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異世界

初投稿作品ということもあり、色々と読みにくい部分や不備などあると思います。

素人ながら頑張りますので、どうかよろしくお願い致します。

 『パワーストーン』

 それは不思議な力を持つ宝石のことで、身に付けていると良い結果がもたらされると信仰されている。よく雑誌の裏の方に広告が載っているので、目にした事は多いかもしれない。

 僕はといえば、そんな子ども騙しは一切信じていなかった。

『パワーストーンを持っていたから、成功しました!』

……そんなこと、ある訳がない。これまでの自分を全否定じゃないか。そんな石っころを信じられるのなら、もっと自分を信じろ。成功している人間は、自分が行動したおかげで、成功しているのだ。他力本願で成功するなんて、信じている時間が勿体無い。それならその時間を有効に使って、自分を磨きあげるべきだ。

 本当に、そう思っていた。


 午後四時。

 日が暮れる前の、のんびりとした時間。まだ空は明るく、小さな子供の笑い声が、カーテンまで閉め切った窓の外から、真っ暗な部屋の中まで聞こえてくる。

 ギシッと軋む音を立て、勉強机の椅子に腰掛ける。まだ湯気の立ちのぼる淹れたばかりのコーヒーを机の脇に置いて、僕は『ドスえもん』と名付けた相棒(パソコン)に手を伸ばす。

 カチカチッ カチャカチャカチャ……

「これか……」

 検索画面に出てきたのは、見るからに怪しい『パワーストーン』だった。


 曰く、その石を持つ者に、岩をも砕く剛力を授ける。

 曰く、その石を持つ者に、目にもとまらぬ神速を授ける。

 曰く、その石を持つ者に、疲れを知らぬ体力を授ける。

 などなど。


 説明文を見るだけで、胡散臭さが爆発している。なにげに上から目線なのも不愉快であった。


「あのツンツン頭め、こんなくだらない物を買って貰ったからって、自慢しやがって。流石に同じ物は買えないけれど、似たようなのでいいだろう――だけど、それでも一万三千円かぁ……」

 出来るだけ似てる方が格好がつくのだけれど、『あれ』に似ている形のものは、どれも高価だった。

 しばらく、色々なページに飛んで、説明文を読み漁る。

「ん? この金運のパワーストーンを買えば、お金なんぞガッポガッポだって……? なるほど、イケる!」

 色々なパワーストーンを検分しているうちに感覚がマヒしてきたのか、僕は一番胡散臭い煽り文を鵜呑みにしてしまっていた。

 結局、散々バカにしていた筈なのに、ご利益にあずかる気マンマンになっている。

 これが、刷り込みという奴だろうか……。



 今朝の事である。

 僕には(ラン)ちゃんという、とても可愛らしい幼馴染みの女の子がいる。小学生の頃から結構仲良しで、中学二年生になった今でも、良好な関係を築いていた。

 だから今日も、朝のホームルームが始まる前に二人で甘いひとときを過ごしていたのだが、『空気を読む』ということを知らない、ツンツン頭の男が僕達に話しかけてきたのだ。

 同級生のツンツン頭こと、肉山エガ夫は、お金持ちだった。正確に言えば、中学生のエガ夫に収入がある訳がなく、昼夜を問わずガンガンに働いている父親のお金なのだが、肉山家は一人息子にとことん甘い教育を施しており、その一人息子であるエガ夫も、とことんそれに甘えているので、エガ夫の豪遊ぶりは中学生とは思えない程に、他を圧倒していた。


「どうだ、良いだろクズ太、純金のパワーストーンだぞ!」

 エガ夫は左手に、金色に輝く石で出来たブレスレットをつけていた。ちなみに、クズ太とは僕のことだ。

「じゅ、純金!?」

「すごいわ、エガ夫さん!」

「へへへ、パパに買って貰ったんだ、かなり価値があるんだぞ!」

「ぐぬぬぬ……」

 エガ夫は性格が捻じ曲がっており、昔からこうやって、僕に金持ち自慢をしてくるイヤなヤツなのだ。

「あ、嵐ちゃん、良かったらあげようか? ボクもう一個、持ってるから!」

「えっ!? いいの?」

「全然いいよ。あげちゃうあげちゃう」

「まあ、エガ夫さん素敵!」

「むふふ、じゃあ今日ウチにおいでよ。新しいやつの方がご利益あると思うし、おいしいお菓子もたくさんあるよ!」

「な――っ!?」

 何てやつだ、純金をエサに、嵐ちゃんを家に連れ込む気か……!? しかし、純金の対価に純潔を――なんて事は流石にないと思うが、今の嵐ちゃんは、物欲に支配された目をしているので心配だ。

