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殺人鬼のレズが地獄に落ちた話  作者: ジデンタツバ
1/1

灰色の地獄

──最期に交わしたのは、たった数分の深いキスだった。


長い浮遊感の後、地面に叩きつけられる鈍い感覚に意識を削がれ、口の中に広がる不味い灰の味で目を覚ます。


赤い空に、だだっ広い灰塵の砂漠。

そして何より──


「見ろよ、女が落ちてきやがった」

「生きてる間に何したらここに来るんだ?」


耳障りな言葉で見下す、角と翼、長い尻尾を垂らした悪魔たち。1人2人ではなく、まるで動物園にやってきた珍しいものを見るような目が注がれる。


すっ、と立ち上がり、中指立てて奴らを煽る。


「お前たちの粗〇ンが私を犯せると思うなァ!? 猿がよぉ!!!」

「───アァ!?」


完全に頭に来ている様子だ。

あとは"いつも通り"逃げおおせるだけ。

生前よりも軽くなった身体を駆り、灰の砂漠を走る。

無尽蔵の体力、全力のダッシュに余裕で着いてくる身体に惚れ惚れする。

こんなところで犯さ()れる訳には行かない。

男は嫌いだ。それに──


「私には愛しの恋人が居るからなぁぁぁぁ…………!」


赤黒い空にその叫びが響いていった。


私の生前は探偵だった。ある街の殺人事件の捜査の依頼を受け、事実を探し求めていた。独自で捜査を続けていくうちに、犯人に行き届いた。ついに禁断に触れられる、そんな期待でドアを開けた先に待っていたのは───


得体の知れない"愛"だった。

今まで生きてきて知らなかった世界が、急に飛び込んできた。


「お前が気に入った」


その一言が脳にへばりつき、心臓を鷲掴みにしたその人と、共に地獄へ堕ちた。

それが今の私だ。小さな翼と、鋭く長い尻尾。頭には羊に似た角。見た目通りの悪魔だ。


「アリィ! どこにいるの!?」


私と地獄に落ちた人(恋人)の名前を叫ぶ。

アルフレッド・アリア。

私が恋をした相手であり、殺人鬼だ。


「クレイ、ここだ」

「…!」


気だるさが混ざった低い声。

死ぬ前に聞いたあの声。

アリィだ。


「アリィ!」


パタパタと翼を動かして抱き着く。落ち着く匂いと感触に体を委ねる。


「ついさっき、精算が終わったらしい。それで……」


急に抱き寄せられる。


「──お前を襲おうとしたクズは何処にいる?」


無言で指を指すと、そっと地面に下ろして飛んでいってしまった。


クレア、もといクレイを叫ばせたクズの匂いが2つ。

私の恋人へ手を出したことを後悔させてやる。


「……あ? 今度はなんだよ…別の女か?」

「おいお前。ちょうど良かった。さっきそこからパクった()があるんだが試さねえか?これすげえよ、頭がすげぇキマりやがるぜ!」

「下劣な悪魔め」


手を振り払い、首を掴む。


「んごぉっ、て、っめ…!」


気道を絞められながらも睨みつけてくる面へ拳を叩き込む。

あっという間に血に濡れれば、かつての感覚が背筋を走る。


「こ……こいつ……やべぇ……!」


逃げるのを横目に確認し、掴んだ悪魔の片角をへし折って投げ付ける。

胸元へ深く刺されば血を吹いて倒れる。


「あとはお前だけだな…?」

「ひ、ひいっ…ごめんなさい…」


ぐしゃぐしゃになるまで殴りつける。

顔も、身体にも、勝利の証を書きなぐるように、かつての私(殺人鬼)のように、身体に刻み込む。温い血は次第に冷たくなり、顔は苦悶の表情を浮かべたまま動かなくなる。


「ぺッ」


最後に唾を吐き捨て、クレアの元へ急ぐ。



クレイと出会ったのは現世が退屈になってまもなくの時だった。耳にしたことがあるメディアの名を名乗り、メモとペンを持って私の家へ駆け込んで来た。

一目見た瞬間に独占欲が爆発した。"ああ、コレを私のモノにしたい"という、どうしようもない欲が湧いて出てきた。

今まで快楽のために殺してきたのが馬鹿らしいくらいに愛が湧いて出てきてしまった。ライトグリーンの瞳に吸い込まれ、緑がかった髪へ顔を埋め、初めての愛を噛み締めた。


それでも殺人は辞めなかった。目に付いた人間、気に入った人間、見境なく手に掛けた。その度に走る背の悪寒に取り憑かれ、まるで麻薬中毒の患者のようにソレ(悪寒)を貪る。


