1-7 命と同じくらい大事なもの
「はぁ…はぁ…」
あの路地から離れた俺は息を切らしながらただ走り続けている
いつもは賑やかな大通りも今は人どころか野良猫もいなかった
日常が壊された…あの男に…
少し魔法を覚えて天狗になっていたラウルーレンスにカトルは現実を突きつけた
上には上がいる。
決して超えられない壁も実在する。
小さな力ではなにも守れないと、ただ逃げて逃げて逃げて続けることしかできないことを。
必死に走っているうちに家の近くまで来ていた
いつも並んでいる露店もがらんとしていて閑散としていた
「これからどうしよう…」
あの危険な男からは離れた、ここはもう誰にも脅かされない、安全な場所。
避難所に行く。それが一番最初に頭によぎった
「確か避難所は…」
町長から住民に配られている避難所の位置が記されている紙の内容をその場で立ち尽くしてどうにか思い出そうとしていると、目の前から灰緑色の目まで届くほどの髪と、髪と同じ色をした瞳を宿す目の下に大きな隈ができた痩せ細っている体で白衣を着た男が大きなカバンを背負う人物が歩いてきた
「今はまだ夕方だからこんにちはか…」
不思議な空気感を纏う目の前の男に困惑していると目線を合わせるように屈んで話しかけてきた
「迷子みたいだな…避難所まで連れて行ってやろう。」
優しい口調で話しかけてきたので緊張感も緩み、疲れがどっと押し寄せてきたのを感じた
「ありがとう、おじさん…」
「それでは行くか。」
「うん。」
2つ返事をして、歩き始めた男にラウルーレンスはついて行った
「避難所はすぐそこだからな。」
「ところでどうしてあんな所でポツンと立ってたんだ?親は?」
歩きながら気まずい空気にしないようにとベリアンは気を使って話しかけた
「いないよ…2人ともいなくなった…」
「それは…」
正直に事実を伝えると隣を歩く男は頭を掻いて気まずそうに口籠った
「大丈夫だよ…父親が残していたお金もあるし家だってあるから…」
空気を重くしてしまったのでそれほど悲惨な状況ではないとラウルーレンスは弁明した
「おじさんはどうしてまだ逃げてないの?」
この事態に直面して堂々と通りを歩いていたことがふと頭によぎって純粋な疑問として聞いてみた
「俺か?俺はなぁ…」
「やるべきことがあったからだな。」
「やるべきこと?」
「そうだ。お前にはまだわからないだろうけどな…俺みたいな大人になったら自分の命と同じくらい大事なものができるんだよ。」
「へぇ…」
これ以上踏み込んでくるなと今となればわかるが、あの時の俺は純粋だった。
好奇心に溢れ、知りたいこと、やりたいことを全部したいという願望に満ちていた。
後先考えず、様々な可能性も考えず、簡単に他人に喋ってはいけないことも話してしまうような子供だった。
「大人って大変なんだね。」
「あのおじさんにとってあの本も自分の命と同じくらい大事だったのかな…」
本というワードに隣の男は眉をひそめた
「本?」
「そうだよ?」
「眼帯のおじさんも同じなのかなーって。」
「眼帯…」
「そうか…」
ベリアンはなにか思いついたように足を止めた
「なぁ少し付き合ってくれるか?」
「んー。別にいいけど…」
誰かが近くにいるだけで1人でいる時の不安感や恐怖心は薄れていた。
「感謝する…」
「まぁ…お前がしてしまったことの尻拭いなんだがな…」
「え?」
"不信の拘束"
【体がうごかない、!口も!?】
突然指先ひとつ動かなくなった身体に驚いたがそのリアクションも取れずにただその場で立ち尽くしているしかなかった
「この拘束は俺が信じない者を縛る鎖だ。」
「もしお前があの男にあの本を渡したのならお前は俺の敵だ。」
「敵は信じない…」
形相を変えて先程までの安心感をもくれた姿が今では恐ろしい鬼のように見えた
目からは涙が溢れ出るが逃げることも叶わなかった
「泣いても無駄だ…これが俺にとって命と等しい'仕事'だからな。」
ベリアンはラウルーレンスの小さな身体を担いで遠くに響き渡る爆発音の方へと足を変えた
「俺だってこんなことはしたくはないんだ。仕方ないんだよ。」
「そう。仕方がないんだ…」
その言葉はラウルーレンスにだけではなく自分にも言い聞かせるように呟かれた




