庚のお姫様
異世界に召喚された勇者。
現実世界で冴えない生活を送っていればいるほど、比例して、そういう特別な存在に憧れるのだと、僕は思う。
僕の場合、たしかに冴えない、つまらない日常を送っていたと言えなくもなかった。
そんな僕が、突然、勇者となった。
勇者。英雄。憧れない訳がない。
男なら、誰だって嬉しいシチュエーションのハズだった。
そう、ハズだった。
召喚された勇者とは、この世界に伝わる伝説の宝玉、「パワーストーン」を使用出来る唯一の存在であり、その圧倒的な力で、この世界を恐怖で覆い尽くしている魔王を倒し、平和をもたらせてくれると言われている――らしい。
これだけ聞くと、そんなに悪いものでもないのかなと思うのだけれど、その圧倒的な力というものが「運気」という、少なくとも僕みたいな平凡な中学二年生に言わせれば、パッとしない能力であったものだから、突然召喚というか、ハッキリ言って拉致された身としては、この状況を手放しで喜べないというのが素直な感想である。
そして、声を大にして言いたい事がある。それは、この世界でヒロインらしき人物が全く出てきていないという事実だ。敢えてマジカルバナナ風に言えば、異世界と言ったら勇者、勇者と言ったらひーめ! と、姫は二番目に、僕にとっては魔王なんかよりも、まず先に出てくる要素だ。それ位、お姫様の存在が必要不可欠であるのにもかかわらず、全くもってその存在を、誰も口にしていないのである。この国の元老である、極楽院というジジイでさえ、姫の存在については何も言っていない。普通、魔王がいたら姫は攫われて然るべきだろう。ここまで来ると、一体魔王は何をやっているんだ! と、魔王の方にこそダメ出しをするのが正しいのではないかと思う。
そんな憤りを胸に秘め、召喚された異世界の国である庚を、僕のサポートをしてくれるという赤い鎧の少年、増田宜と散策していく。
宜は、この国の魔王討伐軍の内の一つ、『赤い騎士団』の団長を務めているそうだ。他にも『青の騎士団』、『黄色の騎士団』という信号機の様な名前の軍団があるらしい。この三つの軍団は、魔王討伐の遠征用に結成された特別な軍団で、ローテーションで遠征を決行しているそうだ。
名前の色から考察するに、僕をこの世界に拉致してきた青い鎧のマッチョと、黄色い鎧のマッチョがおそらくそれぞれの団長だと予想されると思うのだけれど、しかしそう考えると、こんなに小柄な宜が団長というのは、違和感を感じる。団長というからには、あのマッチョ達と対等に渡り合える実力を持っているのだろうか。
そんな疑問が浮かび上がったのだが、なかなかどうして、そんな事がどうでも良く思えるほど、宜は良いヤツだった。人徳というのか、物腰が柔らかく、言葉遣いも丁寧で、気品を感じる。とにかく優しい奴なのだ。
今僕らが外を散策しているのも、「勇者様のサポートをすると言いましたが、私はこの世界で育ち、他の世界を知りません。それで、実を言うと一体どう説明すればいいのか分からないのです。ですので、どうでしょう、一緒にこの国を巡りませんか? 実際に見て頂いて、質問をしてくれると私も助かるのですが」と、宜から言われたからだ。
まあ僕にしたって、自分の世界の事を教えろと言われても困るだろうから、妥当な提案であるし、百聞は一見に如かずとも言うので、実際に見て回った方が手っ取り早いのは確かだった。
こんな感じで、宜は団長という立場であっても、誰にでも面倒見よく接しているのだろう。背丈もさほど僕と変わらない事もあり、既に友達感覚でいるのは、僕が図々しいのか、先も述べた宜の人徳かのどちらかなのだと思う。
庚という国は、四方を山に囲まれた、天然の要害に守られている国だった。僕が元々暮らしていた世界とは違い、かなり自然に溢れている。というか、自然しかなかった。
訓練場や官邸のある大規模な街を中心に、山の傾斜に沿って民家や道具屋等の店が建ち並ぶ。崖に桟道が設置されていたり、なにやらコバルトブルーに彩る泉があったり、とても幻想的だった。
地面にしたって、裸足で駆け回れるくらい柔らかい芝生や土でならされており、歩き慣れたアスファルトの道路なんて、存在すらしなかった。あまり意識したことすら無かったけれど、空気がうまいという感覚を、僕は今、初めて知った。比べられるものではないのだが、僕のいた世界で一番空気のうまい場所より、ここの方が圧倒的にうまいのではないだろうか。
