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 伝説のスーパー勇者様、あげぽよ。

 (カノエ)の国で、この名前を知らない者は、いなかった。

 どうして、彼が伝説のスーパー勇者様と呼ばれるのか。その所以は、今から五千六百年前に遡る。

 「あげぽよ」なんていうふざけた名前をつけられるなんて、今も昔も、それっきりだろうと、僕は思う。五千六百年。果てしなさすぎる。そのネーミングセンスは、当時にしてみれば五千六百年早い、先取りし過ぎたネーミングセンスであり、しかし、とはいえ、今となっては遅すぎる。ブームが過ぎ去った後の、ただひたすらに、痛い名前であった。

 まあ、それはともかく、五千六百年前。

 世界は、魔王が支配していた。

 この世界で、魔物が闊歩しない地域はなく、人間は、洞穴の中や、大木の上に影を潜ませ、さながら野生動物の様に生活をしていたそうだ。

 つまりヒエラルキーでいうところ、人間の上に、魔物がいるという事だった。

 魔物に捕食されるのが当たり前。正にその時代は、暗黒時代と言えよう。

 そんな暗黒時代に、ある男が終止符を打つ。

 長い間、この世界を支配していた魔王を倒したのである。

 それが、あげぽよと名乗る、一人の青年であったという。

 あげぽよの出生や生い立ち、一体どの様にして魔王を打ち滅ぼしたのか。

 それは未だ、謎に包まれている。

 しかし、このあげぽよが、今日まで続く庚の国を築き上げた事だけは、正史として遺されている事実だった。

 この世界で、初めて魔王を打ち破った勇者。この国の創始者。

 それが、長い間語り継がれるうちに、『伝説のスーパー勇者様』と呼ばれるようになったのだった。


「そんな昔の書物が、こんな状態で保存されているなんて、普通じゃあり得ない事だけどな」

 国立庚考古研究図書館。

 この庚の国にある、あらゆる書物が集まる場所。だからこそかもしれないが、僕が知らず知らずのウチに手に取っていた、『勇者あげぽよ伝説』というタイトルの本は、かの伝説のスーパー勇者様とその名を轟かせた、勇者あげぽよの伝説が描かれているのだろう。

 しかしどう見ても、その時代に書かれた様な古い本ではなさそうに見える。あまりこういう事に詳しい訳ではないけれど、それでも五千六百年は無い。というか、外装も凝った作りで、ゴージャスに仕上げられており、その上、折り目一つないほどの、綺麗な保存状態だ。それに、紙って、そんなに昔からあったのか?

「普通に考えたら、紙自体が保たなそうですよね……でも、伝説のスーパー勇者様ですから、わかりませんよ?」

 と、(ヨロシク)

「ううむ……僕には、伝説のスーパー勇者様ってのがよく分からないからなぁ……」

 一体何回、伝説のスーパー勇者様と言えばいいのだろう。伝説のスーパー勇者様がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。

