第三十六話
王都ファルガニアは、いつになく静かだった。
魔王軍の侵攻が沈静化し、人々の生活は表面上の平穏を取り戻していたが、
その裏で“再定義”に関する噂が王宮から徐々に漏れ始めていた。
「観測者……この世界を外から見ている何者か、か」
王宮の塔――賢者局の一室で、俺は呟いた。
世界の“再起動”は止めた。
けれど、それを見ていた“存在”がいる。空の向こうから、コードの奥底から――確かに、誰かの視線を感じた。
「カケル、やっぱり行くの?」
背後から聞こえたのは、リーネの声。
彼女は俺の決意を知っていた。それでも、問いかけてくれる優しさが、胸に沁みる。
「ああ。行くよ、アスヴェルトの元へ。
この世界の裏側にあるもの――“観測される世界”の真実を、知るために」
あの男は、かつて宮廷で“反逆者”とされた天才賢者。
そして、リーネの師でもある。
「……あの人、昔はね、笑わない人だった。でも、私が迷ってたとき、世界を嫌いになりそうだったとき――助けてくれた」
リーネは、そっと胸元に下げた古い銀製のバッジを握りしめた。
それは、彼女がアスヴェルトから授かった“意思を継ぐ者”の証だった。
「だから、信じてる。あの人は、きっとこの世界の歪みに気づいていた。
カケルとなら、きっと……答えに辿り着ける」
ノアが扉の向こうから顔を出す。
「準備、できてるわよ。あんたたちのこと、王女エリスには“極秘任務”ってことにしておいた。
何かあったら、わたしが責任持って後始末するから」
「頼りにしてる」
「当たり前でしょ。情報屋の名折れはできないからね」
俺たちは、少しだけ笑った。
だがその笑顔の奥に、それぞれの“覚悟”があった。
⸻
目的地は、王都の北、常人立ち入り禁止とされる“黒霧山脈”。
数年前に消息を絶ったアスヴェルトが、そこに潜伏しているという情報を掴んでいた。
「この先は……俺たちが誰で、何者であるかを、もう一度試される場所だ」
俺は拳を握り、歩き出した。
仲間たちと共に――
この世界の“目に見えない支配者”と対峙するために。




