第十話
王城・謁見の間。
厳かな沈黙の中、王女エリスが俺を見つめていた。
彼女は変わっていなかった。金糸の髪、凛とした表情、その奥にある戸惑い――そして、責任を背負う者の覚悟。
「あなたが、あの日逃げた“転生者”……神城カケル、ですね」
「……ああ。あんたが、俺を不審者にした“召喚者”だな」
言葉に、わずかにその眉が動いた。
「……ええ。まずは謝らせてください。私の失態で、あなたを危険に晒してしまいました」
膝をつき、深く頭を下げるエリス。
堂々とした態度には、偽りのない誠意があった。
「……あれから、ずっと後悔していました。“勇者召喚”の儀式で呪文を誤り、勇者ではなくあなたを呼んでしまった。そして“ジョブ:不審者”という結果に、私は恐れたんです。あなたを拒絶してしまった」
「でも俺は、あのとき“あんたの顔”を見て逃げたんだよ」
「……顔?」
「“あ、こいつ失敗したって思ってる”って、分かったからさ」
一瞬、沈黙が落ちた。
だが、エリスはすぐに顔を上げて言った。
「ええ、その通りです。私はあなたを“勇者”ではなく、“失敗作”と見てしまった。――それが、最大の罪です」
静かな言葉だった。
けれど、それは俺の心を強く打った。
「いいさ。俺も逃げたし、文句は言えない。でも――」
手を伸ばし、右手の刻印を見せる。
「“今の俺”は違う。不審者じゃない。あんたたちの知らない、この世界の“外側の力”を手に入れた」
「……《覚醒者》」
エリスが、驚きと敬意の入り混じった声でそう呟いた。
「この刻印は、“賢者の系譜”……いえ、それ以上の存在を示している。あなたが本物の勇者ではないなら、もはや“世界の異物”です」
「じゃあ、利用してくれよ。“異物”を」
「……!」
「この世界には、バグがある。正しいはずの仕組みが、もう通用しない場面がある。……なら、バグから生まれた俺が、それを修正してやる」
その瞬間、エリスの目に――確かな光が宿った。