 これは意地でも、僕もエガ夫の家に乗り込むしか……。

「あー、でも私、今日はコントラバスの練習しなきゃダメなのよね……今エガ夫さんがつけている、それじゃダメかしら? 私、それで良いんだけれど」

――心配した僕が馬鹿だった。たしかに嵐ちゃんの目は物欲に支配されているが、その支配は、純金にのみ向けられているらしい。有無を言わせない迫力がある。

 目ヂカラというのか、その眼力に、エガ夫は屈した。何を言っても、もうダメだと悟ったのだろう。

「そ、そうなんだ。じゃあ……ハイ、これ――」

 力なくエガ夫が差し出したパワーストーンを素早くもぎ取り、嵐ちゃんは微笑む。

「ありがとう、エガ夫さん! 今度お礼に私の演奏、聞かせてあげるわね」

「ハハハ、い……いいよ、いいよ……」

 嵐ちゃんは小さい頃からコントラバスを習っていて、たまに聞かせて貰えるのだけれど、まあ案の定というか、お約束というか、耳がもげそうになるくらい、下手くそだった。


 首尾よく純金のパワーストーンだけをゲットした嵐ちゃんの手腕に感心していると、またもや招かれざる客が現れた。

「おっはよーさん、エガ夫、クズ太。そして、マイスウィートハニー嵐ちゅわぁーん!」

「「おはよう、ジャイマン」」

「おはよう、(やわし)さん」

 桑田柔(くわたやわし)、名前だけは優しそうだが、中身はかなりの乱暴者だ。小学生の頃は小さかったのでクワマンというあだ名があったのだが、中学に上がってから急激に身長が伸びたので、皆からジャイアントクワマン、略してジャイマンと呼ばれている。鼻が丸い。

「おーっ? なんだなんだ? 嵐ちゃん、それなーんだぁ?」

 目ざといジャイマンに、嵐ちゃんが奪い取った純金のパワーストーンを発見された。

「いいなーいいなー。オレも、欲しーなぁー」

 指を咥えながら嵐ちゃんとエガ夫を交互に見て、おねだりするジャイマン。こうなってしまったら、ジャイマンは目標達成までは諦めないだろう。

 ご愁傷様。

 所詮この世は弱肉強食。強い者が奪い、弱い者は奪われ――ん?

 嵐ちゃんが、エガ夫にアイコンタクトを送っている。そしてその内容を、幼馴染みである僕は瞬時に理解した。


『お前、もう一個持ってるって言ってたろ? 早く出・せ・よ』


 まあ、こんな汚い言葉を僕の嵐ちゃんは使わないだろうから、こんな感じの内容を綺麗に言っていると思って間違いないだろう。

 その証拠に、エガ夫から笑顔が消えた。うん、この駄洒落も笑えない。

「ジャイマン、ボクの家に、もう一個ある……んだけ……ど」

「おー? いいのかよー? へへっ悪いな。じゃあ、帰りにエガ夫ん家行くから!」

「良かったわね、柔さん、お菓子もいっぱいあるって言ってたわよ」

「ホントかー!? おお、エガ夫ー! 心のダチよー!」

「ぐえっ、ジャイマン、ぐるじぃ……」

 ジャイマンの巨体に抱きしめられ、エガ夫が苦しげなうめき声をあげる。

 ここまでされてもエガ夫は嵐ちゃんを諦めないのだから、不思議なものだ。

 ジャイマンから程なく解放されたエガ夫は、呼吸を整えると、僕を睨みつけた。

「まあ、パパに頼めばまた買ってくれるしね。クズ太にはあげないぜ、欲しけりゃ自分で買うんだなー! ハッハー!」

 そして、何故か僕にだけ、極端に冷たいのである。

…………あれ? って事は僕、このヒエラルキーの中で、一番下なのか? そういうポジションなのか!?

