3-6 会談後の襲撃者
「ちゃんと入学できたみたいだな」
柔らかな表情でそう言う彼を見ていると出会った時より少しやつれているようにも見えた。
「もちろん。」
「それよりルーブク、ちゃんと寝てるのか?」
目の下の隈も最後に見た時よりひどくなっていた。
それでも目の奥底にある炎は昔と変わらない。
ずっと力強く燃えている。
「そりゃあ…ここに来るまでの汽車で寝たぞ。」
こう言うってことはつまりそれより前は全然寝てないってことだ
「それよりひとつお前にも気にかけた欲しいことがある。」
そう告げる彼の表情は完全に変わった、それは復讐に燃える男の顔になっていた。
「これまで俺たちに近づこうとする未来の信徒の連中には'警告'をしてきたが、監察役の派遣ペースがここ数ヶ月で上がってきた。」
「奴らは本格的に俺たちに目をつけ始めたぞ。」
「学園の生徒であるお前にはおそらく襲撃とかは大丈夫だと思うが念のために警戒しておけ。」
「それは…大変だったね…」
彼は俺ができるだけ安全に暮らせるように'努力'してくれている。
「でもなんで今更?」
あの事件からもうそれなりの年月が経った、だったらなぜ今になって本腰を入れてきたのか。
「さぁな。それに関しては分からずじまいだ。」
「聞き出した情報によるとアイツらはただ'観察'、つまりこちらを襲う気は無かったらしい。」
「おそらく俺たちの状況を常に知りたかったんだろう。」
「だが、俺はこれからセントコアルを離れてリーナスへ行く。」
初めて彼は行き先を教えてくれた。
理由はどうあれどこに行くのか、そう教えてくれたのはなんだか嬉しかった。
一種の信用か信頼が生まれたのか、少しは俺を認めてくれたのだと思った。
だからなんで教えてくれたのか?なんて野暮なことは聞かなかった
「リーナス王国で何やらきな臭い出来事があったらしいからな。」
そう言うと彼は席から立った。
「1人、見ている。」
彼がそう俺に聞こえるだけの声量でそう呟いた。
「じゃあ…また、気をつけてルーブク。」
「お前も頑張れよ。」
そう別れの言葉を交わすと2人は正反対に離れていき、ルーブクは駅へ、ラウルは自らの家へ歩いて行った。
監視はルーブクの方へ行くのだと思っていた。
だっていつもそうだったから。2人以上の時は俺にも着いてくることがあったが、今回はルーブクの言う通りなら1人のはずなのにだ。
俺は気がついた、屋根の上、人の話し声にかき消されるレンガの瓦の上を走る音に。
【なんでこっちに…】
あえて視線は送らない、ルーブクにそう教え込まれたから。
だけど俺はソイツの位置を見失うことはない。
全神経を集中させて俺は相手の位置を常に把握する。
見えなくても身体に入り込んでくる微かな情報を頼りに敵の位置を見定める。
【コイツ…段々と近づいて来ている】
監視だけなら近づくなんて危険なことはしてこないはずだ、だがコイツはゆっくりとだが確実に近づいて来ている。
まるで獲物を狙う狩人のように相手の隙を窺っている。
だが、今歩いているのはある程度人が通る通りだ。
そんなところで襲撃をかけるようなことは奴らはしてこない。
ならばコイツは人のいない所で仕掛けてくる。
もし俺が尾行に気がついていると知って、撒こうとする素振りをみせればアイツはそのまま追いかけてくるか、または仕切り直しということをしてくるだろう。
だが後者を選択されれば奇襲にあう可能性が出てくる。
俺にはルーブクみたいなことはできない。
だからここで相手を見失うわけにはいかないのだ。
撒くことができないとなればここで勝負を決めるしかない。
これまではルーブクにマークが付いていたのでこんな経験は初めてだった。
だからか心臓の鼓動が高まっていく。
自分から死と隣合わせになるように仕向けることもそうそうない。
この街で人が全く居ない所。それは地上ではない。
この街の地下に張り巡らされている巨大な下水道。
そこでなら多少は派手な戦闘も出来る。
俺は下水道の数多ある出入り口のひとつを見つけた。
そこに入りさらに奥へと歩き出すと、しばらくして背後から相手の気配がした。
相手もこの下水道に足を踏み入れたということだ。
そこからさらに奥。渇いた貯水槽と思わしき開けた場所まで走ってやって来た。
「ここなら大丈夫だろ。」
「出てこいよ。」
そう後ろの暗闇に問いかけると、コツコツという足音がして、闇の中から1人の人影が下水道内柱に付いたぼんやりと輝くランタンに照らされた。
黒いマントとフード、そしてマスクで全身を隠した相手は有無を言わさずに銀色に輝く獲物を取り出して襲いかかってきた。
【速い…、!】
ラウルは護身用のナイフを抜く間もなく、回避に徹するしかなかった。
制服の裾が斬られたが体の方はなんとか無事だった。
「これ新品だったんだけどな…」
また買いなおすか修復しないのかと思うと気が引けたが、今はそんなことを深く考えてる場合ではない。
相手が手を出して来た以上、反撃しなければ一方的にやられるだけ。
相手は間髪入れずにまたこちらへ突進して来た。
今度はナイフを抜く余裕はあった。
相手の武器をナイフで受けたことで相手の武器がわかった。
「刀なんて珍しいもの使ってんな、!」
長い片刃の武器、それはいわゆる刀だった。
「これは刀じゃない。」
彼女が初めて発した声。それは女の声だった。
「これは忍者刀と言う。」
なんてアドバイスを教えてくれたのも束の間、彼女は一度身を引いて距離を取った。
それと同時に彼女が身を引いた暗闇の中から空気を切り裂く音がした。
嫌な予感がしてその場から飛び出すと、暗闇の中から黒い暗器が飛んで背後の柱に突き刺さった。
「こんな暗いところを選んだのが間違いだったな。」
「お前はいわゆる飛んで火に入る夏の虫というやつだ。」
暗闇から黒い暗器が次々と飛んでくる。
ラウルは身を守るために柱に隠れて相手の居場所を探り始める。
【アイツはどこだ?暗くてどこから飛んでくるのかわかったもんじゃない!】
それに1つ新たに気がついたことがあった。
【足音が…しない、?】
彼女はこれまでわざと足音を出していた。全てはこの時のために。
【圧倒的に分が悪い!】
【もっと明るくできたら…】
だがこんな所で火を使う魔術を使えば有毒ガスでこっちも危うくなる。
【せめて目が慣れてくるまでは耐え凌ぐしかない。】
その時、背後から空気を割く音がした。
「後ろか!」
"氷の矢"
ラウルは飛んできたクナイを避けながら氷の矢をクナイの出所に放った。
しかし手応えはなかった。おそらく避けられたのだろう。
【魔術は使ってこないのか…?】
【身体能力の向上に重きを置いているのか。】
少なくともここでじっとしているのは危険だった。
【とりあえず、ここから動かないとまた狙われる。】
ラウルはナイフを構えながら暗闇に向かって走っていき、また柱の影に隠れた。
空間内に灯りはあるが、それは彼女の姿を捉えるほどの光量を持たない。
相手は攻撃の手を止めない。暗闇から投擲を繰り返してはラウルは反撃をして柱から柱へ逃げ回るだけだった
【焦るな…もう少しで完成する!】
そう心の中で自分を落ち着かせるラウルの手元には視認できないほどのワイヤーが空間内の柱から柱へくくりつけられていた。




