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永遠に咲く花を  作者: 星月紗那
第1章 若き華は紅く燃ゆ
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第1話 最強の兄妹

 20XX年、東京。

 帰宅ラッシュの車が飛び交う都会には、高さを競うようにビルが所狭しと立ち並んでいる。繁華街は仕事帰りの会社員で賑わっており、夜の寂しさを全く感じさせない。


 その繁華街にある居酒屋から、七人グループの会社員たちが出てきた。そのうち数名はかなりの量を飲んだようで、真っ赤な顔をしたまま暗い路地へと入っていく。


「よぉし、お前らぁ、今日は朝までハシゴすんぞぉ!」

「先輩、飲みすぎっすよ〜」


 ゲラゲラと笑うこの会社員たちの向かい側、夜の闇から一つの集団が現れた。この時代にしては珍しい黒い袴と羽織りを着用し、さまざまな色で模様が描かれた狐面をつけている。酔った様子の男は、向かいから歩いてくるこの集団の存在に気づかず、これを率いていた一人の女の子にぶつかった。


「あぁ?なんだよお前らぁ、そこどけや!」


 男はぶつかるなり、イラついた様子で彼女を怒鳴りつけた。白く長い髪を百合の簪でまとめたその女の子は、十五、六歳ほどであろうか。少なくとも大人ではないだろう。

 酔っ払いに絡まれた彼女は、特に怯む様子もなく顔を上げると、狐面の下にのぞく、紅く輝く瞳でその男を睨んだ。


「ひぃっ!」


 先ほどの威勢はどこへやら。男は彼女の視線に情けない声を上げると、もう酔いが覚めたのだろうか、青ざめた顔で逃げていった。


「せ、先輩!?待ってくださいよぉ!」


 その後を、慌てて他の男たちが追っていく。絡んできた会社員全員が逃げていったのを確認すると、彼女は小さなため息を吐いた。


 彼女の名を、龍月星りゅうげつせい水月すいげつという。実年齢十二歳にして、この黒ずくめの、素顔すらわからない集団・龍月組りゅうげつぐみおさだ。


「水月、だからこの時間帯の繁華街は避けようっていったじゃないか。酔っ払いに絡まれて、万が一怪我でもしたらどうするんだよ」


 彼女の隣に控えていた男が、大きなため息をついた。彼は水月の体に怪我がないかを軽く確認すると、先ほどの会社員たちが逃げていった方を睨む。


「あの酔っ払い…俺の妹に暴言吐きやがって。あとでアイツの息の根止めてやる」


 彼は妹の手を引き、自身の側へ寄せると、辺りを警戒しながら歩みを進めた。水月はこの過保護な兄に、ただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。


 この過保護な男は、水月の実兄じっけいにして、龍月組の副長・潮海若ちょうかいじゃく区宇魔くうまである。水月と同じ透き通るような白髪に、深い海のような蒼い瞳をもち、実年齢十四歳にも関わらず大人と大して変わらない体格をしている。

 見かけよりも実年齢が若いこの兄妹は、数十名の大人を引き連れ、再び夜の闇に消えていった。



◆◇◆◇◆



「で、兄さん。愚者ぐしゃの目撃情報があったのはこの辺り?」


 しばらく歩き、住宅街が立ち並ぶエリアまでたどり着いた頃、妹は兄にそう問うた。どうやら彼女たちは、“愚者”というものを探しているらしい。区宇魔は、自身の携帯を取り出すと何かを確認し、首を傾げた。


「あぁ、この辺の神社に出たらしいが…神社なんてあんのか?」


 ぐるり、と辺りを見渡した彼は、軽く頭を掻いた。兄の仕草を見て少し考えた水月は、首元に下げていた首飾りを手にした。小さな宝玉四つに挟まれた大きな海色の宝玉の中心には、何かの鱗のようなものが輝いている。