 う、うん、まあ、別に僕はパワーストーンなんて要らないし? 皆がお揃いでも全然羨ましくなんかないしぃ? 冷たくされたって、全然悔しくなんて……ないしー!


――という事があったので、僕は学校が終わると、脇目も振らずに家に帰って、ドスえもんに泣きついたのだった。

【購入を完了する】ボタンをクリックして、僕は椅子の背にもたれる。お急げ便で注文したから、明日には届くはずだ。

 少し冷めたコーヒーを啜って一息つくと、なにやらソワソワした気分になってきたので、今日の夜のお供、つまりオカズを探す旅に出ようとした時だった。

 先ほどから購入完了の画面がなかなか消えないでいると思いきや、突然画面が赤と黄色で点滅しだし、『おめでとうございます! アナタは7ⅲ2⑥〒*9人目に選ばれました! おめでとうございます!』という表示がポップアップで出てきた。

「な、なんだコレ……? ってか、全然キリよくねーし、文字化けしてんじゃん……」

 何度か利用した事のあるアマジシで、こんな表示が出たことは一度たりとてない。正直僕は、かなりビビっていた。おそるおそる閉じるをクリックすると、今度はすんなりとウインドウが消える。

「あー、もしかして、サイト側の不具合に偶然ブチ当たったのかな?」などと、都合のいい独り言で気味のわるい雰囲気を紛らわせる。中学生にとっては、この手のアクシデントは対処のしようがない。特に、父親のクレジットカード払いで買ったというのに、こんなウイルスにでも感染したかのような動作をされたのでは、心の底から心配になってしまう。

 この様な不安を抱えていたのでは、いくら盛りのついた中学生といえども、とてもスッキリする気分にはなれず、僕はドスえもんをシャットダウンして、今日は寝ることにした。嫌なことは寝て忘れる。僕に出来ることは、現実逃避以外、なかったのだった。


 翌日。

 早めの時間から眠ってしまった影響で深夜に目が覚めてしまい、なかなか寝付けずにいた僕は、いつもならドスえもんを弄って朝までネットサーフィンを満喫するパターンであったのだが、どうにも例の画面が頭から離れなかったので、ベッドでゴロゴロと悶々していたところ、気が付いたら朝になっていた。

 寝付きの良さの全国大会がもしあったとすれば、僕はそこそこの記録を残せると自負していたのだが、歯痒くもこの特技でさえ、僕はまだ使いこなせていないようである。

 しかしまあ、朝になってしまったのなら仕方がない。いつもは朝ごはんも食べずに登校するのだが、せっかくなので今日は朝ごはんをいただいてから学校へ行こう。

 二階にある僕の部屋から出て、階段を降りる。下の階に気配がないので、恐らくまだ両親は寝ているのだろう。

 両親の部屋は、僕の部屋の向かいにある。まだ五時になるちょっと前だから、あと一時間もすれば、起きてくるだろう。よし、せっかくだから、今日は僕が朝ごはんを作ろうかな。

 こう見えて、ちょっとした料理位なら出来る男なのだよ、僕は。

 両親に気を配り物音を立てないよう、慎重に階段を降り切った時だった。

 ゴトッと、硬い物が何かにぶつかったような音が、玄関の方から聞こえた。カシャンと郵便受けの鳴る軽い音も合わせて聞こえたので、新聞配達かと思ったのだけれど、新聞にしては音が重かったような気がする。

 あんな音を立てられたのでは、せっかくの隠密行動を邪魔された気分だが、とりあえず時間に余裕もあるので見に行ってみるか。

 玄関を開けてみると、朝も早よから、郵便受けに何かが配達されていた。

「コレ……えっ? パワーストーン……!? めっちゃ早いな!」

 郵便受けを開けると、金色に光る野球ボール程の宝石が入っていた。

 しかし昨日の今日である。流石はアマジシと佐山急便のコンボ、もはや早いというより迅いといった方が正しいのではないか。こんな便利になってしまったのでは、わざわざ店に買いに行くのがかったるくて仕方がないように思える。