僕の中では自然イコール虫の大群、というイメージがあって、正直景色として眺める分には良いのだけれど、実際に住むのは遠慮したかったのだが、この世界では蟻だとか、蚊だったり、そういった虫はいないそうだ。
まあ、その代わりと言ってはなんだが、そういう類の虫は、いわゆる「虫型」モンスターとして存在しているらしい。シティ派の僕は聞いただけで卒倒してしまいそうだったけれど、大体、小さいのでも三十センチほどだという……。出来れば一生エンカウントして欲しくないモンスターだった。
ともあれ、地形の恩恵もあって、比較的この辺りをうろつくモンスターは少なく、防衛能力に関しても評価が高いこの国は、新兵の調練には最適らしい。あらゆる国から魔王を討伐せんと、ここに修練を積みにくる者と、モンスター被害から逃れてくる人がいて、人口は増え続けているそうだ。
ちなみに僕が元老と謁見した(トランプで遊んだ)建物は、兵の訓練場だったようで、部屋を出てちょっと廊下を歩くと、カカシに斬りかかる子供や、瞑想しているマッチョなんかが、小さな部屋で訓練を積んでいた。
余談だが、訓練場を出る前に、そういえば朝早くに拉致られた僕は、全身水玉模様のパジャマ姿だったので、服を一着貰って着替えたのだけれど、ジジイが「この鎧なんて良いのではないですかな?」などと、重すぎて動けなくなるような重装備ばかりを勧めてくるのが鬱陶しかった。性根から庶民の僕は、ごく普通の村人の服を装備したのだった。
「へぇ、武器屋に、防具屋、本当にこんな物騒な店があるんだなぁ」
ゲームの中でしか見たことのない光景に、思わず突っ込まざるを得なかった。外国の銃社会なら、銃器の販売店があるみたいだけれど、こんな、ゴルフクラブを飾る様な気軽さで、抜き身の剣が乱雑に飾られていると、物騒で仕方ない。
「勇者様の世界には無いのですか?」
それを聞いた宜が、少し驚いた口調で尋ねてくる。
「あ、うん。こういう風に剣を売っている店も、鎖かたびらや盾を売っている店も無いね。僕の世界では、そもそも戦う必要が無いんだよ」
まあ、正確に言えば戦争が絶える事は無いのだろう。僕の暮らしていた日本が、平和なだけで。
「凄い。勇者様が全ての戦いを終わらせたのですね!?」
「え?……いや、僕が生まれた時にはもう――」
「流石です。そんなに凄い勇者様が来て下さったのならば、魔王なんてちょちょいのちょいですね!」
――こいつ、話を聞いてないぞ。ってか、ちょちょいのちょいって、センス……。
「実は私は、幼い頃から勇者様に憧れていたのです。あの凶悪な魔王にも恐れず、その身をもって勇敢に立ち向かう……カッコイイです」
手を胸にあて、頬を赤める宜。
どうやら、僕が勇者として召喚されたものだから、過度に信頼してしまっているようだ。これは、誤解を解いておかないとマズイ気がする。僕は申し訳程度に手を挙げて、宜に言う。
「多分、ものすごい誤解をしていると思うんだけど、僕、今まで戦った事ないんだよ」
「……? それは、どういう?」
ようやく僕の声が届いたのか、宜が目をぱちくりとさせて、首を傾げる。
「僕としても、勇者と持て囃されるのは気分が良いから正直嬉しいんだけど、やっぱり誤解ってさ、意図せずに解けた時が悲惨だと思うんだ。だから、実は僕が喧嘩すらしたことのない、情けない奴なんだって、一番の雑魚なんだって、知っていて貰いたいんだよ」
「……」
思い込んでいる人間にとって、その間違いを他人から訂正されるのはなかなか受け入れ辛いのだろう。少しの間、沈黙が流れる。いくら運が良くなったところで、こういうカミングアウトに運なんて関係ないよな。そういえば、ふと思ったのだけれど、もしかしたら僕が一番の雑魚だという事実を運良く隠し通す事が、この金玉にかかれば可能だったのかもしれない。まあ、言ってしまった今となっては、どっちでもいいことなのだが。
「――なるほど。そうだったのですね」
少し俯いて、何か考えていた宜が言った。
「流石、勇者様です」
「……え?」
褒められた。
いや、今の僕、褒められる要素がないと思うのだが。もしかして、これも金玉の効果なのか?