狂っていたと言えばそれまでだ。だが、それが楽しくて仕方ない。殺したいから殺す。脊髄で動く単純な理由だ。


大手のメディアが嗅ぎつけ、遂に国が動いた時、私はあっさりと死の決心をした。それにクレアは着いてきてしまった。


家に火を付け、気が遠くなるまでクレアと口を重ねた。

先にクレアが逝き、私はその体を強く抱き締めつつ、火に焼かれた──


「クレイ、待たせたな」

「アリィ! 待っていたよ…♪」


挨拶代わりの口付けを交わし、地獄を歩き出す。

お互いの尾を絡ませ、手を重ねて。


風が凌げる場所に着くと、似つかわしくない雨が降ってきた。


クレィの身体に触れ、そっと押し倒す。


「ん……アリィ、今後はどうしよう……?」

「上級悪魔になろう、そしてこの街の支配者になる」


首筋に赤いキスマークを残し、頭を撫でる。


「それはいいね、アリィ…♪」

「ああ。地獄街を見下ろすのが楽しみだ」


雨の音に紛れ、クレイの身体を貪る。胸に始まり、お腹、腰、足……


「アリィの身体は柔らかいな…悪魔になってから触れられる場所も増えたな。例えば…」

「ひんっ?!」


角に触る。小さく巻いた羊の角を指で舐め回すように。

顎をがくがくと震わせ、潤んだ目でこちら見つめるのが堪らない。


「ぁ、アリィ… …おかしくなる……」

「どんなクレイでも愛している」


ぁぁ、お前が一緒に来てくれて良かったよ。

そんなこんなで地獄の初日が終わった。


さて翌日。上級悪魔になる為の手段を調べていると、茶色のドレスに身を包んだ悪魔に声を掛けられた。彼女は私達を一瞥すると、"時間がある時に私の屋敷においでください。手助けしましょう"と耳打ちで囁いた。


クレイと顔を見合せ、意味も分からぬままにその屋敷へつくと、すんなりと中へ通される。大きい屋敷らしい応接室に通され、座っていると間もなく例の悪魔がやって来た。


「ごめんなさいねえ、回りくどい方法をとってしまって」

「御託はいい、どんな手助けをしてくれるんだ」

「まぁまぁ、焦らずに。早い話、今の上級悪魔達を全員ぶち殺せばいいんです。その後空きまくった椅子に座ってしまえば、後はお好きなように…♪」

「……なるほど。それで? 誰から殺せばいい?」

「あらぁ〜話が早い! 大助かりです。実は最近私にちょっかいを出してくる悪魔がいまして。その人をお願いしたいですねぇ。あ、これ写真と居場所です」


情報が目の前に渡される。写真とあらかたの場所が書かれた文。


「報酬は?」

「この先の援助と2階のお部屋です。ずっと野宿も辛いでしょう? あなた達が出払っている時に掃除はしておきます」

「乗った」

「ありがとうございます〜♪」


差し出された手を握る。


「私の名前はベルゼバブです。おふたりは?」

「アリアだ」

「クレアです」

「では、良きお友達としてよろしくお願いします〜」


ベルゼバブからの写真に視線を落とし、思考をめぐらせていく。


「アリィ?」

「……思い出した。コイツ、私が殺した男だな」

「えっ?」

「地獄に落ちてまで私に殺されるとは運のないやつだな」

「……顔が怖いよ、アリィ」


顔と場所が分かれば後は早い。扉を蹴破り、ずんずんと目標まで進む。


「命を貰いに来た」

「なぁッ!? お、お前は……!」

「今度は何処に逝くんだろうなぁ?」


ボールペンで胸を突き刺し、蹴り倒す。

苦しそうにもがきながら血で服を汚していくのが堪らない。


「ク、ッフフ……は、ッハハハ……」


背中を這いずる背徳感、禁忌を犯した快楽。ああダメだ。耐えられない。絶頂にも似たこの幸せが私の全てだ!


