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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

許さぬ怒り

掲載日:2026/07/05

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 間違いは誰にでもある。

 そのように、私たちは聞いて育ち、あるいは今も耳に入れていることだろう。

 われわれは、自分の意思がかかわらないところで起きた損害に対して、つい強く責めたくなることしばしばだ。必然的に相手をとがめ、手際から人格まで攻撃の材料にしてしまいかねない。

 でも、それが自分であったならばどうか? 同じことをされても平然としていられるか? 傷つきはしないか?

 中には「そんなの、屁でもない」というガチ勢もいるかもだが、ヘタな攻撃は見える人以外に、見えない人からも矛先を向けられかねない。怖いものだね。

 僕もひとつ「失敗」を目の当たりにして、少し背筋が寒くなったことがあるんだ。そのときのこと、聞いてみないかい?


 あれは仕事帰りだった。

 その日は遠くまで出かけなくてはいけなくて、とある路線のほぼ端から端まで乗る羽目になったんだ。

 車内もほぼ混みあうような、いい時間帯。その中で座席に座れた僕は、ついついウトウトし始めてしまった。

 乗った駅ですぐ座れるとは、ついている。いかに端近くとはいえ終点ではないし、爆睡することだけはすまい。そう考えながら、ひとつやふたつ駅に着くたびに覚醒し、またもウトウトを繰り返しながら、行程の3分の2あたりを消化したところでだ。


 ごちん、と頭に衝撃を受けて目を覚ました。

 足元にゴロゴロと転がったのは、お茶のペットボトル。けれども、僕のものではない。今日の僕はこのようなものを買っていない。

 怪訝そうにそれを見下ろす僕の目の前で、ふと手が上下に振られる。顔を上げると野球帽を被った40がらみの男性が立っていた。その服装は、地元の野球チームのユニフォームのものだ。

 この日、ナイターがあったと思う。その応援にいった帰りなのだろう。

 存在は知っていたよ。いくつか前の駅で乗り込んできていたし、そのリュックを僕の真上の金網に乗せていたこともね。

 男性の手の動き。それと同時にへこへこと頭を下げる。謝罪のつもりなのだろう。もう片方の手には、金網に乗せていたリュックが握られていた。

 その脇ポケットへ、あの落ちていたペットが拾われて、挿入される。つまり、そういうことなのだろう。


 僕は「気にしないで」といわんばかりに手をあげるも、直撃した後頭部はなかなかの痛み。その人が降りようと背を向けた後も、じんじんとした感触が引かない。

 そのうえ、その人が仕草だけで「ごめん」の一言もいわないことが、後になってじわじわとむかっ腹を駆り立てることもあって、憎々しげに背中をにらんでいたよ。

 今さら、とやかくいわないけれど、せめてもうちょっとやり方があるんじゃない?

 速さを落としつつある車内で、そう怒気をぶつけたところ。


 ふと、隣の席が軽くなった感触。

 見ると、そのユニフォームの背中へぴたりと張り付くような位置へ、女の子が歩み寄っている。

 どこか寝ているうちに隣り合ったのだろうけど、こちらは今まで気づかなかった。夜、一人で出歩くにはいささか小柄すぎる、赤いワンピースを着た子。

 その子はあのユニフォームの人へ、ぴったりとくっついたまま、同じ駅で降りて行ってしまったよ。あの人も振り返る仕草を見せなかったから気づいていなかったのかもしれない。

 僕は目をぱちくりさせながらも、まだ痛みの残る後頭部あたりをさすっていたよ。


 そうして家に帰りつき、着替えを済ませてお風呂を入れ始めたころだ。

 この風呂の入れている間、疲れからつい横になり、うっかり寝入ってしまうといろいろと大惨事だ。どれほど辛くても、眠ってはいけない。


 ――さっき、電車の中でウトウトしたなら十分じゃないか?


 人の身体って、思うより疲れているもの。気づいたら眠気が襲ってくる。経験がない、とは言わせないぞ?

 お湯を浴槽へ溜めていく音を枕にしながら、適当にスマホをいじり出していたところ。


 部屋の戸を叩かれた。

 インターホンもついているが、普通に戸を叩かれることも、これまで何度もあったこと。

 時間を見る。遅いといったら、遅い時間だけれど完全な迷惑か? といわれると微妙な頃合いだ。しかも、お風呂を入れている音が届いているだろうから、在宅しているのはほぼ確実と見られるだろう。

 相手は一向にインターホンを押さず、戸を断続的に叩いてくる。それでいて「すいません」の一声さえかけてこないんだ。

 正直、出る気にはなれない。けれども相手が何か分からないというのも気味悪いし、かれこれ1分近くこのままだ。居留守を決め込むのも度胸が要る。

 僕はそうっと戸へ寄ると、のぞき窓へ目を近づけた。


 ひと目で、あのユニフォームの男の人と、一緒に降りた女の子の二人だと分かった。

 先ほど、電車の中で見送ったのと同じく、背中をこちらへ向けた男性。その背に負ぶわれているのが、あの女の子だったんだ。

 手を男性の肩に、足を男性の腰に巻き付け、こちらを見て笑っている。その目元は長い前髪に隠されて判然としなかったけれど、その白い歯のきれいな並びと輝きは今でもはっきり覚えている。

 そして彼女、身体は負ぶさったままでアタマだけ180度回していたんだよねえ。普通の人間、そこまでできるやつなんか、そうそういないと思うけれど。


 翌日。

 家の近くで交通事故があったんだ。話によると、あの野球チームのユニフォームを着た人らしい、と分かったよ。

 いやはや……ミスによる怒りって買いたくないねえ。

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