第3話 幹部会
龍月組___裏世界の皇帝直轄の愚者討伐組織。
八つの部隊で編成されており、そのうち、第壱部隊から第伍部隊までは裏世界で、第陸部隊から第捌部隊までは表世界での任務にあたっている。今無事が確認できているのは、この表世界での任務にあたっている三部隊だけだ。
それでも、各部隊には約七千人の組員が所属しているため、現在は二万名以上の組員の生存が確認できていることになる。
「今回の相手はどうだった?」
龍二は、人目につかない場所にある龍月組専用のエレベーターを目指しつつ、子供たちにそう問うた。月華グループは、表向きはただの一般企業であるため、会社内では人間との接触が多い。それをなるべく避けるために、龍月組は専用の移動手段を持っているのだ。
「ん〜?大して強くはなかったけど、急所は特殊だったかな。兄さんが激怒してた」
彼女はエレベーターに乗り込み、組員専用の階である二十階のボタンを押すと、くすくす微笑みながらそう返した。
「だーかーら!そもそも背中が急所なんてありえないの!」
「あの愚者、背中を矢筒で隠してたでしょ?あの身長にしては矢が取り出しにくいデザインだなぁって思わなかった?」
区宇魔は、妹の言葉に少しハッとしたような表情をみせ、納得したのか黙り込んだ。龍二はその様子に苦笑いを浮かべる。
「区宇魔が討ったと報告を受けていたから、てっきり急所を見抜いたのも区宇魔だと思っていたんだけど…水月だったんだね。よく戦闘中に共有できたね?」
「ま、俺らは最強の兄妹だからな。互いの仕草を見ればわかるんだよ」
区宇魔は自慢げな顔をして胸を張った。水月は兄の言葉に、嬉しそうな子どもらしい笑顔を浮かべる。龍二は二人のやりとりをただ微笑んで見ていた。そして、大好きな兄と姉が、二人だけで仲良く話していることに頬を膨らませていた末っ子の頭に、そっとその手を置いた。
◆◇◆◇◆
最高階である二十階には、今までの洋風な外装とは異なり、和風の装飾が施されていた。足元には石床が広がり、微かに畳の匂いがする。少し歩けば小さな石庭が見え、植物が植えられた小さな池から鹿威しの音が響いた。
これは、表世界での資金調達のためにこの会社を作った水月たちの祖先が、裏世界の皇宮での景色を懐かしんで作らせたものだという。故に、急にこの世界で暮らさねばならなくなった彼女たちも、裏世界で見慣れていた風景に似たこの空間のお陰で、表世界での暮らしに馴染むのに多くの時間は要さなかった。
「組長様、副長様、幹部長様、結様、お持ちしておりました。ご案内いたします」
龍月組組員のみが持つ狐面によってセキュリティを通過した彼女らに、青色で模様が描かれた狐面をつけた一人の組員が声をかける。どうやら彼は、幹部会に向かう彼女たちの到着を待っていた案内役のようだ。
「ええ、どうもありがとう」
水月は彼に礼を述べると、まだ機嫌を損ねている様子の弟の手を引き、彼に続いて幹部会の会場である和室に向かった。
◆◇◆◇◆
狐面は、龍月組の組員としての証であるため、彼らにとっては大切な品である。その面の模様を描く色は五つあり、階級によって使える色が決まっている。
入隊試験を突破した者は無地。
基礎訓練を突破した者は黒色。
応用試験を突破した者は黄色。
規定された実績を積んだ者は赤色。
功績や実績をもとに、知識や経験が十分であると組長に認められた幹部は青色。
そして、その実力から各部隊の隊長、副隊長に任じられた最高幹部以上の役職に就いている者は紫色。
また、皇族や王族のみ、狐面の耳の部分を紫色で描くことができるため、それで身分を見分けることもできるという。
色には規定があるが、模様は階級や身分に関係なく自分で決めることができるため、家紋を描く者も少なくはない。
「お勤めご苦労様、もう集まっているかい?」
襖を開け、龍二がそう声を掛ければ、そこに集まっていた九名の組員が一斉に頭を下げた。座布団の横に置かれている狐面は、みな紫色で模様が描かれている。
「はい、最高幹部はみな揃っております」
一人の男性がそう返した。水月は、丁寧にお辞儀を返し、座敷に上がる。区宇魔と結もそれに続いた。龍二は外に誰も居ないことを確認したのち、防音の魔術をかけつつも部屋の扉を閉めた。
「待たせてしまってごめんなさいね。今日は通報があって、珍しく任務に出ていたの」
水月は畳の上に綺麗に正座しつつ、彼らを待たせてしまったことを謝罪した。彼らは彼女の言葉を聞くなり、顔を見合わせる。組長直々に討伐に出ることなど、稀だったからだ。
そもそも愚者は裏世界の生き物であるため、表世界で任務があること自体が少ない。それが最近は通報数も敵の実力も上がってきている。それだけ裏世界で愚者が好き勝手しているということだろう。
「ついに、表世界にも愚者が出没し始めてしまいましたね。このままではこちらの世界も愚者に侵食されかねません」
先ほど龍二に返事を返した男性、第陸部隊隊長の如月拓哉が眉を顰めた。真面目な彼の言葉に、その場が静まりかえる。
深刻な雰囲気が漂う中、静寂を絶ったのは、彼の隣に控えていた第漆部隊隊長、獄炎寺煌弥だった。
「まぁまぁ、区宇魔くんと水月ちゃんが、ぱぱーっとやっつけてくれたことやし、そこまで気にせんでもええんとちゃう?」
「煌弥殿、組長さまも、副長さまも皇族の方です。そのような口の利き方をするようであれば、不敬罪で殺しますよ?」
呑気なことを口にした彼に鋭い言葉を投げたのは、三つの部隊の隊長の中で唯一の女性、第捌部隊隊長の京極氷華である。常に眉間にしわを寄せており、かなり怒りっぽいことで有名だ。
「そ、そんなん冗談やんか…なぁ?如月?」
煌弥は氷華の言葉を聞くと、助けを求めるかのように拓哉にそう話しかけた。彼はため息をつくばかりで、特に何も返さない。ただひたすらに、鋭い氷華の睨みが煌弥の背に刺さる。
「あ、あはは…」
彼は苦笑いを浮かべ頭を軽く搔くと、その口を噤んだ。
「氷華さん、相変わらずで逆に安心しました。ですが、いつまでも口癖が『殺しますよ』なのはいかがなものかと…」
水月は苦笑しつつも彼女を優しく窘めた。水月の右側に副長である区宇魔が控え、左側には幹部長の龍二が腰を下ろす。結は区宇魔の隣に正座したが、すぐに足を崩してしまった。
「それでは、第七十六代龍月組、幹部会を始めます」
水月の言葉に、全員が背を正す。ここに、裏世界最強の術師が集結した。