「とりあえず、何て書いてあるのか見てみましょう。勇者様、音読して、聞かせて下さい」

「……そうだな、読んでみるか。声に出せば、流石に僕も眠くならないかもしれないし」

 読書の苦手な僕にとって、こんな重要な文献を読む日が来るとは、夢にも思っていなかった。

 恐る恐る、『勇者あげぽよ伝説』のページをめくる。一体、どんな伝説が描かれているのだろうか。

 その時だった。

 僕の持つパワーストーンが突然輝き出し、『勇者あげぽよ伝説』も、共鳴するかの如く、ページから光が漏れ出したのだ。

「こ、これは……!」

「ゆ、勇者様の股間が……!」

「う、うわああ! めっちゃ恥ずかしい……っ!」

 迂闊だった。いや、しかし一体誰が予想出来たであろう。断言する。これは、僕に一切責任はない――はずだ。

 そう、その時、僕の股間に、異変が起きた。

 というか、ポケットの中に入れていたパワーストーンがいきなり光りだしたせいで、まるで僕の股間が光り輝いているかの様だった。

「この本は、伝説なんかじゃない……っ! 呪いの本だったんだ! その証拠に、僕は今、かつてない程の辱めを受けているッッ!」

 顔の真下から溢れ出る光を直視することが出来ずに、僕はたまらず天井を見上げる。

 宜も、僕の股間から発せられる光が強過ぎて、顔を両手で覆っていた。

 その光景は、あたかも僕が股間を見せびらかし、宜が僕の醜態に耐え兼ねて両目を覆っているような、そんな、僕がまるっきり変態であるかの様なシチュエーションだった。そして、深夜のお色気アニメにありがちな、不自然な光を、このパワーストーンは見事に演じ切っている。お前は強運をもたらすんじゃなかったのか……僕は本当に、この金玉の存在意義について、考えねばならないようだな。

 光を浴びて、ぼんやりと反射する白い図書館の天井を眺めながら、僕は椅子の背に持たれかけ、両手をだらんとぶら下げる。一体、この状態でどうしろというのか。「トレンディ」とか、ギャグの一発でも言い放つべきなのだろうか。しかしそれこそ変態の所業である。

 宜も、なんとかこちらを見ようと、指の隙間から目を覗かせていた。その姿を横目で見て僕は、キャーキャー喚きながらも、【見るべきものはしっかりと目に焼き付ける】という女子の本能とも呼べる、昔ながらのあるあるネタを思い出していた。

 しかしまあ、宜はそんな下衆な行動理念で動いている訳ではなく、本当に『勇者あげぽよ伝説』の内容が気になるのだろう。

 しかし、こんなに光っていたら、読める物も読めないのではないか。本当に無意味な、訳の分からない光だった。いや、図らずも意味はあったのかもしれない。僕が無意味に辱められたという、その事実が、無意味な事に意味を持たせたのかもしれない。僕の、何か大切なモノを失った気がする、喪失感と共に。

 そんな拷問にも似た時間は、僕の体感では気が遠くなりそうな程に長く感じられたのだけれど、実際はそこまで長くはなかったらしい。

 気が付くと光は弱まり、直視できる程になっていて『勇者あげぽよ伝説』の本の見開きの上に、ツンツンに尖った金髪で筋肉質な男が立っていた。両拳を腰の位置で握り、胸を張って不敵な笑みを見せている。

 正直、ビビったね。

 いきなり過ぎるでしょ。

「こ……これは……?」

 そして、ソイツは僕と目が合うと、右手を手刀の形で挙げ、ビッと、機敏な動きで右手を少し前に押し出し、言った。


「オッス! オラ、あげぽよ! いっちょやってみっかぁ!」


 僕と宜は、どうリアクションを取って良いのか分からず、お互いに顔を見合わせた。

 そして、僕は意を決して、自称あげぽよを見る。

 あげぽよと名乗る男は、『勇者あげぽよ伝説』の上にちょこんと乗るくらいの大きさしかなかった。つまり、めちゃくちゃ小さい、小人の様なオッサンだ。

「へへ、オラを起こせるって事は、おめぇ、異世界の勇者だな!? オラ、ワクワクすっぞ!」

 何か言ってる小人を無視して、僕は出来る限り素早く、そして的確に、夏休みにセミを素手で捕まえる様な繊細さまでも惜しみなく発揮して、オッサンを掴んだ。

――様に見えた。

 掴んだはずだった。しかし、オッサンは一瞬にして、その姿を消してしまった。

「……!? な……っ!」

「ゆ、勇者様! 上ですっ!」

「――なにっ!?」

 なんと、掴んだはずのオッサンが、僕の頭の上に乗っている。直立不動、背筋を伸ばし、ピシッと行儀良く立っていた。

「うおぉぉーっ!」

 と、若干の冷静さを失った僕は、両手で頭の上のオッサンを掴みにかかっ――ても良かったのだけれど、そうすると僕はバンザイをする様な格好になり、掴まれる前に僕の目の前に移動するであろうオッサンに、ガラ空きになったお腹を殴られてしまうのではないかと思い至り、やめた。

