逆鱗を突けるかもしれん。このことは、お忘れなさるな」

 宜に伝えなかったのは、意識し過ぎれば必ず欲が出る。欲を抱いて勝てる相手ではないと、そう分かっていたからなのだろう。



 ドラゴンの逆鱗。

 それを突けば――――倒せる!

「うおおおぉぉぉっ!」

 炎を吐く為に胸を大きく膨らませているドラゴンの逆鱗に向かって、僕は剣を突き出す。

 パワーストーンの導き。ババアが言っていた、僕の持つ金色の宝石の力を、僕は初めてアテにした。

「おおぉ――――っ!」

 瞬く間の出来事だった。

 生命の危機に瀕したドラゴンが、反応出来なかったほどに。

 僕の剣先が、ドラゴンの逆鱗に触れて。

 まるで、トマトの皮を楊子の先で押したような、窪んで反発する感触があって。

 次の瞬間には、ぷつっと鱗が裂ける音と共に、内壁を穿ちながら、僕の剣がドラゴンの逆鱗を貫いていた。

「――――――ッッ!」

 無我夢中。

 ドラゴンの断末魔が一体どれほど悲愴な叫び声だったのか。

 僕は覚えていない。

 逆鱗を貫かれたドラゴンは、その巨大な(からだ)を仰け反らせ、胸に溜めた炎を噴き出しながら、やがてゆっくりと床に崩れ落ちた。

 僕の剣が、鍔元まで逆鱗に突き刺さったまま――。

 あれだけ猛威をふるっていたドラゴンが、実に呆気なく、倒れたのであった。


「倒した――のか?」

「うん。やった……やったよ!」

 ギュッと、冷が僕にしがみ付いてくる。その背中に感じる温かさで、だんだんと意識がはっきりしてきた。

「は……ハハ、良かった。マジで――良かった……!」

 嬉しくて泣きそうだ。

 あのドラゴンを、僕が……倒した。

 なにか、胸に熱いものが込み上げてくるように感じる。今まで何の役にも立てなくて。

 いつもいつも、宜に頼ってばかりだったのに――と、そこでハッと我に返り、宜を見ると、尻尾を打ち付けられたお腹辺りを抑えてはいるが、起き上がれるくらいに回復しているようだった。

 宜が無事でほっとしていると、背中の柔らかい感触が、僕からそっと離れる。

 振り返ると、ゴスロリ修道服の裾をはたいている冷が、僕を見て微笑んだ。

「……やるじゃん。ちょっと、かっこ良かったわよ」

「……え」

「な、なんて顔してんのよ。あたしが褒めるなんて、珍しいんだからね、光栄に思いなさい!」

 つんっと、さっきまで僕に押し付けられていたトレードマークの前で腕を組み、顔を背ける冷。

 その横顔は、耳まで真っ赤だった。よくよく思い返してみれば、最初からちょっと頬を赤らめていた様な気が……しなくもない。

 ふ、と息を吐いて、僕は思う。

 まったく、こんなにもチョロいのかと正気を疑うけれど。

 ……あんなに腹を立てていたのにな。

 ――――ツンデレも、悪くない。

 そう思った。

「それなら、誇りに思う事にするよ。ありがとな」

「…………ん」

 冷は、軽く頷いていた。

「宜、大丈夫か?」

 駆け寄って、手を差し出す。

「はい。すみません、大事な戦いでドジを踏んでしまいました……」

「何言ってんだ、あれはドジじゃないだろ? とにかく、無事で良かった。本当にさ」

 手馴れた動作で、宜を起こす。

 よく『共鳴(リンク)』が切れた時に起こしているのだけれど、宜の様子が、いつもと違うように見えた。

「……どこか痛いのか?」

「え……? いえ――大丈夫ですよ?」

 ニコッと、いつも通りの笑顔を向ける宜。

「しかし流石ですね、勇者様。あのドラゴンを、一撃で仕留めてしまわれるなんて」

「ああ、ババアがさ、ドラゴンの逆鱗は弱点なんだって言っていたんだ。それを、このパワーストーンの力なんだろうけど、運良く見つけてさ。本当にたまたま、突き刺せたんだよ」

「――そう、だったんですね」

 ……ふむ。

 やっぱり、違和感を感じる。

「大丈夫か? なんだか、元気がないように見えるんだけど……」

「え……そんなこと無いですよ? そんな、戦う事しか能がない私なのに足を引っ張ってしまって、勇者様に助けていただいて、私、情けないなぁなんて……そんなこと全然考えてませんからっ!」

 ブンブンと両手を振って否定する宜なのだが。

 全部、言っちゃってるじゃないか……

 こういうドジも、あるんだね。

 まだ『残響(エコー)』しているハズなのだが、どうやら宜のドジは骨の髄まで沁み渡っていて、もはや呪いが無くてもドジっ子なのかもしれない。

 それともこれは、天然というやつなのか?

 宜のドジっぷりに心を打たれた僕は、片手で顔を覆ってうつむき、肩を震わせる。

 あぁもう、超かわいい!

