第4話 お茶会? 散々です
叔母からの手紙はその場で出した。
久しぶりの叔母に会えることが嬉しくて、念入りに髪の手入れを行う。手袋もお気に入りのレースのものを出し、ドレスをどうしようかと悩んでいると、兄が新調してはどうかと口を出してきた。
「ドレスを新調するって、特に大きな社交の場があるわけじゃないじゃない? 叔母様に会うだけだし」
疑いの視線を向ける。
「誕生日も近いから、プレゼントしてやる」
「つい最近も新調してくれたじゃない。もしかして、ガインド公爵にそのドレスで会わせようとしているとか?ドレスより、そろそろ防具を新しくしたい」
身を守るために防具をケチるのは良くないが、見に馴染んだ防具は動きやすいから手放しにくい。だが、そろそろ胸当ての部分がメンテナンスだけでは厳しくなってきた。
「兄を疑うなんて悲しいな」
あの後、いつの間にドレスが作られていた。もったいないから、着てきてしまったが、エレノアは後悔している。
兄にしては、趣味が違うドレスだと思ったのだ。
明るい緑色の生地にピンクを中心とした花の刺繍が散りばめられたドレスで幼さが残るものだった。
緑が生い茂り、白いアーチのガゼボに年齢を感じさせない愛らしい叔母がいると想像してたら、その空間に似合わない体躯があった。
白いアーチに合わせた猫足のテーブルにはカラフルなお菓子が並んでおり、叔母の好みがよく出ていた。白い可愛らしい椅子に足を広げ、眉間に皺を寄せたガインド公爵が居なければ楽しい茶会になるはずだった。
幼い頃から知っているメイドや執事たちに目配せしたが、笑って誤魔化されるだけだった。
このまま引き返そうとしたが、ガインド公爵と目が合ってしまい、仕方なく笑顔で挨拶をする。
「いいお日柄ですね。エクリプス・ガインド公爵がこちらにいるとは聞いておりませんでしたわ。ビジュトリア公爵夫人に招待されたのでしょうか?」
「いや……」
じっと凝視されたかと思えば、すぐに顔を反らされる。席に着いたままお茶を飲む様子に帰ろうと心に決めたところにエクリプリスの隣に控えてた従者が椅子を引いてくれた。
「フィリップ・シュダルグと申します。ガインド公爵と同じく騎士団に所属しています。メディエン伯爵令嬢にどうしてもお会いしたくて、このような形になってしまい申し訳ないです」
手の先まで所作を感じる動きに圧倒され、促された椅子に座ってしまう。
「エレノア・メディエンですわ。騎士団にも所属されているのですね。鍛えている方は体の使い方が分かってらっしゃるのか作法が綺麗ですね」
フィリップは、ありがとうございます。と、にこっと笑う。その爽やかな笑顔にも好感が持てる。エレノアも思わず微笑むと、盛大にむせ込む音が聞こえた。
驚いてそちらを見ると眉間の皺に加え、さらに口を固く結ぶエクリプリスと目が合う。
不機嫌と誰が見てもわかる顔にエレノアは放置したかったがそうはいかず、ため息を隠すように口を開く。
「わざわざ会うような価値など私には、無いですわ。ビィジュトリア公爵夫人にどうにかレディとしてのマナーを教えてもらえただけで、社交も苦手ですし、手紙も大切に扱えないような者に大切な家など守れません。手紙はお読みしたかったのですが、いつも不運に見舞われまして……申し訳ございませんでした」
「いや……」
謝罪を込めて頭を下げるが、エクリプリスは再びお茶を飲むだけだった。
沈黙だけが続く。
目の前には、叔母の得意なケーキがある。シンプルなのだが、クリームは甘すぎず美味しくて何切れもいつも食べてしまう。他にもエレノアの好きなひと粒サイズのチョコレートや格子のクッキーなどが用意されている。
手紙の筆跡は叔母だったので、騙されたことが悲しかったが、お茶会のメニューを見れば叔母の気持ちがわかる。
目の前のガインド公爵は、話す様子はなくエレノアも、そのつもりはなかったので、目の前のスイーツに集中することにした。
ケーキを手に取りフォークで口に運ぶ。いつもの味で美味しい。紅茶は前に美味しいと言った茶葉のものだ。
思わず表情が緩むと、大きな音がした。
ガインド公爵がカップを落としたらしい。
「大丈夫ですか?」
あまりの音で心配になり、ガインド公爵の側に行くと膝にお茶の染みができていた。咄嗟に持っていたハンカチで染みにならないように叩く。上質な生地なのが触るだけでわかる。服の値段を考えると染みを抜く手にも力が入る。
ガインド公爵が何か呟いたが、気にせず手を動かしていると手首を掴まれた。
驚いてガインド公爵の顔を見ると、苦々しい顔をしている。意味が分からず首を傾げると、もういいと言われ手を離された。服の染みばかり気にしていたが、怪我をしている可能性を忘れていた。
「どこか痛いのでしょうか? 見させていただいてもよろしいですか?」
またガインド公爵の体に触れようと手を伸ばす。
「問題ない」
大声の返答にエレノアは、呆気に取られたが今まで我慢していた気持ちが、ふつふつと沸き起こる。無言を貫いてお茶会を終わらせるつもりだったが、我慢の限界だった。
「騎士団の副団長という立場の方でも、お茶を零すのですね。そのような不注意では、部下は命を預けにくいでしょうに。国民も安心して過ごせませんね」
にっこりと笑いながらガインド公爵を見つめるとガインド公爵は視線を外してきた。口が動いたようだが聞こえない。
何ですか?と聞き返す。
「せいだ……」
ガインド公爵の後ろで控えてるフィリップは聞こえているようだ。ガインド公爵の言葉で明らかに、動揺したのがわかる。
「あなたの顔のせいだ」
額に手を付けて項垂れるガインド公爵を見ながら、言われたことを理解しようとするがわからない。
「私の顔のせい?」
顔が悪いということなのか? 前のパーティーの時も可愛らしくないと言われた気がする。あの時は、特に関わりがない人に何を言われてもどうとも思わなかった。だが、今は婚約を申し込んできてる相手だ。
「私の顔が悪くて驚いたからお茶を零したということでしょうか? 前にも可愛らしくないと仰りましたものね」
「いや、そうではなく……」
怒りのまま伝えるがガインド公爵は、眉間の皺をまたさらに深くし口を固く結ぶだけだった。
「結婚はお断りしますわ。私以外にもちょうどいい地位の令嬢は居りますし、愛らしい方もいらっしゃいますよ」
エレノアは、お辞儀をし席を立つ。フィリップに申し訳ございませんと礼をされたが笑顔で制止、その場を後にした。