「なんだ、もう終わりか? うーん、おめぇ、あんまり強くねぇんだな。オラ、ガッカリだぞ」

 そう言うと、僕の頭の上から、オッサンは本の上に飛び移った。

 こいつは危険だ。強いという次元を超越している。およそ、この物語に出てくるような登場人物ではない……明らかに、オーバースペックだ。

「あ、あの、伝説のスーパー勇者様……勇者あげぽよ……様、なんですか?」

 僕がこのオッサンの扱いをどうしようか悩んでいる隙に、宜がオッサンに問いかけた。

「ああ、オラはあげぽよだ。最初にそう言ったぞぉ」

「ええ……すみません、なにせ初めてお目にかかったものですから、信じられないというのが、正直なところなのです」

「へえ、まあ、オラが死んでから、結構時間が経ってるみたいだかんな。そっか、そりゃ無理ねえかもな!」

 ナハハ、と少年の様な笑顔を見せるあげぽよ。オッサンのくせに、妙に親しみやすいところがあった。

「……というか、なんで本から伝説のスーパー勇者様とやらが、しかもこんな小人みたいなサイズで出てくるんだよ?」

「伝説の……? なんだそれ、食えるのか?」

「お決まりのボケ過ぎるだろ! ったく、オッサンの事だ。僕たちの中じゃ、伝説のスーパー勇者様って呼ばれているんだよ」

「へぇー、そうなんか……でも、よくわかんねえな、オラ普通にあげぽよで構わねぇぞ」

 暗黒時代を生き抜き、世界を変えた男とは思えないほど、無邪気なオッサンだな……。

「そうか。じゃあ、あげぽよ。とりあえず質問に答えてくれ。なんでこの本から、あげぽよが出てきたんだよ?」

 伝説のスーパー勇者様であろうがなんだろうが、アッサリと呼び捨てに出来る図々しさが、僕にはあった。僕としては、例え相手の社交辞令であっても、言葉に出した時点でそれは真実であり、その真実に従うのが相手への敬意であると、そう思っている。

 それは時に裏目に出る事もある――いや、実践すればほぼ裏目なのだけれど、しかし僕は、頑として、このスタイルを崩す気はない。

 別に信念であるとか、確固たる何かがある訳でもなく、言ってしまえば、言葉の裏を探るのが面倒なのと、そもそも、そこまで察しの良い方ではないからだ。

 だから、このスタイルが通じない相手だと、ここで一悶着起きてしまうのだけれど、伝説のスーパー勇者様は、まったく気にするそぶりを見せない、懐の深い人物であった。

「ああ、これか? へっへー、すげえだろ。シリっていう魔術師がいてよ、オラの意思を、後世に伝える為に作ってくれたんだぜ?」

「魔術師シリ……? ふうん。知ってるか? 宜」

「いえ、私が知る限りは……」

「――っ! あっちにでけえ『魔力』を感じる……これは、魔王か?」

 ピクッと、あげぽよが反応する。何かを感じた様だ。何処かで聞いたことのあるセリフを発し、明後日の方向を見つめる。実際にやられると、これはこれで、間抜けな絵面だな。

「待て待て待て。やりたい事は分かるんだけれど、あげぽよ。いいか、お前が登場してからというもの、今まであった世界観というものが、メッタメタに崩れていってるんだよ! ちょっとは抑えてくれ!」

 やりたい放題という言葉がピッタリだ。しかしまあ、いつの世も、強い者のやりたい放題なのかもしれない――なんて、あげぽよを見ていると思ってしまう。

「でもおかしいな、魔王はオラが封印したと思ったんだけどな」

「封印……? 倒したんじゃないのか?」

「いや、倒しても良かったんだけどよお、魔王の奴が『助けてくれー』って、言うからさあ。じゃあ封印しちまうかって事で、落ち着いたんだ」

 そんな軽いノリで……まあ、分からなくもない。少なくとも、この世界の魔王は、そんな扱いだ。うん、そうだよ、あげぽよのやりたい放題で忘れかけていたけれど、元々、魔王は自分で舌を噛んで自滅する程の雑魚だったんだ。あげぽよからすれば楽勝なのは、当たり前だった。