「アリィ、嗅ぎつけた悪魔たちが来てる」

「丁度いい、誰に喧嘩を売ったのか十二分に分からせてやろう。クレイ、これを」


掠め取ったナイフとピストルをクレアに渡す。


「使い方はわかるな?」

「勿論」

「上出来だ、お嬢様」

「……♡」


クレアの前髪を上げ、額にキスを落とす。


「私たちの名を知らしめてやるぞ」


邪魔なドアを蹴り、目の前にいた悪魔を殴り飛ばし、続け様にナイフを別の悪魔へ突き刺す。

倒れた悪魔の頭を踏み潰し、足を掴んで投げると共に飛び掛り殴り続ける。


「コイツら……ッ!」


逃げていく背中を一瞥し、クレアに寄る。


「クレイ、良かったぞ」

「アリィ…♡」

「今日は疲れただろう、帰るぞ」


クレアの手を握り、ベルゼバブの元へ戻る。


「おふたりとも、お帰りなさい〜」

「きっちりと始末したぞ」

「ええ、確認しております〜。逃げてきた悪魔たちが泣きながら散っていきましたからねぇ、傑作でした。あ、それと……」


すすっ、と机に紙を出す。

その内容に、私よりも先にクレアが食い付いた。


「アリィの指名手配書!? なんで現世のものが!」

「まあ落ち着いてください。現世での大罪人はこうして手配書も一緒に入ってくるんですよ。珍しい事じゃありません。ですがこれだと本名のままだと少し危ないかもしれないですね?」

「あ、アリィ…」


少し考えた後、2人に告げる。


「フレイアだ。原初の火、フレイアと名乗ろう。どの道、ここに地獄の街を作るのは私だ。原初を語るのも悪くないだろう」

「かっこいい、アリィ…♪」

「いいお名前です、フレイアさん。まあ私は引き続きアリアんとお呼びさせてもらいますせど」

「お前からバレたりしないか?」

「安心してください、他人に話す時はきちんとフレイアさんと呼びますから」

「信じよう」

「ありがとうございます。さて、次はどうします?」

「上級悪魔を殺しに行く。手頃なのは?」

「人が少ない、という点で〜……この方はどうでしょう」

「…インテリっぽいですね」


クレアが写真を見て呟く。


「誰でもいい。殺しに行くだけだ」

「ですが今日はお休みになられては? 」

「……そうしよう。」


クレアと部屋に入り、部屋の見た目を軽く見てからベッドに沈む。その背中にのしかかるようにクレアが乗る。


「…クレイ」

「アリィっ…♡ すき、すきすき…♡」


背中から受けるその一途な愛も悪くない。

疲れが祟ったのかそのまま沈むように寝てしまい、目が覚めると愛しい寝顔が飛び込んできた。襲いたくなる衝動を必死に抑え、1人で外を歩く。


「……ふぅ」


昨日乗り込んだ建物まで来てしまった。

見てくれで私だと気付いた悪魔が何人か喧嘩を吹っ掛けてきたが、全員血祭りにあげてやった。


「……帰るか」

「ち……ちょっと待ってくれ!」


背中越しに声を掛けられる。

振り返ると、サングラスを掛けたスーツの女がこっちを見ていた。随分と怯えているのが見て取れる。


「あ、あんた…昨日の強い奴だろ? アタシはノーチェって言うんだ」

「要件を言え、私だって暇じゃない。殺すぞ?」

「ぅ…アタシの依頼を聞いて欲しいんだよ…」

「報酬は?」

「…アタシ自身」

「ほう。大きく出たな。良いだろう、何をすればいい?」

「妹の仇を取って欲しいんだ」


血まみれの写真が2枚。片方はこの悪魔によく似ている。

もう片方は気味が悪い笑みを浮かべた、まさに犯罪者面をした悪魔だ。


「そいつ、自分がしたいように暴れて好き勝手してるんだ。妹も、そいつに目を付けられて殺された…手を出そうにも、権力を良いように寄せ付けないようにしてやがるんだ…お願い出来るか…?」

