聴くということ
森の奥に、小さな湖があった。
その湖のそばに、一人の少女が暮らしていた。名前はリラ。森の音を聞くのが好きで、誰かと話すより、鳥のさえずりや風のささやきを聞いている方が落ち着いた。
ある日、村から訪ねてきた旅人が、彼女にこう頼んだ。
「大切な人を失って、気持ちがどこかへ行ってしまったんだ。何もする気になれない。けれど誰かと話すのも、もううまくできないんだ」
リラは黙ってうなずき、湖のそばへ彼を案内した。
そこで二人は、並んで腰を下ろした。
旅人は、時折何か言おうとして、黙り込んだ。
リラはそれを遮らず、ただ風の音に耳を澄ませた。
時々、小さく「うん」と頷くだけだった。
――“何かしてあげたい”と、思わないわけではなかった。
でも、リラは知っていた。
言葉が見つからない時、人は無理に応えようとするほど、耳を閉じてしまうことを。
だから、何も言わず、ただ耳を開き続けた。
日が傾き、湖面が金色に染まった頃、旅人はぽつりとつぶやいた。
「風の音が、少しだけ懐かしい気がするよ」
その声を聞いて、リラはそっと微笑んだ。
彼の中で、小さな音が戻ってきたのだと思った。
それは彼のために“何かをした”結果ではなかった。
ただ、一緒に静けさの中にいただけ。
けれどそれが、きっと一番の寄り添いだった。