「……無理して持ち上げなくてもいいんだよ、僕は――」
途中、宜と視線が合って、僕は言葉が続かなかった。
「その様に、自分を卑下することはありません。私たちが勇者勇者と囃し立てていたのに、自分が本当は弱いなど、なかなか言えるものでは、ないではないですか」
「――そんなの」
「残念ですけど、凡人には言えません、これほど持ち上げられていたら。勇者様だから、言えたのだと思います」
ぴしゃりと、僕の言葉を遮る。
「……とりあえず、僕が戦いに関して、全くの素人だっていうことを念頭に置いておいて欲しいな」
「わかりました。でも、皆がそうだと知っても、今の扱いは変わらないと思いますよ? だから、あまり気にしない方が良いと思います」
言って、宜はニコニコしている。
結局、僕の主張はなんの意味も成さず、ただ僕がスッキリしないだけのように感じる。宜の言うように、気にしない事が正しいのだろうか。
「そうだ、勇者様、是非見て頂きたい場所があるんです。ついて来て下さい」
不意に、宜が僕の手を引く。僕は引かれるがままに、宜の後をついて行った。どうやら山の方に向かっているみたいだった。
しかしなんだな、宜ってなんだか女の子っぽいんだよな……顔も、兜をかぶってるからあまり良く見えなかったけれど、近くで見るとまつ毛も長くて、肌もきめ細かい気がする。
――って、なんでちょっとドキドキしているんだろう、僕は。
魔王討伐軍の団長になるような奴が、女の子な訳ないじゃないか。それとも、僕が今まで意識していなかっただけで、もしかして、そっちの気があったとでもいうのか……?
いやいや、ないない。
しかし、そういう感情とは別で、僕の手を握っている宜の手に、ちょっと違和感を感じる。
宜は、左腰に一メートル程の剣を差している。少し小振りの剣ではあるけれど、ある程度の重量があると思う。
そんな小剣を扱う手練れのハズなのだが、宜の手のひらには、一切マメらしき感触がなかった。すごく柔らかくて、僕の手より一回り小さいくらいだ。
「宜、少し疑問に思ったんだけど、聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「宜の戦闘スタイルなんだけど、その剣ってあまり使わないのか?」
「……いえ、そんなことはないですよ?」
「ふーん、じゃあ、もしかして、宜ってあんまり強くない……とか?」
聞くや否や、宜が勢い良く振り返る。顔が真っ赤だった。
「……あれ、もしかして」
「ど、どうひてわかったんれすか!?」
……焦りすぎだ。
「んー、だって宜の手、プニプニなんだもの」
「ぷにっ!?」
「剣の達人の手じゃないって事くらい、素人の僕でもわかるぞ」
「はあ――やはり、流石勇者様ですね。見事な慧眼、恐れ入ります」
「そんなたいした事じゃないと思うけどな」
率直な感想だった。
「そうですね、勇者様にとっては、朝飯前なんでしょう」
……コイツは本当に、僕を敬拝しすぎだと思う。
「騙すつもりはなかったのですが……でも、結果的に騙していたようなモノですよね。申し訳ございません」
「いや、いいって、さっきも言ったけど、僕だって弱いんだから――」
そうか。さっきの凡人には言えないって、この事だったのかもしれないな。
宜は歩を進めながら、話し始めた。
いつの間にか周りが竹林になっていて、獣道がそこかしこに伸びている。ゆったりとした登り道だけど、さっきから歩き詰めで、少し息があがっている。僕、体力ないなあ。
「この世界では、異世界の勇者様を召喚することは、あまり珍しくないんです」
「ああ、たしか、異界の民を召喚する技術が、太古の昔からあるとかなんとか」
「ハイ。ですので、魔王が君臨する度に、勇者様に助けて頂いているのです」
うん。そう聞いた。
「そして、その勇者様達の子孫が、この世界にはいるのです」
「勇者の子孫……!」
それは、すごい勇者っぽい!
勇者の血を継ぐ者……!
