第97話 偽物との対話②
異迷ツムリ。それが担当するアイドルの名前。
彼女の苦労をずっと側で見続けてきた。
業界トップのVTuber、導化師アルマの偽物という危険な重荷を背負い活動を続けてる。
その結果、彼女は積み重なった負担の前に伏した。
ライブ会場、倒れた彼女は病院に運ばれた。
ずっと付き添っている。でもまだ目は覚めない。
彼女が無理していることくらい分かっていた。
それでも、僕は止めることができなかった。
「ツムリ、僕は……君をマネジメントできていたか……?」
問いかけても応えない、目を閉じたままの少女。
己の無力に打ちひしがれ、俯く。
昔から何も変わらない。
大切な人の側に居ながら、助けになれない。
強い信念を持って活動している人を、否定することが正しいとは思えなくて。
せめて自分だけは負担にならないようにって、肯定してやることしかできない。
ずっと、迷い続けてる。
僕がかけるべき言葉はなんだろうって。
「……? っ、ツムリ!」
不意に、動く気配を感じた。
急ぎ顔を上げ確認する。
瞳を開けて体を起こす少女。
「起きたのか!?」
「――――お、アッキーだ。おはよー」
しかし様子がおかしい。
普段と異なる口調、それは演じているときの言葉遣い。
「ツムリ? どうして今アルマのフリを……」
「フリじゃないよ? ツムりんはね、疲れちゃったんだって」
その少女は、異迷ツムリであることを否定した。
「これからは――――導化師アルマとして生きてくから」
耳を疑う宣言をした。
導化師アルマとして生きる。
それはつまり、異迷ツムリを捨てるということ。
「導化師アルマとして生きる? 何バカなことを……」
冗談だと思いたかった。
しかし、少女は目つきだけで否定してくる。
「本当にツムリは……目を覚ましてくれないのか……?」
「……うん。そう思ってくれて良いよ」
肯定されてしまい、言葉を失う。
更に少女は追い打ちをかけるように告げる。
「だからね。"異迷ツムリ"のマネージャーの仕事はもうないんだ」
「…………は?」
初めて言い渡された拒絶の言葉。
理解が追いつかなかった。
けど彼女の優しい顔つきを見て、その意図を察した。
「これからは円城さんに全部お願いするからさ。今まで大変なことに付き合わせちゃってごめん。ありがとね」
「そう……か……」
これ以上巻き込まないよう気遣ってくれている。
ならそれを否定するのも負担になるだけかもしれない。
それに……ここで非情になりきれない辺りは導化師アルマらしくない。
彼女の中にツムリの意識が少しでも残ってるなら……。
「……分かった。君がツムリに戻らないなら僕は降りる。僕は――――異迷ツムリのマネージャーだ」
自分の担当アイドルを信じる。
それだけが唯一、正しいと断言できる選択だった。
◇
社長室の主、灰羽メイは見ていた。
ここ1ヶ月、メンバーの動向を静かに見守っていた。
【美しきかな。青春群像劇】
普段から会話に使う音声端末。
文字入力が癖になり、己の考えをまとめる際も利用している。
【しかしながら、君達は導化師アルマをまるで分かっていない。それでは彼女の心は動かない】
バトルマーメイドのパフォーマンス。
あれが四条ルナへのメッセージだったことは聞くまでもなく解る。
それを見た上で評価する。
【友情じゃ足りないのだよ。同じ情でも、必要なのは……同情。導くべき危うい存在こそが、導化師アルマの行動原理】
ロカの言葉を信じ、約束を守った。
しばらく静観すること。これ以上権威を振りかざさないこと。
【十分静観させてもらった……残念だ】
ロカは導化師アルマを助けてくれると約束した。
その結果を見て、判断を下す。
【もちろん約束は守る。権威は振るわないとも】
まだ約束は反故にされていない。だから一方的に破るようなマネもしない。
ただ、しばらくの静観を終わりにするだけ。
【やはりあの子だけが、導化師アルマを理解している。今や本物より完璧な……偽物の少女】
現在、導化師アルマを演じてくれている少女を想う。
今しがた連絡があった、異迷ツムリの活動休止の報告。
