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永遠に咲く花を  作者: 星月紗那
第1章 若き華は紅く燃ゆ
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第8話 月初めの会合

 その日の夜、水月は自室に籠って組員の一覧表を睨んでいた。裏切り者がいることだけは確実だ。でも、それが誰かは検討もつかない。次第に彼女の顔には焦りが見え始め、ページを捲る手は微かに震えが出始めていた。


 家に帰ってから何時間が経っただろうか。彼女は夕飯も食べずに、棚から資料を引っ張り出しては読み、本を持ってきて該当箇所を探し、気になる部分を埋めていった。

 大体の状況をまとめ終えたあと、彼女の頭にふと一人の組員の顔が浮かんだ。


「もしかしたら…」


 ただの勘だ、確信はない。だがもしこれが動機だとしたら、説得力がある。

 さて、これからどうしようかと彼女は悩んだ。とりあえず、過去の似たような事件の資料を調べてみようと椅子を立ったその時、部屋の扉の奥から優しい声がした。


「水月、今大丈夫かい?」


 龍二だ。声だけでわかる。彼女はさっと足の向きを部屋の扉の方へ変えると、そのまま部屋の外に出て彼に抱きついた。


「す、水月…何かあったかい?」


 いきなり抱きつかれた彼は、驚いて彼女と目線を合わせたが、水月はにこっと微笑んでいた。龍二が水月に気を取られている間に、彼女はさりげなく自室の扉を閉めた。散らかった部屋の中を見られれば、今日の件で悩んでいることを悟られる。余計な心配をかけたくなかったのだろう。


「なぁに、父さん」


 いつもの声でそう返した少女の顔は月明かりに照らされ、どんな表情をしているのかまでは彼にはよく見えなかった。龍二は少しの間黙っていたが、水月の不思議そうな視線に気づくと柔らかな笑みを浮かべた。


「…今日の見回りには出なくていいよ、区宇魔と義秀が代わりに出てくれるからね。夕飯は食べれそうかい?」

「うーん、もう少し調べたいことがあるの。あとでにするわ」


 相変わらず、彼女は微笑んでいた。だが、明らかにその声には元気がなかった。


「…わかった、あんまり無理をしないようにね?」


 龍二はそれ以上は言及せず、ただ優しく彼女の頭をそっと撫でる。水月は両手を広げ、そのまま甘えるように父に身を委ねた。安心したかったのだろう。

 義父の羽織からは、微かに桃のお香の香りがした。その香りで、亡き父の記憶を思い出した水月の瞳には、何かを決したような強い光が宿っていた。




◆◇◆◇◆




 謎の来客から十数日後___

 真夏の厳しい日差しが照りつける八月初週の日曜日の昼、月華グループ本社の最上階には、七十六代目の龍月組の幹部や最高幹部が集まっていた。

 皇族以外は大広間に揃ったものの、なぜか部隊ごとにまとまっているわけではなく、狐面に同じ模様が描かれている者同士でいくつかの集団に分かれている。


 実はこの組には『御三家』と呼ばれる、代々この組で輝かしい功績を残している名家が存在する。いくら実力主義の組織とはいえ、親から引き継がれる才や術式のノウハウなどは、出世において有利に働いているらしい。故に、そのような呼び方が生まれたのだろう。


 御三家には、『本家ほんけ』と『分家ぶんけ』があり、基本的にその間の仲はよい。しかし、本家同士の仲はそこまでよくないらしい。それには、彼らの出身国のルーツが関係している。


 実は裏世界には、火国、水国、風国、光国、闇国の五つの王国がある。それぞれの国を王族が統治し、それを皇族が取りまとめているのだ。

 そして、各国に名産物があるように、それぞれの国で独自の術式が発達している。


 祖国の術式を極め、その功績を皇族に認められた御三家の者たちは、それを誇りに思っていた。自分たちの活躍は祖国の優れた術式の象徴になるという自負がある。故に彼らは自国の王族とも仲が良く、勢力争いの点においても協力しているのだとか。