「……よく状況が分からねえな。すまねえが、話をよく聞かせてくれねえか?」

 あげぽよが、突然真面目な顔をする。そんな顔でずっといてくれれば、伝説って語り継がれるのも分かるんだけれど……。

「ああ――というか、あげぽよ。僕はてっきり、今までのノリなら、僕の頭に手を乗せたりすれば、お前なら記憶を探れそうに思えるんだけど、それは出来ないのか?」

 すると、さっきまでやりたい放題だった男が、ちょっと呆れた感じでこう言った。

「おめぇ、夢見がちだなぁ、そんな事が出来るんなら、とっくに世界は平和になってっぞ。人の頭の中を探るなんて、出来るわけねえだろ。アッハッハ!」

…………ぼ、僕だってなぁ、それはそうだと思うよ! だけど、くそ、こいつ……こいつに笑われるのは、物凄く不愉快だっ!

 ムカつきのあまり、僕は声に出してツッコミを入れることが出来なかった。



「なるほどな。そうか、魔王の奴。異世界の勇者に呪いを……」

「そうなんだよ。そこで、なあ、あげぽよ。呪いを解く方法を、僕たちは探していたんだ。ひょっとして、あげぽよなら、知ってるんじゃないか?」

 元々、何かヒントでも、と図書を読み漁っていたんだ。直接あげぽよが出てきてくれたのなら、手っ取り早い。

 宜も、本題に差し掛かって手に力が入る。

「すまねぇが、それはオラの専門外だな。呪いってゆうと、魔術だからなぁ。オラじゃなくて、シリなら、解く方法を知っているかもしれねぇ」

「魔術師シリ……ですか。一体、どの様なお方なのでしょうか?」

「そうだな、今度はオラとシリの事を話してやろう。知ってるかもしれねぇが、オラ達の時代は、魔王が世界を支配していた。それはひでえ有り様だった。村と呼べる集落も無かったし、当然、家を建てても、直ぐに壊されちまう。魔物に襲われない日は、なかったさ――」

 あげぽよは、名もない、平凡な両親の元に生まれた。そして、魔術師シリとは、あげぽよの実の妹だった。

 あげぽよが四歳、シリ二歳の時、父親が魔物に殺された。襲ってきた魔物が強敵だと悟った父親は、母親にあげぽよとシリを連れて、逃げる様に促したそうだ。母親に抱きかかえられたあげぽよは、母親の背中越しに、父親が魔物に喰われる最期を目の当たりにする。

 この時あげぽよは、父親を魔物に喰い殺された恨みを感じるよりも、生命の性質について、感じ取っていた。この時、あげぽよは、父親が弱かったから、強い魔物に喰い殺されたのだと、そう理解したのだった。

 運良く魔物から逃げ切ったあげぽよ達は、小さな洞穴でしばらく生活していた。そこは比較的安全と呼べ、あげぽよは父親の最期を教訓に、身体を今まで以上に鍛え始める。

 一年後、あげぽよ五歳の時だ。

 拠点としていた洞穴を、魔物に発見されてしまう。父親ほど戦うことの出来なかった母親は、「いつかはこういう日が来ると思っていた」と、あげぽよ達を庇い、魔物から逃げ出す隙を、自らの命を投げ出して、作ったのだった。

 父親を失い、今また母親までも失って、あげぽよとシリは二人きりになった。

 あげぽよは、両親の最期を見て、「次はオラが、シリを守る番だ」と思ったらしい。

――そして、番が、来た。

 思ったより早く、というより、子供だけの足で、そう易々と身を隠せる訳もなく、あげぽよ達は、一ヶ月と持たずに、魔物と遭遇してしまったのだ。

 死を、覚悟した。

 五歳で。

 それは想像を絶する、日常だった。

 この、魔物というものが存在する庚の国でも、滅多に起こりえない恐ろしい状況。

 魔物なんていう存在が無い国で育った僕にしてみたら、もう、想像の域すらも超えている。

 考えられない。自分がそんな境地に陥る事なんて。父が、母が殺される? 僕にとってそれは、笑い話にもならない、ただの妄想でしか、無かったのだ。

 そんな経験を――死線を、あげぽよはくぐってきた。

 その日、弱冠五歳にして、魔物を苦戦の末――偶然に偶然が重なった結果だと、あげぽよは言うけれど、それでも迫りくる敵を倒したあげぽよは、それからも、来る日も来る日も、魔物と戦った。

