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トリトニアの伝説 外伝17 未来への|前奏曲《プレリュード》

作者: 由美忽子
掲載日:2026/07/14

この作品はトリトニアの伝説の外伝です。

十三歳になった一平の息子アスランは青科で修行中。悩み大き年頃だが、その筆頭たる悩みとは…。


物語の背景

海人の園トリトニアには国の頂点に立つ者が三人いる。

政、武、識、それぞれを司る守人と呼ばれる者が宣旨によって守護神トリトンに選ばれ、国を運営していた。


現在の国王はキンタ一世。

前国王オスカー三世はキンタの実父である。

この国では実はそういうことは珍しい。完全なる世襲制ではないので実子が跡を継げる確率が低いせいだ。


政の長である国王に対し、国の防衛の要は青の剣の守人と呼ばれるトリトニア軍の総長である。

国王は赤の剣の守人、識を司るのは白の剣の守人だ。


更に珍しいことに、現青の剣の守人一平はキンタ王の縁者だ。一平はキンタの姉と婚姻を結んだ。

一平は武力も統率力も人望もある英傑であったが、その妻もまた極めて稀有な癒しの力を持つ伝説とも言われる人物だった。


二人にはアスランという息子が一人いる。

十三歳。

父と同じく青の剣の守人となるため修練所の青科で勉強中だ。

成績はなかなか優秀だが、近頃悩んでいることがある。

そのことに気づいているのは叔父に当たるキンタ王だった。


「どうした?アスラン」

 三の庭で物思いに耽っていたアスランに声を掛けたのはキンタだった。アスランにとっては叔父に当たる。

「陛下…」

 母の弟とは言ってもキンタは今は国王である。庶民的な性質のキンタがいくらそう呼んで欲しいと思っていたとしても、気安くおじさんと呼ぶわけにはいかない。


「いえ。なんでも…。ちょっと…疲れてるだけです。昼間青科で練習試合があったので」

 アスランはそう答えたが、取り繕っているのは傍目にも明らかだ。

「聞いてるぞ。今回は準優勝だったそうだな。凄いじゃないか」

 試合のことはキンタの耳にも入っていた。だからこそ、ここに足を向けたのだ。

「…凄くなんか…ありませんよ。準のつく優勝なんか何の意味もない」

 謙遜ではなく、本心からそう思っている口振りだった。

「そりゃ…えらく手厳しいな」

「……」

「参戦者は五十人はいたのだろう?二位をとるのだって並大抵の努力じゃできないことだぞ」

「みんなそう言って煽ててくれるけど、オレはそうは思いません」

「アスラン…」



 周囲の褒め言葉を素直に受け止められずに一人できりきり舞いしている様子のアスランをキンタは穏やかな目で見下ろした。彼にも経験がある。拗ねたようなアスランの態度、その原因に思い当たる節があるのだ。

「偉大な親を持つと子どもは苦労するな」

 キンタに言われて思わずアスランは顔を上げた。

「陛下!?」

 キンタは幾分情けない表情でアスランを見つめていた。

「オレも同じさ。前王は五人も飛び越して十四歳で即位したんだから」

 キンタの言う前王とは、やはり彼の父親である。


「それを超えるっていうのはいくらなんでも無理があるよなあ…」

「……」

「一平の奴も超凄いからな。さぞかしおまえのプレッシャーは大きいことだろう」 

 そうなのだ。

 父親が凄いばかりに、その子どもであるアスランはできて当然、という目で見られる。

 武の頂点に立つ男の息子なのだから、素質があるのだから、何事にも秀でているはずだ。結果を出せないのは本人が努力を怠っているからだ。という目で見られる。

 周囲の期待の大きさにアスラン自身の気構えがついていかず、力をつけられずにいる。過剰な自信喪失に陥っている。


「おまえ…何で青科に入ったんだ?」

「何で…って…」

 トリトニアの青の剣の守人を父に持ち、いつも側で父の姿を見て育ってきたのだ。

 一平は父親としても子煩悩な方であったからアスランは父が大好きだったし、父のようになりたいという憧れと尊敬を胸に日々過ごしてきた。大きくなったら父のように頼もしい、立派な軍人になるのだと、ごく自然に思うようになっていたとしても何の不思議もない。

 

 一平はそれだけ魅力のある男だったし、アスラン自身も明るくて素直で物怖じしない利発な子どもであったから、周囲も何かにつけ、「お父上によく似てご立派ですわ」「これならお父上もさぞかしお喜びでしょう」「またひとつお父上に近づきましたわね」などと、父と子を比較し、アスランが一平のようになることを推奨する言動をとりがちになる。

 守人はトリトン神に認められなければなれないものであり、世襲制ではないのだが、父が父だけに、アスランが守人になれる可能性はかなり高いはずだと人々に思わせてしまうのは致し方ない。その上、アスランの母はあの、人々を遍く癒して亡くなった『癒しの姫』なのだ。