理由は導化師アルマの活動に専念することを本人が希望したため。
【さて、君はどうする? 君が戻ってくれば彼女は救われるだろう】
かつての旧友、彼女が最も揺らぐ情報に思えた。
これでも動じないと言うのなら、それも仕方ない。
【もちろん私が一番観たいのは君の導化師アルマだ。……しかし、何より重要なのは存続。だから――――】
入力しかけて、音声アプリを閉じる。
次に開いたのはメッセージアプリ。
文面を打ち込みつつ、音の止んだ端末の代わりに声帯を開く。
「……そろそろはっきりさせようか。アタシは一人の迷い人として、もう一度楽曲を送る」
ファイルを添付し、送信を実行。
対象は導化師アルマ。このアカウントを見ているのは、その名を背負う二人。
「これをどちらが受け取るのか……選択するのは君だよ。四条ルナ」
二人の関係から始まった物語。
その行く末を、もう一人に委ねる。
………………。
メッセージを受信する。
それは先程異迷ツムリの現状を教えてくれた相手。
《二度目のファンレター、どうか受け取って欲しい。読む読まないは君の判断に任せるよ》
今回の宛先は導化師アルマ。
これが自分にも宛てられていることは容易に理解できた。
「……良いよ。こっちもそろそろ動くつもりだったから」
特段驚くことはない。
そろそろしびれを切らすことも分かっていた。
「でもまだ準備不足、私一人の力じゃ足りない」
導化師アルマの騒動、自分さえ折れれば幕は閉じるのかもしれない。
しかし過去に囚われ続けている女性がいる。
「虫の良いこと言ってるのは分かってる。でもごめん……力を貸して欲しい――――」
彼女を導くために、今一度導化師アルマの名を使い、仲間の助けを求める。
その宛先は……。
◇
《お願い。ツムりんを助けてあげて。他はなんとかするから》
導化師アルマから4期生4人に届いた通知。
それを同じ場で見たダークとシューコは顔を見合わせる。
「助けるって……どういう意味っスかね?」
「わかんない。わかんないけど……」
意味深に綴られたメッセージ。
ダークは意図が読めずただ困惑する。
対象的に、シューコは理解できなくとも感じるものがあった。
「この感じ……本物だ」
一人だけ何かを理解して周囲を振り回す。
それで毎回全てを思い通りにしてしまうトリックスター。
「……やっぱ好きだなぁ」
懐かしい、出会ったときのような高揚感。
文字だけで伝わる推しの存在感。
本物を感じ、本能が再起する。
「っし。やるわよー。ティアとセンカ呼びなさい」
「えっ? あ、はいっス! なんかシューコさん、珍しくやる気っスね?」
「当たり前でしょ? 推しにお願いされたら何でもしたくなるのがオタクってもんなの」
聞かれ答える。己のような人間の生き方を。
そして、彼女もまた同じ人種であると。
「だから――――あの限界オタクにも一発キツめのファンサ、お見舞いしてやるわよ」
宣言する。道に迷う同期の救済を。
その夜、絵毘シューコはSNSに一件の投稿を投げた。
移ろいやすい想い、メンヘラの独白。
《一瞬でも迷った自分が恥ずかしい……ん? 迷わなかった自分が? 何でもいいや。シューコは一生迷い人》
導化師アルマの完全憑依――――異迷ツムリ第三形態『完全憑依状態』とでも名付けましょうか。
……ごめんなさい。軽くふざけないとやってられませんでした。
第三章、完結。ここまでのご読了本当にありがとうございます!
想定以上に長い章となってしまいました。
ついでに想像以上の地獄が生まれました……せめて番外編だけでも幸せにしますので……!
さて、更新予定のご報告ですが……申し訳ありません!
1ヶ月ほど本編休載させてください! 完全にストックが尽きました……!
本作を楽しみにお待ちいただいている読者様へ
お待たせしてしまい申し訳ありません……m(_ _)m
代わりと言ってはなんですが、番外編を投稿させていただきます。
頻度は5日に一度、本編が重すぎたので幸せ成分多めでお送りします。
今後とも何卒よろしくお願いいたします!!