 戦って戦って戦って戦って戦って。

 勝って勝って勝って勝って勝って。

 あげぽよは、どんどん強くなった。

 あげぽよは、戦いの天才だったのだ。

 そして、十年。

 あげぽよが十五歳になる頃には、どんな魔物が出て来ようが、相手にならない程、あげぽよは強くなっていた。

 そして、終始兄の影に隠れてはいたが、その妹シリも、強くなった。

 魔術師シリ。

 武術が兄の専売特許だとすれば、魔術が妹の専売特許だった。

 シリの魔術は、火を操り、水を操り、風を操り、土を操る――つまり、自然に働きかけて、時には攻撃に転じ、時には守りに徹する。万能な魔法使いだったそうだ。

 それこそ、あげぽよがいなくても、魔王を倒してしまえるほどの魔力を持っていた。

 世界を滅ぼす――その事にかけて言えば、魔物を放つだけの魔王より、広範囲魔法を使えるシリの方が、効率良く滅ぼせるんじゃないか? と、あげぽよは言う。真顔でいう冗談ではなかった。

 しかし、向こう見ずなあげぽよのサポートを、シリはずっと、健気とも言える程に、やってきたそうだ。

 武術の兄と、魔術の妹。双方最強クラスのこの兄妹にかかれば、魔王なんて、本当に楽勝だったのだろう。

 じきに、魔王は降参する。

 命だけは助けてくれと、命乞いまでして。

 相談の結果、二人は魔王を封印した。固く結ばれた、五芒星の封印、というものらしい。

 そして、ここから新しい時代が始まる。荒廃した土地をならし、草木を育て、国を作った。

 庚国――名前を付けたのは、シリだった。名付けだけして、ここからシリは、一切表舞台には出てこなくなる。

 それからシリは、政治や国の発展には手を付けず、魔術の研究に明け暮れた。次第に、勇者としてあげぽよは祭り上げられ、伝説となっていった。

 ちなみに、このシリの魔術研究で、僕の様な異世界からの勇者を召喚する術式を、庚に遺したらしい。これは国の最高機密だから、シリの存在は極秘扱いなのだという。


「まあ、そんな訳でよ、オラとシリは、お互いに、戦いから離れられなかったんだ。魔王を倒しても、もっと強え奴はいねえのかって、な」

「…………そう、だったのか」

 意外と重い感じの話だった。てっきり僕は、いつもの様に、緩いテンションで話が進むと思っていたのに。

「う、うう……っ! 大変だったのですね……ぐすっ」

 宜なんか、泣き出しちゃったぞ。

 うん、でも宜。それでも、僕はこの話は、泣いちゃいけない話だと思った。たしかに、両親のくだりはそうかもしれないけれど。しかし、同情されるべき二人では、ない。

 だってこの二人は、勝ち続けてきたのだから。この世界は、こうやって前に進んできたのだという、教訓の話だった。

 同情だけは、するべきではない気がした。

「で、ある日、オラの魂をこの本に複製(コピー)しておけば、後々役に立つだろうからって、シリに言われてよぉ」

 本人は、訳も分からずに、本に入っていた、という事だ。

「んー、でも、流石に時間が経ちすぎたな。だいぶ身体もちっちゃくなっちまったし、オラはこのままじゃもう戦えないと思う」

 とはいえ、だいぶ機敏な動きをしていたけれど。僕にくらいなら、勝てるんじゃないだろうか。

「そうか。まあ、正直あげぽよが戦えるかどうかは、どうでもいいんだ。呪いの解き方は、シリが分かるかもしれないんだよな?」

「その言い方、オラ、傷ついちゃうぞ……でも、多分、シリなら分かると思う」