ハーゴンとか、倒しそうだった。
「なるほどな。それなら別に、わざわざ異世界から僕なんか召喚してくる事はないんじゃないか? 子孫の方がなんかカッコいいし、強そうだぞ」
「ええ、ですが、残念な事に、子孫では勇者様の持つパワーストーンが使えないのです」
「この金玉が……?」
「ハイ。魔王を倒すには、そのパワーストーンの力が絶対に必要なのです」
……コイツがねえ。
手に取って、金玉を見る。相変わらず、キラキラと輝いていた。
正直、この金玉が凄いって、イマイチ信用出来ないでいる。
手に入れた瞬間、さらわれた訳だしな。ついてないにも程があった。
「ふーん、じゃあ、子孫はただの人間と遜色ないって事なのか?」
「それが、実はちょっと特殊でして。やはり勇者の血を引いているので、武芸に富んでいたり、魔法を使えたりするのですが……」
「それって結構すごくないか? 魔法!? かっけぇ!」
しかし、宜の歯切れはあまり良くなかった。
「しかし、子孫には一貫して、運が無いのです。いえ、運がマイナス方向にある――と言うべきでしょうか」
「……へ?」
「つまり、いかに武芸に富んでいても、魔法が使えたとしても、運の悪さから、全てが裏目に出てしまうのです」
「……それって、どういうことだ?」
全てが裏目。
逆の目になるんだから、普通に考えると……。
「攻撃しようとすると攻撃を受け、魔法で癒そうとすると毒が回る……これは、言わば呪いなのです」
それは、酷いな。
「……呪い?」
「魔王の呪いです。自分を打ち滅ぼした勇者に、末代までの呪いを掛けたんです。[不運体質の呪い]と呼ばれていて、本人の意思とは逆の結果がでるのです」
不運体質の呪い――なるほど、たしかに、自分の命を奪った相手を呪わずにはいられないのだろう。
強運を持った勇者から運がなくなれば、魔王にかなうわけがない。だって運だけで倒しているんだもんな。しかし、子孫が運以外に、武芸に秀でるみたいな、そんな能力があったら看過できる存在では決してないだろう。
そうかそうか。ジジイの話じゃ、何回も君臨してきた魔王が、毎回すんなり退治されているらしいから、魔王に学習能力がないのかと思っていたけれど、実はちゃんと善後策を講じていたという事か。
ちゃんと魔王も頑張っていた。
しかしまあ、僕に言わせれば、やっぱりそもそも【勇者を召喚させない】という最善策に出ないところが、マヌケだな。
「へぇー、つまり、宜は勇者の子孫っていうオチなのか?」
「――っ!? な、なんでわかったのです!? 勇者様、もしや読心の術を心得ていらっしゃるのですかっ!?」
「そんなに驚く事か!?」
「ひぃっ! やっぱり読心の術を……!?」
「あーいやいや、違う違う! 読心じゃなくって、今の話の流れで、大体予想がつくもんだろ?」
「あ……そう、ですね」
どうも宜は、思い込みが激しいところがあるな。
いちいちリアクションが大きいから、見ているこっちとしては面白いけれど。
「えと、そうなのです。私は、前回召喚された勇者の末裔なのです」
つまり、六歳児の勇者の末裔。
「なるほどなー。だから、団長をやっているのか。納得いったよ」
「ええ、実は団長の件も、勇者の末裔だからという理由で、勝手に祭り上げられてしまって……断ろうとしたのですが、やっぱりそれも呪いの効果なのか裏目に出てしまい、結果、こんな事になってしまいました」
たいした不運体質だ。
しかし、それは一般的に見れば出世の様な気がするけれど、それでも不運という扱いなのか。本人の意思に反するという事が不運なのだとしたら、僕の強運って、それの逆と捉えていいのかな。
それなら、魔王討伐なんて、行きたくないのが本音なのだが。
「あ、着きました。ここです」
言って。
宜が、草木を掻き分け、隠されていた一本の獣道に入る。
その獣道は、小さな木の枝が集まって、人一人通れるくらいの小さなトンネルになっていた。
大体三分ほど前屈みになって歩いた頃だろうか。外の光が、一層眩しく感じる。
「――すげえ!」
トンネルを抜け、少し拓けた崖の上に、僕たちは立っていた。
そこは、庚の国が一望出来る絶景のスポットだった。暖かい風が肌に触れ、とても洗練された気分になる。
「良い眺めですよね。私、こんな体質ですから、やっぱり色々と上手くいかなくて……落ち込んだ時とか、よくここに来るんです」
宜と並んで、景色を眺める。
山々に囲まれ、地形に沿って砦が築かれていたり、雲を突き抜けるほど高い山から、滝が流れ落ちている場所まである。ゴツゴツとした赤い崖の岩肌に、桟道が掛けられ、緑生い茂る山へと、まるで四季の移り変わりを表すように道が続いている。
