第十七話
冷えた空気が、岩盤の裂け目を通って不気味な音を立てる。
ここは“死線の間”――
魔王軍の中でも、最上級幹部だけが足を踏み入れることを許された謁見の間である。
闇色の玉座。その前にひざまずくのは、黒衣の剣士。
「冥刃のヴァリウス、参上いたしました」
男の顔には仮面。額には角のような魔力結晶。
背に背負うのは、黒鉄と生体素材が融合した双刃の大剣。
「……世界の異常値、確認済み。対象コード:“神城カケル”」
抑揚のない声が玉座に響く。
上位幹部である彼には、人間らしい感情が希薄だった。
かつて人間だった頃の記憶すら、今の彼にはもうない。
その代わりに与えられたのは、命令と戦闘機能、そして――“バグ収束機構”。
「ヤツのステータスは“未定義”。転生者のくせに、勇者の因子を持たず、世界法則から逸脱している。
……我らの敵にして、存在そのものが“欠陥”だ」
玉座に座る影が、重々しくうなずく。
「ゆえに、排除せよ。バグは増殖する前に修正されるべきだ」
「……御意」
ヴァリウスは立ち上がり、ゆっくりと背を向けた。
その背から吹き出す瘴気は、魔王軍幹部であることの証。
彼は“神城カケル”という存在に、異様なほどの執着を抱いていた。
それはプログラムが定めた敵対関係か、それとも過去のなにかか――
「バグが、世界を変える? ……なら、その世界ごと、斬り捨てよう」
黒い剣が、空気を裂いた。
こうして、“バグ賢者”と“冥刃の魔王騎士”の因縁が幕を開けた。