「だけど、僕が頼んだのって、こんなパワーストーンだったっけ……?」

 たしか、手首につける数珠みたいなタイプで金色の玉は一個、他は茶色い玉だった気がするのだけれど、どう見てもコレは、ただの金玉であった。

「もしかして、やっぱりウイルスにでも感染していて、違う商品を注文させられたとか……!」

 ゴクリと喉を鳴らし、金玉を握りしめる。嫌な汗が滲み出てくるのを感じるけれど、確かめてみるしかない。僕は自分の部屋に戻り、もう一度ドスえもんを起動することにした。



 結論から言おう。

 僕は、ドスえもんを起動することは出来なかった。

 それどころか、全く知らない、見たこともない場所で、偉そうな格好をしたジジイに、この金玉がいったい何であるのかの説明を受け、鎧を纏った筋肉隆々としたむさ苦しい青年数名に囲まれながら、どうやら魔王討伐に参加せざるを得ない事態となったのである。

 もう一度言っておく。

 どうやら僕は、魔王討伐に参加せざるを得ないようなのだった。


「出発までまだ時間があるのでな、我が領土を見学しておくのが良いじゃろう。(ヨロシク)、勇者殿を案内してやりなさい」

「御意にございます」

 宜と呼ばれた赤い鎧の青年が、僕の前で跪く。他のマッチョ達に比べると、かなり線が細い感じだ。青年というか、少年にすら見える。

増田宜(マシタヨロシク)と申します。しばらくの間、私が勇者様のサポートを致します。わからないことがありましたら、なんでも聞いて下さい」

「あ、うん。おっけー」

 我ながら間の抜けた返事である。

 しかし、こんな僕が勇者扱いされる日が来ようとは……ちょっと感慨深いな。

「うむ。では勇者殿、出発の時まで、ゆっくりなされるがよい」

「う、うぃーす」


――さて、どうして魔王討伐に参加しなければならなくなったのかを説明しようと思う。

 あの時、金玉のパワーストーンを持って、僕は自分の部屋に戻ったわけだが、ドアを開けてビックリ、なんと蒼い鎧を纏った筋肉隆々の青年が、僕の部屋のど真ん中で仁王立ちしていたのだ。

 あの時の僕の動揺っぷりは、筆舌に尽くし難い。

 朝っぱらから、しかもちょっと郵便受けから荷物を受け取って戻ってくる間に、空き巣に入られる事なんて中々ないのではないだろうか。

 しかも、その不審者は、僕に向かって聞いたこともない言葉でベラベラと話しかけてくるのだ。

 明らかに自分よりガタイの良い外国人が、何か喋りかけてくる。それだけで僕の恐怖心は頂点に達した。「あわ、あわばば……」としか言えなかった僕は、とりあえず逃げることにしたのだが、踵を返した瞬間、ぬりかべにでもぶち当たったかの様に押し返され、尻餅をついてしまった。

 見上げるともう一人、今度は黄色い鎧を纏った筋肉隆々の青年が、両手を濡らして頬を赤くしていた。どうやらこいつの弾力のある筋肉に弾かれたらしい。

 後で聞いた話だが、こいつは僕の世界に着いた早々に尿意を催し、勝手に僕ん家のトイレを借りていたらしい。そんな事をつゆとも知らない僕は、瞬く間に増えた不審者に混乱して、「もしかすると、外国人強盗団に家を囲まれているのでは」と勝手に想像し、更に恐怖に脅えたのだった。

 それから言葉が通じないとわかったこいつらは、僕の手を二人で両側から持って、僕の机の引き出しを開け、驚くべきことに、僕を引き出しの中に押し込んだ。

 普通ならそのまま底をぶち抜いて、僕がひたすらに痛い思いをするだけなのだが、しかしその引き出しには、およそ底と呼べる代物がなかった。代わりに、見たこともない、白いんだか黒いんだか、もしかしたら赤かったり、青だったり黄色だったりするのかもしれない『穴』があいていたのである。