 その二人の息子だ。期待するなという方が無理な話である。



 口ごもったアスランが再び口を開くのを、キンタは辛抱強く待った。

「青の剣の守人になるには…青科でしょう!?当たり前じゃないですか。皆だって、オレが青科に入るのが当然だって思ってる…」

「まあ…そうだよな…。オレも青科に入ろうとは思わなかったよ」

 キンタの場合は赤の剣の守人なので、所属は赤科だった。

 赤科には王族でなければ入れないという制約がある。逆に言えば、王族は赤科に入るのが前提で他の道は残されていないのだ。


「…でしょう!?」

 同意を得た、と思ったのかアスランのテンションが少し上がった。

「だが、おまえは王族でもある。赤科に入ろうと思えば入れたはずだが?」

 アスランの母はキンタの姉、王女だった。当然アスランは王家の血を引く王族なのだ。だが父は違う。そのためアスランの選択肢には幅があった。

 赤科に入ろうとは全く考えなかったアスランが正直にそう言うと、キンタは言った。

「ではおまえは青の剣の守人になりたいと。そう思ってよいのだな?」

「そりゃあ‥誰だって、男なら一度はなりたいと思うものでしょう?」

「他の奴の話をしてるんじゃない。おまえの話をしてるんだ」

 問いが核心に向かうと歯切れの悪いアスランに、年長者らしくキンタは詰め寄った。


「それは…」

 またしても口ごもり、ややあってアスランは意気消沈した声で言った。

「父は…守人など目指さなくてもいいと言います」

 それを聞いてキンタの眉が跳ねた。

「一平らしいな。オレも昔、似たようなことを言われたことがある」

「え!?」

「ユズとの結婚を決意した時のことだ」

「王妃さまと?」

「おまえは本当に赤の剣の守人になりたいのか。と」



 かつてキンタの父であるオスカーは第六王位継承権者だった。

 赤の剣の守人だけは王位継承権の順位の高い順から試儀が行われる。王家の血を引いていない者は端から候補の対象にはならないのだ。そして血が濃いからと言って、必ずしも守人に選ばれるわけではない。トリトン神が誰を選ぶのか、予想は立てられても決定権はトリトン神以外の誰にも委ねられてはいない。


 そんな中、上位の五人を差し置いて守人に就任したのがキンタの父親であるオスカー三世であった。しかも当時のオスカーは弱冠十四歳。成人したばかりである。そして就任と同時にシルヴィアを娶り、十五の年には一児の親になっている。

 あまりにも年若の施政者にトリトニアの先行きを危ぶむ声もあったが、ほどもなくそのようなことは国民の脳裏からは払拭されていた。それほどにオスカーは人心を集める手腕があり、人望もあったのだ。加えて容貌もなかなかの美男子であった。

 

 その子どもであることで、キンタは幼魚の頃から重圧に苦しめられてきた。

 物事に固執しない自由奔放な生き方はその裏返しなのかもしれなかった。

 実の姉にしても、百年に一度とも二百年に一度とも言われる癒しの力を身につけた姫だったのだから、ここでも比較されることから逃れられない。男と女という性別の違いだけが救いだった。


 だからキンタにはアスランの気持ちがよくわかる。

「…それで…陛下は何と答えたのですか?」

「そりゃなりたいよ、とは言ったが、本心ではなかった。一平と話をするまでは辞退したいとまで思っていた」

「……」

「一平は、これを機によく考えろと言った。オレが本当にやりたいことは何なのか見つけろと。信念を持って生きろと」

「……」

「オレは考えた。…その結果がこれだ」

「陛下…」



 アスランは叔父を見上げた。キンタの目はいたずらっぽい光を湛えて微笑んでいた。

「言っておくが、おまえに強要しているのではないぞ。選ぶのは自分だ。自分を枉げて進んだとしても、トリトン神にはお見通しだ。真の望みがあればこその精進だ。それを見つけるのか肝要だと、オレは一平から教わった」

 キンタは言を継ぐ。

「守人となれば守らねばならないものは数え切れないほどになる。その大変さを知っているからこそ、わが子に苦労をさせたくなくて、一平はおまえにそう言ったのだろう」


 黙って叔父の話に耳を傾けながら、アスランは思っていた。

 そうだ。父はそういう人だ。押しつけは絶対にしない。高い地位にあるのに全く偉ぶらない態度は爽やかな空気を醸し出す。不遜な言動をぶつけられたとしてもまったく意に介さず、逆に自分の方から頭を下げることすらある。周囲の者はさらに面食らい、己が所業を恥じるのだ。意図してやっているわけではないところが、父の器の大きさを感じさせる。


 アスランに甘いわけでもない。厳しい時には厳しい。むしろアスランにだけは厳しいと言ってもいい。

 一番厳しいのは己自身に対してなので、反抗心も芽生えさせようがない。息子に必要と思えばこそ苦言を呈してくれているのだと、聡明なアスランは理解していた。


 愛妻を失ってこの方、一平が一番大事なのは息子だった。赤ん坊の時に母を失ったため、アスラン自身には母親の記憶はない。海の中には写真も肖像画もないので、その姿も声も想像することしかできない。

