2-9 良いこと言う馬鹿
そんなことは信じたくなかったが、それが今の状況の圧倒的な事実だった。
迷路をクリアすることも、土人形を倒すことも、もう不可能だった。
上から一度は見たが、ここからゴールまでの道なんて覚えていない、あの時はただ北に直線に走ればいいだけだったからそんなこと気にも留めなかった
機械人形を倒す。あと2体倒せば合格にはなる…だけどこの近くからはあの大きな図体が歩く地鳴り音が全く聞こえない。
ここから走り回ってそれぞれ探すにしても合格となる確率はほとんどない。
もう一度壁を登ることは不可能。登るだけで残り時間を切ることになる。
「一体、どうしたら…」
そう頭を悩ませていると救世主は意外とすぐ近くにいた
「あの…助けてくれたお礼と言ってはなんですが。」
黒髪の眼鏡の男。まさに今助けた男だった
「なんだ?お礼なんていらないからこれからどうするかを考えてくれ。」
ラウルは思考の邪魔にも感じたそれを軽くあしらった
「この上に登りたいなら手を貸してくれませんか?」
「あ?一体なにをする気だ?」
「私の名前はジルグ。錬金術師です」
「あなたにはここらへん一帯の土壁を削って大量の土を持ってきて欲しいんです」
「多少の土なら魔法で出せないこともないが…。」
「いいえ!ダメです!魔法で生み出した物質に'錬成'は加えられません!」
「魔法…ていうか、あなたが魔法で私たちごと上へ連れていけばよくないですか?私たちの真下の地面を盛り上げるなりして。」
「それは…」
「次の試験のために温存しておきたかったんだがな…。」
「2人分で連発か…別に困るほどの消費じゃないか、いや、どうだろう…」
その時、壁の上から聞き耳を立てていたルキナが、真下でうだうだ悩んでいる彼の頭に響き渡るような大声で叫んだ
「あなたってそんな性格なんですか!?」
「わかりもしない先のことなんて考えてないで'今'なにをすべきかじゃないんですか!?」
彼女の喝に思わず呆気に取られてしまいそれまで硬かった表情が一気に柔らかくなっていった
「ふっ…馬鹿のくせにいいこと言うな…。」
「はぁ!?その悪口聞こえてますからね!?」
「私、耳'も'!良いんですから!」
そんなやりとりで自然と張り詰めた空気、そしてラウルの意志も動き始めた
「そうだな…大切なのは今か…。」
「いいぜ、やってやるよ、先のことは後で考える、うん。今はそれでいい。」
ラウルは目の色を変え、拳を上げてその意志をルキナに送った
「こっちに来たら馬鹿って言った分とこれまでの分、合計3発!覚悟してくださいよ!」
鼻を鳴らして彼女も拳を彼に送った
そんな拳は貰いたくないなと心の中で思いながらも、ラウルはジルグを呼び、近くにくっついた
「それじゃあ行くか。悪いが俺は土の権利なんて持ってないからそれなりに荒っぽくなるが我慢しろよー。」
「怪我だけは無しでお願いします…。」
"地柱"
2人の立っていた地面がみるみる盛り上がり、ぐんぐんと連続で上へと伸びていき
含みのある笑顔で迎えてくれていたオレンジ色の目を輝かせているルキナがいた
「おかえりなさい…そして、!これは私のことを馬鹿と言った分!これは私のことを贅肉女と言った分!これは私のことを食いしん坊娘と言った分!そしてこれは私のことを馬鹿と言った分、!」
土壁の上に降りた途端にそう言われながらラウルは連続で4発の重たい拳を両頬にくらった
「おい!馬鹿で2発分殴ってるぞ!この馬鹿!」
「その馬鹿でちょうど4回分です!」
「あぁ…。ってなるかこの馬鹿!」
理不尽に納得しかけて反論すると間髪入れずに左頬にもう1発重たいものを貰ってしまった
「ふんっ、!」
「ぐぇぇ…」
勢いのままぶっ飛ばされてラウルは土の味を全身で感じた
「あの…。もう時間もないのでゴールに急ぎませんか?」
ジルグはルキナに少し怯えながらも丁寧にそう促した
「そうですね。ほら立ちなさい!さっさとゴールしますよ!」
ルキナは地面に倒れるラウルを無理矢理立たせて土壁の上を歩かせた
【結局、1番体力持ってかれることになった…。】
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「7235番、9112番、2359番、合格です」