 つまりまあ、何がなんだか、奇妙な穴があいているとしか、僕には理解出来なかったのである。

 一体いつから僕の机はこんな奇妙な構造になってしまったのであろうか。というより、この引き出しに入っていた僕が大切に保管していた、お気に入りを集めたグラビアの切り抜きはどこにいってしまったのか? ちゃんと返して欲しい。

 人間とは不思議なもので、こういう非常時には、どうでもいいことばかり考えてしまうものらしい。引き出しの中で、落ちているんだか、浮いているんだか、或いは昇っているのかもしれない感覚だった。本当に、全てが僕の理解を超えていたのだ。それでも、全ての感覚が希薄になっていく事だけは確かだった。現に、僕の意識は一分ともたずに途切れてしまう。

 そして、気が付くと僕は、全く見覚えのない場所にいた。

 変な夢でも見ているのかと、「そういえば、昨日は満足に寝てないもんな」とか独り言を呟きながら、頬をつねる。

 まあ、なんとなくわかっていたけれど、ちゃんと痛かった。

 正直ここに来た直後は、歯がガチガチ鳴って、足もガックガク、小便半チョビリくらい動揺していた(汚い話、あと少しで大も出そうだった)のだが、今僕の目の前にいるジジイ、極楽院浄蔵(ゴクラクインジョウゾウ)が、たしかにハッキリと、日本語で僕を迎えてくれた事が、恐怖心をいくらか和らいでくれた。

 この極楽院というジジイは、怯える僕にお茶やお菓子を与えてなだめた後、うぉほん、と一回咳払いをして、語り出す。

「ここは、(カノエ)という国でございましてな、ワシはこの国の元老、極楽院浄蔵と申します」

「か、庚……?」

「ほっほっ、聞いた事など無いでしょうな。勇者殿は、別の世界から召喚されたのです」

「別の世界――召喚……? ちょっとよくわからないのだけれど……」

「ほっほっ、他の勇者殿の言葉を借りると、異世界と呼ばれるらしいですぞ? 異世界召喚モノ、と伝え聞いております」

 異世界召喚モノって、ジャンルを直接言うのは有りなのだろうか……?

 そして、あれは召喚というより、拉致だったと思うのだが。召喚って、もっとこう、パーッとした感じなんじゃないのか?

「……でも、それならなんでジジイ――極楽院さんは日本語がそんなに話せるんですか? 文化が同じ……って事はないですよね?」

 出されたお茶やお菓子は、思いの外美味しかったけれど。

「ニポンゴ? ああ、それは勇者殿が身に付けている宝玉の力じゃよ。この世界で身につけると、ワシだけではなく、誰の言葉も理解出来るし、意思を伝えられる能力があるのじゃ」

「はあ……なるほど、めっちゃ都合がいいんですね」

「ほっほっ、この世界には、勇者殿の様な異界の民を召喚して助けてもらう技術が太古の昔からあるのでな。その様な力が無いと、協力も得られんじゃろう? 必然的に必要な力なのじゃよ」

……それはそうかもしれないけれど、だからってそんな都合良く翻訳機能をつけられるものなのだろうか。

「事情は分かりましたけど、僕は正直言ってなんの役にも立ちませんよ? 大体、拉致されて来たのに、助けられるわけ無いじゃないですか。絶対、そこの鎧着た人の方が強いと思いますけど」

