3-16 運命の会合
武道館の外へ出ると彼が壁に寄りかかりながら待っていた。鍵を閉めて言われた通りに玄関マットの下に鍵の束を隠すと彼がこちらへ近寄って来た。
彼の手のひらには私のネックレスがあった。
「返すの遅くなってごめん。」
「いいよいいよ。チェーン直してくれたんでしょ?だったら私がありがとうって言わないと。」
ネックレスを受け取ってそのまま首につけた。数日間の足りなかった物がようやく戻って来た。
ずっと不安だった。これまでずっと一緒だったものがどこかへ行ってしまっていたのだから。
「あの…名前。教えてくれない?」
この私の気持ちを確かめたい。好きなんて感情、私にはわからない。だけど知りたいとは思う。
巻き込んでばかりで申し訳なさもあるけど、これは私が初めて自分から興味を持ったものだから。
「ラウルーレンス・アスラン。友達からはラウルってあだ名で呼ばれてるから好きに呼んでいいよ。」
ラウルーレンス。やっと彼の名前を知れた。
私のモヤモヤの一つがこれでなくなった。
正直、あなたのこと他人行儀で呼ぶのなんか嫌だったから…。
「ありがとう。私はカリナ・メヴィリル。」
「呼び方は…なんでもいいよ。」
「じゃあカリナで…。これからよろしく。」
彼は爽やかな笑顔で握手を求めて来た。
私は迷わずその手を取ってしまった。
「よろしく…。ラウルーレンス。」
握ってしまった。そして知ってしまった。自分よりも逞しくて男らしい大きな手。その手に包まれる温もり。とても温かくて心地いい。
【これが…好きってことなのかな…。】
分かってもやめられない、止められない。こんなことに現を抜かしている場合じゃないと分かっていても、使命を果たさないといけないと分かっていても…やめたくない、離れたくない…。
この瞬間知ってしまったんだ。
使命だとかやるべきことだとかよりも時に勝ってしまう矛盾した、そんな感情を…。
私はあなたのことが好きなのだと…。
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午後からの講義だったので日差しも傾き、空が赤色に染まり始めた。
【柔らかくて、小さい。】
ラウルーレンス達はそんな中握手を交わしていた。これからの友好の証として…。
スラリとした手。それでも剣を握り続けている者特有の剣だこがある。これだけでも彼女の努力が伝わる。
一目惚れしていたが、そのことを知ってより好ましく思った。
「迎えに来たぞー。」
握っていた手を離すタイミングがわからずにそのまま互いに何も言わずに立ち尽くしていると武道館へ向かう道の向こうから自分の腰の高さ程の背丈のドワーフと思しき歳を取った1人の老人?が手を振りながらこちらを見つめていた。
「ゴーティエさん?」
「ごめん!私いかなきゃ、またね!ラウルーレンス!」
カリナは握っていた手をゆっくり離して今度は手を振りながらそう言って走ってあっさりと行ってしまった。
彼女の温もりが残る手を一瞥して俺もなんとなくその場を離れた。特にどこに行くという訳でもない。今日はルキナの教師の日でもないし、誰かと会うなんて用事も特にない。
暇。そしてどこか上の空。そんなだからか無意識に学園内で散歩を始めていた。
遠くに見える古城。first grade fightで使うであろうコロッセオ。比較的新しい大きな城。いくつも立ち並ぶ校舎。そして石塔。
学園内を徘徊していると3人の男達が慌ただしい様子で目の前を突っ切って行った。
「どけ!」
「見失うなよ!」
学園内を歩く人が少ない中、わざわざ避ける訳でもなく体をぶつけて走っていく彼らの背中を目で追っていると、彼らの目標の先に見知った人が彼らから逃げるように走っていた。
「あれは…シロフキンシエ?」
特徴的な白い耳と尻尾を持った彼女は素早い動きで森の中へ逃げ込んで行き、彼らもそれに続いて森の中へ入って行った。
何事かはわからなかったが彼女のことが心配だったので4人の後について行った。
体調が万全ではなかったからか、森に入って追いかけるもすぐに息が切れてしまった。
「はぁ…はぁ…」
【追いつかないと…見失わないように…】
足取りが重くなり、木の根に足を躓かせてしまう。幸い転びはしなかったが、あの4人を見失ってしまった。
速く進まないと、と思ったが、身体はもう止まってしまいたいと叫んでいる。
【マズイ…視界が、】
目の前が揺れ始めて平衡感覚が狂い、近くの木に体重を預けるしかなかった。
「ちょっと。大丈夫?」
「シロ…!」
「待って、静かに、」
いきなり目の前に現れた彼女に驚いてそれなりの大声で名前を呼んでしまった。
彼女はまわりを警戒している様子を見るにまだシロの追手はこの近くにいるのだろう。
名前を呼んだ口を無理矢理彼女の手で覆われると、ガサガサと低木を揺らす音が聞こえた。
シロはいち早くその音に気がついて誰かがこちらに向かってくる気配を感じ取った。
「ふぉ、ふにを。」
いきなり顔から引っ張られて木の影に引き寄せられた。口が塞がれたままだったのでなにを言っているのかわからない様子になってしまったが、彼女は自身の口元に人差し指を立てて静かにの合図を送って来た。
「どこ行った…」
「こっちから音がした気がしたんだが…」
先程の3人の男が周囲を見渡しながら近づいて来ている。彼女は身を少し震わせ緊張した様子を見せていた。
「ここで捕まるわけにはいかない…もう、戻りたくない…」
心の声が漏れたのか、俺でさえ聞き取るのが難しい程の声量で彼女は呟いていた。
俺は地面に降ろした手に触れた小石を手に取った。
シロは不安そうな目をしながらも俺がこれからやる事を理解していそうだった。
この距離になってしまえば事前に話して伝えるなんてことは相手に見つかってしまう。だから俺は信じた、シロフキンシエなら分かってくれると。
俺は相手の目がこちらを向いていない隙を見計らって遠くの低木の集まりに小石を投げた。
ガサガサと揺れた低木に3人の視線が一斉に集まる。その隙をシロは見逃さずになんと俺を抱えて軽い身のこなしで音もなく木の上まで登ってみせた。
「シロだけでと逃げてくれれば良かったんだが…。」
「体調悪そうな君を放っておけるわけないだろ?」
木から木へ、多少の木の揺れる音はするが風に吹かれるような音だ。だからか2人は危なげなく森を抜け、学園の中庭まで走って逃げてこれた。
【クソ…まただ、…】
安心感が押し寄せたからか、またあの世界が歪むような感覚がどっと押し寄せて来た。
「ちょ、顔色悪いよ?ねぇ、ねぇってば!…」
その声を最後に俺はその場に倒れて意識を失ってしまった。