「――よし、じゃあ、シリを探そう。多分、シリもあげぽよと同じ様に、本に入っているかもしれない」

「あっ、そうですね、あげぽよ様を本に入れて、自分は入らないという事は、考えにくいですよね!」

 もしかしたら、案外このまま、あっさりと呪いを解くことも可能かもしれない。

「はあー……そうか。じゃあ、きっとここには、シリの入った本はねぇぞ」

「――え?」

「この本は、試作品だからな。だからここに、置いてあるんだと思うぞ」

「試作品……?」

「ああ、見てみろ、この本、カバーだけで、開くと石版が入ってるだけだろ?」

 覗いてみると、あげぽよの言うとおり、なにか魔術的な模様の描かれた石版が、カバーにくっつけられていた。

 さっきは強烈な光のせいで気が付かなかったけれど、薄いくせに妙に重かったのは、中身が石版だったからなのか。

「本物は、もっとでけえ石版なんだ。今思い出したんだけどよ、オラの本体も、もっとでけえ石版に入れてあんだよ」

「……ふうん。じゃあ、その石版がある場所に、心当たりはあるのか? それが分かると、かなり助かるんだけれど」

 そう聞くと、あげぽよは腕を組み、ウンウン唸りながら、思い出そうとしている様だ。

 頑張れ! あげぽよ!

「うん。わかんねえ」

「…………マジかよ」

 全然粘る気配なかったぞ!?

 結局、本当に役に立たねえで終わるつもりか、あげぽよ! あれだけ引っ張った、伝説のスーパー勇者様よお!?

「――あ!」

 僕の念が届いたのか、鳩が豆電球を光らせた様な、わけの分からない感じで、あげぽよが人差し指をピンと伸ばす。

「石版がどこにあるのかはわかんねえけどよ、でも、ありそうな場所なら、幾つか思いついたぞ!」


 ここで、パワーストーンについて語らなくてはならない。

 僕が持つ金色のパワーストーンは、『強運』をもたらすパワーストーンだ。これを持つ異世界人(勇者)は、パワーストーンの恩恵を受けて、この世界の誰にも負けない『強運』を発揮できる。この『強運』を発揮した勇者に、魔王から世界を救って貰い続けているのが、庚という国だ。

 ここまでは、この世界の常識なのだけれど、伝説のスーパー勇者様あげぽよは、更に驚くべき情報を持っていた。

 あげぽよの妹、魔術師シリ。

 実は、このパワーストーンは、シリが造った『魔法のパワーストーン』であり、この金色に輝く『運』のパワーストーンをはじめ、『力』を司る火色のパワーストーン、『智』を司る水色のパワーストーン、『疾』を司る風色のパワーストーン、『心』を司る土色のパワーストーン。

 この世界には、この五つのパワーストーンが存在していたのだった。

 そして、僕が持つ金色のパワーストーンの他、残り四つのパワーストーンは、この国の、四大聖地と呼ばれる場所に祀られているそうだ。

「多分、シリは、この四つの聖地の何処かに、石版を保管していると思う。それくらいしか、心当たりはねえな」

「なるほど――でもそれ、パワーストーンが五つもあるって、本当なのか? ならなんで、今までその存在を知られていないんだよ……?」

「そんなの簡単だぞ。シリの力は超強力だからな、おめえの持ってるパワーストーンだけで、魔王を倒せちまうじゃねぇか。他のパワーストーンは、古くから伝わるキレイな宝石くらいにしか、思われてねえと思うぜ?」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 僕の持っている金玉だけで、良いんだもんなぁ。まさか、他にもあるとは思わないよな……。