 僕を取り囲んでいるムキムキ達を指差す。僕としては正論を言ったハズなのだが、ジジイはなんの迷いもなく言い放った。

「いえ、勇者殿は、この世界では間違いなく我々より強いのです。どうか勇者殿、魔王を倒し、我が世界を平和に導いて下され!」

 魔王と聞いた時に、僕がお茶を吹き出してしまった事は言うまでもない。

「ちょ、魔王……!? てか、嘘つくな! 僕に一体なんの力があるって言うんだ!?」

「ほっほっ、では勇者殿、ちょっとした遊びをしてみましょう」

 そう言うと、ジジイはマジシャンの様な手慣れた手つきでトランプを取り出し、ざっくり適当にシャッフルした後、一枚ずつジジイと僕に配り、もう一枚、僕に配った。

「ブラックジャックというゲームは知っておりますかな? 単純なゲームなので、ワシらの国で流行っておりましてな」

 ブラックジャック。

 配られたトランプの数字が、二十一を上限として、大きい方が勝つというシンプルなゲームであり、ルールもそう難しくない。二から十までのカードは全てそのままの数字で計算し、ジャック等の絵札は全て十扱い、エースは一か十一と、好きに選べる。それを基準に、配られた二枚のカードを計算して、数字が低ければ一枚ずつカードを追加する事が出来る。ちなみにカードを追加して二十一を超えると、その場で負けとなる。まあ単純に合計が二十一になればいいのだ。

「知ってるけど、なんで異世界の住民が普通にトランプしてんの……?」

 それに、なんの証明になるのだろうか、ただ自分が遊びたいだけじゃないのか、このジジイ。

「ほっほっ、だから、勇者殿が初めてじゃないんじゃよ、この世界に来た異世界人は。彼らはその都度、我らを救って下さり、こういう娯楽を遺していかれたのじゃ」

……つまり僕の抱いた感想が正しければ、この世界は救っても救ってもすぐに窮地に陥る、ザルのような世界という事じゃないか?

「ほれ、ヒットかの? スタンドかの?」

 強引にゲームを始めたジジイに呆れつつ、僕はカードをめくり、驚いた。

 キングとエース。

「ぶ、ブラックジャック……?」

「ほっほっ、やはりのう」とジジイは呟き、カードをめくると、合計で十六だった。ディーラーは最低でも十七以上にしないといけないルールがあるので、もう一枚カードを引くと、カードは六――バーストした。

 こんな感じで、結果的に僕は十連勝したのだ。全て二十一、つまりブラックジャックで。ジジイは毎回バーストしていた。

「ほっほっ、お分かりかな? 勇者殿は、その宝玉の力で他を超越した運気の持ち主になったのじゃよ」

「超越した……運気……?」

「そうじゃ。前回の勇者召喚の儀には、わずか六歳の少年が喚びだされた。しかし、魔王はその少年によって倒され、世界に平和が訪れたのじゃ」

「マジかよ……ってか、その魔王、弱すぎなんじゃないの?」

 流石に笑い話にもならないぞ、そんなの。というか、流石に運がいいって言うだけで、魔王を倒せるわけないだろう。たしかに、ブラックジャックは凄いと思ったけれど……それとこれとは別問題だ。

「そんな事はないっ! 魔王は恐ろしい奴なんじゃ。魔界から部下を呼び出し、地上は今や魔物に襲われない地域は無い。勿論、ワシらは何度となく討伐隊を結成し、打倒魔王を掲げて進軍した。しかし、無駄じゃった。もう何万もの人間が、魔物達によって殺されたわい……」

 ジジイの語りには、魔王の凄さ、怖さを感じるには充分の迫力があった。しかし、だからこそ、僕はこの質問をせざるを得なかった。

「参考までに聞きたいんだけれど、その少年はどうやって魔王を倒したんだよ。多分、というか確実に、ろくに戦えなかったはずだろ?」

 六歳じゃ、剣も持てたかどうか疑問だった。

「うむ。魔王城に、我が兵が勇者殿を肩車しながら突撃したそうじゃ、そして、魔王が呪文を使おうとした刹那の出来事じゃったと聞く」

 なんて間抜けな突撃シーンだ。動物園にでも行ってるつもりか!

「――魔王は、舌を思いっきり噛んじゃって、死んだそうじゃ」

 噛んじゃったんだ!

 思いっきり噛んじゃった!

 僕の顔がくちゃくちゃに丸められた紙の様になったのは、言うまでもないだろう。そして、やはりこれも言うまでもないのだけれど、これはせっかくなので声に出して言っておこう。

「魔王、弱っ!!」

 そしてこれもついでに言っておく。

「そして、お前らも弱すぎだっ!!」

 もはやそれは運気など関係なかった。そう、この世界の住人は、みんながみんな、一人残らず、雑魚だったのである。

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