「…ふむ。引き受けよう」

「ありがとう…! 恩に着る…!」


やれやれ、朝から人殺しとは……実に燻る。

翼を広げ、空を飛び、人溜まりの中心にいる悪魔へ飛び付く。


「おい雑魚共、よく聞け! そして私の顔をよく覚えておけ!私は"原初の火"、フレイアだ! 私に楯突くならば、こいつのように─」


首筋を噛みちぎり、胸を切り裂いて心臓を引き抜く。

手を出せず、眺めるだけだった悪魔たちの顔がみるみる青ざめていく。


「こうだ!」


両手に握ったものを潰す。生暖かい返り血で染まるのが心底心地良い。


「ん、くく……ククク……フハハハハハハ!! アーーッハッハッハッハッハ!!!!」


周囲の物が燃え上がっていく様を見たのか、悪魔共が散っていく。


「やはり人殺しは最高だ、これ以上の快楽は私にない。地獄の居心地は思ったよりもいい……!」


その頃。


「ア゛リ゛ィ゛が゛い゛な゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!!!!!!」

「落ち着いてくださいって…」

「アリィはどこなのぉ!?!?」

「……どうやらお仕事中のようです。それにすぐ終わりそうですね」


ベルゼバブがテレビに目を向ける。そこには楽しそうに笑うフレイアが映っていた。


「ア"リ"ィ゛〜ッ!!!!」


その時、屋敷のドアが叩かれた。


「お、来ましたか」


サングラスを掛けた悪魔が顔を覗かせる。


「ここで、合ってる?」

「合ってますよ」

「あー、えっと…アタシはノーチェだ…です。その…今日?から…お世話になります…」

「大丈夫ですよぉほぉら肩の力を抜いて? お茶は好きですか? 地獄には美味しいものもないしまともな服屋もありませんからねぇ。とりあえずフレイアさんが帰ってくる前に身なりを整えてしまいましょうかー。ほらクレアさ〜ん?」

「アリィ……あ"り"ぃ゛……」

「あれはダメですね、しょうがない」


ノーチェを座らせ、流れるように茶と菓子を差し出す。


「私はベルゼバブ、聞いての通り蝿の王女様です」

「お、おう…」

「一緒に、フレイアさんのために頑張りましょうねぇ…♪」


ノーチェへ抱きつき頬擦りをするベルゼバブ。


「…いいけど、そのボディランゲージは人を選ぶぜ、ベルゼバブさんよ…」


その時、もう一度屋敷のドアが開く。 和みが生まれていた空気が一気に冷たくなり、染められる。


「フレイアさん、おかえりなさい」

「……ああ、ただいま」

「ア゛リ"ィ"〜ッ"!」


跪いて足にしがみつくクレア。ノーチェはフレイアの気迫に気圧され、冷や汗を流している。


「今日はどんな人を殺してきましたか?」


にこやかな笑顔でベルゼバブが言う。


「悪人面の権力者だ。明日はメディアが荒れるぞ」

「あっはは!そうなったら?」

「一躍有名人だ。そうすれば私を殺そうとしてくる阿呆も多くなる。一石二鳥だな」


泣きじゃくり甘えるクレアを撫で、まだ収まらぬ快楽を握り締めるように震えていた。


─その頃、地獄街のバー、"ケーカイン=バレル"にて。


「ボス。」

「…クソッ! 今すぐ奴らを殺せ! …ベルの野郎、恩を仇で返しやがったな…!」


側近の話を聞いた男は酷く起こり、テーブルを叩き付ける。

その衝撃で並べられた食事が幾つかこぼれてしまった。


「そう怒るなよジャン。頭の血管が爆発するぜ?」

「アドム! 貴様も早く奴を殺しに行け…!」

「は? なんで俺が。そもそも俺がお前の下で働いているのも気分だ。契約でしか人を動かせないカスが調子に乗るなよ?」

「なんだと…!」


眼鏡を掛けた悪魔、アドム。彼の単純な口車に載せられ、スーツをマントのように羽織った悪魔のジャンが逆上していた。


「下品な争いね、見てられないわ。シスター、ワインをお願い」


そう呟いた女の手元へ真っ赤なワインが注がれる。


「クリス様、味は?」

「私の好きな味でお願い」

「かしこまりました」


侍女は小瓶を取り出し、赤黒い液体を注いだ。


「ありがとう、シスター。下がっていいわ」


軽く頭を下げ、侍女が下がる。


「…クリス、貴様まだ血のワインを飲んでいるのか」

「『吸血鬼』サマなんだ、好きなんだろ」


怪訝な顔をするジャンに変わり、ニヤけた面でクリスを見るアドム。


「人聞きが悪いわよ。ワインが美味しくなくなるわ」

「…3か月間恐怖を与え続けた血か。聞くからに不味そうだな」

「飲んでみる?」

「冗談じゃない!もう付き合いきれるかよ、クソ!!」


怒ったジャンは食事もそのままに部屋を出ていった。


「ハッ、いつか本当に頭が爆発するかもな」

「その時は味見してみようかしら?」

「好きにするといい。俺は知らん」


アドムも去ると、部屋にはワインを嗜むクリスただ一人が残された。


「…近いうちに上位の席は開く。天界もその混乱に乗じてやってくるでしょうね。その時がチャンスよ……」


地の底で、渇望と欲望が渦巻き始める。

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