「ついでに、異世界人じゃないと、パワーストーンの力は発揮しねぇから、この世界の人間が、気付くわけねぇからな」

「……そういう事だったのですね。でも、私は以前から不思議に思っていたのですが、何故私たちの世界の人間では、パワーストーンが扱えないのでしょうか?」

 宜が、ここぞとばかりに質問する。

 勇者に憧れていた少女、宜。

 勇者の末裔。

「その原理は、オラはよくわかんねぇけどな。シリは、共鳴(リンク)がどうのこうの、言ってたぞ」

共鳴(リンク)……?」

「ああ、よく知らんけど、異世界人はシリと共鳴している――らしい。だから、シリの力を扱えるんだってよ」

「そうなのですか……じゃあ、やっぱり私は、パワーストーンは扱えないのですね……」

 悔しそうに俯く宜。初対面の僕に、勇者というだけで、あれだけの信頼を寄せてくれた、宜。

 きっと、宜だって、勇者になりたかったんだと思う。小さい頃から憧れていて、なりたくない訳がなかった。勇者の末裔である、その自分が、不運体質で何も出来ないなんて、悔しくてたまらない筈だ。

「直接は扱えねぇけど、別に方法がねぇ訳でもねぇぞ?」

「――え?」

「どういう事だよ、あげぽよ」

「へへ、だからよ、異世界人がパワーストーンを使えんのは、シリと共鳴しているからなんだよ。つまり言っちまえば、『共鳴してる異世界人と共鳴』出来れば、この世界の人間でも、パワーストーンの力を使う事が出来るんだ。共鳴(リンク)は、連鎖するもんらしいからな」

共鳴(リンク)が……連鎖……?」

「だけどよ、共鳴(リンク)と簡単に言われても、どうすればいいんだ?」

 なんか変な専門用語使いやがって。

「簡単だぞ。手ェ繋げばいい。それだけで、勝手に鳴動するもんだ」

「手を……? そんな簡単な事で、良いのかよ……?」

 というか、嘘だろ……? 手を繋ぐだけで良いなんて。それだけで運が良くなるなんて事が、あるものなのか――あ。

 手を繋いでいる時に。

 僕は、宜のドジを、見たことがない。

「そうだ……あの時だって――」

 あの出会いをやり直した崖から下山した時、僕は宜に、手を引いてもらって、下り坂をおりていた。


「あ、ここ、大きい石があるから、気を付けて下さいね」


 そうだ。あの時、さり気なさ過ぎて見落としていたけれど、不運体質の宜が、意識して石を避けたんだ。裏目を引かずに……。自分の左足に右足が躓いて転ぶほどのドジっ子が、何事もなく、僕の事を気遣う余裕までもって、避けられたのだ。

 あれは、僕の強運が、共鳴(リンク)されていたからだったのか――?

「わ、私も気付きませんでした。そうですよね、あの時感じた違和感は、共鳴(リンク)のせい、だったのですね……」

 僕と宜は、顔を見合わせた。

 自然と、笑みが漏れてくる。

「勇者様……」

「宜の運が良くなれば、モンスターに襲われたとしても、なんとかなるかもしれないよな」

「ええ、実際に戦った事はありませんけど、でも、能力値は高いハズですから……」

 勇者の末裔は、武術や魔術に秀でている。不運体質のせいで、普段は役に立たないのだけれど、運さえ良くなれば、かなり優秀なハズだった。

「ああ、宜。僕たちのやるべき事が、見つかったな」

「はい。四大聖地を巡って、何処かにある筈の魔導師シリの石版を見つけて――」

 宜が、両手を差し出す。

 僕はその手を握り、指を絡ませた。

「――絶対に呪いを解いて、魔王を倒す! これで、ハッピーエンドだ!」

「――はい!」



 やるべき事。進むべき道。

 やはり、それが見えているのかいないのかでは、全く心の持ちようが違う。

「僕は帰らない、全てを救う!」と、息巻いてみたものの、その手掛かりさえ掴めなかった僕たちにとって、これはとてつもない、かなりの進展だった。

 もうゴールしたも同然ではないかと、そう勘違いしてしまえる程に、浮かれきっていた。

 だから、この『四大聖地を巡る旅』が、困難を伴う事になるだなんて、僕たちはこの時、夢にも思いはしなかったのである。

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