第二十六話
塔の中央には、静けさだけが残っていた。
冥刃のヴァリウスは、強制転送によってその姿を霧散させた。
戦いは終わった。けれど、俺たちに残されたものはあまりに大きい。
「リーネ!」
俺は駆け寄り、小柄なその体を抱き留める。
微かに呼吸はある。意識も……戻ってきた。
「……ありがとう、カケル……」
リーネは、かすかに微笑んだ。
「凄い力だった。もう……カケルのこと、不審者扱いできなくなっちゃった……」
その言葉に、思わず苦笑がこぼれる。
「いや、今さらかよ。もう“バグ賢者”って名乗ってんだけど?」
「ふふっ……じゃあ、“最強のバグ”って呼ぼうかな」
「それはそれで聞こえが悪いな……」
軽口を交わしながら、俺は傷の浅い部位から治癒魔法をかける。
《Heal.Sub = Mild》――ノアの調合薬と合わせて、急速に回復が進んだ。
ノアが近づき、腕を組んで言う。
「まったく、派手にやってくれたね。塔の外壁にまで干渉が出てたよ。
……でも、あなたにしかできなかった。ありがとう、カケル」
「……いや、俺一人じゃどうにもならなかった。ふたりがいたから、ここまで来られた」
塔の上空が静かに開き、蒼穹の光が差し込んでくる。
この戦いは、ただの防衛戦じゃなかった。
“自分の存在が、この世界でどう定義されるのか”を、俺自身に問い直す戦いだった。
そして今、答えは出た。
――俺は、もう“不審者”じゃない。
世界のルールを越え、“意志で在る者”としてここに立っている。
風が吹いた。
静かで確かな、“変化の兆し”が、その背中を押していいた。