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永遠に咲く花を  作者: 星月紗那
第1章 若き華は紅く燃ゆ
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第6話 違和感

 このビルの地下一階は、皇族とその側近しか立ち入ることができない静寂に包まれた場所だ。刀や弓、鉄砲といった武具の保存や、過去資料の管理を行っている。


 水月はエレベーターから降りると、資料庫や武器庫を通り抜け、奥の駐車場へ向かった。区宇魔は龍二から結を預かり、水月はある棚から車の鍵を取り出すと、龍二の方へ放る。彼はいつものことのように、片手でそれを受け取り、運転席に乗り込んだ。


 結は区宇魔の腕のなかで、すっかり寝入ってしまっていた。後部座席に乗り込んだ水月は、兄の膝上に寝かされた弟を愛おしそうに見つめ、起こさないようにそっと撫でる。少しの笑みをこぼした水月に、運転席の龍二がふと思い出したように声をかけた。


「そういえば水月、さっき暁月様はなんて仰ってたんだい?」


 一瞬、彼女は言葉を詰まらせた。龍二は先ほどの会話に気づいていたようだ。さすが幹部長、としか言いようがない。


「ん〜?賑やかな幹部だねって。楽しそうに微笑んでたよ」

「そう…か」


 龍二はまだ何か言いたげだったが、水月が大きな欠伸をしたのを見て、その口を閉じた。区宇魔もまた、自身の膝を弟に、肩を妹に貸しつつも、その目を閉じる。

 バックミラー越しにそれを確認した龍二は、流石にまだ子供だな、なんて思いつつも、先の信号が黄色く変わったのを見てスピードを落とした。


「まだ気づいていない、かな…」


 目の前を行き交う少量の車と赤信号を眺めながら呟いた彼の独り言は、夜の騒音に掻き消された。




◆◇◆◇◆




 数時間は経っただろうか。龍二が運転する車はいつの間にか森の中を駆け抜け、山奥を走っていた。

 荒れ果てていた道は、ある地点から急に整備された道路になり、風情ある薬医門やくいもんを潜り抜けたあたりから、砂利の敷かれた道になる。


 しばらく走れば、和風の大きな御屋敷が見えた。もうとっくに深夜0時を回っているというのに、ところどころにまだ明かりがついている。

 屋敷の奥にはさらに山が見え、その入り口には六メートルはあろう鳥居が一基建っていた。山の上には神社があるのだろうか。月明かりにうっすらと照らされた参道が見える。


「ほら、ついたよ。みんな起きて」


 龍二は駐車スペースに車を停め、子どもたちを起こした。区宇魔と水月は目を覚ましたものの、結はなかなか起きなかった。加えて、水月は寝起きがとにかく悪く、眠そうに目を擦ったまま、後部座席でぼーっとしていた。


「水月、歩けるか?」


 区宇魔がそう声をかければ、水月は無言のままその両手を広げる。


「あー、はいはい。父さん、俺は水月を寝かしつけてくるから、結の方頼むわ」


 よいしょ、と妹を抱き上げた彼は、幼児でもあやすかのようにその頭をポンポンと撫でた。龍二はしょうがないなぁ、とでもいうかのように肩を竦め、ぐっすり眠っている少年を抱き上げる。満点の星と輝く月に見守られながら、彼らは第二の我が家の戸を開けた。


 この屋敷は、歴代の龍月組組長が任務のために表世界へ来た際に使用している建物だ。しかし、長い歴史を感じさせる外装の割に、内装は現代的で、三階建ての建物内にはエレベーターも設備されている。


「ただいまー、遅くなった」


 区宇魔は小声でそう言いつつも、片手で玄関の扉を開けた。それと同時に、自然と廊下の電気が点く。水月はその眩しさに目をぎゅっと瞑り、兄に抱きついていた腕の力をぎゅっと強めた。


「まだ眠いか?」


 相変わらず寝起きが弱い妹の様子に苦笑しつつも、区宇魔はどこか安心していた。普段見ている、二万人以上の命を預かる長としての妹は、いつもどこか遠くにいるような気がしてならなかったからだ。彼は、妹がこうして自分に甘えてくれることが嬉しくてたまらなかった。


 長い廊下を進み、寝室のある二階へ向かおうと階段に足をかけたとき、ふと食欲をそそる香ばしい匂いが彼を引き留めた。龍二もそれに気づいたようで、結を抱えたまま台所の方へ向かう。区宇魔も少し目が覚めた様子の妹を抱えたまま、それに続いた。