見事にゴールした3人は迷路を抜けた他の合格者が待機している迷路の隣の広場へとやってきた
ルキナは広場にいる人を見回してざっと数えた
「結構少ないですね…。見た感じ私たち含めて50人ほどでしょうか。」
「いくら学費免除者のための試験とはいえ、まだ次の試験が残っているのにこの時点で例年と同じ人数ですね。」
「そうだな。大金を払えば入学はできるが払えない人のために設けられたこの入試制度、なにか意図があるんじゃないか?」
そう3人が会話している最中、土壁の迷路が大きな音を立ててただの地面へと戻っていき、土煙の中から何百人もの人々が出てきた
「これにて試験終了。合格者はこの場で待機、不合格者は預けた荷物を受け取り次第ご帰宅ください。」
迷路の試験の開始を告げた教師がそう宣言して、続々と不合格者が立ち去る中、1人の茶髪の青年がそのおばあさんの教師に歩み寄って行った
「ふざけるなよ…こんな迷路なんて試験で俺の数年が無駄になるってのか…?」
「あなたの数年の歳月では我が校には届かないというだけです。この第一部試験では知と力のある者が鍵となり、それらがない者はその人をどう利用するかを求められています。それに気がつけなかったあなたは我が学園に相応しくない、ただそれだけです。」
暗い表情で何かを求めるように嘆く彼に彼女は無情にそう告げた
「そんなの…そんなの認めるかよ…この学園の試験を受けたのはこれで3回目だった。」
「これで3年連続だぞ…」
「ふざけるなよ、!クソババア!」
激昂して彼女に殴りかかった青年だったが、彼女の顔に当たる直前、彼の拳と彼の顔の間に空間の穴が広がった
"空間ノ扉"
その穴に吸い込まれるように彼の拳は入っていき、その拳は彼の鼻に思い切り直撃し、その青年は鼻血を吹き出しながらうずくまった
「助かりました、リア・クリエイト。」
彼女の後ろから黒髪の青年がどこから来たのかすら分からずひょいと現れた
「こういうときは助けの一つも呼んでくださいよ…」
「たまたま見ていたから良かったものの…。」
「私がそのようなみっともない真似をするはずがありません。殴られればその時は正当防衛を行使できるので問題ありません。」
「あはは…。」
【過剰防衛の間違いだろ…】
そうリアが愛想笑いをしているとうずくまっていた彼が鼻血が止まらない鼻を押さえつけながら立ち上がった
「なにが起きた…。」
状況が飲み込めず鼻声でそう呟く彼に黒髪の青年の黒かった目は蒼色に移り変わり優しい口調で彼に歩み寄った
「君、鼻血が沢山出てるから怪我した受験者用のあそこのテントに行って治療してもらいな?」
表面上は優男というしかなかった彼を最も近くで見ていた彼は自らに向けられている圧に恐怖を感じた
「は、い…。」
彼は無意識に声を震わせながら、そそくさと立ち去って行った
パァァーン!
空気を震わせ、変えるその拍手はおばあさん教師から放たれたものだった
「おほん。それではこれより合格者計86名。次の試験会場へ移動してもらいます。」
「リア・クリエイト。ついでです。この者たちを504号室へ」
彼女はまさにその場から立ち去ろうとしていた彼を呼び止めた
「えぇ…」
「そんな嫌そうな顔しないで早くやりなさい」
淡々と述べる彼女に彼は仕方がないとため息を吐いた
「はぁ…わかりました。」
「受験生のみなさん。これからみなさんを移動させますのでこちらにもっと集まってください。」
全員が言われるがままに彼の目の前に集まった
「それではいきます。」
"転送"
全員が突如、足元に現れた穴に落ちたと思いきや、すぐに固い床に足がつき、どこかの机も椅子もない教室の内部へと移動されていた
「なんだ!?」
「ここはどこだ!?」
「あの男がいないぞ!?」
事前に多少の説明はあったものの何人かが目の前で突然変わった景色に少しパニックになっていた
パァァーン!
またも今度は教室を静寂に包み込む彼女の拍手が全員を黙らせた
「これより実技試験。第二部、教師陣と1人5分の面談を行ってもらいます。」
「只今、教師が10人。それぞれの教室で待機しているのでこれから配る紙に書かれた番号の教室へ行ってください。」
「それでは紙を配りますので一列に並んでください」
そう言うと彼女は全員を並ばせて、一人一人に番号の書かれた紙を手渡していった。