 宝玉を手にした妹を見て、区宇魔もまた、自身の首から下げている飾りを取り出した。彼の首飾りの宝玉は、水月のものとは違って、月のようなぼんやりとした光を纏っている。


「お願い、海龍かいりゅう。手を貸して」

月龍げつりゅう、出番だ。頼む」


 兄妹は共に宝玉をその手に包みこみ、目を閉じた。二人の言葉を聞き入れたかのように宝玉が輝き、どこからか何かの嘶く声が聞こえる。

 次の瞬間、彼らの頭上を黒く長い影が通った。その影は、何度かぐるりと兄妹の周りを回ったあと、目的地を示すかのようにどこかへと向かっていった。


「ふふっ。ありがとう、海龍」


 水月は目的地へ導いてくれているその影___二頭の龍に礼を述べ微笑むと、彼らのあとを追った。夜の空を自在に飛び回り、時々兄妹の言葉に答えるかのように嘶いている龍という異質な生き物の存在は、人間たちには見えていないようであった。



◆◇◆◇◆



 実は、この兄妹、そして彼らが率いている龍月組の組員は、人間ではない。

 人間が生きているこの世界・表世界おもてせかいとは別の、異能者が生きている世界・裏世界うらせかいの者だ。つまり、彼らは俗にいう魔術まじゅつ呪術じゅじゅつといった奇術を自在に操れる異能者である。

 先ほど兄妹が呼んだ龍は、それぞれ彼らと契約している龍神りゅうじんであり、実は裏世界で崇め称えられている存在でもある。そんな彼らがなぜ表世界にいるのかには、実はとても深い事情があるのだが。


「こんなところにあったんだな」


 二頭の龍に導かれ、住宅街のはずれで木が生い茂っている場所にたどり着いた。その奥に見える神社は、綺麗に手入れされている、というわけではなさそうだ。鳥居にもお稲荷様にもつたが巻き付いている。


「うわぁ…お化けがでそう」


 水月は神社を見るなり顔を顰めた。区宇魔はそんな妹を見て肩を竦める。


「お化けって…んなもんより怖ぇ奴らと殺し合いしてるお前が言うことかよ」

「可愛い妹に向かって、お前って言わないで」


 言葉とは裏腹に、怖がっている様子が見受けられないこの兄妹は、ふざけ合いながらも足を進めていった。途中で二人は二手にわかれ、それぞれ西と東へ進んでいった。水月は時々兄の気配を確認し、空を飛ぶ自身の契約龍・海龍ともコンタクトをとりながら、愚者の存在を探った。


「組長!」


 十数分後、一人の組員が水月を呼んだ。本殿とは別の蔵付近に、女性が倒れている。


「周囲を確認して、すぐ兄さんに連絡を!」


 そう指示を出し、倒れた女性に駆け寄った彼女は、まず怪我がないかを確認した。肩の肉が喰い千切られたかのようにえぐられている。幸い出血量は少なかった。


「大丈夫ですか!」


 肩を揺すり、大声で呼びかけたが意識はない。ただ、息はまだ微かに残っていた。応急処置に取り掛かろうと、その人の側に膝をついた時、彼女は背に黒い気配を感じた。


「っ…!」


 咄嗟に女性を抱き上げ、後ろに下がる。次の瞬間、元々女性が倒れていた場所に鋭い火の矢が数本刺さった。


「あれぇ、外しちゃった?」


 神木であろうか。一際大きく太い幹をもつ木の上から声がした。

 声の主は一般男性と大して変わらない見た目をしていたが、その手には炎を纏っており、背には数十本の矢を背負っていた。彼の口元には血がべったりとついている。


 愚者ぐしゃだ。他者を喰うことで、不老長寿の体を手に入れる異端の異能者。

 約二千年前、ある禁忌を犯した双子の姉妹が開発した術が、愚者という存在を生み出した。その数は五万を超えると言われ、被害の数も年間で数万はくだらない。


「安全な場所まで下がって応急処置を。まだ息をしているわ」


 水月は近くの組員に女性を預け、愚者と向き合った。羽織の後ろに隠していた刀を抜刀し、構える。

 そう、実は彼女が組長を務める龍月組は、裏世界の皇帝直轄の愚者討伐組織なのだ。この組織の組長は、代々裏世界の《《皇族の中で》》最も実力のある者が継いでいる。


「さて、とっとと終わりにしよっか」


 彼女は、狐面の下に怪しげな笑みを浮かべる。愚者は彼女の動きに警戒していたが、水月はいつまで経っても動かなかった。しかし次の瞬間、夜空に光る満月に、大きな男の影が一つ落ちた。


「御意、組長様」


 区宇魔の大きな声と共に、愚者の首が刎ねた。

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