第四十二話
世界は、静かだった。
観測者の消失から三日。
空は青く、風は穏やかに吹き、街には少しずつ日常が戻り始めていた。
「……本当に、終わったんだな」
王都の丘の上、俺は独り、空を見上げていた。
すべての始まりは、“不審者”としての転生だった。
ジョブも、ステータスも、スキルも異常だらけの、バグまみれの人生。
けれど俺は――ここにいる。
仲間と出会い、守り、選んできた。
もう“誰かの選択”じゃない。
これは、俺自身が選んだ世界だ。
背後から、足音がした。
「やっぱり、ここにいた」
振り返ると、そこにはリーネとノア、そしてアスヴェルトの姿があった。
「各地の干渉波、消えたわ。もう、外から観測されている痕跡はゼロ。
でも……同時に、ひとつの支柱も消えたの」
「観測者がいなくなったことで、“世界の安定基盤”が揺らいでいる」
アスヴェルトの言葉に、俺は頷いた。
「……だから、選ぶ必要がある。
このまま、構造が崩壊するのを黙って見ているか。
それとも、“世界を書き換えて”安定させるか」
ノアが、俺にデータパネルを渡す。
《System:再定義提案構造式》
《実行条件:RootAccess保持者による同意》
《影響対象:世界構造コード全域》
「このコードを実行すれば、“観測なき世界”を維持できる。
でもその代償として、おそらく――あんたは、“この世界から存在を切り離される”」
「観測者の代行になるってことか……」
俺は、パネルを見つめた。
“自分が消える代わりに、世界を残す”か――
“自分が残る代わりに、世界が崩れる”か――
どちらも、“正しい”とは言えない。
でも俺は、ひとつだけ信じている。
「……なら、第三の選択肢を選ぶさ」
「え?」
俺は笑って言った。
「全部、俺が“バグらせて”書き換える。
自分が残ったまま、世界も守る方法――“バグ”に不可能はないんだろ?」
アスヴェルトが、驚いたように目を見開いた。
「……そんな再定義、コード上では“矛盾”だぞ」
「だからいいんだよ。“不審者”の特権ってやつだ」
パネルに手をかざし、コードを書き換える。
《Execute:Code Rewrite》
《条件追加:自存在を保存しつつ構造定義再構築》
《警告:論理破綻の可能性――無視》
「これが、俺の選択だ――!」
光が、世界を包んだ。