 周りの者がその為人を色々聞かせてはくれる。一番身近にいた父も、ことある毎に母の思い出を語ってくれる。幼い頃は夢物語を聞くように喜んで耳を傾けていたし、楽しみにもしていたものだ。それらを聞くにつけ、己の出自に重圧を感じるようになってきたのは、アスランが成長したことの証だろう。


 自分はなんという星の下に生まれてきてしまったのだろう。こんな、伝説とさえ言える偉業を成した二人が父と母だなんで、やりにくいことこの上ない。

 叔父の言う父の心境はわからないでもない。むしろ納得できる。

 父はいい。

 叔父もアスランがどういう道を選ぼうがきっとわかってくれる。

 それは救いだが、世の中にはごまんと人がいる。大方の人はアスランの立場も気持ちも察してはくれない。人は英雄をこそ求めているのだ。



 父はかつて勇者と呼ばれていた。

 行方知れずだった王女の母を数万キロの彼方から連れ帰ったために、そう呼ばれるようになったと聞いている。

 トリトニアは勿論、ポセイドニアにも勇者の伝説は数多い。書物のないここでは語り部が口伝で事象を語り継ぐ。そこに名前を連ねるなど、百万分の一の確率だと言うものだろう。


 守人となってからはそう呼ぶ者はほとんどいなくなったが、当時の彼を知り、勇者と呼んでいた者からはたまに『勇者』と呼びかけられることがある。

 一平の修練所時代に同期だったレネは時折そう呼ぶ。

 当時から利発で博学だったレネは現在白の剣の守人を目指すべく、白科で研鑽と研究に勤しんでいる。一平のことは未だに崇拝していて、共に守人として並び立ちたいと修行に励む英才だ。一平よりは九歳年下なので現在二十三になる。

 アスランのこともよくかわいがってくれ、一平の偉業について誰よりも熱弁を奮ってくれていたのは他ならぬレネであった。


 そういった話をワクワクして聞けた時期は過ぎ去った。

 今のアスランには本当に重荷でしかない。

「…本当に、いいんでしょうか。父の言うことを鵜呑みにして…」

 アスランは呟いた。誰かに背中を押してもらいたかった。

「一平の奴がいいと言っているのだ。構わんだろう。その上、国王であるオレも同感なのだぞ」

「でも…」

 

 アスランには踏み切れない。守人を目指さないということは現在所属している青科を中退するということだ。志半ばで挫折するということだ。仮にも現守人の一粒種が。

 そんなことをしたら、自分だけではない、父の顔にも泥を塗ることになってしまう。

 そう言うとキンタは笑って言った。

「そんなことをあの男が気にすると思うのか?」

「そうかな…」


 しょんぼりとアスランは呟く。タメ口になっていることにも気づかない。

 厳しく躾けられたせいで、アスランは非常に礼儀正しい。叔父に限らず、目上の者に対しては丁寧な言葉を使うのが常だったのに。

 生真面目な性格が至る所で彼の自制心を助長するのだろう。さすが、自制心の塊とも言える一平の息子だと、キンタは感心する。


 しばらく考え、アスランは顔を上げた。

「…やはり、もう少し頑張ってみます。父がどう思おうと、父の顔を潰すわけにはいかないし。やってみてだめならその時のことだから。別に他にやりたいことがあるわけでもありません」

「そうか…」


 キンタは静かに頷いた。アスランがそう言うのなら、自分は見守ってゆくしかない。時折こうやって、愚痴を聞いてやろう。自分が一平にそうしてもらったように。

 キンタはアスランの頭にポンと手を置いた。くしゃくしゃと指を動かし、乱暴に撫でる。

「や…やめてくださいよ…」

 子どもじゃあるまいし、と言いたいところだが、アスランほまだ十三歳だった。成人していないのだ。

(十三歳か…)

 

 キンタは思う。十三の頃、自分はまだまだお気楽だった。葛藤はあったが、自由奔放に言いたいことを言っていた。だが、このアスランの父一平は、十三になったばかりの頃、人生の転機を迎えていたのだ。

 それまで生まれ育った地上での生活を捨て、未知なる世界へ一人飛び込んだ。

(そこからしてもう、すごいんだよな…)

 自分以上に難物な父を持ったアスランには同情を禁じ得ない。

「まあ、頑張れ。どう転んでも見捨てないでいてやるから」

 どう対応すればよいのかわからず、上目遣いに見上げる甥っ子に優しい眼差しを向け、キンタは呵呵と笑った。


          (トリトニアの伝説 外伝17 未来への前奏曲(プレリュード) 完)


 

共に偉大な親を持つアスランとキンタ。

それゆえ同じ悩みを共有する二人の人生の選択は同じなのか違うのか。

筆者にはまだわかりません。


次回の外伝は一平とパールと関わりのあったある女性からの視点でお話を綴ります。

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