第四十話
「この地点で間違いない。古代の儀式場――“神語の裂け目”だ」
アスヴェルトの言葉に、俺たちは立ち止まった。
そこは黒霧山脈の最奥、山腹を削るように建てられた灰白色の石造神殿。
かつてこの地に存在した“第一時代の神”を祀る祭壇の跡地だという。
風は止まり、空は鈍く澱んでいる。
世界の端がここに集まっているような、言いようのない圧迫感。
「ここなら、外側のレイヤーに接続できる。
観測者の存在を“こちら側”に引き寄せられるはずだ」
アスヴェルトが神殿中央の魔法陣を修復しながら、俺たちに視線を送る。
「だが、やつらも黙ってはいないだろう。接続が進めば、必ず妨害が入る。
この儀式が破られたら、もう二度と観測者に届くことはない」
「つまり、全員で守り切るってことね」
ノアが背中の砲塔を展開する。リーネは弓を握りしめて頷いた。
「私は絶対に、カケルの“選択”を邪魔させない」
「……ありがとう」
俺は、儀式陣の中心へと歩みを進めた。
アスヴェルトが展開した術式は、もはや魔法とは呼べないレベルだった。
膨大な魔素が大気中から抽出され、構文化され、
空間の壁が文字通り“削り取られて”いく。
《観測層への接続儀式:コード・オリジンアクセス》
《発動開始まで残り89秒》
「――来るぞ!!」
外縁部の結界が、瞬時に崩壊した。
現れたのは、王国神殿直属の執行部隊。
そして――その先頭には、懐かしくも凛とした姿があった。
「……王女エリス……!」
「カケル……なぜ、ここにいるの……。
その儀式は、王国法により“神に等しい力への接触”として禁じられている。
これ以上続ければ、あなたを……敵とみなすことになる!」
彼女の瞳は揺れていた。
だがその背後に控える騎士団と聖騎士たちは、容赦のない殺気を放っている。
「だったら……やってみろよ」
俺は静かに言った。
「この世界が誰かに“選ばされている”ってわかってて、黙っていられるかよ。
俺は、選ぶ。誰にも決めさせない、この世界の“これから”を」
「……カケル!」
「来いよ、エリス! 俺たちは、ここを守り切る!」
戦端が、開かれた。