 台所へ近づくにつれ、包丁とまな板とがぶつかる音と、何かが煮えている音が聞こえてきた。それに伴い、美味しそうな匂いも強くなる。そっと中を覗くと、そこには区宇魔と同じ年頃の一人の女の子が立っていた。


海月かいげつ、まだ起きていたのかい?」


 龍二の声に、彼女はこちらを振り返った。先ほどの幹部会に出席していた第漆部隊の隊長、獄炎寺ごくえんじ煌弥きらやと同じ、薄紅うすくれない色の長い髪を持っている。


「おかえりなさいませ。もうじきご飯の用意ができますので、しばしお待ちを」


 味噌汁の味見をしていた彼女は、天女のような優しい笑みを浮かべると、味に満足できなかったのか少し味噌を追加した。

 この女の子は、区宇魔の婚約者・極炎寺ごくえんじ海月かいげつだ。裏世界の王族・朱香しゅこう家の分家にあたる極炎寺家の当主の娘であり、煌弥とは叔父と姪の関係にある。


「悪いな、こんな遅い時間に…」


 区宇魔は申し訳なさそうにそう言ったが、海月は首を横に振った。


「いえ、私が作りたかっただけなので、お気になさらず」


 兄の肩越しにそれを見ていた水月は、どこか頬の赤い兄の顔をじっと見つめた。水月の視線に気づいた彼は、慌てて表情を作り直すと、妹を抱き上げたまま洗面台に向かう。龍二は微笑ましいその光景に、思わず頬を緩めた。



◆◇◆◇◆



 時刻はすでに午前二時を過ぎようとしていた。龍二はまず結を寝かせに行こうと廊下に戻る。彼が二階へ上がった時、向かいから一つの影がこちらに向かってくるのが見えた。龍二を見つけるなり走ってきた少年は、薄花色の髪の間に覗く、吉祥結きっしょうむすびの耳飾りをつけている。


「龍二さま、おかえりなさいませ。水月は今どこに?」


 彼を見るなり丁寧に頭を下げたこの男の子は、水月の婚約者にして、皇族以外では史上最年少の龍月組副長・神裔しんえい義秀ぎしゅうだ。彼の瞳は、深海のように深く透き通っている一方で、氷山のように鋭くも見える。


「…やはり似ているね、義秀は」


 そんなことを呟いた彼は、どこか寂しげな笑みを浮かべ、義秀の頭をそっと撫でた。


「またですか?そんなに親父に似ていますかね?」


 彼は龍二の言葉に、少し照れくさそうに頭を掻いた。


 義秀の父・神裔しんえい龍義りゅうぎは、かつて龍二と共に先代龍月組の副長を務めていた。龍二にとって義秀は、尊敬する先輩であり、信頼できる戦友でもあった男の息子なのである。


「ああ、瓜二つだよ。それと、水月なら区宇魔と一緒に下にいるよ」

「帰ってきてたんですね、よかった。ありがとうございます」


 昔を思い出したのか、懐かしそうに微笑みつつもそう述べた龍二の言葉に、義秀は丁寧なお辞儀をして、階段を駆け下りていった。


「全く…嫁思いなのは、水月のお父さまに似たかな?」


 そんな独り言を呟いた龍二は、くすくすと微笑みながら彼の背中を見送り、寝室へと向かった。



◆◇◆◇◆



 母屋の二階で一番大きなその部屋には、布団が七つ敷かれていた。うち二つは使った形跡があり、一つには結と同じくらいの歳の少女が寝ている。


雨月うづきはここにいたのか」


 どこかほっとしたようにそう呟いた彼は、彼女の隣に結を寝かせた。二人は全く起きる気配がなく、深い眠りについているようだった。

 少女の名を、久遠くおん雨月うづきという。先ほどの区宇魔の婚約者・海月かいげつと同じく、彼女も裏世界の王族の分家の出身だ。表世界に逃がされた子供たちの中では最年少である。


「ゆっくりおやすみ。またすぐ戻ってくるからね」


 龍二は二人を我が子のように撫でると、起こさないようにそっとその場を離れ、襖を閉めた。


 初夏の夜は、程よい気温と涼しい風が心地よい。まだ棚の奥から引っ張り出したばかりの風鈴も優しい風に遊ばれ、時折軽やかな音を奏でている。

 彼らは夕食を共にし、その後少しの談笑を楽しんだために、屋敷の明かりが消えたのは深夜三時ごろのこととなった。人目につかない山奥のその屋敷には、血縁関係がほぼなくとも、互いを信頼し、愛し合っている不思議な“家族”のカタチがあった。

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