 今はその勢力ごとにまとまっているという状況であろう。


 微妙な雰囲気が漂う中、突然、バチンと耳をつんざくような音が響いた。

 親子だろうか。母親と思しき女が男性を平手打ちした様子だ。頬を叩かれた男の狐面がことんと落ちる。叩かれていたのはなんと、第陸部隊の隊長・如月きさらぎ拓哉たくやであった。


「最高幹部にまで上り詰めておいて!実家に何も貢献できない役立たずが!」


 血相を変えて怒鳴っていたのは、青面せいめんをつけた四十代ほどの女性、如月きさらぎ潤羽うるはだった。面には派手すぎるほどの装飾が施され、その下に覗く目元の化粧は驚くほど濃い。


「全く…これから皇族方がいらっしゃるというのに騒がしいなぁ?これやから闇国やみこくの連中は野蛮なこっちゃ」


 ガミガミと叱り続ける麗羽を端で見ていた、第漆部隊隊長・獄炎寺ごくえんじ煌弥きらやは、面倒くさそうにそう呟いた。彼はいつもの質素な羽織とは違い、実家の紋様が描かれた華やかな羽織を着ていた。


「煌弥どの、それは我が京極家に対する侮辱とも捉えられますがいかに?」


 相変わらず、彼につっこむのは第捌部隊隊長・京極きょうごく氷華ひょうかだ。彼女も今日は家紋が描かれた羽織を纏っている。


「五大王家の分家出身ともあろうお方がそのような発言をなさっては、国際問題に発展しかねませんよ?」

「なんや氷華、今日は『殺しますよ?』って言わへんの?」

「祖国の誇りを持って臨むべきこの会合で、あのような女と一緒になりたくはありません」


 いつもは簡単に流すだけの煌弥も、今日は軽く揶揄いの言葉を口にした。しかし彼女は冷静にそう返し、潤羽の前で縮こまっている同僚__拓哉の方をちらりと見やった。


「とか言いながら、アンタの出身、あの女と同じ家の分家やろ?」

「………」


 珍しく、今日は氷華が言い負けたようだ。彼の言う通り、如月家と京極家は、闇国にルーツを持つ御三家の一つ、東雲しののめ家の分家だ。

 故に先ほどの彼の発言は、彼女にとっても侮辱と捉え得る。だから彼女は突っかかってきたのだ。自然と、彼らは睨み合った。


「組長さまが到着されました!」


 ギスギスした雰囲気の中、一人の組員がそう叫んだ。途端、今までの言い争いが嘘かのように静まり、さっさと部隊ごとにまとまって座った。先ほどまでとは打って変わり、厳格な雰囲気が漂い始めた頃、すっと大広間の襖が開く。


「やぁ、お勤めご苦労さん」


 龍二がニコッと微笑めば、全員が跪礼を見せた。彼の後ろからひょっこりと現れた水月は、珍しく狐面を外して片手に持っていた。彼女の顔はどこかやつれており、義父に合わせて無理に笑っているようにも見えた。


「そんな堅苦しい感じはやめませんか?どうかみなさまも面をとってくださいませ」


 案内されるがままに席に向かった彼女は、みなと向き合うなり腰の刀を下ろし、柔らかな笑みを浮かべた。水月に続き、区宇魔や龍二、結までもが狐面を取り、武具を畳に置いて静かに正座する。


 これまで、彼女が皆の前で狐面を外したことは滅多になかった。今までになかった彼女の行動に、みな戸惑った様子であったが、各部隊の隊長三名がそれにならうと、ほかの組員もまた、同じように面をとった。今まで面の下に隠されていた素顔が明らかになり、表情がよく見て取れる。


「…こうしてちゃんと顔を合わせたのは久方ぶりですね。私はもっと早くから、こうして皆と向き合わねばならなかったのかも知れません」


 独り言のように吐き出された水月の自責の言葉は、静寂な大広間に響いた。義娘の方を一目見た龍二は、一つ咳払いをし、口を開く。


「では、これより会合を行います」


 彼の言葉を合図に、全員が一斉に礼をした。一際深い礼を見せた水月は、顔を上げた時には、先程までの優しげな笑みとは違い、何か覚悟でも決めたかのような真っ直ぐな目をしていた。

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