第三十八話
アスヴェルトの隠れ家の内部は、古代文献と魔導機械で埋め尽くされていた。
黒曜石の壁には魔法式が刻まれ、空間そのものが軽い転移結界で歪んでいる。
通常の時間流すら抑制されているのか、息をするたびに空気の密度が変化するのが分かる。
「ここは……異空間……?」
ノアが訝しげに目を細めた。
「防諜用だ。王国が俺を見つけ出せぬよう、空間構造そのものを“偏光”させている。
まあ、素人には理解できんだろうがな」
そう呟いたアスヴェルトは、ゆっくりと腰を下ろすと、書架の奥から一冊の重厚な文書を取り出した。
「お前たちに話してやろう。
なぜ私が“反逆者”とされたのか、そして……“観測される世界”の真実を」
俺たちは、彼を囲むように静かに座った。
そして、アスヴェルトは語り出す。
⸻
「五年前、私は王国の禁書庫で“星の観測史”と呼ばれる文献を発見した。
それは太古、創造主と呼ばれる存在がこの世界を設計した際に記したとされる書。
だが中身は、神話ではなかった――これは、“構築ログ”だったのだ」
「ログ……ってことは、プログラムの記録……?」
「ああ。魔法も、ジョブも、世界の構造さえも、すべては一連の演算によって定義された“設計データ”に過ぎなかった。
さらに……そのログには、世界の外部から“観測されている”記録が、幾度も出現していた」
「……じゃあ、俺が感じていた“視線”は……」
「現実だ。私はそれを検証するため、旧暦の構造波を利用して観測の逆探知を行った。
その結果――この世界に向けられた外部からの“読み取り線”が存在することが確定した」
ノアが、無意識に拳を握った。
「つまりこの世界は……外から、ずっと誰かに“見られていた”?」
「いや、もっと正確に言うならば――記録され、評価されていた」
アスヴェルトの目が鋭く光る。
「この世界は、創造された後も独立して存在していたわけではない。
常に、上位の存在によって“妥当性”を観察され、必要とあれば――修正される。
その管理者こそが、今お前たちが探ろうとしている“観測者”だ」
俺は、言葉を失った。
(そんな……俺たちは、自由に生きていると思っていた。
でも実際は――“見られていた”。生き方すら、評価される対象だった……?)
リーネが、静かに口を開く。
「アスヴェルトさん……それを王国に報告したんですか?」
「ああ。だが――私が語った瞬間、すべての対話は断ち切られた。
王国は、観測者の存在を否定した。“神に触れてはならぬ”と。
その夜、私は粛清対象となり、逃げるしかなかった」
語られた“真実”は、静かに、そして重く胸に落ちてきた。
だがアスヴェルトは、さらに一枚の書類を差し出す。
「そして、もう一つ。これを見ろ。
私は……この世界と極めて似た構造を持つ、“別の世界”の観測記録を発見している」
「……!」
そこに記されていたのは、見たことのないスキル体系。
“スチール=ファング”や“オルドの選別者”など、まったく異なる法則の職業と魔法――
「これって……この世界のものじゃない……」
「その通りだ。**“もうひとつの観測世界”**だ。
この記録が本物であれば、観測者の影響は我々の世界だけに留まらない。
外には、別の“被観測世界”が存在し……そこでも、誰かが“評価”されている」
世界が、静かに軋んだ気がした。
俺は、胸の奥で、確かに感じていた。
(……俺たちは、まだ“世界の表層”でしか戦っていなかった)