第十八話
「……で、その“境界の塔”ってのは、何なんだ?」
俺は、馬車の振動に揺られながら隣のリーネに尋ねた。
王都を出て二日目。
行き先は“ミドレ山脈”の東端――《境界の塔》と呼ばれる、未踏の領域だ。
「あたしも見たことないけど……王国の記録によれば、世界の“果て”に立つ遺構。
古代の魔導文明が残した“観測拠点”って言われてるよ」
「観測……って、何を?」
「“この世界そのもの”らしいよ。空の動きとか、大地の構造とか。なんか、すごく大きなスケールでさ」
ふむ、と俺は唸る。
(観測……仮想世界なら、“監視のための塔”って可能性もあるな)
前巻でわかったこと――この世界は“完璧な物理法則”のようで、実際はコード構造を持つ世界系。
そして俺はそのコードを“書き換える”力、《ゼロ・コード》と《コード展開式魔法》を得た存在。
今なら、その“塔”の構造にアクセスできるかもしれない。
(バグとして生まれた俺にしか見えない、何かがある)
「おーい、おふたりさーん! 着いたよー!」
軽やかな声が飛んできた。
御者台から振り返ったのは、小柄な女の子――
銀髪をツインテールに結い、ゴーグルを額にかけた機械少女。
腰には工具箱、背中には折り畳まれた金属のアームパーツ。
「ようこそ、境界の塔へっ! ……って言っても、ここからが本番だけどね!」
「……君が、王都から紹介されてた“案内人”?」
「そうそう。自己紹介するね。わたしはノア=ブライトン。
ジョブは魔導機工師! 錬金系と技術系を組み合わせたハイブリッド職! あなたの“バグ”にも興味津々!」
いきなり笑顔でぐいっと俺の顔を覗き込んでくる。
「へぇ~、なるほど。人間なのにスキャンが通らない。“定義漏れ”ってやつだね。いや~実物が見られるとは思わなかった!」
「……あのさ。初対面で“定義漏れ”って言われたの、人生で初めてなんだけど」
「わたしにとっては最大級の褒め言葉よ?」
ノアはにっこり笑って指を鳴らすと、背中から金属アームを展開し、塔の扉に向き直った。
「さあて、境界の塔、入ってみようか。
この中には、世界の秘密が詰まってるって、噂だよ」