 ……でも、違うんだ。

 足を引っ張ってなんか、いないんだって。

 そう言おうとした時だった。

「バッカじゃない?」

 腰に手を当て、偉そうに仁王立ちしている冷が、宜を指差して言った。

「宜、アンタがいなかったら、あたしは扉を開けた時に死んでた。あんな炎をまともに受けたら、もし死ななかったとしても、ただでは済まなかった事は確実じゃない。それを、アンタが護ってくれた。何度も、何度も! 凄かった、全然情けなくなんかないわ! なんで勝手にヘコんでるのよ。アンタは、あたしの命の恩人なの。わかったら胸を張りなさい!」

 僕の言いたかった事を、冷が言ってくれた。宜は事態が飲み込めていないようで、ぽかんとしている。

 最後に冷は、照れ臭そうに呟く。

「護ってくれて、ありがと……」

 心のこもった言葉は、ちゃんと届く。

 素直じゃない冷が伝える想いの方が、僕が言うより、重みがあるような気がした。

「――そういう訳だ。宜、僕も同じ気持ちだよ」

「冷ちゃん……勇者様……」

 宜が、僕と冷を交互に見る。目にはうっすらと、涙を浮かべていた。

「これは僕たち三人で掴んだ勝利なんだ。宜が炎を斬って護ってくれて、冷の回復魔法が熱風の火傷を癒してくれて。僕は最後の一撃まで、本当に役に立ってなかった。しかも、宜がドラゴンにダメージを与えて気を逸らせていてくれた上に、冷の魔法で身体能力が底上げされていたから届いたんだぜ?」

 一番情けないのは、やはり誰であろう、この僕なのだ。

 それでも、これは言うべきではない。

 情けなくとも、ドラゴンにトドメを刺したのは僕である事に変わりはないのだ。

「だからさ、誰か一人でも欠けていたら倒せなかった。宜、僕たちを護ってくれて、ありがとな」

 果たして、宜は困ったように眉をしかめ、頬を緩めては唇を噛み、目尻を拭う。

 そして。

「――はい! それなら私からも、ありがとうを言わなければいけませんね!」

 ついには無邪気な笑顔で、返事を返したのだった。



 ドラゴンを倒した僕たちは、宜の回復も兼ねて少し休んでから、階段を降りた。

 ちなみに、僕の剣はドラゴンに突き刺さったまま抜けなくなってしまったので、今はダガーナイフを装備している。元々狭い通路で戦闘になってもいいようにと、ババアに言われて道具袋に入れておいたものだ。

 全く、道具袋というかおばあちゃんの知恵袋といった中身になっているな。まあ、実際に役立っている訳だから、年の功を馬鹿には出来ないけれど。

「この下からは、モンスターがウジャウジャいるんだっけか?」

「……ええ」

「じゃあ、『共鳴(リンク)』しておきましょう、勇者様」

「おう」

 手を繋いで、戦闘に備える。

 その様子を見ていた冷が、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 ……さっきは冷との距離が縮まったと思ったのだけれど、どうもデレデレタイムは終了してしまったようだ。

 人は、そんなに容易く変わらない――か。

 まあ、少しずつ変わっていければいい。

 容易くは変わらないけれど、それでも確実に、成長はしているのだから。


 地下二階。

 四角い部屋の一辺に一つずつ、奥に続く通路があり、その通路を歩くと次の部屋に繋がっていて、その部屋も同じ造りになっていた。

 迂闊に進むと、無限ループしていても気付かなそうな雰囲気である。

「あれ、それにしても、モンスターいなくね?」

「いないですね」

 僕と宜がキョロキョロしていると、冷があごに手を当てて辺りを見渡す。

「……もしかしたら、ドラゴンが殆どのモンスターを退治してしまったのかも」

「ドラゴンが……?」

「ええ、さっきのドラゴン、羽が折れていたじゃない。最初っから全力で、余力もなかった様に見えたし」

「あ――……そう言われれば、そうかもしれないな」

「最深部からモンスターを退治しながら登ってきたとすれば、あのドラゴン、結構な深手を負っていたのかもしれないわね。この壁とか、血痕が残っているし」

 よく見ると、あちこちに焦げ跡も残っているので、おそらく冷の考察は当たっているのだろう。

 って事は、アレで弱体化した状態だったって事なのか……?

 それが本当だとしたら、万全の状態のドラゴンに勝てる気がしないんだけど。

「……さすが勇者ね。たいしたラッキーじゃない」

 にやりと、冷が笑う。

「はは、パワーストーン様々だな。本当に、実力不足を感じちゃうぜ」

「私もです……もっと強くならないとですね」

 宜も、ドラゴンのフルパワーを想像したのだろう、苦笑いをしている。

 宜が実力不足なら、僕はなんなのだろうか……。

「ふーん、でも、なんか気が抜けちまったなぁ」

 モンスターがいないなら、緊張する必要もない。

 僕は迂闊にも、フラフラと部屋を歩き回ってしまった。

「まあ、いくらドラゴンでも全部を倒すのはさすがに無理だと思うわ――って、アンタ、そっちは危な――っ!」

「……うぇっ?」

 冷の忠告も間に合わず、僕の視界は急な動きでひっくり返った。

 と思ったのと同時に、暗転。身体が宙を彷徨う感覚に襲われた――。


 要はつまり……落とし穴に、落ちた。

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