「はは、ホント、自然ってすごいなぁ」
すごいとしか言うことの出来ない僕の語彙の乏しさなんて、見惚れてしまって、どうでもよくなる。
今まで、パソコンの画面でしかこんな絶景を望むことはなかったものだから、僕はただひたすらに感動した。生で見る絶景というものは、これほどまでに人の心を動かすのか――。
不思議と涙が出そうになって、目を擦りながら横を見ると、いつの間にか宜が兜を脱いでいた。
長く綺麗な艶のある髪が、風に乗って靡く。この幻想的な雰囲気と、雲一つない青空に映えた宜の姿に、僕は息を呑んだ。
「勇者様?」
「――はっ!」
僕の視線に気付いた宜が、髪を耳へとかきあげながら、僕の顔色を窺う。
「え、ああ、キレイだ、すっごく」
と、なにやらすごい照れ臭いセリフを思わず真顔で言った。これは、景色もそうだったし、宜もそれに負けず劣らずキレイだったから、出た言葉だった。
「え、えぇ……っ!?」
宜も、突然のくさいセリフに反応して顔が赤くなる。
「てか、宜……お前、女の子だったのか?」
「……え!? い、今気付いたんですか!?」
お互いに、衝撃だったらしい。
てか、本当に女の子だったのか。
「だ、だって、兜かぶってて顔はよく見えなかったし、団長とか言うから、まさか女の子だなんて、思わないだろ!?」
無意識のうちに否定していた。
「あー、でも、ホントごめん。知らなかったとはいえ、女の子に対して男扱いなんて失礼だったよな」
そんな僕の謝罪に、ふう、と宜は一息ついて。
「別に、こういう事は慣れてますから、気にしてなんか全然ないですよ」と言って俯き、少し悲しげな微笑みを僕に向けてきたものだから、更に僕の中で罪悪感が大きくなった。
「女の子っぽくしようと思っていたんですけど、やっぱり裏目に出ちゃいましたね……」
そう言って笑う宜は、どこからどう見ても、紛れもなく女の子だった。全てが裏目に出る、不運体質の呪いがあったとはいえ、どうして僕は、今まで気付いてあげられなかったのだろう。
「……よし。じゃあ、出会いをやり直そう!」
「出会いを……やり直す?」
「そうだ! 結局、変な出会い方のせいで誤解しちゃったわけだからな、間違ったなら、やり直せばいい」
我ながらよくわからない理屈な気もするけれど、しかしそれでも、宜のこんな悲しそうな顔を見てしまったら、少しでも気を和らいであげたくなった。これが気休めになるのかは、正直分からないが。
「……はい、そうですね」
僕たちは、お互いに向き合った。
「僕は五味クズ太。異世界から召喚された勇者だ!」
「私は増田宜。勇者の末裔で……女の子です!」
僕が差し出した手を宜が握る。やっぱり宜の手は、僕の手よりも一回り小さくて、柔らかかった。
どちらからともなく、自然に笑いだす。暖かい陽の光が眩しい。
「ふつつか者ですが、宜しくお願い致します」と深くお辞儀され、なんだか照れくさくなる。
「こちらこそよろしくな、宜――いや、宜子……?」
「な……っ! なんですか、それ!?」
「いや、そもそも名前からして紛らわしいなと思ってさ。宜じゃ、男みたいじゃん」
「なんか嫌です! オヤジギャグみたいじゃないですか!」
「オヤジギャグでも、なんかナデシコっぽくね? いよっ! 大和宜子!」
「人の名前で遊ばないで下さいっ!」
好きな子をイジる小学生と同じレベルであった。気持ち悪いのは自覚しているけれど、どうしてもニヤニヤしてしまう。
何はともあれ、僕がこの世界に来てから初めてちゃんと知り合った人物が宜で、本当に良かったと思う。
いや、そんな限定的な話ではなく、もっと単純に、僕は宜に出会えて良かったと、巡り会えた事そのものに、例えるならば運命というものに、感謝しなければならないのだと思う。
僕が元々いた世界でさえ、こんな風に、素直に笑うことなんてなかった様に思える。
実際、嵐ちゃんやエガ夫、ジャイマンとはよく話しこそするものの、小学生時代のように、遊ぶ事は無くなっていた。
それは僕の精神年齢が追いついていなかっただけなのか、それとも嵐ちゃんという幼馴染が中学生になってからというもの大人びてきていて、今まで無かった恋愛という感情に対して億劫になっていただけなのかもしれない。
このタイミングで宜に出会えた事で、僕の中の何かが変わるような気がした。
期待していたお姫様は、残念ながらいなかったけれど、今日、僕は異世界で――友達が出来た。